kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

物事への取り組み

2019-06-29 | 陸上競技

これは以前から言い続けていることですが。せっかくの機会なので書いておきたいと思います。

 

ここ最近のblog、決して面白いと思えるものではないと思います。一歩引いたところから見れば「なかなか大変だな」と思われるかもしれません。実際毎日のようにやっているとこちらの心が持ちません。わかりにくいと思いますが。これだけではなくかなりのことを我慢していやっています。耐えれるかどうかは別にして一定水準以上の「我慢」ができなければ生きていけないのは確かです。

 

陸上競技の指導をしています。別に他のモノでもいいと思います。何かを伝える「ツール」が陸上競技なのであってそれ以外にも人それぞれ多くのことができるのだと思います。「目標に向かって努力をする」というのは陸上競技が一番目に見えると思っています。ある程度「記録」で判断することができるからです。少しずつ努力を積み重ねていくことでこれまでできなかったとこができるようになる。それが競技結果につながっていく。

 

もちろん、すぐには出ません。指導する側も指導を受ける側も「我慢」が必要になります。ひとはすぐに結果を求めたがるので難しい部分となります。ある程度耐えなければ成果は出ないと思います。勉強なども同様です。ちょっと勉強してテストを受けて点が悪かったらやる気を失う。ある意味当然の結果でしかない。それを教えていかなければいけない。

 

先日、練習メニューを作成したにも関わらず「きついからやらない」ということがありました。これは究極に失礼な話だと思います。元々やりたくないのであれば「所属」しなければいいだけです。選択の自由はあります。うちは「陸上競技」をすると伝えています。ある一定水準以上の練習をします。そうなると当然「きつい」部分も出てくる。それは嫌だと言われたら難しいかなと思う部分はあります。「きちんと陸上競技をやる」と伝えています。それで所属するのであれば一定水準以上の練習はしてもらわなければいけないのではないかと思っています。

 

「やりたいことだけをやる」というのであれば集団でやる必要はない。そこだけは確かかなと。

 

競技を通じて伝えられることはたくさんあります。これもなかなか厳しい話ですが。ある時、グランド整備をしていました。上級生も下級生も同様に整備をしている。が、上級生が下級生に注意をしました。何かなと思ってみていると「すでに整備された場所を再び整備している」という状況でした。イメージできるでしょうか。

 

練習が終わったら「グランド整備をする」というのは当然の話だと思います。スパイクで走って足跡がついているので次からのことも考えて整備しておく。使ったグランドに対する感謝の気持ちもあると思います。しかし、上述の出来事。これは「トンボを引っ張る」という行為をしているだけです。足跡を埋めるためにトンボをかけるのではなく、みんながやっているから引っ張っている。それだけです。ここに意味があるのかどうか。これを考える必要があります。

 

何か目的がある。その目的のために人間は行動をします。「お腹がすいた」という感情が生まれるから腹を満たすために「何かを食べる」のです。これは生理的欲求の部分ですが。グランドが荒れているからグランド整備をするのです。すでに整っているところをひたすら整備をしてもその時間は効果的ではありません。目的がない行動になっている。「トンボを引っ張る」こと自体が目的になっているのです。

 

これには理由があります。「練習が終わったらグランド整備をする」とだけ考えているからです。グランド整備をするのはなぜか。何のためにグランド整備をするのか。これを考えれば「デコボコはないか」とか「石が落ちていないか」などを見ながら整備するようになります。単純に「トンボを引っ張ればいい」という考え方であればそこまで考えません。みんなが引っ張っているから自分も引っ張るのです。目的がなく「烏合の衆」と同じ。周りがやっているからやる。

 

これは練習自体にもいえます。練習は誰もがしています。そこに「目的」があるかどうか。全国どこでも練習をしている。本当に身体を動かすレベルの運動なのか、技術的な部分を改善しようとする運動なのか。これは「同じ運動」であっても全く違います。きちんと考えられるになれば同じことをやっても効果は全く違ってきます。「同じようなこと」をやっているのではない。目的が明確なのです。

