ようやくフランス出張から帰国。思えば12日に日本を出て
24日に戻ってくるなんてほぼ2週間近く西荻を離れていたことになる。
行きも帰りもエコノミークラスの窓際の席に押しやられ、
テトリスしようにもテレビモニターが故障して画面真っ暗、
という最悪のコンディションだったがなんとか日本に戻ってきた。
時差ぼけがつらい。
日本に戻る前に、セルビア人の友人にレピュブリック広場で会った。
郵便局にそのあと用があったので、広場から右岸をプラプラ歩いたのだが、
途中、サンドニ街近くでホームレスのおばあさんがうつろな顔で
路上に座り込み、宙を見ている光景に出くわす。
セルビア人の友人によると、彼女はセルビア人らしい。
90年代初めにパリに来て、普通に暮らしていたがそのうち
パスポートも財産もすべて強盗にあって失ってホームレスに。
出生証明などアソシエーションの力を借りてなんとか
セルビアから取り寄せたのだが、フランスの当局が受理せず
今に至るとか、なんとかいろいろ聞かされた。
要はセルビア人の友人の知り合いらしい。
ああ、そういう人生もあるんだなあ、
と思いながらまた先を進む。
自分
24日に戻ってくるなんてほぼ2週間近く西荻を離れていたことになる。
行きも帰りもエコノミークラスの窓際の席に押しやられ、
テトリスしようにもテレビモニターが故障して画面真っ暗、
という最悪のコンディションだったがなんとか日本に戻ってきた。
時差ぼけがつらい。
日本に戻る前に、セルビア人の友人にレピュブリック広場で会った。
郵便局にそのあと用があったので、広場から右岸をプラプラ歩いたのだが、
途中、サンドニ街近くでホームレスのおばあさんがうつろな顔で
路上に座り込み、宙を見ている光景に出くわす。
セルビア人の友人によると、彼女はセルビア人らしい。
90年代初めにパリに来て、普通に暮らしていたがそのうち
パスポートも財産もすべて強盗にあって失ってホームレスに。
出生証明などアソシエーションの力を借りてなんとか
セルビアから取り寄せたのだが、フランスの当局が受理せず
今に至るとか、なんとかいろいろ聞かされた。
要はセルビア人の友人の知り合いらしい。
ああ、そういう人生もあるんだなあ、
と思いながらまた先を進む。
自分