尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

青鞜社を描く劇、永井愛「私たちは何も知らない」

2019年12月01日 23時20分40秒 | 演劇
 永井愛作・演出の二兎社公演「私たちは何も知らない」が上演されている(東京芸術劇場シアターウェスト)。近代史上に有名な女性運動のさきがけ、青鞜社(せいとうしゃ)に集う平塚雷鳥(本名明=はる)や尾竹紅吉伊藤野枝らをモデルにして、現代につながる問題を突きつけてくる。

 永井愛さんは最近は「ザ・空気」「ザ・空気2」など現代日本を風刺する劇を書いていた。「書く女」(樋口一葉)、「鴎外の怪談」など明治期の人物に材を取った劇もたくさんあるが、今回は「史劇」というより今に通じる「現代劇」だと思った。冒頭には「青鞜」創刊号に載せた有名な「元始、女性は太陽だった」がラップ調で流れる。「青鞜」発起人よりも若い世代である尾竹紅吉伊藤野枝なんかジーパン姿で登場するぐらいだ。なるほど、それもありかと思う。その分、昔感覚が薄れてはいるが。
(平塚雷鳥)
 「青鞜」に関しては、今まで様々に論じられてきた。演劇では宮本研ブルーストッキングの女たち」(1983)、小説では瀬戸内寂聴青鞜」(1984)がある。概説的研究書として堀場清子青鞜の時代」(1988、岩波新書)があり、岩波文庫には「平塚らいてう評論集」(1987)や堀場清子編「『青鞜』女性解放論集」(1991)が入っている。(今も生き残っている。)またドキュメンタリー映画として、羽田澄子平塚らいてうの生涯ー元始、女性は太陽だった」(2001)もあった。

 僕は近代日本の思想・文化が主たる関心テーマであり、長い間「メシの種」でもあったから、「青鞜社」についても関心を持ってきた。この芝居に描かれたエピソードもほぼ知っている。でも今書いて思ったけど、「青鞜」に関する熱い関心は80年代にピークを迎えたようだ。70年代初期に「反乱の季節」が終息し、胸底にわだかまる疑問が80年代に「青鞜」を論じさせたのか。1975年にメキシコで第1回「国際女性会議」が開かれ、以後の10年間を「国際女性(婦人)の10年」とした。1985年には日本で「女子差別禁止条約」が発効している。そのような時代だったことも大きいだろう。

 条約に伴い、高校家庭科の「男女必修」が実現した。今では当たり前すぎて、男子高校生が家庭科をやらなかった(その分の単位は体育だった)時代は想像出来ないだろう。30年経って、制度的な差別は一応無いことになって、明治大正は遙かに遠い。100年前の女性運動家の苦悩に無関心な人が多くても不思議じゃない。では、この劇は何を目指しているのか。過去の「偉人」を顕彰しているのか。そうではなく、主に20代だった草創期女性運動家の青春を今までにない観点で描いている。それは「セクシャリティ」や「リプロダクティヴ・ヘルス&ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)といった観点だ。

 冒頭に若い画家の卵、尾竹紅吉(こうきち=本名一枝)が青鞜社を訪ねてくる。平塚雷鳥は不在で、事務をしている保持研(やすもち・よし、研子とも)がぶっきらぼうに対応する。そこに憧れの雷鳥が登場して、紅吉は舞い上がる。その後二人は「同性愛」を噂される仲の良さになるが、やがて雷鳥が年下の画学生奥村博と知り合って惹かれてゆく。(年下の男の愛人を「若い燕」と呼ぶのは、奥村が雷鳥にあてた手紙の一節から。)これらは有名なエピソードだが、今までは「バイセクシャル」な心の揺らぎには描かれなかった気がする。

 女たちが「編集部」に集まって議論するのも、「空気を読まない女たちがマジで議論した」とチラシにあるとおり、現代日本への風刺が込められている。(その意味では「ザ・空気」の続編でもある。)そのマジネタは、売春貞操などで、つまりは上司に迫られたら「身を売る」しかないのかという話だ。これは「セクハラ」であり、「#MeToo運動」につながる。制度的な差別は減った後でも、実質的には一世紀経っても続く問題があった。伊藤野枝が登場し、「意に沿わぬ結婚」からの逃亡、「早過ぎる結婚、出産」「社会運動への目覚め」へと至り(つには夫を捨て大杉栄に走る)のもまさに現代につながる。

 そのような若き女性たちの結節点となる平塚雷鳥朝倉あきがさっそうと演じる。ちょっとはつらつ過ぎにも思えるが、何しろ見映えがいい。映画「四月の永い夢」の主演で注目された。僕もこの映画は見ていて、落ち着いた演技は素晴らしかった。「かぐや姫の物語」のかぐや姫役の声優でもあり、多くのテレビドラマに出ている。対するに青鞜を受け継ぐことになる伊藤野枝藤野涼子。映画「ソロモンの偽証」の主役中学生でデビュー。最近はテレビドラマ「腐女子、うっかりゲイに告る」のヒロインだった。二人とも素晴らしいけど、まだ長いセリフが安定しない箇所もある。今後に期待。
(朝倉あき)
 主演級の二人もいいんだけど、僕は圧倒的に助演陣が素晴らしいと思う。事務を担当する保持研はウィキペディアに項目がないぐらいで、「青鞜」に関心がない人は聞いたこともないだろう。決して容貌には恵まれていなかったが、明るくて事務にたけ(しかし営業には向かない)人物を富山えり子が圧倒的な存在感で好演。映画「リバーズ・エッジ」で、性的に奔放な小山ルミの姉、太っていてオタクでBLマンガを書いている小山マコという役をやっていた。

 岩野清子役の大西礼芳もすごく良かった。尾竹紅吉役の夏子奥村博役の須藤蓮に加えて、評論家山田わか役の枝元恵も相変わらず快調。二兎社3回目で「シングルマザーズ」が思い出される。登場人物はこの7名のみ。省略された重要人物も多い。若い伸び盛りの役者がいっぱいで楽しかった。
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