kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

足踏み

2018-12-20 | 陸上競技
思うことを。

少しずつ前に進んでいる感じはあります。が、それはこちらがイメージするよりもゆっくりです。何かのきっかけで大きく進むのかもしれませんが。なかなか難しい部分もあります。

関連付けシートを作って書く。Mが書いている内容が今のチームの状況を言い表していると感じていました。そのため本人は若干苦笑いをしていましたがコピーして全員に配布。1年生の時からすればこれだけチームについて考えることができるのかという部分は本当に嬉しく感じました。数人はチームについて触れています。が、大半の者は自分のことのみ。自己分析ができていないという感じでした。そのためコピーを配布した際に「この紙を見てチームについて考えて日誌を書く」と伝える。

翌日日誌を見て愕然としました。やはり半分近くの者がチームについて触れていません。一事が万事だと思います。技術的な指導に関しては話を聞くがそれ以外は聞かない。そんな選手は稀だと思います。全ての部分に関して聞いていない。だから同じミスを繰り返す。振り返りをするために日誌を書いているのですがそれがきちんとできない。読めない字で書いて出す者も。流石にこちらも考えさせられます。

全体行事でグランドを使うことがありました。その行事の担当は私とtnk先生、さらに陸上競技部となっていました。行事が終わり誰も気づかないのでNaを大声で呼んで整備の指示を出す。それに気づいたNとSが動く。他の部がグランド整備を手伝ってくれたのですが他の者は気づかない。周囲を見て動くという経験が少なすぎる。言われたことだけをやるというのが染み付いている感じですね。ここを抜け出さなければいけない。

更に。短距離の者は実際に走るという機会がありました。遠目に様子を見ていましたが身体を動かして走るための準備をしている者がいない。前日の最後にその辺りのことを指示しておきました。こんな事で怪我をしてしまったら何のために練習をしているのか分からなくなる。競技で少しでも結果を出そうと毎日練習をしている。たった1日ワイワイやるために情熱を使っているわけではない。そうであれば走らなければいけないという状況に対してどのようにアプローチするか。万が一怪我でもしたら台無しになります。実際怪我をした者も出ました。

怒るとか責めるとかいう話ではないと思います。私が怒るからきちんとやらなければいけないと感じるようであれば集団としての活動は意味をなくします。本来であれば本人達がどのように感じるのかだと。

本当に何かをやろうと思えば、自ずとやるべきことを見えてくる。見えていないということは分かっていないということ。高校生だからそれくらいの事はある。それも分かっています。しかし、本当にそれで良いのだろうか。せっかく手本になる関連付けシートを渡したのにそこから何も考えない。自分が何をしていけば良いのかというヒントになる部分を受け止めることができない。練習を一生懸命にやっているのだから問題はないと言われたらそこまで。集団で練習する必要性はなくなります。

別に私が無理難題を突きつけて選手に迫っているわけではない。理解している選手もいればほぼ理解できない選手もいる。それだけの話です。しかし、集団は理解している選手を中心には回りません。理解していない選手の行動に大きく左右される部分がある。こういう部分の理解が進まなければまだ気持ちにも波が出てくる。結果、良い練習ができずに全体の質を下げてしまうことになる。それで何が残るのか。

情けない話ですが足踏みです。一直線に登り続けられると良いのですがそうはいきません。ここが難しい。毎回毎回前向きなことが書けるといいなと思います。が、そんなドラマのような話はありません。上手くいかない時の方が圧倒的に多い。

以前から「チームとして」「責任を果たす」「役割を自覚する」という事は言い続けています。その時から日誌に書けない選手も出てくる。それなら日誌を書くのは止めれば良いと思います。強制されて書くというのであればこれほど無駄な事はない。互いにストレスを感じながらやるというのは違うと思っています。自分が自分の練習や取り組みについて振り返るためのものでなければいけない。そうでなければ時間の浪費になる。それは常々言い続けています。これも伝わらない。繰り返しになりますが一事が万事。全ての部分は繋がっていると思います。

私が話している内容を理解している者に「私が話している内容は難しいか?」と確認をすると「難しくない」との返答。理解しているから「難しくない」と答えるという部分は往々にしてあります。理解できない者にとってそれは難解な話なのかもしれません。今回こうやって記している内容に関して「難しくて分からない」と思われるかもしれません。それは受け止めていかなければいけない。

価値観が多様化するという現実であってもここは譲れない部分だと思います。理不尽な話ではないですし気をつけてやれば誰にでもできる部分。そして聞いて行動を変えようと思えば万人に可能な話だと思っています。足踏みをしてどこまで留まるか。分かりません。

記録として残しておきます。否定的な事に触れると炎上する時代。何かあればこの記事は消されるかもしれません。その時は「何かあったな」と推測してください。ご理解を。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

縁あって

2018-12-20 | 陸上競技
色々な流れがあり、大阪に行くことになりました。これは私にとっては本当に大きな経験になります。毎年県外に出て勉強させてもらいたいという気持ちが強くあります。バタバタしすぎていてそれが実行できない状況でした。それが国体の関係でタイミングよく県外に練習に行くことに。ありがたい話です。

昨年度、どうしても近畿の高校に練習に行きたいと思っていました。その時にgt先生の仲介でhrk高校のmtm先生の所へ練習させてもらいに行くことができました。多くの刺激を受け練習スタイルの見直しを本気で考える。今年の1月にも同様にhrk高校へ。この時は単独で。近畿の高校の取り組みを見たい。その部分を肌で感じたい。強く思っていました。

