尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

辻真先88歳の傑作「たかが殺人じゃないか」

2020年12月23日 22時59分23秒 | 〃 (ミステリー)
 「このミステリーがすごい!」など年末のミステリーベストテンで、圧倒的に支持されているのが辻真先たかが殺人じゃないか」(東京創元社)である。祝3冠、1位と大きく書かれた帯を付けて売られている。ちなみに海外ベストワンは先に書いたアンソニー・ホロヴィッツその裁きは死」だった。この二人には共通点がある。それはテレビ界、そして子ども向けミステリーで有名になりながら、「本格ミステリー」への志を持ち続けたのである。そして大きな成果を挙げた。

 辻真先(1932~)は生年を見れば判るように、今年米寿の作家である。しかし、この若々しさはどうだろう。今まで「迷犬ルパン」シリーズなどで人気があることは知っていたが、読んだのは2009年に牧薩次名義(辻真先のアナグラム)で発表された「完全恋愛」だけだ。もっともそれはミステリーに限ったことで、実は辻真先には「温泉ガイド」が何冊かあってそっちは読んでいる。紹介されている旅館に行ったこともある。それが今回の作品にも生きているのである。

 今回の作品は「昭和24年の推理小説」と銘打たれている。2018年に出た「深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説」から続く小説だという。(その作品は未読だが、2021年1月に文庫化されると案内がある。)昭和24年、つまり1949年と言えば、敗戦から4年経って少しは復興も進んでいるが、焼け跡・闇市ももちろんまだ残っている。著者の出身地、名古屋を舞台にした青春小説としても読み応えがある。名古屋は有名な「100メートル道路」建設中で、語り手と言える高校3年生風早勝利の家は焼け残った料亭だが、そこも道路計画に含まれて立ち退きを迫られている。

 今「高校3年生」と書いた。ほとんどの人は、何の抵抗感もなくイメージできる。1960年代初期の舟木一夫高校三年生」の時代には、もう独特の語感を与える言葉として定着していた。しかし、著者にとっては違うのだ。「旧制中学」から突然「新制高校」に制度が変わって、突然「高校3年生」になってしまったのである。1年生、2年生を経ずに、突然「最終学年」で、翌年に大学受験である。しかも、名古屋では男女共学になったようで、突然に男子と女子がともに同じ学び舎に集うことになった。それは不道徳の温床だとみなす教員もいた時代だった。
(辻真先氏)
 私立高校に転学した風早勝利と友人の大杉日出夫は、映画とミステリーが大好き。「映研」と「推研」(推理小説研究会)を作るが、そこにも女子がいる。薬師寺弥生神北礼子である。そこに事情を抱えた転入生、崎原鏡子が入部してくる。彼女は上海からの帰国者だった。そして両部の顧問は「男装の麗人」風の国語科代用教員、これも訳ありで武道の達人、別宮操(べっく・みさお)である。修学旅行も風紀上問題ありと中止になったので、別宮先生は知り合いの宿がある愛知県東北部の湯谷(ゆや)温泉で夏合宿をしようという。

 そして、その合宿中に「密室殺人事件」が起きる。それは果たして可能なのか、それとも密室ではないのか。映研、推研は合同で文化祭で映画を作ろうとしていた。もちろんホントの映画を若者が作れる時代じゃない。映画のシーンを写真に撮って並べるという趣向である。その撮影は学園が買い取った軍の廃墟施設で行われた。夏休みの終わり、キティ台風来襲の夜、撮影終了後に今度は「バラバラ殺人事件」が起きた。今度は時間的に不可能な犯罪だ。犠牲者となったのは、戦時中に羽振りがよかった右翼評論家と湯谷温泉の地域ボスだった。

 その間に謎を秘めた美少女鏡子の人生をめぐる謎鏡子の親友だった少女の失踪などいくつものストーリーが語られる。映画やミステリーに関する議論、男女をめぐる校内のゴタゴタ、教員間のあつれきなどなどを含めて、ユーモア青春ミステリーとしても上出来。だが著者のねらいは、「戦後風俗」を事細かに語ることにより、「反戦のメッセージ」を伝えていくことにある。いかに戦争中がバカげた時代だったか。自由に批判できることの大切さ。もちろん、密室や時間の謎も完璧に解明される。いくつもの密室が書かれてきたが、この設定は初めてだと思う。しかし、問題は「動機の謎」の方だ。僕も方向性は当てられたが、真相は見抜けなかった。

 ところで作中では「GHQの命令で男女共学になった」とされるが、東日本では男女別学がずっと続いた地域がたくさんあった。栃木・群馬・埼玉では今も男女別学の公立高校が残っている。だから全国一斉の命令なんかなかった。愛知県に駐留した連合軍は男女共学を求めたのかも知れないが、詳しいことは知らない。もちろん、いわゆる「六三制」と言われる新教育制度、中学校まで義務化されたのは全国一斉である。それに伴って、新制高校が設立されたわけである。だから、この本で書かれている戦後事情も、名古屋独自のものもあると思って読んだ方がいい。

 ところで辻真先がアニメの脚本を多数手掛けているのは知っていたが、何を書いていたかは特に調べたことはなかった。今回ウィキペディアを見たら、あまりにもすごいので驚いた。「エイトマン」「鉄腕アトム」に始まり、「オバケのQ太郎」「魔法使いサリー」「ジャングル大帝」「巨人の星」「ゲゲゲの鬼太郎」「サザエさん」。もっともっとあって、それが60年代。70年代になって「天才バカボン」「海のトリトン」「ドラえもん」…ちょっと面倒になったので止めるけど、21世紀の「名探偵コナン」まで書いてるので、日本人のほぼ全員が辻真先脚本のアニメを見ていたのである。
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