 

これも最近の出来事。練習メニューを作成するために私は7時前には職場に行っています。グランドに行くのは7時40分前後。色々とやることがあるので。毎日同じメニューを実施するわけではないので準備するものも違ってきます。メニューを持って行って初めて細かい内容がわかる。準備は大変だと思います。私が行ったときには人は全員集まっていましたが道具は一切出していませんでした。

 

これも「予測して動く」という部分ができていない。どのような練習パターンであっても使うものがあります。寝転がることが多いのでマットは間違いなく使います。練習ではハードルやDMに関してはほぼ毎日使います。練習パターンが異なっているとしてもこの辺りは必ず使う。シャフトも同様かもしれません。そうであれば早く来て待っている時間にその手の準備をしておけばいいと思います。高いレベルのことを求めているつもりはありません。何をするかを「予測して動く」ということを身に着けなければすべての行動が後手後手になっています。これは効率が悪い。

 

良い練習をしようと思えば「準備」が必要です。道具が出ていなかったら練習の流れが止まるからです。一端止まってしまうとまた動き始めるまでにエネルギーを使うことになります。スタート局面と同じです。一端やり始めたら止まらずにやる。これが流れだと思います。勉強も練習も試合もすべて同じだと思っています。テストがあるので勉強をする。試合があるので練習をする。これは「目的」に向かっての「準備」なのです。この準備がきちんとできなければ「最終到達点」に上手くたどり着けません。

 

試合に向けて練習をする。そうであれば毎日の練習は大切。その練習に向けての準備はもっと大切。これは道具の準備だけではありません。気持ちの準備であったり、体調の準備であったり。チームの方向性を整える準備であったり。様々な「準備」があるから先に進めるのです。

 

「競技志向」と言われます。結果を求めて競技をする。実際はそれだけではないのです。何かを本気でやろうとすればそこに至るプロセスの中で感じ取るものがある。これは本気にならなければ見えないものです。だからこそ今私はそこを大切にしている。中途半端にやるのはやはりよくない。それは感覚的なものなので分かりにくいかもしれませんが。

 

ながくなりました(笑)。まとまりません。それでも「物事に取り組む姿勢」というのは重要だと思っています。ここがなければ先には進まない。将来的な投資になるという感覚。

 

また書きます。たぶん。

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負荷をかけるために

2019-06-29 | 陸上競技

テスト期間に入っています。水曜日が代休で休み、木曜日金曜日とテストが実施されています。午前中テストで午後から放課になっているので時間的には余裕があるはずなのですが全く。「働き方改革」と標語のように掲げて言っていますが。他県では「回復措置」として夏休みに超過勤務時間の分だけ休めるようにしているということでした。

 

「勤務時間外労働を80時間超えたら面談」というようなこともあります。勤務時間だけで仕事が終わるというのはなかなか厳しい。それでも少し何かをすれば「大バッシング」を受ける。どうなんでしょうか。そうであれば超過勤務分は「正当な対価」を支払ってもらいたい。教員の「強制的なボランティア」で成り立っていることを理解してもらいたい。人生の時間を切り売りして生活しています。その部分への理解は全くない。「教員だからやるのが当たり前」という前提に立っているという問題点。見て見ぬふりをされていますね。

 

はい。愚痴でした。

 

先週練習をしていて走れなくなった者がいました。スイッチングやもも上げはできる。バウンディングもできる。しかし、走ることができない。理由はわかりません。本人が「走ると痛い」というのでそれ以上はさせません。治療院に行って話を聞きました。バウンディングのほうが負荷が高いと思うんですが・・・と言われましたが私もわかりません。走ると痛いというので1週間くらい走るのをやめさせようと。

 

「走る気がない」というので痛みを訴えるという感じはしませんでした。本当に痛いのでしょう。どのくらいのレベルなのかわかりませんが「痛い」という事実がある。ハムストリングに張りはないので明確な理由がわからない。腰からきているのではないかと言われていたので治療器で様子を見ることに。

 

補強系はできますが走るのは禁止にしていました。走ろうとするので止める。全く走らないと本人も不安になるので他の形で負荷をかけることにしました。実際問題、「足が痛いから走れない」といってもできることはかなりあります。「足が痛い=1か月安静」というのは病院の診断です。1か月安静にしていたらたいていの痛みは取れます。それを信じ切って1か月何もやらなければどうなるか。そのことに関しては伝えますが「やらない」という選択をするのであればもう「競技」ではないでしょうから、良いかなという感覚になってきました。そこまでしてこちらが求めるエネルギーが無駄。別の活動をしてもらうほうがいいです。

 

負荷をかけるというので「スピンバイク」を利用した練習をすることにしました。うちはそこまで裕福ではないので「パワーマックス」はありません。強豪校にはあるそうです。代わりになる普通の「スピンバイク」を使って練習負荷をかけることにしました。前任校でkanaにやって効果があったのでこれもやらせておきたいなと思っていました。

 

ちなみに数年間に「リハビリ用」にスピンバイクを1台購入していました。長距離が走れない時にこぐ。20分とかでもできるので心肺機能の低下を少しでも抑えられるのではないかと思って購入。使い方が雑だったのですでに壊れかけていますが使えます。このままでは限界が来るので新しいスピンバイクを1台購入。これを使って練習をすることに。前任校ではBOSSが家で使っていた「エアロバイク」をくださったので利用していました。

 

負荷を適当に決めます。調整は「手動」なので楽なのかどうかはよくわかりません。100mを走る時間と同じ時間最大スピードでこぎます。12秒間こいで30秒休憩。4~5本を1セットにして2~3サイクル実施。結構な負荷です。レースと同じ時間動き続けるというのは重要なのではないかと思っています。単純にこげばいいというのではなくイメージの問題もあります。

 

前任校ではウエイトとエアロバイクを組み合わせていました。ウエイトをしてから最後に60秒間。短長には抜群に効果があったと思います。レースイメージをするので時間を読みます。40秒経過したときから負荷を少し軽くして「動ける状況」を作る。必死にこいでいましたね。だから強くなっていた。間違いない事実だと思います。

 

で、話を戻して。短時間で負荷をかけるためにスピンバイクを1サイクル終わってから休憩の間に「スクワット」を実施することにしました。1サイクルの間に5分程度RESTをとる。その間にスクワット30秒、休憩30秒を3セット。全く休憩にはなっていません。動き続けていますから。それでも負荷をかけるというのはこういうことだと思います。シンスプリントであっても自転車こぎはできます。スクワットもできます。「足が痛いからできない」ということはない。

 

練習の関係で2日連続でこのメニューを実施しました。かなりきつかったようです。そこが狙いですからきつくて当然なのですが。

 

木曜日、雨が降ってグランド状況が悪い。走ることはできません。その中でできることを考えました。AグループとBグループに分かれて練習。練習は「プレート補強+アジリティ」と「スピンバイク+スクワット」です。体幹補強と敏捷性を高めるメニューを組み合わせT1つのグループが練習を進める。もう一つは自転車こぎを15秒間やってそのままスクワット20秒。スクワットが終わったらすぐに自転車15秒。休まずに最大負荷をかけ続ける。2人1組でできるのでかなりだと思います。これを2サイクル実施しました。

 

工夫というほどではありません。どうすれば「最大負荷をかけられるか」を考えます。走れないから仕方ない。そう考えて雨の日は補強のみというところもあると思います。それが正しいか間違っているかはわかりません。しかし、本当はできることがある。それをやるかどうかの問題です。

 

