波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

コンドルは飛んだ  第35回

2013-01-18 10:39:54 | Weblog
「確かにこの部門は伸びるだろう。しかしお客が海外に出たからといって、一緒に自分たちも海外へ行こうというのは、飛躍が過ぎる考えだ。第一どれだけの建設資金がいると思っているのか、当社のメインバンクで資金を調達できる額も限界である。
そんな金はどこからも出ない。どうするつもりなんだ。そうでなくても現在公害規制によって守らなければいけない排煙設備、廃水設備など金のかかることが多く、組合からの条件改善の意向も強くオルグの後押しもあって大変なときだ。海外工場建設などとんでもない。」この木村役員の理論は確かに正論であったろう。財務を長く担当し、かつて創立以来自前の個人企業としてスタートし、こつこつと顔料用の弁柄として販売をし自給自立をしてきた
経緯からすれば尤もである。同業他社も数社あるが、こんな状況でも海外に出るなどという話は聞いたこともなく、そんな気配もなかった。辰夫は話を聞きながら、無理もないと思わざるを得なかったが、と言って簡単に同意したわけでもなかった。
それは彼の本来の信念と生来の困難になればなるほど、燃えてくる闘志のようなものであり、それは不可能と言われれば言われるほど強く燃えてくるものであった。
木村はまだ言い足りないのか、賛成者の意見が出ないのが不満なのか、さらに語を強めていた。「もしこの提案が承認されて海外工場を作ると言うことになったら、私は役員としても株主の一人としても責任が取れません。従って会社を退社します。私が会社にいないとなれば組合もその他の人たちも、恐らく居なくなることだと思います。」と言い切った。かなり熱くなって、思い余って冷静さを欠いた発言でもあった。
専務がこの辺で発言があっても良いのだが、生来のボンボン的性格といつもそのような修羅場になるとどこか冷めて引いてしまうところがあり、何の反応もなかった。
辰夫はそろそろ出番かなと言う感じで話し始めた。「この問題は確かに会社にとっても大きな問題であり、影響も大きい。従って慎重に調査を進め検討をしなければならず、軽々に結論は出せないと思う。結論を急がず、継続としよう。」と言って締めくくった。会議に出た面々もそれぞれの思惑はあったと思われるが、地方育ちの環境に居る人たちにとっては、まだピンと来ないらしく他人事のようなところがあった。
ただ辰夫だけは「この大事業はなんとしてもやり遂げなければならない」と深く思うところがあり一人静かにこの計画の実現を夢見ていた。