【6会場に250点余、過去最大の展覧会】
26日、奈良県立美術館。影絵作家の第一人者、藤城清治はこの4月17日に米寿(88歳)を迎えたばかり。これまでに童話や聖書、自然風景などを題材として描いた作品は1000点を優に超える。「影絵は自然と人間の夢と技とのコラボレーション」(藤城)。東京生まれだが、奈良は「ぼくのふるさと」という。会場にはアルバムに1枚しか残っていないという幼児期のモノクロ写真が飾られていた。奈良公園のシカを前に、両親と姉と一緒に写った80年ほど前の写真。万葉集から着想を得た大壁画や若草山の山焼きを描いた影絵の新作なども展示され、奈良への熱い思いもあふれていた。
「悲しくも美しい平和への遺産」と「ねずみの海賊船」
「光彩陸離」という影絵の壁画に圧倒された。北海道・生田原の「コロポックル影絵美術館」に展示している大壁画(縦9m、横18m)の縮小レプリカだが、自然の息吹が繊細に描かれ、思わずため息が出るほど。2年がかりで精魂を傾けた作品という。描かれた木々の葉は10万枚以上、花びらは6万枚以上、それらを切り取るために使ったカミソリの刃は5万枚を超えるという。想像しただけでも気が遠くなりそうだ。
「歌が世界を動かした ウィー・アー・ザ・ワールド」も感動的だった。1985年、大飢饉に襲われたアフリカの子供たちを救おうと、マイケル・ジャクソンがライオネル・リッチーと共に曲作り、多くの歌手仲間に呼びかけてレコーディングした。この救済活動を影絵に描き絵本にしたものだが、マイケル・ジャクソンをはじめスーパースター1人ひとりの表情が実に生き生きと描かれていた。そのコーナーには「マイケル・ジャクソン追悼」と書かれていたが、彼の急逝が実に惜しまれる。
1~2階の階段踊り場に展示された大壁画「萩と鹿」(藤城清治「88歳米寿を迎えるぼくが渾身の力を振り絞って描いた万葉集と奈良への愛と情熱の結晶」)
藤城の創作意欲の源泉はどこにあるのだろうか。作品の数々を鑑賞しながら、こんな疑問がずっと頭をよぎっていた。影絵の世界に踏み込んで半世紀以上。この間、絶えず影絵の新しい可能性に挑戦してきた。その自負とともに第一人者としての責任感が創作意欲を駆り立てているのか。作品の中には郷愁を誘うものや心温まるメルヘンチックなものも多かった。見ているうちに山下清、いわさきちひろ、原田泰治らの作品がふと思い浮かぶ瞬間があった。