尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

中津留章仁「裏小路」

2013年10月22日 23時52分08秒 | 演劇
 トム・プロジェクトプロデュース、中津留章仁作・演出の「裏小路」という劇を21日に見た。新宿・紀伊国屋ホール。もう公演は終わっているのだが、中身が教育問題なので感想と疑問を書いておきたい。舞台は最初から最後まで非常に緊張したムードに包まれている。それもそのはず、「とある名門高校の名門バレーボール部で起きた事件…真相を探る女と顧問の教師。体罰と虐めと人間の尊厳の物語…。」というのである。これは見たくなるではないか。
 
 顧問教師宝田には大迫力の吉田栄作、「真相を探る女」は、自殺生徒の親に依頼された女性弁護士安藤で、秋野暢子が吃音場面もある難役を熱演。校長に下條アトム、同僚教師役に吹上タツヒロ、大迫という生徒役に新人辻井彰太(難役を鮮烈に演じている)と、俳優は5人だけで、2時間ほどの芝居である。

 舞台上には職員室と校長室がある。一人の教師がパソコンを見てると、校長と弁護士が入ってくる。弁護士は「親の意向」を、バレー部顧問の宝田に伝えにきたのである。バレー部では「ある事件」が起きたらしい。セリフにしか出てこないが、バレー部員が自殺した事件。レギュラー争いに敗れた生徒が、男子2人に頼んで女子生徒をトイレに呼び出し、レイプまがいの行為をして、画像に撮影したものという。その画像はネットに投稿され、その生徒は自殺してしまう。関係した3人の生徒はすでに「退学処分」になったという。そういう事件が直近にあったのである。「親の意向」とは、一つは「バレー部の体質」が事件の背景にあるので指導を見直して欲しいという点。もう一つは、ネット上で「真の主犯」説もある芹山(?)が処分されなかったのは何故かという問題である。ネットでは、親が有力者だからではないかという話もあるらしい。7時になるというのに、宝田と安藤の間で、学校への不当な介入だ、芹山も調べて問題なしと応酬が続く。

 その後、宝田に話があると残っていた生徒の大迫が入ってくる。大迫は「自殺事件の主犯は芹山さん」と告発する。成績もいいし、ルックスもいい(モデルもしてるらしい)、生徒会もやってる、先生だって可愛いと思ってるはず、大体の男子は皆芹山が好き、だけど実は芹山には表裏があるのだという。実際、自分はひどいことを言われてる、ちゃんと調べ直して欲しいと訴える。話が終わった後で、大迫は先生の写真を撮っていいですかと頼み、いいというと目をつぶって欲しいと頼む。宝田が目をつぶると、大迫は先生の顔に近づき唇にキスをする。驚いた宝田は「気持ち悪いことをするな」と叫んで大迫を突き飛ばす。椅子が倒れ、大迫は腕を怪我したらしい。観客は何があったかを知っているが、校長も弁護士も見ていない。宝田は大迫は同性愛なのかもしれない、ケガは不可抗力だったというが、しばらくすると、ネット上に暴力教師にけがさせられたと載せられる。

 ということで、話は複雑化していく。実は宝田と安藤は同級生で、安藤弁護士は昔いじめられていた。学校で吃音があったためである。一方、宝田も大学3年でけがでバレーを引退した後、いじめられたという。いじめの本質は何だろうか。教育の本質とは。一方、週刊誌は宝田を暴力教師と書き立て、教育委員会は「減給1か月の上、懲戒免職」という「不可思議な処分」を下す。自殺生徒の親は芹山問題をマスコミにリークし、その週刊誌のゲラを安藤が大迫に見せてしまし、大迫はクラスでばらしてしまう。大迫がネット書き込みの主と判明し…、そんな中で、校長は教育の本質は今や「問題を起こさないこと」と言い放つ。宝田は日本人に「思想」がないという。最後に「何で教師はいじめに気づけないんだろう」と宝田が大迫に問うと、大迫は「それは先生は人を見てるからではないですか」という。「いじめる生徒」「いじめられる生徒」ではなく、生徒は「空気を見ている」のだという。

 いじめをめぐる議論が教育や社会全般に広がって行き、「芹山」という生徒をめぐるイメージも二転三転する。非常に面白い劇だし、考えさせられる問題が多い。特に大迫という生徒(を演じる俳優)の「セリフ以外のボディ・ランゲージの演技」が素晴らしい。劇中の教師は、大迫が「いじめられていない」「同性愛ではない」というと、それを信じて済ませてしまうが、観客は見ていて本質がすぐに判る。もう全身で、この事件の本質を大迫がかなり早い段階から示していると思う。「周りの大人が気づけない」だけなのだ。

