日々の泡盛(フランス編)

フランス在住、40代サラリーマンのどうってことない日常。

質問をするという行為

2009-06-28 07:02:27 | 東京
昨日は大学院の授業を受けていたのだが、なにか分からないことがあって
教授に質問したのだが、教授はその質問に対していろいろ考えあぐねた挙句、
「簡単には説明できない、ごめんなさい」と答えをくれなかった。
そんな大変な質問ではなかったのだが。
そのあと同じゼミの学生が「それはこれこれこういうことなんですよ」と
同じ質問に答えてくれたのだが、その答えはもともと僕もうっすら
考えていた答えだったので「そんな単純な話ではないはず」とココロの中では
思ったがとりあえず「ああ、そうですか」と言ってみた。

質問をするとはどういうことなんだろうか、と考える。
明確な答えを得られる問題など皆無だし、多分、問題の多面性を認識しつつ
その一部分に光をあてて、説明してもらうこと、を期待して質問するんだろうな。
それに対して単純化した形で、ステレオタイプな答えをもらってしまうと
そんなの分かってるよ、なんて思ってしまう。

社会人学生の中には評論家みたいに話す人がいて、ある問題や
ある命題にはもう既に答えがあって、それをいかに説得力を持って説明するか
にもう力点が入っているタイプがいる。その答えが経験則によるものか、は
どうか別として。それじゃあ、思考がそこで止まっちゃうじゃん、と思うんだが。

そのあと来期の授業の取り方について同じゼミの人と話す。
僕が何も分かっていないのでぎょっとされる。

今日からフランスに行ってきます。これから成田空港・・・。



突然フランスに

2009-06-27 00:46:43 | フランス
なんだかんだでベニスでの出張を引きずっていたら
いきなり上司から呼ばれて、フランスに出張する羽目に。
しかも出発はあさってだよ。そんな唐突な。

また10日ぐらいは不在にするのでしばらくは西荻の風景とも
お別れ。世間じゃあマイケル・ジャクソンの訃報のことばかりだけどね。

ゼミ復活

2009-06-25 22:32:20 | 東京
今日は久しぶりにゼミに出てみた。ヴェネチアで二週間休んだのと
教授が一週間休んでいたりとかいろいろ重なって遠のいていたゼミだ。
EUに関するトピックをまとめて発表したのだが、
いろいろ考えて論点を挙げた割にはことごとくスルーされてしまった。
まあ論点を挙げすぎて時間がなくなったせいもあるが・・・。
リスボン条約と、規制緩和と、高社会福祉の両立とかなんか
そういうテーマだったのだが。はっきりいってよく分からない。
国際政治の奥は深いと実感する夜だった。


ぼくのおじさん(3)

2009-06-22 23:37:54 | 自分について
昨日のうちに福岡に戻った姉とは別に、
うちの両親は今日の昼、鹿児島から福岡に戻ってきた。
そんな話を思い出して、夕方、時間を見つけて会社から
実家に電話をしてみた。

電話に出た母親はなんかあっという間の出来事にぐったり
していた感じだったが、電話口で笑ったりする余裕はあるみたいだった。
「星野村にドライブに行っていてなんもほんと知らんかったとよ。
で、家に戻ってきたらいきなりファクスが入ってて。
それを見たのが夕方の5時で。1時間で準備して、6時にこっちを
車で出て、鹿児島にやっと着いたのがもう夜の8時半やったとよ」
と福岡弁で話していた。

最後らへんで思い出したように、「あんたも今年は種子島に行ってみるね?
久しぶりに行っておじさんとかにも会わんと。みんないなくなるよ」
と言った。うちは親族が種子島の出で、おじさんたちも、親の実家も、
ぼくが子供の頃住んでいた場所もあそこにあるのだ。

ぼくのおじさん(2)

2009-06-21 22:59:37 | 自分について
夕方から代官山であった種ともこのライブに行ってみる。
よく渋谷の7Th FLOORというライブハウスでライブを
やっていたんだが、代官山は初めてかも。
開演ぎりぎりに行ったら、やはり、もう会場は満員になっていて、
仕方なく後ろのほうのカウンター近くに座る。
オリオンビールを出してくれる店だったので、
オリオンビールファンのぼくとしては嬉しい限り。

新アルバムからの曲とベストからの曲が中心だったが、やはり
生で、バンドで聞くと全然違いますなあ。種さんのロック魂爆発!
な感じ。「春の小川」も思いっきりロックだし、ギターの弾き語りが
光る「FAKE」もいい感じ!何よりよかったのはアルバムの中の
「砂山」という曲を種さんも昔からかっこいいと思っていて
何十年も前から自分でロックアレンジしながら部屋で歌っていた
というエピソード。 ぼくも砂山、はかっこいいと思う。
民謡みたいなんだけど、なんか荒々しくて、粗野で、そっけなくて。
歌詞もいいし、旋律もなんか日本のうたぽくてすばらしいと思う。