練習の幅は広がりました。何があっても練習はできます。「可逆性の原理」と「継続性の原理」です。そこまでしてやらなくてもいいではないか。その意見も当然あると思います。短時間で最大負荷をかけるためにどうするか。そういう部分は得意です。単純にやればいいという話でもないですし。

 

できることをやる。それを考えたいと思います。

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最近の練習について2

2019-06-27 | 陸上競技
記録しておきます。練習についてはほぼ書いていません。何をやっているのかわからないような状態でしたから。数週間補強と走りをやってきました。中には「全く」といってもいいくらい何もできていない状態での者もいます。「指導が悪い」と言われるのであればご自由に批判してください。毎日状況を見てもらっての批判は誰にもできないと思います。一方的に書いているので分かりにくい部分はありますが。
 
県総体が終わって1ヶ月が経過しようとしてきます。補強の負荷を少し増やしてもいいかなと感じている部分があります。実際問題2年生女子は瞬発系シャフトやシャフト補強でプレートを増やしました。かなり順調に練習できている部分だと思います。シャフト補強は本当にシャフトだけでやっていたのですが増やしました。総体後は1.25kgずつ付けて実施していましたが数日前から種目によっては2.5kgずつにしました。かなりキツいと思います。モチベーションの問題もあると思います。意欲的に取り組めるので負荷を増やしてもやっていけます。一部の男子より重い。重くすればいいというわけではありませんが。
 
ウエイトは相変わらずやりません。屋外でやらなければいけないので計画が立てられないというのもあります。大きな筋群を肥大させるというのらやはりイメージが違う。身体を大きくしたいわけではありません。走るために必要な筋群を強化していきたい。もちろん何が必要なのかは正確には分かりません。バランスよく鍛えていきたいと思っています。
 
学校で練習をする時は5〜6割くらい補強だと思います。言い過ぎかもしれませんが。補強と走りを組み合わせながらやっています。走る量はそこまで多くないと思います。前の記事に書いたように実際走っているのは短い距離です。テスト期間に入る前は120-120-90を時間をあけて2サイクル実施するだけ。他の種目であれば少し走りますが普通に走るのではなくB走にしたりDM走にして負荷をかけながら走る方が圧倒的に多い。これもどうなのか分かりませんが。
 
これまで避けていたジャンプ系の練習も入れ始めました。スペックを上げるという意味合いも強いと思います。台を使った片足ジャンプがあります、数年前からホッピングをやりたいなと思っていたのですがうちの選手は苦手。やらないからできないというのがあるとは思いますが。そうであれば強制的にホッピング的な動きをさせたい。
 
昨年末、krkと一緒に大阪のotk高校に行きました。その時台を使った練習をされていた。戻ってすぐに作成して試行錯誤しながらやっていく。台ドロップは以前は段差でやっていたメニューを連続で実施できるようになりました。その応用で台を使った片足ジャンプをやることに。これはスイッチングなどの流れの中で必要だなと感じたのでやるようになりました。
 
接地に耐えられない選手がいます。接地に耐えられない。単純に筋力を上げるだけではなく、衝撃を与えながら身体の軸を作る練習を積み重ねていかなければ走れないと思います。筋力を上げればそれができるわけではない。そうであればやはり片足で力を発揮する場面を増やすべきだと考えました。イメージとしてはホッピングの間に台が置いてあるという感じでしょうか。その台から降りるときにフォロースイングが遅れないようにする。
 
潰れてしまう選手はこのメニューができません。接地のポジションの確認にもなると思います。つま先が下がって前接地になってしまうと間違いなく潰れます。そしてフォロースイングが遅れる。走れるか走れないかはこの動きでも判断できるなと。台に乗った時に乾いた音がすると、上手く乗れている。ちなみに「シンスプリント」だと言う者はこの練習はあらかじめやらせていません。この練習をしたからシンスプリントになったのではない。そこだけは主張しておきます。
 
