日々の泡盛(フランス編)

フランス在住、40代サラリーマンのどうってことない日常。

メモワール

2011-05-30 16:04:06 | フランス
今日は会社帰りに難波まで電車に乗り、また博多ラーメンを食べに行ってしまった。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
たまたまシャルロット・ゲンズブールの新曲が出ているのを知り、
I-TUNEでダウンロードする。「メモワール」という曲だ。
アイルランドのロックバンド、villagersが彼女のために書いたらしい。




聞いているだけで都会の孤独や荒涼感、絶望感などが浮かび上がってくる。歌詞の中に
i give myself to strangers like i gave myself to you
という表現が出てくる。見知らぬ人に身を任せる、あなたに身を任せていたように。
とか、妄想する人々、フェチストなどと言ったボキャブラリーも出てくる。
こういう退廃的な世界こそ、まさにシャルロットの醍醐味かと思う。
同時にマルグリット・デュラスのヌーボーロマンや、もしくはルイス・ブニュエルの
映画の中に出てくる退廃感と共通するような気もするが。

といろいろ考えながらシャルロットの歌を聞くと、フランスの懐かしさがこみ上げる。
自分の身の回りの人もみんないい人たちなのだが、真面目すぎたり、健全すぎたり、
常識人過ぎたりして、ときどきすごく疲れるのだ。

スペイン語のトリック

2011-05-29 16:50:38 | 大阪
といっても別にスペインに漠然と行きたいと思っているだけで、
まだいつ行くか、とか具体的な目途がたっていないのだが。

で、梅田のスペイン語の学校に通い始めて3週間ぐらいたった。
気がついたのは、やはりもともとラテン語系の言語だけあって
フランス語と非常に単語が似ている。擬態語はonomatopes
とフランス語で言うが、スペイン語ではonomatopeyasだ。
食べ物についてもフランス語はalimentationだが、スペイン語も
alimentacionとほぼ同じなのだ。

とはいえ、動詞の活用などは微妙に違っていて、時制に対する
考え方も複合過去と単純過去のフランス語に対して、
スペイン語は点過去、線過去、現在完了、など少々複雑なのだ。



今週の自分

2011-05-25 14:17:45 | 大阪
今週はこれと言って何も起こらない、平凡な日々だ。
週末に行った南蛮文化館のことを職場の同僚に話したり、
友人にメールで説明したりしたが、それを除いてはルーティーンの
仕事をこなし、仕事場と自宅の往復をするだけの平凡な日々だ。
大阪に博多ラーメンを食べに行こうと思うのだけれど、距離や
帰りの時間などを考えると足が遠のいて、週末でもいいかな、と
思ってしまう。

今日、南海電車に乗って自宅に帰ってきたのだが、
驚いたことに乗った車両で座っていたサラリーマンが、みんな、
ぐったりしてしょぼくれて、人生に疲れたような顔をしていた。
精彩を欠いているというか・・・。ああ、こういう中年サラリーマンに
なりたくないよ、と思ってしまうような。
それぞれの人生があって、それぞれ疲れているのかもしれないが。
でも、じゃあ、どんな人生が送りたいのか?と問われると非常に困る。

大阪の南欧

2011-05-21 14:57:07 | 大阪
今日は午前中は梅田にあるスペイン語の教室に行く。
クラスには僕以外3人いて、20代ぽい若い男と、30前後の女性と
60がらみのおばさんがいる。なんかみんな非常に見た感じとか
挙動がモロ大阪っぽくて、非常に緊張してしまう。
60がらみのおばさんなんか、スペイン人の先生に向かって、
スペイン語を話す途中で、「そやなあ」とか、「わからへんわ」
みたいな大阪弁を挟みながら話すのだ。あと、僕がちょっと流暢に
スペイン語をクラスで話したのが気に入らなかったらしく、
(流暢といっても、全然流暢じゃなくて、この初級クラスにしては
流暢だ、とそんだけのレベル)、「あんた、もっと上のクラスに
行ったほうがええんとちゃう?」みたいなことを大阪弁で言われた。

そのあと梅田から歩いて一つ隣の駅、中津まで行く。
たまたま先週本屋で立ち読みしていたら、中津にある南蛮文化館という美術館が
今開館している、ということを知り、来てしまった。
ちなみにこの美術館は、名前のごとく南蛮美術のコレクションを中心に公開しているが、
5月と11月の年に二ヶ月しか開館していない、非常に稀有な美術館なのだ。