新曲の「ユリのココロ」をアンコールに聞けた。早くCD化してもらいたい
と思うような歌だった。ユリみたいに、真っ白で純潔で、傷ついても
苦しんでもまっすぐに咲いていくユリみたいなココロを応援する歌だった。

そのあと、鹿児島までおじさんの葬儀に行った姉から夜に電話がかかってきた。
朝7時に福岡から特急に乗り、八代で新幹線に乗り換えて、と大変だったらしい。
それでも鹿児島に着いたのは朝10時半。同じ九州でもやっぱ鹿児島は
遠いんだよ。
あまりの突然のことに誰も何も言えず、母親も親戚のおじさん、おばさんたちも
ただただ黙りこくっていたらしい。

おじさんは鹿児島で長いこと高校の教師をしていて、教育委員会の
役職なんかも勤めていた、みんなに慕われる性格の立派なおじさんだった。
そう、立派な人間だったんだ。夜になって、部屋にひっそり一人でいたら
おじさんのことを思い出してきた。そうやって思い出はココロに
棲みついていくもんなんだなあ。

ぼくのおじさん

2009-06-21 00:05:40 | 自分について
新中野の喫茶店でぼーっとパソコンで書類を売っていたら
携帯に福岡の姉から連絡が入る、突然。
話を聞くと、鹿児島のぼくのおじさんが今朝なくなったらしい。
母と父はすぐに車で福岡から車で鹿児島まで葬儀のために向かう。
姉も甥っ子と一緒に明日鹿児島に向かうらしい。
ぼくは東京に住んでいることもあり、明日の葬儀には鹿児島に行かないが。

亡くなったおじさんはぼくの母の兄で
子供の頃一番近しかったおじさんだ。鹿児島市内に住んでいて
高校の教師をずっとしていた。

ぼくが高校生のころ、ぼくの住んでいた熊本まで
遊びに聞いたことがあった。ぼくは熊本市内の高校に通っていた。
帰る日、ぼくはおじさんを見送りに高速バスのバス停まで送っていった。
高速バスというのが九州では発達していて、高速道路から
みんな長距離の路線バスに乗るのだ。
バス停で福岡から来るバスを待ちながらおじさんがぼくにきいた。
「どこん大学に行こうと思ってるのね?」
「分からんけど福岡の大学かも」
「じゃあ、たくさん勉強せんといけんね」
とかそういう会話をしたのを覚えている。

おじさんは天国に行ったんだろうか?ぼくの母親はまだショックを
受けて死を受け入れてないんだろうか? 父の運転する車は
無事に鹿児島に着いたんだろうか?
いろいろ考えながら夜はふけてゆく。

切り替えの問題

2009-06-19 07:17:56 | 自分について
ヴェネチアから戻ってきて1週間が過ぎた。
事務所の仕事にも復帰して、大学院の授業にもまた出席し始める。
「久しぶり」などと教授に言われる。まあ、ほんとに
そうなんだけれど。

ラジオを聴いていると仕事以外の趣味を持って
仕事に集中するときには仕事に、
遊ぶときには一生懸命遊んで、そうやってメリハリを
つけるのが一番、5月病や6月病の予防にも役立つと
言っていた。

僕の場合、美術関係の仕事を今していて、
大学院の授業は美術とは全然関係なく、NATOとかEUとか
やっているのでその意味ではいい気分転換になるのだが
仕事場での会話など聞いていると、つい一緒くたにしてしまい
心の中で憤ったりしてしまいあまりよくない。
というかアートと社会性(単なる社会性だけだったら
いいけど、原爆とか大量殺戮とかそういうやつ)
を無理に一緒にする展示(しかもなんか茶化すような)とかを
見に行った同僚の話とか聞くと、なんかギャップを感じてしまうのだ。
考え方はみなそれぞれ違うからいいんだけどね。



ヴェネチア7日目

2009-06-17 23:20:04 | 海外(フランス、スペイン以外)
ヴェネチアの移動は水上バス、バポレットと呼ばれるものだ。
本当にバスみたいにいたるところにバス停があって、
100人ぐらい簡単に乗れる。5分から10分間隔で
頻繁にバス停にやってくるので本当に使い勝手がいい。
料金は一回で6.5ユーロで割高だが
1日券とか3日券とかが割安で売っているのでそっちを
利用したら得かも。

