経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

移ろうデータと変えるべき評価

2015年06月21日 | 経済
 マクロ経済を研究している者なら、基礎にしていたGDPが改定されてしまい、手直しを余儀なくされた経験を一度や二度はしているのではないだろうか。大抵は数字の書き換えで済むが、稀に主張にまで響くこともある。それだけに、一種類の統計データや単一の理論に頼らず、多角的に事象を見渡し、総合的に判断することが大切だと思う。

 小巻泰之先生の新著『経済データと政策決定』は、そんな移ろう統計データの実態と政策への影響に迫るものである。中でも、消費増税という重大な政策決定の評価がGDPの改定によって変わり得るものになっていたとする第4章の指摘には、考えさせられるものがある。消費増税の評価は、歴史的関心にとどまらず、来年予定される増税判断にも大きく関わってくる問題だ。

………
 民主党政権下における「消費増税は97~98年の景気後退の主因ではない」(社会保障改革に関する集中検討会議 2011/5/30)という誤った評価が、一気に3%も消費税を引き上げるという過激な政策判断を生んだ。その結果は、2014年度の成長率が、政府見通しを2%も下回り、-0.9%に転落するという惨めなものだった。(この数字も改定はあり得るが)

 2014年度の民間消費は、それまでの各期0.5%成長というトレンドと比較すると、13兆円も少ない(下図)。これは、増税額8.1兆円に、前年度1-3月期の駆け込み消費の年額5兆円を加えた大きさに匹敵する。「主因ではない」とは、とても言えない大きさだ。つまり、高名な経済学者の見解より、「所得を抜けば、消費が減り、景気は悪くなる」という庶民の常識の方が正しかったわけである。

 誤った認識の一因に、前回増税時の1997年7-9月期や10-12月期GDPのプラス成長への評価がある。ここでプラスになったから、悪影響はひと区切りで、そこから先のマイナス成長は、アジア通貨危機や大型金融破綻が「主因」というわけである。実は、このプラス成長だが、小巻先生が指摘するように、GDPの改定でマイナスになったり、プラスになったりしており、分析を行う時期によって、評価が異なる可能性があるのだ。

 筆者は、同時代を生きていたので、後づけ的に消費税無罪説が現れたことに、とても困惑させられた。消費減で在庫が急増し、生産調整から雇用が悪化するという一貫した流れで理解していたからであり、死んだ猫が跳ねたのを回復と見ているようにしか思えなかった。リアルタイムでの識者の評価は、鈴木淑夫先生のHPに行き、月例景気見通しの1997年11月の記述(9月までの指標に基づく)を見てもらえば、端的に分かる。

 これに関して、小巻先生は、1997年7月以降に在庫が過剰状況になっていたことを明らかにするとともに、景気判断を、日銀は6月に、政府は7月に、下方修正していたことも示している。また、当時、新聞報道は、7-9月期がプラス成長になったにもかかわらず、ネガティブな評価だったともする。こうしたことからも、消費増税が景気後退に大きな影響を及ぼしていないとは、考えにくいのである。

(図)



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 2014年度の消費増税の実験をもって、主因か否かの論争には決着がついた。今回は、消費増税以外に、成長の足を引っ張る要因は見当たらず、どうしても消費増税を無罪にしたければ、夏の天候不順でも主因にしなければならない。ここで言えるのは、マクロ経済政策を評価するには、指標や事象を広く見渡す必要があり、経済を均衡させる理論以上に、景気後退の波及メカニズムに関する経験的知識が求められるということである。

 もっとも、2014年度の経験によって、筆者の見方が多少変わったこともある。景気後退の主因が消費増税であることに間違いはないとしても、アジア通貨危機や大型金融破綻も、それなりに重みがあったと思えるようになった。2014年8月に鉱工業生産指数の在庫がピークに達したとき、もし、ここで輸出や金融に異変の一押しがあったら、大変な事態に至っただろうと実感したからだ。(ピークは後に改定されたが)

 8月の指標を受け、本コラム(10/5)では、「経済運営の担当者は血の気が引いたのではないか」)と書いたが、危機感は筆者も同様だった。実際、担当者は官邸に駆け込んだみたいだが、あと一歩、需要が落ち、2012年秋の景気後退の水準を割リ込んだりしていれば、1997年のデフレスパイラルか勃発してもおかしくなかった。他に景気を悪化させるようなことが起こらなかったのは、不幸中の幸いである。

 こうした経緯を踏まえれば、2017年の2%の消費増税は、素直に評価を受け入れられる常識人にとっては、あり得ない選択だろう。異次元緩和、景気対策、法人減税と手を尽くしても、マイナス成長から逃れられなかった。しかも、2017年、2019年と刻んで上げても、2020年の財政再建目標の到達には影響がないのだから、なおさらである。背伸びして敢行し、万一、何かの経済ショックに見舞われたら、打つ手なしに陥る。消費増税の政策評価を明確に変えるべき時である。

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 さて、新著の第4章の本題は「認知ラグの影響」であり、これの基となった論考は、2014年4月17日にニッセイ基礎研のHPへの寄稿で公開されている。「1997年には景気後退に気づくまでにラグがあった」とする内容は、本コラムでも紹介したりしている(2014/4/27)。つまり、小巻先生のお陰で、前回の失敗の経験を十分に踏まえつつ、今回の増税に臨むことができたわけである。

 残念ながら、世間的には、またも強気からの変転が見られたようだが、少なくとも、本コラムは、論考の成果を活かし、ラグを小さくすべく、最善の努力したつもりである。5月指標の公表段階で「想定内の破綻」とし、6月指標では「消費が死んだ」として、早くもマイナス成長のおそれを指摘した。7月には「V字回復の瓦解」、8月に「惨敗のマイナス成長へ」を書いた。大勢に流されず、最も早く読者に事態を伝えられたと自負している。(上記コラムは「経済(主なもの)」に掲載)

 また、今回の消費増税では、リアルタイムでの評価を記録に残すべく、意識して記述したつもりである。これは、1997年に鈴木先生が残してくれた記録が、当時、何がどうなったのかを知る貴重な手がかりになったことに感謝してのことだ。むろん、一気の増税路線が廃れ、先々の景気動向を読むのには使われずに、ただの過去の記録になることが一番の望みではある。

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 今日は、第4章ばかりを取り上げたが、財政については、拡張的財政政策の効果は分析時期によって結果が異なることや、改定後のデータでは財政スタンスは必ずしも経済変動に対抗的でないことなどの興味深い指摘がなされている。また、金融政策については、ゼロ金利解除の基礎となったはずの統計データの変遷や、CPIの基準改定がもたらした波紋といった、今後も遭遇しそうなことが取り上げられている。

 「新しい経済学シリーズ」なので、実証に関する記述が多く、そこは必ずしも一般向けではないのかもしれないが、各章末にポイントがまとめられているので、先に結論を見てから、読み進めば良いだろう。統計データは、マクロ経済の研究の基礎となるものであり、本書から得られる政策上の知見は重要なことが多い。多くの方に読んでもらえたらと思う一冊である。


※第4章補論 P.185, L.8の「1-3月期」は「4-6月期」であろう。


(昨日の日経)
 持ち合い株売却加速。上海株が7年ぶり下落率。自動車・4月から販売が止まった。
 ※円安下の持ち合い解消で買収リスクは大丈夫かね。中国は大丈夫ではないな。

(今日の日経)
 日本がミャンマー特区参加。海外投資家が総会出やすく。財政健全化計画の盲点、25年度問題を見ないフリ・瀬能繁。読書・フューチャーデザイン、仕事と家族。
 ※計画に関しては、税収の見積もりが過少であるとか、2023年度で止まっているのが不自然だとか、本コラムが指摘してきたことが徐々に広まっているようだね。ありがたいことだ。25年度問題は、財政より実物の供給力だよ。債務を圧縮したからと言って、10年後の供給力が大きくなるわけではない。なお、年金は関係ない。65歳からもらっているのだから。

(翌日の日経)
 外相会談・日韓関係改善へ努力。エコノ・CPI新基準が物価押し上げ?。樹脂製型で金属加工。景気指標・取扱注意の実質実効相場。経済教室・歳出上限を早急に・中里透。
 ※歳出については、実質維持を前提に、社会保障は人口要因容認、地方財政での黒字拡大なしという自然体でのベースの数字がないと議論が進まない。年金の税制改正には賛成だ。

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