行くと、係りの女性が親切に屏風絵(洛中図)のことを詳しく説明してくれた。
僕は長崎の県立博物館を屏風絵を見て以来だったのだが、壮麗な屏風絵を見ていると
なんか安土桃山時代にタイムスリップしてしまうような気持ちになってしまうのだ。
ああ、でも、あんなすばらしい屏風絵や古伊万里のコレクションを
年に二ヶ月しか公開しないなんてもったいない。

進まざるもの必ず退く、退かざるもの必ず進む

2011-05-20 23:33:23 | 大阪
というかちゃんと引用していないんですが、福沢諭吉です。
先月からやっている仕事で、なかなか必要な人が探せなくて、
うまくいかないことがあり、半分、あきらめかけていたのだが、
といいつつ諦めずにやっていたら最終的に人がみつかって、
うまくいった(まだ仕事自体は始まってないが)、ということが
最近あり、諦めずによかったなあ、と思っていたところだった。
諦観というのは、やっぱ、よくないよなあ。諦めずにとりあえず
何かをやることが大事なんだと思うな。

6月の頭の週末に上京し、大学院に入学するときに推薦状を
書いてもらった別の大学の先生に会う。あと同時に、去年モロッコに
行ったときに非常にお世話になった友人にもあう予定だ。
まだ飛行機も手配してないが。

頭の中の川~エブリシング・バット・ザ・ガール

2011-05-18 15:12:18 | 音楽(種さん以外)
youtubeでひょんなことからeverything but the girlの曲を発見してしまった。
90年代の、暑い、ロンドンの夜を伝えるようなクリップだ。




歌詞の中に
there is a river in my head というフレーズが繰り返される。
頭の中を流れる川。それはどういうことなんだろうか?

90年代は、思春期に自分に自信が持てなくてコンプレックスの塊だった僕が
少し自分の殻から開放される時代だったような気がする。
といっても会社に適応できなかったり、失業したり、フランス行ったり、
戻ってきて実家でブラブラしたりとわりと起伏のある時代だったが。
そんななかでよくEVERYTHING BUT THE GIRLを聞いていた。
なんか繊細なところが好きだったのだ。

大阪のもつ鍋

2011-05-14 15:26:46 | 大阪
滅多にないことなのだが、会社の同僚に誘われて
梅田にある、もつ鍋の店に行ったきた。なぜ、めったにないことかというと、
かなり終わっているのだが、この歳まで独身生活をしていると
なんか単独行動が一番落ち着くので、人と会ったりしないのだ。特に
会社の同僚と、会社以外で、しかも大阪市内で、なんてありえなかったのだ。
誘われることもなかなかないしなあ。ありがたいことだ。

といいつつ、、同僚とサシでもつ鍋などつつくのはなかなか
趣があるものである。
調子に乗って、もつ鍋、筑前煮、明太子入り鳥のから揚げ、豚足のから揚げなど
いろいろ注文したせいで、もつ鍋全部食べ切れんかったばい。
他のは全部たいらげたが。
でも豚足のから揚げ、えらいうまかった。豚足はから揚げが一番よかね。
煮るやつは形がそのままでてリアルすぎて食べにくいし。


今週のことば

2011-05-11 16:37:24 | 読書生活
今週の読書でもっとも心に残った言葉

人間は過去を思い出すのではない。
それをいつも再構成するのである。
----彼は過去を保存しているのではない。
彼は現在から出発する。そして、彼が過去を知り、
それを解釈するのはつねに、彼自身をとおしてである。

-リュシアン・フェーブル

まさにフェルナン・ブローデルの師匠、フランスの
アナール学派の草分けのフェーブルの重みある言葉である。
現在を通してしか、過去を見ることはできない、
現在のフィルターを通して、流動的な過去を再構築した
残像をわれわれは見ているだけなのだ。

スペイン語再び

2011-05-07 14:09:50 | 大阪
大学院も卒業し、とりあえず東京に頻繁に行かなくてよくなったので
今日から毎週、梅田のスペイン語学校に通うことにした。
何度習ってもうまくならないのだが、ホントに懲りないよ、自分。