 さて、この劇にある学校像に対する疑問をいくつか書いておきたい。まず、セリフに「父兄」という言葉がある。今でも古い教員には「父兄」という言葉を使う人もいるかとは思うが、いまどき「父兄の要求」なんて言葉を使う教員がそれほど多いとは思えない。だから「批評的に使ってる」のかと思ったら、安藤弁護士まで使ってたので、これは作者の用法なのかと疑問に思った。とにかく、学校の扱うドラマの中に「父兄」という言葉が出てきたら、それだけで信用性が危なくなる言葉だと思う。

 また、この学校は公立か私立か。電話で「何とか学園」という(「何とか」は聞き取れなかった)。バレー部が名門で、理事長の芹山は元野球部で雨天練習場を寄付したんだという。これだけ聞いたら、この高校は私立かと思うだろう。僕は私立高校だと思い込んで見ていたら、宝田が教育委員会から懲戒免職になるんだから、なんと公立高校だったのである。まあ、公立でも「○○学園高校」というのはないこともない。でも、理事長がいる公立があるか。有力者が練習場を寄付する公立があるか。(まあ、地方では同窓会の理事長が権力者という公立高校もあるのかっもしれないが。)「減給一か月、懲戒免職」という処分も実に不可思議。

 最後のシーンでは、安藤弁護士が宝田に「いじめ調査員の求人があるけど、一緒にやらないか」と声をかける。これも不思議。それまで宝田も安藤も「いじめに立ち向かう」ことを生徒に求めていた。マスコミに一方的に暴力教師と決めつけられ、教育行政から「懲戒免職」とされた宝田。宝田本人と安藤弁護士は何故ここで闘わないのか??百%確実に、「処分取り消し訴訟」は勝利するはずである。なぜなら、その傷害事件は実は「セクシャル・ハラスメントによる不可抗力」だからである。(これが「男性教師が女子生徒に目をつぶらせ、キスしたところ、生徒が教師を突き飛ばし、教師が椅子にぶつかりケガした」という事件があったとして、女子生徒が対教師暴力で退学になって終わったら、それが不当だというのは誰でも判るだろう。)また、週刊誌に対する損害賠償訴訟を起こせば、懲罰的な多額の賠償が認められる可能性がある。安藤弁護士の仕事は、そのような闘いを提起することではないのか。(というか、どんなマスコミでも、ネットの書き込みと一部生徒の訴えだけで、「暴力教師キャンペーン」はしないのではないか。紋切型の「世間の悪」の象徴として「マスコミ」を描き出しているけれど。)

 それ以上に大きな問題は、安藤弁護士も大迫も、「芹山がなぜ無罪放免なのか」という問題を訴えていることである。安藤弁護士は、芹山に事情を聴いたのは、担任で部活顧問(演劇部)の鷲尾なので、それでちゃんと判るのか問う。まことにもっともなことである。だから、そんなことをしてる学校は全国どこにもないだろう。担任は本人を呼んで来たり、家庭連絡はするけれど、事情聴取自体は生活指導部の教員が複数で担当するに決まってる。また弁護士に対して事情を説明するときは、教頭(副校長)か生活指導主任が行うはずである。舞台は狭いので、あまり多くの教員を出せないだろうが、生活指導主任が一人いるだけで、ぐっと説得力が増すはずだ。これは多くのドラマや小説に共通の疑問。

 そして、セリフで説明される限り、芹山は事件には関わっていないが、事件を起こした生徒に相談されて「冗談でこんなことしたらいいんじゃない」などと言ったりしたらしい。「まさか本気に取って、本当に事件を起こすとは思わなかった」んだと。さて、この説明をどう思うだろうか。これで「無罪放免」になる学校があるとは僕には思えないのだが。「喫煙同席」だって「謹慎」になる学校がほとんどだろう。これだけの事件に発展する問題を「冗談」で口にして、それで何もないのか。この芹山は事件を防げる立場にいたのは明らかで、「刑事責任」はないかもしれないが、「教育的見地」からは「特別指導」が必要なのではないか。最低「自宅謹慎2週間」くらいの期間があってしかるべきではないか。この劇は芹山に何の処分もなかったというところから始まるが、実際の学校ではなんらかの「指導」があるはずだというのが、僕のこの劇に対する最大の疑問である。

 この劇を見て、改めて学校でのセクシャル・マイノリティ研修の必要性を強く感じた。また教師が演劇を見る必要性についても。言語だけでなく、非言語的コミュニケーションの理解能力を高めるトレーニングの必要性。前者は「『反いじめ文化』を育てる②」に、後者は「『演劇』を見よー『ライブ』の重要性」に書いているので、参照を。中津留章仁の劇を見るのは、3回目。前に見たのもブログに書いてるけど、演出はいいけど、戯曲の展開は疑問を感じることが多い。次は寺山修司がシナリオを書いた映画「無頼漢」の脚本で、豊島区テラヤマプロジェクトの2弾。流山児祥演出。六本木高校の卒業生も関わっている。(なお、篠田正浩監督「無頼漢」もブログに書いてる。)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「東京流れ者」と松原智恵子... | トップ | 映画「ムード・インディゴ」 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

演劇」カテゴリの最新記事