今回は国体の400mH選手と一緒に県外に行くことになりました。gt先生とmtm先生に相談。近県の強豪校という選択肢もありましたがgt先生のアドバイスのもと近畿に行くことに。そこでmtm先生に相談。「陸上競技部」として実績のあるotk高校を紹介していただきました。mtm先生に仲介していただきfnt先生と連絡を取り練習に参加させてもらうことになりました。

実は以前から一方的に知っていました(笑)。gt先生からよく話を聞いていました。gt先生はポールの選手を連れて大阪に何回か練習に行っています。その時の話を聞いて一度は行ってみたいと思っていたのです。

更には2010年、私が指導して初めてインターハイに進んだ年だったと思います。沖縄インターハイ。県総体で総合優勝してそれなりに「手応え」を感じていた時期。そこでhsg先生主催のknn合宿へ参加させてもらいました。そこで全力で打ちのめされる(笑)。他県のレベル、近畿の意識レベルの差を痛感しました。

その時に書いたblog。

konan合宿1日目
勝てない

コテンパンにやられています。一番の「差」は「競技に対する貪欲さ」でした。この「差」をどのように埋めるか。ずっと模索してきました。それでも埋められない。その時に少しだけfnt先生と話をさせてもらっています。それ以後はペコリと挨拶をさせていただくだけでした。あの時大きな刺激を受けた学校に練習に行けるというのは本当に「縁」を感じます。

gt先生のおかげでmtm先生との繋がりができる。そこからさらにfnt先生のところまで「縁」が繋がる。陸上競技を通じて自分自身の人生観が大きく変わってくるのを感じます。普通に県内で生活をしていたらそのような経験をすることはできない。この「縁」を感じられるというのはやはり周りにいる素晴らしい指導者のおかげだと思います。感謝しかない。

多くのことを学びたいと思います。話を聞くだけではなく目で見て肌で触れることが大きい。楽しみです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「何か」をやる時

2018-12-20 | 陸上競技
思うことを。

物事を始めたりイベントを遂行する。企画力や運営能力が問われる部分だと思う。これは経験しなければなかなか身につかないものなのかもしれない。高校生は普通に生活していたらこの手のことを経験することはない。座って授業を聞いてきたらそれで終わりになる。何かイベントを企画する経験なく社会人になっていく。小さなことでも構わないのでやはり企画運営はした方が良い。

企画をする段階。ずっと「準備が大切」だと言い続けてきている。もちろん一般的には当然のことだと思う。が、様々な観点から見ていくと一概にそうだとはいえない。「上手く行くだろうか」と考える。その時に誰かに相談すると「難しいから辞めた方がいい」という指摘をされることもある。そうなるとなかなか身動きが取れなくなる。何が正しくて何が間違っているのかをしっかりと考えて準備がするという流れになると最初の一歩が踏み出せない。

堀江貴文氏の本を読んだ時に「準備なんか必要ない」というような文章があった。単純にその言葉だけを真に受けて全てのことに準備しなくて良いのだと判断するのは違うなと思う。何かをやろうと思ったら準備をしてからスタートするのでは手遅れになるという意味だと捉えている。

ペンギン。一番最初に海に飛び込むペンギンを「ファーストペンギン」というらしい。海の中にアザラシなどの天敵がいるかもしれないという未知の世界へ飛び込む。どうも先頭にいるペンギンは何も準備をしていない状態で後ろのペンギンに突き落とされるらしい(笑)最初のペンギンは天敵に命を奪われるかもしれない。しかし、天敵がいなかったら誰もライバルがいない海の中で餌を一番先に食べまくることができる。ハイリスクハイリターン。

世の中では何かをしようと思えば「無理だからやめた方ご良い」とアドバイスをする人が多い。何かアクションを起こすというのは簡単なことではない。だからこそ最初の一歩を踏み出すのは大変。多くの人の意見に耳を傾けて準備しようとすると動けなくなる。考えて行動を始めることと大切だと思うし、その反面思い切って動き出さなければいけないと思う。

物事を始めるときにほんとうに準備が必要かは意見が分かれる。が、運営を考える上では「準備」が必要になる。ここだけは外せない。企画をする段階を超えて実際に活動をするためには「準備」をしなければ絶対に失敗する。アバウトでやって「行き当たりばったり」でたまたま上手く行くということとある。が、この過程ではかなりのロスがありストレスフルな時間になる。1日だけがストレスを感じるのであれば良いが複数の人が多大なストレスを感じることになる。

ここの視点が足りないなと思うことがある。何となく終わればそれで良いのか?という感覚がある。企画提案こスタート地点は「思いつき」でもいいと思う。しかし、その時にある程度の未来への展望を持っておかなければいけない。単にやればいいという話ではない。運営する中で相談をするのであれ自分自身が完成図のイメージを持っておけるかどうか。何も持たずに相談するというのは相手の時間を浪費することになる。こういうパターンの時は問題点や準備不足を指摘したとしても「やっているじゃないか」という態度になる。考えて何かをしようとしているのではなく「やること」だけに焦点が当てられている状態だから。

企画することと運営することは異なる。運営する時には多くの人を動かすことになる。助けてもらわなければいけない状態になる。そうであれば運営に関しては時間をかけて準備をするというのは必須。万が一のことまで考えて動かなければいけない。リスクマネジメントの視点があるかどうか。ここは絶対に外せないのではないか。

色々と考えさせられる。何をどのように学ばせるか。意味のある時間を過ごすために。未来へと繋がる時間にするために。何をするべきか。どう行動するべきか。自分自身に言い聞かせながらやっていきたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする