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日々の泡盛(フランス編)

フランス在住、40代サラリーマンのどうってことない日常。

子供の頃の体験

2009-11-12 22:42:51 | 自分について
今日は仕事で外に出ていのだが、外で会った仕事の関係の
人が妙に不自然な動作をしているのが印象に残った。
なんか言葉も動きもぎこちないのだ。

それで思い出したのだが、僕は子供の頃親の転勤で
よく転校していた。小学校、中学校果ては高校も転校していたくらいだ。
とは言っても田舎にずっと住んでいたのでなかなか
大都市に住む経験はなかったんだけれど。
それでも子供でも転校というのは大きな経験だ。
全然違う文化圏、全然違う風習の街に越していくのだから。
僕の場合西日本をあちこち転校していたのだが、やはりそれでも
あちこちでギャップを感じた。
そんな中で子供なりに感じたことがある。これは処世術の鉄則だと思うが、
「どんな場所に行っても、前いた場所のことは誉めるな」ということだ。

実は福岡から鹿児島に子供の頃転校したことがあった、(今は違うが)
あまりに田舎だったので子供心にがっかりしたことがある。
福岡にいたときはテレビが6チャンネルぐらい見れたのに
鹿児島にいったらいきなりチャンネル数が減ってしまったのだ。
そういうささいなことなんだが、子供にとっては大事件だった。
でも親も鹿児島出身なんで、あまり不平を言えなかったが。
「福岡に比べると鹿児島は発達していない」みたいなことを
小学校でうっかり言ってしまってクラスから総スカンを食ってしまった
ことがある。それ以来、警戒してあまり不満を言わないようになってしまった。
情けないような、悲しいような思い出なんだけど。


家族考

2009-11-01 20:25:12 | 自分について
福岡の母親から手紙が来た。大した用事はなくて、近況報告だったんだが。
福岡の甥っ子が佐賀の三瀬どんぐり村に社会科見学に行ったとか、
熊本で父親の同窓会が開かれたとか、母親が菊の勉強会に行っているとか。
最後に、「家族の幸せだけをいつも願っています」と書かれてあった。
何が幸せなんだかよく分からないんだが、うちの家族はすごい心配性で
僕が海外出張に行く度に地元の神社に、僕が出張中に事件に
巻き込まれないように、とかそういうのをお祈りしに行くのだ。
家族じゃなくていいから、自分の幸せを考えてください、と言いたくなる
ような照れくさい手紙だ。

動物的なカン

2009-10-25 23:26:56 | 自分について
今週は眼精疲労気味。パソコンの画面ばかり眺めるのにも厭きてきた。
とは言っても9月の集中講義のレポートをまだ完了していないため
その作業のため、今日の午前中はパソコンに向かっていた。
結局終わらなかったんだが。

曇り空の下、電車に乗ってぶらっと出かける。
Ipodで大貫妙子の曲を聴いていたら次のようなフレーズが耳に入った。

迷わずに鳥は海を渡る

あの有名なフランス映画を思い出させるような一節だ。
そうなのだ、鳥は地図もないのに何千キロも旅をして目的地に着くことができる。
これは体内に埋めこまれた、本能という不思議な装置のおかげと言うしかない。
カーナビとかって言って、ほんの数キロ先の町までも地図なしでは
いけないような人間が情けない。
といいつつ、雑誌を読んでいたら「動物的なカンでひたすら勝ち続ける
ディーラー」というフレーズが載っていた。分析も計算もせず、
ひたすらカンに頼って(経験則?)勝ち続けるウォールストリートの
話だった。人間にもそういうのがあるんだな。
僕も本能、というか動物的カンを使って人生を進んで行きたい。

拘泥すること

2009-10-19 23:26:15 | 自分について
フランスから戻ってきて時差ぼけの頭を引きずりながら
また普段の生活が始まった。今日は出勤日初日だったが
夕方ごろから眠気に襲われる。