ヤンファーブルの展覧会をやっているというので
水上バスに乗って見に行った。実はヤン・ファーブルは
昔から大好きなのだ。あの破壊的な、反逆なところがすばらしい!
そんな期待を胸に水上バスに乗っているとなぜか、遠くの島に
象のオブジェが立っているのを目撃。あまりにも気になって
あまりにも気に入ってしまったので写真を撮ってしまった。
ヴェネチアの海で長い鼻をゆらゆらさせる象、決まりすぎ。

ヴェネチア6日目

2009-06-14 21:43:27 | 海外(フランス、スペイン以外)
ヴェネチアには珍しい緑地に出かけた。こんな運河だらけの
およそ緑とは縁のないような街にも公園があるのだ。公園というよりは
工場跡地といった風情の場所。ぶらぶら歩いていると見事な枝振りの木が
風に揺れていた。それでもって一枚パシャリ。
ヴェネチアの樹木はこんな感じ。

ヴェネチア5日目

2009-06-12 23:56:22 | 海外(フランス、スペイン以外)
ヴェネチアの橋はかなりハードだ。渡る距離は少ないのだが、
階段数の多い太鼓橋みたいになっていて、重い荷物なんか持っていると
一つ渡るだけでかなりな体力を要する。そんな橋が至る所にある。
東京の平坦な、車が猛スピードで行き交っている脇をとぼとぼ
歩いていくような橋に慣れていると、これはちょっと驚いてしまう。

夜になると、職場の先輩と食事に行く。
ヴェネチア名産のイカ墨のスパゲティなど食してみる。
美味だ。缶詰買って帰りたい。

ヴェネチア4日目

2009-06-11 23:26:42 | 海外(フランス、スペイン以外)
大して行きたくもなかったのだが、仕事の関係者の
誘いで中華料理の店に行く。ヴェネチアで中華料理かよ。
料理は当たり前だが、普通の中華料理が出てきた。
五目チャーハンとか餃子とかキクラゲとか。
黙って食べていると、店に他の日本人客が入ってきた。
40代後半のさえない感じのおじさんだ。
僕はまったく面識がないのだが、仕事の関係者は知っていたらしく
僕らのテーブルにジョインした。
その日本人の話は、自己主張だけやたら強くて、
かつ独善的な正義感を振りまわすような話でうんざりして
しまったのだが、後で聞くと、彼は、日本の某有名な新興宗教の
広告塔だったらしい。どうりで話が合わないわけだ。
神様なんて信じてないしね、僕は。

ヴェネチア3日目

2009-06-10 22:33:29 | 海外(フランス、スペイン以外)
ヴェネチアに夜が降りて来る。
ヴェネチアにいる喜びをなんと呼ぼう。
大学院の授業で、コンストラクティビスムの論文を
読んだことを思い出した。そこには第二次世界大戦後の
世界と、ベネチア海洋国家時代の国際関係と、
ギリシャ時代のペロポネソス同盟の比較がされている論文だ。
その論文の批判点はたった一つ、
「どうして現代人と、ギリシャ時代の人間が同じ考え方を
したといえるのだろうか?」

まあ、そんなことはどうでもよくて
しばしヴェネチアの夕暮れをぼんやり眺める自分だった。

ヴェネチア2日目

2009-06-10 00:16:45 | 海外(フランス、スペイン以外)
翌朝は快晴だった。快晴というかうだるような暑さ。
テレビで気温28度とかと言っている。アフリカのよう。
北イタリアでこんな暑さだから、シチリアなんかどうでしょう?
とコーディネーターの人に言ったら「もう焦げてます」
と言っていた。

海沿いの岸を歩く。絶景が目の前に広がる。これが海洋国家の雄、
ヴェネチアの町だ。


ヴェネチア1日目

2009-06-08 22:31:15 | 海外(フランス、スペイン以外)
イタリア語も一言も喋れず、地球の歩き方北イタリア編も
1ページも読めないまま、ベネチア空港に着いてしまった。
空港は本土にあって、そこから水上バスに乗って、島嶼部にある
ヴェネチア島に行かなければならない。
空港に到着したのはもう夜8時半過ぎ。空がだんだん暗くなり
はじめる時刻。

荷物を待つターンテーブルで日本人の団体旅行の一団に遭遇する。
歳をとった人もいれば、若い人もいる。団体旅行なんてよく
できるなあ、と思う。僕は、子供の頃の遠足とか修学旅行で
みんなで同じバスに乗せられて移動するのがトラウマになって
今更団体旅行なんて逆立ちしてもできっこないのだが・・・。

一人で空港を出て、海のほうに歩いていく。
アドリア海に張り出した桟橋。それが水上バスの停留所だった。