尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

米澤穂信「黒牢城」、戦国大名「荒木村重という謎」に迫る

2022年01月02日 22時56分39秒 | 〃 (ミステリー)
 今本屋でいっぱい並んでいるのが米澤穂信黒牢城」(角川書店)である。「このミステリーがすごい!」「週刊文春」「ミステリが読みたい」「本格ミステリ・ベスト10」で、それぞれ2021年のベストワンに選出された。だから「史上初 4大ミステリランキング完全制覇」とうたっている。他に第12回山田風太郎賞を受賞し、また直木賞の候補にもなっている。

 米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)は僕がものすごく読んでる作家である。「古典部シリーズ」「小市民シリーズ」など高校生が主人公のライトノベル風な「日常の謎」ミステリーが好きなのである。今まで各種ミステリーベストテンでは「満願」「王とサーカス」などが高く評価されたが、僕はどうもなあと思うところがあってブログでは書いてない。(中世イングランドを舞台にした「折れた竜骨」は読んでない。)今度の「黒牢城」は戦国時代の史実をもとに「本格推理」を展開するとともに、歴史に潜む謎をも解き明かすという驚くべきアイディアで書かれている。

 時は1578年。畿内をほぼ統一した織田信長は残された石山本願寺(一向一揆)との戦いと進めるとともに、羽柴秀吉や明智光秀に命じて山陽、山陰への進出を進めていた。しかし、秀吉と共に播磨(はりま)の三木氏を攻略していた荒木村重が突如信長に反旗を翻した。村重は一代で摂津(せっつ、大阪府北部、兵庫県南東部)を制圧し、摂津守に任じられていた。ところが突然、本願寺や毛利氏と連携して反信長陣営に加わったのである。古来より何故反乱を起こしたのかには諸説があって確証がない。

 信長もこの謀反には驚いたらしく、明智光秀らを説得に派遣している。一度は説得に応じようとした村重だが、中川清秀から信長は一度反旗を翻した臣下を許さないと言われて、本拠地の有岡城(伊丹城)に戻った。(中川清秀が逆にその後信長に投降する。)秀吉も村重と旧知の小寺官兵衛(後の黒田孝高)を説得に派遣したが、村重は当時の通念に反して官兵衛を生かしたまま土牢に閉じ込めてしまった。(官兵衛は後の筑前福岡藩黒田家の祖になった。)こうして荒木村重の反信長籠城戦が始まった。

 ここまでは完全に史実そのままである。荒木村重の謀反は教科書に載るほどではないが、戦国時代に関心がある人なら誰でも知っている。黒田官兵衛が幽閉されたのも史実。有岡城開城後にからくも救出されて、以後秀吉のもとで武将として大成する。ところで、この「黒牢城」は信長軍と対峙しながら毛利の援軍を待ち続ける有岡城内で、奇妙な不可思議事態(不可能犯罪)が発生する。その謎と背景に潜む思惑を村重が解き明かそうとするが、なかなか解明できずに困り果てると城内の牢を降りていって官兵衛に謎を語る。官兵衛の言葉をヒントにして、村重が謎を解く。という超絶的発想の謎解きミステリーなのである。
(有岡城址)
 それぞれの謎は、「密室殺人」に近い事件、戦場の手柄首の消滅事件、旅の僧侶の殺人事件など、なかなか工夫を凝らしている。しかし、最後になって判るが、それらは実はもっと深い背景事情があって起こっていた。僕はそれまでは何で厳しい籠城戦を持ちこたえている有岡城で、よりによって「不可能犯罪」が起こるのか、疑問を持たざるを得なかった。設定に無理があるんじゃないかという感じである。無理にミステリーにしなくても、単に歴史小説で良いのではないか。しかし、最後まで読むと、官兵衛を生かした意味、その献策が持つ意味を通じて、村重最大の謎に迫るのに驚いてしまった。

 村重最大の謎とは、状況が悪化した時点で自ら城を抜け出て、尼崎城に移ったことである。有岡城は主を失って開城を余儀なくされる。村重や主要な武将の妻子は信長の命によって無惨に処刑された。村重はその後も花隈城によって信長軍に抵抗を続け、敗北しても毛利家に亡命して生き延びた。1582年の本能寺の変で信長が横死すると、堺に移って茶人として復活した。もともと「利休十哲」の一人で茶人として有名だった。そのことは小説の中でもうまく生かされている。村重はその後1586年に死去して秀吉による全国統一を見ることはなかった。しかし、信長の死後まで生き延びた。それは武将としては恥辱だったかもしれないが。

 僕はこの超絶的なミステリーを面白く読んだが、結構長くて大変だった。正直言って戦国時代のイメージや予備知識がないと大変だと思う。ミステリーとしても、先に読んだ「自由研究には向かない殺人」の方が間違いなく面白いと思う。やはり、このような本格ミステリー仕立てにしなくても、歴史的事実そのものが謎に包まれているんだから歴史小説で良かったんじゃないかと思ってしまう。歴史上の有名人物が探偵役になるミステリーはかなり書かれている。「黒牢城」もその一つになるが、主人公(村重)が抱えている苦難は飛び抜けている。とても謎解きをしてるヒマはないだろう。

 まあそこは上手に設定されているが、ここではミステリーだから詳細は書けない。結局光秀も謀反するんだから、村重は「早すぎた決起」ということになるのか。それにしても、何故有岡城を脱出したのかはこの小説の解釈でも僕は完全には判らなかった。この小説では「官兵衛の画策」に大きな意味を見出している。が、それはフィクションなんだから不明と言うしかない。結局「荒木村重という謎」の方が大きすぎて、 この力作ミステリーでも完全には納得できなかったという感じ。なお、浮世絵の祖といわれる岩佐又兵衛は村重の子供だと言われている。そこもミステリーである。村重の子は何人か生き延びて、諸家に仕えている。
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