種さんのブログを読んでいたら「過去に拘泥する」という
表現があった。拘泥なんて久しぶりに聞いた日本語だ。
過去に拘泥しない、でも否定もしない。そんな文章だった。

拘泥しない、とはすばらしい行為だと思う。年齢を重ねると
ついつい、調子の良かった時代に拘泥してしまい、自分を
甘やかしたり、哀れんだりして全然前に進んでいかないものだ。
懐古趣味とか、なんか嫌だよな。

作る喜び

2009-09-27 20:14:48 | 自分について
周りの人間は皆知っているが、僕はかなり不器用だ。
性格も不器用なんだが、手先なんて全然ダメで、箸なんかも
まともにもてない。これでよく大人になったなあ、と我ながら
感心してしまう。

そんな僕だが最近自炊に凝っている。元はといえば外食ばかりだと
栄養が偏るし、実際偏ってたんだけど、何よりも野菜が
食べたくなったからだ。あと自炊しているといい気分転換になるしな。

とはいえ、僕の場合かなり不器用なので料理もまともなものが
できず、すぐ犬のえさみたいなのができあがってしまう。
まあ、それでもおいしけりゃいいだんだが。

今日も集中講義

2009-09-21 09:02:00 | 自分について
連休中なんだか今日も集中講義を受けに行く。
今日は開発援助の話の続きと、紛争地域の平和構築など。
理論的なところ(実はこっちのほうが好きなんだが)と
実際の例など示しながら朝11時から午後6時まで延々と講義が続く。
コソボとかマケドニアとか東チモールとかカンボジアとか
いろいろ話を聞いているうちに、先週町工場がどうとか
倉庫街に行って新鮮だったみたいなことを考えていた自分が
ますます青く思えてきた。授業の最後でアフガニスタンの
スライドなど見る。実際に教授がカンダハルに行ったときに写真だ。
援助でできた道路、学校など。当時まだカンダハルには外国人が行けた時代。
草木一つ生えていない、砂嵐の中の荒野を父親に手を引かれて
10歳ぐらいの女の子がロバと一緒に歩いている写真があった。
決してぼろぼろの服を着ているわけではない、と先生が言っていたが
確かに、美しい色彩の民族衣装を着ている。
ふとこの女の子とお父さんはマイケル・ジャクソンが
死んだことも知らないのかな、などと思った。
いや、でも別の写真では街角でコカコーラが売られていたから
そんなことないか。
まあ、とにかくいろいろなことを考えながら写真を見ていたので
非常に疲れてしまった。でも、「世界の見方を勉強する」なんてよく言うが、
全部の世界を見ることなんて不可能だし、各人の世界観を理解すること
だって至難のわざだ。カンダハルは遠すぎるからそこの人々の世界観は分からない、と言っても、じゃあ、同じ日本人だからといって、平和島で会った
人々の価値観を僕が理解しているかと言ったらそれだって怪しいもんだ。
それでは僕が何をやっているかというと、偏狭な僕の世界の見方を
少しでも広げるために人に会ったり、本を読んだり、
考えたりしているということか。


複雑なキモチ

2009-09-17 22:49:16 | 自分について
今日も仕事の関係で下町の町工場を何件か回った。
町工場には独特の雰囲気が流れていて、手に職を持った
技術者が黙々と働いているのがよく分かる。

職場に戻ると同僚が作った新しい企画書が書かれていた。
でもなんだかそうやって外の世界を見た後では、
虚しく字面だけ小難しく踊っている文章にしか読めないのだった。
誰に分かってもらおうとしてこんな単語を使っているんだろうか?
そんなんじゃ何にも伝わらないよ、と思ったが別に僕は
その同僚の上司でもなんでもないので何もコメントせず。

