波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 コンドルは飛んだ  第21回

2012-10-19 11:06:28 | Weblog
横に寝かせて暫く安静を保っているうちに落ち着いて呼吸が整ってきた。「もう大丈夫です。」と起き上がろうとするが、又
激しい肉体労働をすれば呼吸困難になることは目に見えていた。「今日はもういいから、部屋へ行って静養していなさい」と
指示して引き取らせ辰夫はどうしたものかと考え始めていた。これは病気ではない。医者の治療で治るとか、生活改善をして楽になるということにはならない。とすれば、ここ現地では役に立たず仕事にならない。可愛そうだが本社へ事情を話して帰国させるしかないと覚悟を決め、翌朝本人に説明し帰国を告げた。当人は話を聞いているうちにぼろぼろと大粒の涙を流して泣き始めた。
「どうしたんだ。お前が悪いわけじゃないよ。ただ体質的に此処での仕事が無理なだけだから」と言うと、「出発前に家族、親戚、友人、同僚と大勢の人に送別会を盛大に祝ってもらったのです。それが来て一ヶ月もしないうちにこのまま帰国なんて恥ずかしくて出来ません。何でもしますからここに置いてください」とおろおろしている。人一倍男気があり相手の気持ちの分かる辰夫はこれを聞き、すっかり感動していた。その気持ちが痛いほど分かり心を打ったのである。
とは言え、このまま現地で出来ることは殆ど無い。何をするにしても高山病の影響がある以上は無理である。何か良い方法はないかと数日この問題で悩む事になった。
その頃辰夫は現地の責任者としてボリビアの大使館を初め色々な関係者と(主に日本人と)交わりを持つようになっていた。その中にチリーに事務所を構えて仕事をしている同業者がいる事を思い出した。チリーなら平地だから影響は無い。何か仕事をさせてもらえれば帰らなくても済むのだがと早速電話をした。当人は機械工で、機械関係の仕事なら何でも修理から加工、設計と何でも出来る男である。その事を告げると「ぜひ頼みたい」と二言返事であった。
本人にその事を告げると飛び上がらんばかりに喜び「ありがとうございました。これで帰らなくてすみます。頑張りますから」と
言い、本社の承認を得て送り出す事ができた。
「一件落着」やれやれと辰夫は自分のことのように喜び、これで本来の仕事に戻れると一安心する事が出来た。併し目の前の
現実は厳しく、現地での交渉はますます泥沼化して両者の溝は深まったままであった。