波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 コンドルは飛んだ  第17回

2012-09-21 09:47:47 | Weblog
出発の日が決まった。それなりに準備は進んでいたが、これで安心と言うわけには行かなかった。生活用品はすでに現地へ送ってあり、宿舎へ着いていた。ささやかな社内の送別会が行われた。乾杯の掛け声はあったが、何となく気合が感じられなかったのはやはり現地の様子が分からないことで心配が先にたっつたからか、ただひたすら「お元気で頑張ってください」を声をかけるのみであった。辰夫はそんなみんなの言葉を聞きながら気持ちが高ぶっていた。何か自分が今までに感じない大きな壁を登るような、
強い気持ちと挑戦する勢いのようなものであった。
その夜、久子とまだ小さい娘と三人で食卓を囲んだ。いつものように静かな夕食である。久子は翌日が早いことを考えて
「鯛のお頭」を置いた。食事が終わるとやがて風呂から上がった子供は「おやすみなさい」と寝床に行く。父親が明日から遠くへ仕事で行き、暫く会えないことなど知らないままである。
片付け物を終わった久子を、テーブルを挟んで座らせた辰夫はお茶を飲みながら話し始めた。「国内の出張のように、帰ってくることは出来ない。おそらく一年に一回ぐらいの休暇が取れるか、どうかだと思う。長い間留守をするので、苦労をかけるが
よろしく頼む。お腹の子供のことが一番心配だが田舎のお父さん、お母さんが面倒を見てくれることを聞いて安心だ。
電話は緊急でない限りかけられないが、手紙は時間を見て出来るだけ出すつもりだ。」筆まめな辰夫のことを知っている久子は
そのことを良く知っていた。きっとこの人は手紙を欠かさず送ってくるだろうと信頼していた。
「知らないところだから水と食事は気をつけてね。」
布団に入り、二人は自然に身体を寄せ合い、熱い抱擁を重ねた。それは二人の信頼を確かめ合い、又再び見えることへの望みを託するものであった。二人は寝る間もなく白々と空ける朝を迎えていた。
羽田の国際空港の待合室は、その日珍しく大勢の人が集まった。誰が言うともなく彼の見送りを確かめ合い、声を掛け合って
会社を抜けてきたらしい。辰夫は全てに大げさなことを避けていたが、この日のことは黙って見るしかなかった。
「万歳、万歳」の声を後に機上の人となり、無事に飛行機は離陸した。空路アメリカのフロリダのマイアミ空港まで16時間、
そしてトランジットの上、ラパスまで行くことになる。到着まで23時間強の旅程である。
席についた辰夫はベルトをはずすとそれまでの緊張が緩み、何時の間にか熟睡の世界に入っていた。