日曜の夜に大酒飲んだせいでずっと禁酒していたら
目がくぼんできた。ああ、僕の目はいつもアルコールのせいで
なんか瞼が脹れてたんだなあ、などと納得。そういえば僕の父は
若い頃、鹿児島の人間にありがちだが無茶苦茶奥目で彫が深かった。
禁酒は小休止で、今晩は黒ビールなど軽く飲む。

実は複雑な気持ちがまだ続いている。僕は仕事にあまり実感が
もてないんじゃないか。他人を喜ばすとか、他人に誉めてもらうことを
目的とする仕事なんてむなしい。自分の手でどうやって仕事をするか。

本を読んでいたら、次のような文章があった。

地雷で手を失ったカンボジアのブンタ氏(36歳)
多くの仲間が戦争に借り出され目の前で死んだ。そのトラウマのせいか
精神的な障害を持ち、歩いていても意識を失うこともあるという。
20アールの土地を持っているが十分な収穫が得られていない。
「将来の展望や夢は?」との質問に、「考えたこともない」とのこと。
目の前の生活を安定させることしか考えられない。

感情の種-珍しく自己嫌悪

2009-09-12 13:25:01 | 自分について
仕事上のストレスとかって僕の場合、もともとそういうもんだろう、
と最初から思っているので、あまりストレスをストレスと受け止めることもなく
割とサバサバやりすごしている(つもり)なんだが、
なんか今日は一日中仕事関係のトラブルでストレスフルな日になった。
しかも最後らへんが深夜近くまでの残業となって、体力がついていかない・・・。

思わず上司に「俺だけの責任じゃねえよ」とか、もしくは
「こんなんじゃやってられないよ」とぶちまけようと思ったが、
別に恋人同士じゃあるまいし、そんなココロの叫び訴えられてもなあ、
と思い返し結局黙って仕事をしてしまった。
あと、周りの割と仲のいい同僚にいろいろ愚痴ってスッキリしようかな、
とも思ったんだが、もともと仕事のことをそんな風に愚痴る習慣もないので
ちょっと唐突かも、と思いやめてしまった。

ということで結局感情は抑えたまま残業して、家に帰る。
こんな風になんやかんやいって、僕は感情を解放しないからダメなんだろうな、
などとちょっと自己嫌悪に陥ってしまったばい。

ぼくのおじさん(3)

2009-06-22 23:37:54 | 自分について
昨日のうちに福岡に戻った姉とは別に、
うちの両親は今日の昼、鹿児島から福岡に戻ってきた。
そんな話を思い出して、夕方、時間を見つけて会社から
実家に電話をしてみた。

電話に出た母親はなんかあっという間の出来事にぐったり
していた感じだったが、電話口で笑ったりする余裕はあるみたいだった。
「星野村にドライブに行っていてなんもほんと知らんかったとよ。
で、家に戻ってきたらいきなりファクスが入ってて。
それを見たのが夕方の5時で。1時間で準備して、6時にこっちを
車で出て、鹿児島にやっと着いたのがもう夜の8時半やったとよ」
と福岡弁で話していた。

最後らへんで思い出したように、「あんたも今年は種子島に行ってみるね?
久しぶりに行っておじさんとかにも会わんと。みんないなくなるよ」
と言った。うちは親族が種子島の出で、おじさんたちも、親の実家も、
ぼくが子供の頃住んでいた場所もあそこにあるのだ。

ぼくのおじさん(2)

2009-06-21 22:59:37 | 自分について
夕方から代官山であった種ともこのライブに行ってみる。
よく渋谷の7Th FLOORというライブハウスでライブを
やっていたんだが、代官山は初めてかも。
開演ぎりぎりに行ったら、やはり、もう会場は満員になっていて、
仕方なく後ろのほうのカウンター近くに座る。
オリオンビールを出してくれる店だったので、
オリオンビールファンのぼくとしては嬉しい限り。