この動きとの組み合わせで「スイッチング&スキップ」をやるようにしました。これもどこかで書いたかもしれませんが前任校でかなりやっていた練習です。当時はDMを使ったシザースも組み合わせていました。今はシザースが上手くできないのでそこはやらない。その代わりにB持ちでのスイッチングとスキップに。膝の引き出しで進む感覚。重心移動を作り出すために何をするかだと思います。それを練習の中にどう取り入れるか。
 
段階を追ってやっていこうと考えています。少しずつですが。技術的なことや走りに関してはある程度考えて実施しています。きちんと分かってくれれば意味がある練習になる。そこだけは間違いないと思います。やれることをやれる選手にやっていきたいと思います。
 
また書きます。
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最近の練習について

2019-06-26 | 陸上競技

とりあえず練習について。全く触れていないので。

 

テスト週間に入ったこともあり練習は1時間程度としています。前の記事にも書きましたが「可逆性の原理」についてのプリントを配布しています。練習をどれだけするか。「適度に体を動かす」というレベルでは身体は「日常生活を送るレベルの体力」に戻ってしまいます。当然の話です。ここまで言ってやるかやらないかは私の関知するところではありません。無理やりやらせて結果につながったとしてもそれは本人のプラスにはならないと考えています。

 

考査期間中の練習パターンは3つ。

 Aパターン

バランス系 → 体幹補強系 → 加速段階T走 → TDM走

 

Bパターン

BCT → シャフト補強 → スイッチング&片足スキップ → 合流走 → 60mバトン

 

Cパターン

 軸系 → 瞬発系シャフト → ハードルジャンプ →DM投げ → スイッチングラン → 10バトン → 25並走 → 走練習(120)

 

という感じです。それほど負荷はかけられません。1時間程度ということで限られています。そうなるとドリル的な動きは一切省略。そこに時間をかけている暇はない。絶対に1時間で終わらせると決めていますから時間が来たら切ります。これはこの数か月間で学びました。

 

「体幹補強系」と書いているのが上半身と下半身の強化メニューです。サーキット形式でやっていきます。少し前までは最後にやっている者を待つことにしていました。しかし、これは意識の差が顕著に出ます。18分で終わる者もいれば25分以上かかる者もいる。負荷をかけようとしているかどうかによっても変わってきます。今はこの練習は20分できることにしました。待つ時間がもったいない。

 

私の大学時代。サーキットで負荷をかける。強くなるために練習をしたいと考えていました。が、全員が同じではない。話しながらやっている者もいました。適度に動いて適度に負荷をかける。待ち時間はかなり。多分大学院の時だったと思うので当時のキャプテンと「練習のあり方」について真剣に話をした記憶があります。集団でやることなのである程度は仕方ないと思います。しかし、そうではない部分もある。温度差が大きければ大きいほどこういう時に軋轢が生まれます。どの水準に合わせるのかというのは難しい。

 
時間で切るようにすると毎回同じメンバーが途中で辞めることになります。それに対して「やるべき練習ができなかった」と思うか「楽できたラッキー」と思うか。この差は大きいと思います。前の記事に書いたように適度に身体を動かしたいと望む者であれば疲れなくて済んだという感覚なのかもしれません。
 
先日tbで指導した時にはこの基本パターンをアレンジしておこないました。テスト期間にやっているメニューというのは「必要な要素だけを残している」ものです。やりたい動きの基礎になる部分を抜き出しています。1時間という限られた時間の中でやろうと思えば重要度によって選んでいく必要があります。
 
毎日必ず補強的なことをやります。ここは外せません。走るメニューも大切だと思いますがそれ以上に筋力的な部分を落とさずにこの期間を過ごすというのは大切だと考えています。基礎的な体幹補強であれば自宅でもできるかもしらません。道具を使ってそれなりに負荷をかけようと思えばグランドでしかできないと思います。
 
トレーニングだけをしても仕方ないのできちんと走る。走らなくても走りに繋がる負荷をかけて終わる。ここもやり続けたいと思っています。選手には勉強の合間には補強をするように話しています。これもやるかどうか分かりませんが。この期間中に練習に参加している者はある一定水準以上の取り組みのレベルだと思っています。まだまだ求めるレベルには届きませんが外に出しても恥ずかしくない。
 
数年前のこと。事あるごとに「練習をやりたくない」と周りに口にしている者がいました。周りもその発言を聞いて気を使っていました。あまりキツく言うと辞めてしまうかもしれないので。県総体で後一歩でリレーで中国大会という所まで行っていたので、負けた時には「次は絶対に」と言うのですが翌日には「やりたくない」と口にする。私がいない所で。何度も何度も繰り返して夏の合宿でも同じようなことが。合宿に来たけどいきなり「辞めたい」と言い出す。この時はhys先生が話をしてくれました。県新人まで持ちましたがその後また「やりたくない」と言い出す。繰り返しでした。
 
この時合宿で他校の先生に「取り組み」について指導をしてもらうことになりました。最も基本的な部分を他校の先生にしてもらう。本当に情けないなと。普段の指導が明らかにこういう場面に出ます。他校と一緒に練習をしたら「自分達はできていない」と気づくのではないかという指摘もありました。確かにそういう部分もあるかもしれません。が、外でやるほどの水準に達していないのであればそこに至るまでは自分のところで最低限のことまではやっておかなければいけない気はします。
 
練習だけをするつもりはありません。こういう限られた時間だからこそ考えるチャンスになる。メニューはそういう部分も含めて考えてやっています。
 
とりあえず練習について触れておきます。また書きます。
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集団の在り方

2019-06-26 | 陸上競技

とりあえず記録として書いていきます。

 

先週末は2日間tb高校へ。その前後に現状を打破するためにどうするかを考えるようになりました。金曜日にgt先生と一緒に食事に行ったこともきっかけです。しっかりと今自分がやるべきことは何かを考える。「やりたいからやる」というのをどれだけ認めるか。これも価値観。ストレスを感じている部分を吐き出すこと、共有することでずいぶん楽になりました。

 

以前、赴任した当初に考えさせられる出来事がたくさんありました。私が不在の時に部室から出てこない。他の者が練習をしているのに。さらに補強をしているときに話しかけたり、一生懸命やっているのを茶化して邪魔をする。あまりにもひどいので選手から「練習ができない」と申し出がありました。

 

全員加入の状況ですかr「辞めれば?」と伝えてもなかなか難しい。「なんで面倒を見てくれないのか?」と言われることもありました。放課後に時間をつぶすための相手をすることを求められるのです。それは違うのでは??という憤りがかかりありました。当時は「籍だけ置く」ということにして練習に来ないことに。「陸上競技部に在籍した」という事実が大切なのだと思います。

 

本来的には「所属していたこと」ではなく「その中で何をやったのか」が重要です。一生懸命に物事に取り組む過程で見えてくることがある。上手くいかないことであってもそれを乗り越えていく。「嫌だからやらない」というのはこれから先の人生ではありえません。その手の話もし続けています。当時は全くでした。もうこれは仕方ないかなという感じではありましたが。「面倒を見ない」と批判された時にはかなり憤りを感じました。一生懸命にやる選手に合わせることが必要だと考えてやっています。「やりたくない」という者に合わせてこちらが指導するのは如何なものか。

 

とりあえず体を動かしたいから部活動に参加する。そういう「受け皿」も必要なのかもしれません。しかし、そうなると競技とは別問題です。「自分はきちんとやっているのに評価されない」と感じる者も出てくるかもしれません。そこまで「一生懸命やる」つもりはないという者もいるでしょう。そうであれば受け入れ側も考えていく必要があるのではないかと感じています。

 

