波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

          オヨナさんと私     第21回      

2009-08-24 06:14:29 | Weblog
「だから味が無いのです。人生にも味が必要なのです。それは簡単には出来ません。自分で少しづつ練り上げていかなければなりません。あなたには幸いインストラクターと言う良いお仕事をお持ちですから、この仕事を通して見つけるのが良いでしょう。必ず何か見つかるはずです。」
まだぴんとこない表情で聞いていたが、オヨナさんはいつの間にか其処からいなくなっていた。
ある晴れた暑い日、オヨナさんは千葉の海岸に来ていた。其処は九十九里の浜辺である。7月までは穏やかな波で海水浴客でにぎわうのだが、8月に入ると急に波が高くなり、海に入る人はいない。殆ど人のいなくなった誰も居ない海を風に吹かれながら歩くのが好きだった。
歩きながら自分を見つめ、自分の置かれている状態を考える。「これでよいのか、」「もっと、しなければいけないことがほかにあるのではないか」そんな考えが頭をよぎって駆け巡る。しかし、何時も堂々巡りの中で終わり、結論は出ない。
砂浜に座り、沈んでいく太陽を見つめていると、そばを男の子が駆け抜けていった。砂に足を取られそうになりながら、それでも一生懸命走っている。そのうち、靴が脱げ、はだしになっていたが、子供は気にしない。
そのうち急に座り込んで、何かを探しているようなしぐさをしていたが、何かを掴んで、オヨナさんのところに近寄り、手を差し出した。その手には美しい一つの貝殻が握られていた。「小父さん、これ上げるよ」見ると可愛いふたへまぶたの男の子だ。「ありがとう。」そっと、貝殻を受け取る。「君の名前はなんていうの。」
「憲太郎だよ」「いくつだい。」「五歳」二人が話しているそばに、日傘を差した母親が立っていた。「どうもすいません。この子、誰にでも平気で話しかけるもので」「いやー構いませんよ。子供は大好きです。」
白いスカーフをかぶり、ブラウスにフレアースカートが揺れて美しく眩しかった。
「さあ、おじゃまだから帰りましょう。」母親が声をかける。
しかし、その子供はオヨナさんの隣に座って、離れようとしなかった。子供心に何か感じるものがあるのだろうか。三人は暫くそのまま海を眺めていた。
傍を犬を散歩させながら歩く人、二人で手つないで笑いながら行く、アベックの姿があった。「サア、帰りましょうね。」母親がもう一度声をかける。
「憲太郎君。一緒に帰ろうか。」オヨナさんは自分でも驚くほどの大きな声を出していた。「うん、」嬉しそうな声で子供は立ち上がった。

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