新アルバムからの曲とベストからの曲が中心だったが、やはり
生で、バンドで聞くと全然違いますなあ。種さんのロック魂爆発!
な感じ。「春の小川」も思いっきりロックだし、ギターの弾き語りが
光る「FAKE」もいい感じ!何よりよかったのはアルバムの中の
「砂山」という曲を種さんも昔からかっこいいと思っていて
何十年も前から自分でロックアレンジしながら部屋で歌っていた
というエピソード。 ぼくも砂山、はかっこいいと思う。
民謡みたいなんだけど、なんか荒々しくて、粗野で、そっけなくて。
歌詞もいいし、旋律もなんか日本のうたぽくてすばらしいと思う。

新曲の「ユリのココロ」をアンコールに聞けた。早くCD化してもらいたい
と思うような歌だった。ユリみたいに、真っ白で純潔で、傷ついても
苦しんでもまっすぐに咲いていくユリみたいなココロを応援する歌だった。

そのあと、鹿児島までおじさんの葬儀に行った姉から夜に電話がかかってきた。
朝7時に福岡から特急に乗り、八代で新幹線に乗り換えて、と大変だったらしい。
それでも鹿児島に着いたのは朝10時半。同じ九州でもやっぱ鹿児島は
遠いんだよ。
あまりの突然のことに誰も何も言えず、母親も親戚のおじさん、おばさんたちも
ただただ黙りこくっていたらしい。

おじさんは鹿児島で長いこと高校の教師をしていて、教育委員会の
役職なんかも勤めていた、みんなに慕われる性格の立派なおじさんだった。
そう、立派な人間だったんだ。夜になって、部屋にひっそり一人でいたら
おじさんのことを思い出してきた。そうやって思い出はココロに
棲みついていくもんなんだなあ。

ぼくのおじさん

2009-06-21 00:05:40 | 自分について
新中野の喫茶店でぼーっとパソコンで書類を売っていたら
携帯に福岡の姉から連絡が入る、突然。
話を聞くと、鹿児島のぼくのおじさんが今朝なくなったらしい。
母と父はすぐに車で福岡から車で鹿児島まで葬儀のために向かう。
姉も甥っ子と一緒に明日鹿児島に向かうらしい。
ぼくは東京に住んでいることもあり、明日の葬儀には鹿児島に行かないが。

亡くなったおじさんはぼくの母の兄で
子供の頃一番近しかったおじさんだ。鹿児島市内に住んでいて
高校の教師をずっとしていた。

ぼくが高校生のころ、ぼくの住んでいた熊本まで
遊びに聞いたことがあった。ぼくは熊本市内の高校に通っていた。
帰る日、ぼくはおじさんを見送りに高速バスのバス停まで送っていった。
高速バスというのが九州では発達していて、高速道路から
みんな長距離の路線バスに乗るのだ。
バス停で福岡から来るバスを待ちながらおじさんがぼくにきいた。
「どこん大学に行こうと思ってるのね?」
「分からんけど福岡の大学かも」
「じゃあ、たくさん勉強せんといけんね」
とかそういう会話をしたのを覚えている。

おじさんは天国に行ったんだろうか?ぼくの母親はまだショックを
受けて死を受け入れてないんだろうか? 父の運転する車は
無事に鹿児島に着いたんだろうか?
いろいろ考えながら夜はふけてゆく。

切り替えの問題

2009-06-19 07:17:56 | 自分について
ヴェネチアから戻ってきて1週間が過ぎた。
事務所の仕事にも復帰して、大学院の授業にもまた出席し始める。
「久しぶり」などと教授に言われる。まあ、ほんとに
そうなんだけれど。

ラジオを聴いていると仕事以外の趣味を持って
仕事に集中するときには仕事に、
遊ぶときには一生懸命遊んで、そうやってメリハリを
つけるのが一番、5月病や6月病の予防にも役立つと
言っていた。

