波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋   第27回

2008-09-30 11:09:18 | Weblog
小林はそんな木下の様子を見ながら、自分のことを考えていた。それじゃあお前はどうなんだ。そんなえらそうなことをいえるほどお前は立派なことをしているのか。お前だって毎日同じようなことをして遊んでいるのではないか。自分のお金じゃないから気楽なんだろう。お前にそんなことを言える資格はない。そんな声が聞こえてくるようであった。
しかし、小林は自分のことは忘れて「どうして毎日そんなところへ行かなきゃならないんだ。そこがそんなに面白いのか。第一、君は酒は飲めないし、歌も歌わないし、女遊びもしないじゃないか。」と続けていた。
鈴木氏から聞いている話ではキャバレーの店でラストまでいて、それから女を連れて食事に行き、飲みなおして深夜に帰ってくるらしいが、毎日のことなので大きな散財になっていると言うことだった。そして悪いことに会社の金を使うことははばかれるとあって、サラ金に手を出して借金を重ねているらしい。
そこからの返済、取り立ても始まっているらしい。
彼はそんな小林の話を聞いているのか、聞いていないのか、感情の変化も高ぶりも見られなかった。何を言われても平気である。
一言も言い訳をするではなく、説明するでもなく、上の空である。その姿はいつもの専務ではなく、全くの別人であった。小林はいうことだけ言って黙って店をでるとそこで別れた。そして歩きながら、人間って何だろう。あれだけ理性的で知的であった彼がすっかり変わってしまっていた。何が彼を変えたのだろう。まるで魂の抜けた抜け殻であり、別人であった。そして人間がどんなに弱く、脆いものであるかを目の当たりに見たのである。
もう自分のところから遠くへ行ってしまった彼のことを思いながら、彼をここまで変えてしまった環境の大きさを考えていた。
事務所に帰り、松山を呼んだ。「松山君。木下専務に会ってきたよ。もうどうにもならないね。ああなってはどうにもならないね。聞く耳持たずといったところだ。
残念だが、あきらめるしかない。これから何が起きるか分らないので。しっかり管理をしてください。当面取引は現金と言うことになるし、その都度相談と言うことになるので、報告してください。よろしく。」「分りました。担当の鈴木さんとも
良く連絡を取りながら、報告相談させてもらいます。」
松山も担当のお客のことであったし、複雑な思いで落ち着かなかった。あの謹厳実直な紳士に何があってどうしてこんなことになったのか、どうしても理解できることではなかった。