波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋     第95回

2009-05-25 09:04:25 | Weblog
翌日は、よくはれた天気であった。車で登っていくと標高1000メートルを越す辺りから空気が変わる感じがする。窓からの冷気も一段と冷たく感じる。
そして、暫く行くとやや平らな見晴らしの良いところに出る。そこにはレストハウスがあり、休憩所になっている。おみやげ物も並び楽しませてくれる。
裏に廻ると牧場があり、牛や羊その他の動物が放し飼いのようになっていて、散策が出来るようになっている。山頂までには更に上ることになるが、このままではこれ以上登ることは危険な感じがした。木々は紅葉がすっかり進み、見事な景色であった。普段都会の喧騒の中で生活していると、全く想像できない場所であり、
空気である。何か汚れたものがすべて洗い流されたような新鮮なものを感じ、気持ちも新たにされた思いだった。
存分に八ヶ岳の良さを満喫し、二人は下山に向かった。道路沿いには観光客向けの様々な店が並び、楽しませてくれる。中でも「手作りハム工房」の看板の店は
若者が大勢集まっており、にぎわっていた。
そして、昼食のために入った「ほうとうの店」は始めて口にするもので、珍しいことと、その食感を楽しむ事が出来た。普段はめったに食べないかぼちゃの旨みが珍しかった。近くにある美術館、工芸館などを見物し、二人は昨日の「温泉」へ向かった。相変わらず、閑散として客は少なく、のんびり湯を楽しむ事が出来た。
のぼせない程度に湯から上がると、宿に戻り、ケータリングで「鍋物」ようの食材を頼む。酒はまだ昨日のが残っており、充分である。
やがて、二人は魚を中心にした「海鮮なべ」をつつき始めた。彼は例によってちびちび飲み始める。この時間は昨日と全く同じであった。
「きょうはどうもありがとう。おかげで生まれて始めての経験をすることが出来たよ。都会にいるとなかなか思っていても出来ないことでね。何か下界を見下ろしている天上にいるような気持ちになれたよ。」小林は正直に言った。
「ずっとここに住んでいると、あまり変わった感じはしないが、たまに山を下りて
来ると、ここの独特の雰囲気が感じられて、良さが分るよ。今はもう都会には住めないね。」彼もそんな思いのようであった。
鍋から上がる湯気、物音一つしない部屋、考えようによっては、淋しくていられないような静けさが妙に落ち着かせてくれている。
「君、結婚はどうしたの。」唐突だったが、小林は気になっていたことを聞いてみた。「うん、したよ。」ぽつんと淋しそうに返事をした。