僕の場合、美術関係の仕事を今していて、
大学院の授業は美術とは全然関係なく、NATOとかEUとか
やっているのでその意味ではいい気分転換になるのだが
仕事場での会話など聞いていると、つい一緒くたにしてしまい
心の中で憤ったりしてしまいあまりよくない。
というかアートと社会性(単なる社会性だけだったら
いいけど、原爆とか大量殺戮とかそういうやつ)
を無理に一緒にする展示(しかもなんか茶化すような)とかを
見に行った同僚の話とか聞くと、なんかギャップを感じてしまうのだ。
考え方はみなそれぞれ違うからいいんだけどね。



ゆっくり歩いていこう

2009-05-13 23:59:20 | 自分について
誰ともキャッチボールしない人生はない。と種さんがブログに書いていた。
確かにそうだと思う。でも僕もキャッチボールのまずさがネックになって
ソンばかりしてきたと思う。友達もそんなにできなかったしね。

最近一緒に仕事をしているおじさん(60歳ぐらい)が、
「あんまりいろいろ考えないで、ロボットだと思って仕事すればいいよ」
と言ってくれた。いろいろな個性がぶつかりあって、どうもぶつけられる
ほうの立場に立っている僕を心配して言ってくれたみたいだ。

フランスで上司だった女性は、あるときちょっと弱気な僕に
「なに、言ってんの!あなたはフランスで嫌というほど鍛えられたでしょ!」
と叱咤した。そうなのだ、鍛えられたことには鍛えられたのだが。

家に帰ると母親から送られた茶封筒が郵便受けに入っていた。
中を開けると「八女の新茶」が三パック入っていた。
「疲れたときに一服してください」とだけ書かれた手紙が入っていた。
気にしたり、心配してくれたりしてくれる親がいて
よかったと思った。

あたふたと

2009-05-09 00:29:51 | 自分について
最近、とんでもなく仕事が忙しくなっている。
毎日家に帰るのが12時近く。大丈夫か、自分。
やることが多すぎて、なんか朦朧としてくる。
けど、その合間に大学院なんか行ってるから、今日など
大急ぎで電話などをしどろもどろになりながら、仕事場でこなし、
そのあと大学まで行って授業を受けてきた。
しかも、そこでEU史なんかの発表など30分した。
そのあと、授業が8時半ぐらいに終わったのだが、余韻も
冷めぬうちにまた事務所に戻り11時ぐらいまで残業。
そんで明日、また国際政治経済なんか受けに行くのだ。
わけわかんないぜ~。

ちなみに僕は10年ほどまえ、二十代後半の頃も今の会社に
勤めていたが、その頃は定時に帰って、午後10時半ぐらいには
床に入っていのだ~。あの日に帰りたい。


人間関係の希薄さ

2009-03-20 00:16:17 | 自分について
自分のことで恐縮だが、僕は会社でも実生活でも人間関係が希薄だ。
要するに友人が少なくて、あまり他人に近くないところで生活している。
まあ、無理に友達を作ろうとしない、というかそんな気も起こらないし、
なんか輪から外されて生きてきたみたいなところもあるのだ。

ということで会社でも、同じ部署の人を除いてはあまり交流などないのだが、
これではいかん、と一念発起して、今日はちょっと親しい他の課の子と
ランチに出てみた。ちょっと親しいといっても、入社したときから
知り合いなので、ちょっと親しいというほどでもないか。
なんか雑談していて、「あなたは他人への好き嫌いが激しい」
と指摘された。それはあたっている。なんか他人のことが嫌いになると
その人と目を合わせるのも嫌になってしまう。小学生のころから。
本音と建前とか自分はあんましないので、そうなってしまうのだ。
「どんな人が嫌いなの?」とたずねられた。いろいろ答えはあったのだが
とりあえずこう答えた。
「自分がすっごい苦労をしてがんばって生きてきた、とか、
自分がやっていることはこんなに大変なんだ、とかって見せようとする人」と。
要するにそういうことだ。なんかカッコ悪いじゃん、そんなん。