これまで通りのシステムでは難しい。「一生懸命にやる者」と「適度にやりたい者」が同じ空間でやっていくのは困難を極めます。これまで「強豪校」といわれる学校に練習見学に行ったことがあります。強い選手もいれば普通の選手もいる。選手を連れて行ったときにうちのほうが強いということだってあります。全員が「全国区の選手」ではない。しかし、共通しているのは「全員が一生懸命やる」という部分です。走力がなくても自分よりも強い選手と競争するという姿勢がある。負けたら本気で悔しがります。それが非常に大事だと思っています。

 

「力の差」はあっても「考え方の差」はない。今の自分よりも少しでも強くなろうとして練習を積み重ねる。それが大事なのです。「所属しておくことが目的」というのとは根本的に違います。これまでの指導の中では「全員を一生懸命に取り組ませる」ことを目指してやってきました。もちろんその中で上手くいかないこともたくさんありました。本気になれない者が多いときには「一生懸命にやる者」を集団で引きずりおろそうとする。組織作りとしては非常に難しい。

 

「ダブルスタンダード」という言葉があります。ある集団には「一生懸命やる」ことを求める。ある集団には「ルーズでも仕方ない」と認める。こういう部分がでると間違いなく集団は崩壊します。きちんとやっている者が「なんで自分たちはきちんとやっているのにあの人はやらないで許されるのか」という不平不満が出るからです。組織を作るためには「二重規範」を作らないというのが重要になると思っています。

 

しかし、今の現状やこれからの学校現場を考えるとそれは「認めざるを得ない」という状況を迎えるのではないかと思います。上述の強豪校であれば「一生懸命やる」という一定水準がクリアされています。だから力があるないは別にして組織が成立する。「全員加入」の組織であったり、「温度差」が激しい組織であれば間違いなく崩壊します。「基準点」が明らかに異なるので同じ物差しでは測れないのです。

 

「運動部に所属していたほうが進路に有利」という考え方がいまだに残っているのかもしれません。企業側も「運動部に所属している者が良い」と昔ながらの物差しで考えるのかも。実際は「何をしてきたのか」が重要。組織に属していたから成長して力がついているとは限らない。これまでの私は「全員がきちんとできるようにして送り出したい」という感覚がありました。「そこまでやらなくてもいいのでは?」と言われることもありました。それでも「教育活動」としては「やらないなら別にいい」と認めるのはよくないなと感じてやってきました。

 

これから先。どうするかを考えていくと「二重規範」で組織を作る必要もあるのかなと。最初から「住み分け」をする。本当に「一生懸命にやりたい」と望む者はそれに応じた指導を。「とりあえず身体を動かしたい」と望む者はそれに応じた指導を。同じ集団に属して活動するのは難しい。そうであれば「住み分け」をすることが重要なのではないか。「部活動の在り方」がこれまで以上に問われる。そんな中で「一律同じルール」でやるのはシステムとして限界が来ていると思っています。

 

全員が「一生懸命にやる」という集団であればこのような悩みは生まれないと思います。本来であれば「強くなりたくてやる集団」が基準になります。そうでない場合はどうするか。考えた時、方向性としては「集団を分ける」という選択肢もありかなと。それぞれが「納得」できる形でやっていく必要がある。「それなりにやりたい」と思っている者に「一生懸命にやる」ことを求めると技術指導ではない部分で「弊害」が生まれます。これは経験済み。

 

まとまりませんが。この手の話はこれくらいにしてきちんと練習についても書いていきたいと思います。

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指導する

2019-06-25 | 陸上競技
前の記事の続きというか補足というか。
 
完全に任せてもらったので好きにやることにしました。tb高校で指導させてもらう時に1番やりやすいのはkrkがいること。1年生の時と比べてかなり成長しています。特に競技に関しては感覚のすり合わせができる。これまで何度も指導させてもらってこちらも勉強になりました。引き出しが増える。
 
そしてこちらがやりたい動きをkrkが分かってくれている感じなのでお手本を見せる際に全てやってくれます。他の選手の動きのお手本になるのです。こういう動きがやりたいというのがあって、それを実際に目の前で見ることができる。ハードルドリルだけではなく他の動きもkrkが示してくれるのでやりやすい。
 