最初に習ったのが大学のときの授業、そのあと就職して90年代後半、
四谷にある某大学の生涯学習センターに半年通ったが、いずれにせよ
上達せず。そしてそのうち、狂ったように何度もスペインに旅行に行ったが
語学は放置。単語だけでのコミュニケーションの世界(コミュニケーションできてなかったが)。
これではいかんと、2年前にまた一念発起して代々木にある私立の
スペイン語学校に通い始めたが、半年して大阪に転勤になってしまって、中断。
ということでいつも初級を行ったりきたり、のぱっとしないスペイン語人生なのだ。

で、いくらなんでも数字とか、月とか、季節とか、そういうのはもういいから
点過去とか線過去とかそういうクラスに入れてください、と頼んだが、今日行った
入門と初級のちょうど間ぐらいのクラスは、なんか無茶苦茶レベル低い感じ。
本当に大丈夫だろうか、このクラスで。

ということで写真はスペイン語の教室のあと、くつろいでている淀屋橋のカフェからの景色。



福岡びいき 大阪びいき

2011-05-04 17:47:12 | 大阪
九州人というか種子島出身のうちの親は二人ともJRと言えない。
JRを「ジェーアール」という代わりに「ゼーアール」としか発音できない。
実家の近所のフランス料理レストランの「シェ・オガワ」という店も
「セ・オガワ」としか発音できない。「ジェ」とか「シェ」が言えないのだ。

まあ、そんなことはどうでもいいのだが、大阪の知人に
梅田の近くに、博多の明太子の老舗大手、やまやの経営するレストランがある
との話を聞く。どうもその店では明太子、高菜が食べ放題らしい。
すぐにでも行きたい、と思うのだが、よく考えると僕は大阪でラーメンは
道頓堀の一蘭に通い、また今度はやまやの明太子、だとかなんやかんや言って
博多の味覚にへばり付いているだけで、いっこうに大阪の味覚に
適用しようとしないような気がしてきた。
大阪は食い倒れの町で、うどんとかお好み焼きとか粉モノが無茶苦茶
おいしいもんがそろっているにもかかわらず、だ。
これじゃ、いかん、とかってちょっと思いながら、自分の中の
九州人アイデンティティーも否定できない自分だった。

やっぱ福岡が一番よか

2011-05-01 14:48:43 | 福岡
ゴールデンウィークの前半は福岡の実家に帰省しており、
両親や親族と食事や飲み会をしていたのだが、標題はうちの母親が発した言葉。
たしかに、福岡県の人間は自己満足度が極めて高く、かつ郷土愛が強く
福岡に住むことを非常に誇りに思っているのだ。

休暇中何度か西鉄電車で天神に行ったのだが、やはり九州は美人が多いと思う。
西鉄電車の1車両だけでも美少女や美人が普通に乗っている。
他の地方に比べてやっぱ九州人は顔立ちが派手なのだ。ちなみに九州では
男も女も眉毛がくっきりして、鼻筋が通っていて、目が大きくてパッチリ
した人間がモテるので、韓流スターのような地味な顔立ちが受けるのが
ほとんどの人が理解できていない・・・。

まあ、そんなことはどうでもいいのだが、地元の本屋で福岡のガイド本を
立ち読みしていたのだが、今、すごい数の福岡のレストランを紹介する刊行物が
増えていて驚いた。おススメのバー、大事な人を連れて行きたいレストラン、とか
そのたぐいの本が何種類も本屋に並んでいる。しかも地元の出版社が出しているもの。
何冊か買って大阪に持って帰ってきた。電車の中で読んでいて感動した文章が
あったので抜粋しておこう。やっぱ福岡はよかばい、と思うような言葉たい。

     *      *      *

自ら仕入れに行くことで人件費や中間マージンを抑え、この価格を実現している
という。また鮮魚店時代に培った知識や目利き、市場の人々との人脈を最大限に
生かし、素材に応じて七つの仲卸を使い分けること、その日の朝仕入れた魚の
70%をランチで使い、残りの30%を夜で売り切るという考え方で仕入れを
行うのが小郷さん流だ。
「心をもらったときの笑顔とお金をもらったときの笑顔。どっちが嬉しい?
という祖母の言葉が心に残っています」と小郷さんは言う。