尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

唯物史観と真理の独占ーわが左翼論②

2023年04月20日 22時18分56秒 | 自分の話&日記
 社会主義的な歴史観として「唯物史観」(唯物論的歴史観)がある。僕は歴史を専攻したわけだから、この「唯物史観」をどう考えるべきかは若い頃には大きな問題だった。エンゲルスは有名な『空想から科学へ』という著作で、それ以前の社会主義を「空想的社会主義」と決めつけ、唯物史観は「科学的社会主義」だと主張した。この「科学的」というキーワードが圧倒的な「説得力」もしくは「呪縛力」をもたらしたわけである。

 唯物史観によれば、人類史は「原始的共産社会」→「奴隷制社会」→「封建制社会」→「資本主義社会」→「社会主義社会」→「共産主義社会」へと進歩していく。それを「マルクスが科学的に証明した」というのである。これを本気で信じていた人が昔はたくさんいた。かつて勤務先の高校で、過去の生徒会誌をいっぱい発掘して読んでみたことがある。そうしたら、60年代の会誌に「世界は社会主義へと移り変わっていくと証明された」なんて世界史教員が書いていた。ホントにそういう人がいたんだね。
(唯物史観に見る歴史発展の図式)
 左翼系組織の側は「科学的に証明されている」から一緒に参加しようとと説得する。(これをオルグという。)あたかもこちらが未だに天動説で、何とか地動説を認めさせようというような情熱である。しかし、僕は思っていたのだが、やがて共産主義社会になると証明されているんなら、僕がどうしようが関係ないだろう。共産主義社会が実現するまで「果報は寝て待て」で良いじゃないか。そういう疑問をもらしたところ、やはり早くから組織に入って活動していた方が革命後に高い地位で活躍できるとか言われた。何だ結局世俗的な動機なのか。本気でそう思っていた人は、その後どういう人生を送ったのだろう。

 このように「」あるいは「指導者」が「科学的」の名の下に「真理」を独占する構造になっていたことが、世界の左翼運動の弊害になってきたと思う。マルクス主義では「宗教はアヘン」と言いながら、自らも宗教組織みたいになっていったのもそこに理由があるだろう。左翼党派間の論争のほとんどは、世界の現実の深い分析から起こるものではなく、どっちが「マルクスの証明した真理にいかに近いか」を競い合うものだった。党内の批判者に行われた「査問」も、宗教における「異端審問」に似ていた。左翼組織から行われたオルグも、事実上は「科学的真理にひれ伏せ」という「折伏」みたいなものだった。
(マルクス)
 僕はこの発展段階論は昔から信じたことがない。ロシアや中国(のような資本主義発展の遅れた社会)で社会主義革命が起きたことを説明出来ない理論じゃないか。それに中国など「封建制」をうまく当てはめられない国も多い。そもそも当時は欧米や中国ぐらいしか歴史研究の対象にはなっていなかった。イスラム社会アフリカなど、マルクスもちゃんと知らなかっただろうし、日本の歴史学者も知らなかった。イスラム帝国やオスマン帝国の実態などほとんど知らずに、西欧社会から作られた空想的モデルだった。マルクス主義もまた「空想的社会主義」だったのではないだろうか。

 ところで唯物史観にはそれ以外にも特徴が幾つかある。「下部構造が上部構造を規定する」というのは有名である。下部構造は生産様式、経済構造のことで、上部構造は政治や思想などである。これを教条的に信じ込むと問題だと思うが、世の中の大きな見方としては一定の有効性があると思う。「衣食足りて礼節を知る」という言葉もあるように、個人の人生も国家のありかたも、経済的な条件に制約されるだろう。昨今の日本共産党の「民主集中制」をめぐる議論というのも、要するに下部構造が変化しているのに上部構造である党組織が変化していないことから生じていると理解可能である。
(下部構造と上部構造)
 もっとも「下から上」だけを考えてはいけない。今ではそんなことを言ってる人はいないだろう。「上から下」への逆規定もあるわけで、その相互関係の不可思議が歴史の醍醐味だ。むしろ上部構造のはずのイデオロギーや宗教こそが、各国の政治・経済を左右するのが21世紀の世界である。だから「階級闘争が歴史を動かす」という唯物史観の定理も限定的に理解している。「階級闘争」も重要だけど、同時に民族や宗教も歴史を変える重要な要素だ。そして、現実の歴史は「偶然」にも大きく左右される。ということで、マルクスの歴史理論は今でも必読だけど、それにとらわれず接する必要がある。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「左翼」ではなく、「反右翼... | トップ | 永青文庫と肥後細川庭園を見る »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

自分の話&日記」カテゴリの最新記事