「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

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被害者が同意(承諾)していた場合、その罪は罪となるのか。刑法学の視点から。特に傷害罪。

2012-06-15 00:22:51 | シチズンシップ教育
 罪が罪にならない場合があります。
 前回ご説明した正当防衛、緊急避難に加えて、正当行為と被害者が同意(承諾)の場合です。

第1 正当行為

A先生: 人の罪は、①刑法に書かれた条文カタログに当てはまる(構成要件該当性)ことをし、②それが違法(違法性)で、③その責任をかぶるべきひとに成立します。

 違法性に関しては、刑法では、刑法35条、36条、37条で規定されています。
 

 先日、36条正当行為、37条緊急避難は、ご説明したところです。
 正当防衛や緊急避難と、どちらかというとイレギュラーな話ですね。

 今日は、35条および被害者の同意について中心にお話ししましょう。
 35条の条文は、たいへん短い一文です。「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」

 刑法35条は、 法令行為や正当業務行為だけでなく、いろいろな正当行為の根拠規定になっています。

****刑法****
(正当行為)
第三十五条  法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
(正当防衛)
第三十六条  急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2  防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
(緊急避難)
第三十七条  自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2  前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
***********


Qくん:具体的には?

A先生:労働争議行為、医師の治療行為、安楽死・尊厳死(前のブログ参照)、自救行為などに関しての根拠になります。

  違法ではないと言うことで、犯罪成立しないと考えることが可能になります。



第2 被害者の同意(承諾)


Qくん:被害者の同意のあった場合、犯罪は成立しないのではないでしょうか。

A先生:おっしゃるとおり、そのように犯罪が成立しない場合があります。

  では、その根拠は、どこにあると思いますか?


Qくん:本人がいいよといっている訳ですから、当然と言うことでしょうか。

A先生:そうですね。
  守られるべき利益をもったその本人が、その利益を放棄しているのですから、侵害をしても利益侵害にあたりませんよね。

  さらに根拠は、本人の自己決定を重視するところからきています。

  憲法13条です。

*****憲法13条******
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

*****************

Qくん:被害者の同意が罪にならないのは、具体的にどんな場合ですか?

A先生:まず、刑法に書かれた条文カタログ(構成要件該当性)に当てはまらない場合があります。
 この場合が、多いです。

 窃盗罪で、「本人がもっていっていいよ」と言ったら、それは窃盗でなくなります。

 住居侵入罪で、「部屋に入っていいよ」と言ったら、住居侵入でなくなります。

 強姦罪(但し、13歳以上)で、和姦であれば、強姦でなくなります。

 
 もうひとつは、行為を正当化できる場合があります。
 この場合は、決して多いとはいえません。

 例えば、傷害罪をみてみましょう。

****刑法****
(傷害)
第二百四条  人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
**********

 けがをさせられる側が同意していた場合、行為を正当化される場合があります。
 といっても、無条件で、正当化されるのではなく、限界があり、条件がつけられることになります。
 結局、ものすごく、限定された場合といえるでしょう。
 医療行為としてやるべきとは思われますが、ピアスの穴あけなど。


 どこまで犯罪でなくどこからが犯罪となるのかその限界を知るために、利益の持ち主が、いらないとその利益を放棄する場合をもう少しみていきましょう。



第3 自分の利益を放棄することの限界について

A先生: 最高の利益は、何ですか?

Qくん: もちろん、生命です。

A先生: その通りです。

  その生命を放棄してもよいということがありうるのでしょうか。

  その例のひとつが自殺。

  倫理道徳上の話は、さておき、刑法上、自殺は処罰されると思いますか?

Qくん:処罰されないと思います。

A先生: その通り、不処罰です。
  自殺により、鉄道交通の麻痺を来し、損害賠償を鉄道会社から巨額の請求をされるなど民法上の話は、別にして、刑法の観点で言えば、処罰されません。

  そしたら、自殺をしたいというひとを手伝ったらどうだと思いますか。

Qくん: 自分の命という最高の利益を放棄してよいと言い、また、それを手伝ってと言われているのであるから、第2でみたように自己決定を尊重してあげる考え方もとれるのではないでしょうか。

A先生: いいえ。
  
  刑法で処罰されることになっています。

  殺人罪(刑法199条)の法定刑ほどの刑の重さはないですが、同意殺人罪(刑法202条後段)、自殺関与罪(刑法202条前段)など、重い刑罰が科せられます。

*****刑法*****
(自殺関与及び同意殺人)
第二百二条  人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。

(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

************

 一人で死ねば、処罰なしのところ、死にたいというひとに頼まれたひとは、犯罪になります。

 一部学説の中には、自己決定を徹底しきれていないとの説を主張されるところではあります。


 ここで、わかることは、生命の利益の放棄について同意がある場合に関しては、処罰の規定があるということです。


 それでは、けがをさせてもよいと身体の利益の放棄について同意がある場合は、どのように考えたらよいのでしょうか。

 「同意殺人罪」があるなら、「同意傷害罪」もあると思いますか?

