読書日記 嘉壽家堂 アネックス

読んだ本の感想を中心に、ひごろ思っていることをあれこれと綴っています。

大山康晴の晩節 河口俊彦 新潮文庫

2006-04-23 23:14:07 | 読んだ
大山康晴とは将棋の15世名人である。
その「伝記」を同じく棋士である河口俊彦7段が書いたのである。

では将棋のことがわからなければ、この本を読んでもわからないのか?
大丈夫、将棋の駒の動かし方がわからなくても大山康晴のことはわかる。
勿論、少しでも将棋を知っていればナオわかる。

この大山康晴の伝記は、大山を称えるだけでなくそして大山を批判するだけでなく、実に真っすぐに大山を描いている。
そして将棋界というのは世間からかけ離れた存在ではあるが、実は我々と同じような世界でもある、ということもわかるのである。

我々素人は、その局面局面での指し手やその変化について解説をされると「なるほどー」と思うのであるが、プロの棋士はその局面を作り上げているのである。
つまり作る人と観る人の大きな違いがプロと素人の違いであるとも言える。

その「作る人」がどのようにして将棋の戦いを作っているのか、その過程でどのような苦闘をしているのか、そんなことがわかるのである。

また、大山康晴を真っすぐ書いていることで、大山康晴というのは「将棋の名人」というだけでなく、実は、あらゆる世界で成功する人たちと共通の部分を持つ、その面での「普遍的な人」であるということを、読んでいくにつれ知ることができるのである。

将棋は「技術」だけではない。
勿論「技術」が優れていることが最も重要であるが、「勝つ」ことにこだわる姿勢を持ち続けることが大切である。
勝つために、人に嫌われてもいい、或いは人に好かれるべきである、健康が大切であるなどなど、全知全能をもってその時の自分に与えられた条件や環境に対して素直に自分を創っていく姿勢を持ち続けることができないと、いわゆる「偉業」は達成できない。

そして、作り上げようとすることはある程度の人間ならできるのであるが、実際に作ることができるのは、ある種の「先天性」がなければならない・
そんなことをこの本を読んで思ったのである。

将棋界は「天才」の集まりである。
その天才たちの中で勝ち続けるには並大抵のものではない。
それが何故、大山康晴にはできたのか?
河口俊彦なりの見方が本書で著されている。
多くの天才たちを観てきた、そしてその天才たちの将棋を読み解く力の棋士であることが、この本をなお読み応えのあるものにしたといえる。

「すごいなあ」と大山康晴に対してあらためて思うのであった。
コメント
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