Qくん:生命の利益に対しては規定があるから、身体でも規定はあるのでしょうか?


A先生:いいえ、「同意傷害罪」という犯罪類型は設けられていません。


Qくん: では、どのように刑法では考えていくのですか?


A先生: 規定がないゆえ、考え方に幅ができてくることになります。

 一方の極にある考え方は、「けがをさせてくれてよいという同意がある以上は、不処罰」

 それに対し、もう一方の極の考え方は、「202条のような規定がない以上はすべて傷害罪」

 両極端な考え方のある場合、日本人の多くは、中間的な考え方をとるようであります。

 それが、「生命に危険性のある傷害でなければ不処罰」(結果無価値論から出る考え方)と「社会的に相当でない傷害でないのであれば不処罰」(行為無価値論から出る考え方)、
 この二つがあります。

 例えば、「暴力団が指をつめる」行為などは、生命に危険性のある傷害ではないですが、社会的に相当でない傷害であり、行為無価値論の立場から罰せられます。


Qくん: 身体と生命の利益の放棄を同意している場合の考え方がわかりました。

 ほかにもありますか?


A先生: 13歳未満の者に対する強姦罪(刑法177条)では、本人の同意があったとしても、罰せられます(強制わいせつも同様)。第2で見ましたが、強姦罪(但し、13歳以上)で、和姦であれば、強姦でなくなることと対比して考えてください。

 また、覚せい剤の自己使用も、自分の体が蝕まれるだけでよいではないか、ではなく、立派な犯罪となります。


Qくん:本人の意思の尊重よりも、本人の保護を優先するのですね。


A先生: そうです。父性的な保護、パターナリズム的な考慮からきている考え方です。

  持ち主の判断を尊重するのではなく、13歳未満のように判断能力が弱い、十分でない場合、パターナリズム的な考慮から罰せられるのです。



第4 被害者の同意の効果を否定した判例

A先生: 実際の事件で、考えていきましょう。

 保険金詐欺で、自動車事故を装った場合です。

 Xは、K、T、Sの三人と共謀し、Xの運転する車を、KTSらが乗る車に衝突する自動車事故を故意に起こし、保険金をだまし取ろうとしました。
 (事件では、Xの車→第3者の車→KTSら三人の乗った車の玉突き衝突を、故意に起こしました。)

 Xには、傷害罪が成立するのですが、Xの言い分として、KTSらは、怪我することを同意していた、すなわち、自らの身体の利益の放棄をしているのだから、傷害罪は成立しないと主張しました。

 けがされる側が同意していますが、傷害罪は成立しないと考えますか?

Qくん:保険金奪取するという違法な目的がある事件ですよね・・・


A先生:過失による自動車事故であるかのように見せかけることで、保険金を奪取する違法な目的をもっていることがこの事件のポイントのひとつです。


 最高裁判決(昭和55年11月13日(刑集34巻6号396頁)【百選I・22事件】【前田重要判例・51事件】)では、


「被害者が身体傷害を承諾したばあいに傷害罪が成立するか否かは,
単に承諾が存在するという事実だけでなく,右承諾を得た動機,目的,
身体傷害の手段,方法,損傷の部位,程度など諸般の事情を照らし合わ
せて決すべきものであるが,本件のように,過失による自動車衝突事故
であるかのように装い保険金を騙取する目的をもって,被害者の承諾を
得てその者に故意に自己の運転する自動車を衝突させて傷害を負わせた
ばあいには,右承諾は,保険金を騙取するという違法な目的に利用する
ために得られた違法なものであって,これによって当該傷害行為の違法
性を阻却するものではないと解するのが相当である。」

 と判事されました。

「被害者の同意 +α」によって違法性が判断されたのです。

 その+αが、諸般の事情です。

 判決において、同意は従たる意味しかもたず、+αとして諸般の事情が考慮に入れられ、その行為が、社会的に相当な行為であったのか、善良な風俗に反しない行為であったのか判断の参考にされました。

 そして、第3で見ましたが、同意がある傷害では、「社会的に相当でない傷害でないのであれば不処罰」(行為無価値論から出る考え方)との考えに沿って、この場合は、保険金詐欺を働く違法な目的によっての傷害であり、社会的に相当でない傷害であるゆえ、処罰の結論がだされたのでした。

 もし、「生命に危険性のある傷害でなければ不処罰」(結果無価値論から出る考え方)とすれば、本件の場合合致し、傷害の部分に関しては、あてはまらないと考える考え方もとられうります。この場合、傷害罪で罰するよりも詐欺罪などを考慮して罰するべきとの考え方をとるべきだと思われます。

 最高裁は、社会的に相当でないというほうを考え方として選んだのでした。

 念のため述べますが、最高裁は、この場合は、社会的に相当でない傷害という考え方をとったのであって、最高裁がすべてにおいて、行為無価値論を支持する立場をとることまで、この判例は示しているわけではないので、誤解しないでください。




****以上*****
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