合宿や合同練習でもkrkに手本を頼むことが多い。これはこちらにも意図があります。お手本を示す時には正確な動きをしなければいけません。普段よりも集中してやる(笑)。さらにお手本を示すということで他の選手よりも1本多くやることができる。周りと同じ負荷では足りなくなるのでこういう機会を利用して練習させます。
 
以前は補強は隙を見て休んでいましたが今回はほぼ完璧にやっていました。まー1年生よりも軽いプレートでやったりというのはありましたが(笑)。インターハイまでの時間を有効に使って欲しいですね。ハードリング自体は高校生としては十分すぎるレベル。あとは走力と筋力。ここはkd先生も繰り返し言われています。同じことを違う角度から言うことで入っていくと思います。本人も分かっていると思うので。あとはそれを実行できるかどうか。
 
練習自体は補強と動きを組み合わせました。ハードルドリルを段階を追ってやっていく。腰が進む動きをやることと「脚が流れる」という部分の改善がテーマだと思ったので。脚が流れるのはタイミングと筋力だと思っています。一朝一夕に改善はできません。しかし、そこにヒントを与えることはできると思います。今回は時間を与えてもらえていたので2日間かけて動きと走りを両方できれば良いかなと。
 
スイッチングを重点的にやりました。パターンはいくつかあるのでそれを織り交ぜながら。片足スキップができない。ここは今後の課題になるのかもしれません。まーできなくても問題はないのですが。前に進む動きを身につけるために膝の引き出しと腰の移動を作り出す。動きと走りの融合のために「つなぎ」の動きを入れていく必要があります。感覚的なものですが。そういえば以前mtm先生がトレーニングと走りの間にちょっとした動きを入れて「馴染ませる」という表現をされていました。少し違うのかもしれませんがこういう部分が必要なのかなと感じています。
 
tb高校は今年からfkd先生が赴任しています。彼女は私が指導を始めて初めてインターハイに進んだ時の1年生。rinaと一緒に合宿でマンツーマンに近い形で走ったことがあります。彼女達が高校生の頃とは私自身の指導スタイルが大きく違います。あの頃は量も多く同じメニューを繰り返すという形でした。話をしてしましたがそれ以後大きく流れが変わりました。ショートスプリントに移行してきたというのもありますし、kanaとの出会いがあったのも大きい。同じことをやっていたら「飽きました」と平気で言うので(笑)。やりたい動きを明確にしながら手を替え品を替えやっていく。目の前で感じたことをやっていく。それが今のスタイルの原点です。
 
fkd先生の前で指導するのは高校時代以来だと思います。自分達がやってきたことだけではなく様々なことがある。普段やっている練習がベースになるのは間違いない。しかし、プラスアルファで選手の動きを引き出す練習を作っておかなければいけないのではないか。そういう話も少ししながら。選手だけではなく指導者にも少し刺激があれば良いなと。
 
普段使う道具がないのである物を使いながら。バーとDMがあるだけで随分違います。これを使いながら色々とやりました。タイヤもあったので使いながら。重りを使いながら段階的にやっていきました。タイヤに重りを入れて更に重くする。それらを使いながら前に進むための動きをする。バウンディングも。タイヤの重さに負けて進まないというのも出てきます。そこで工夫しながらどうすれば進むかを考える。繰り返しました。パワーだけではなく膝の引き出しで進んでもらいたい。一歩目で重心移動を生み出せるかどうか。
 
加速段階でそこができればそれ以後はスムーズに進むと考えています。中間の動きももちろん大切ですが加速段階をどう作り出すか。ここが大きなウエイトを占めると考えています。補強的な要素も入れながら走る。基礎的な部分を大切にしておきたいなと考えていました。
 
加速段階だけでは走れないので中間の動きも。これはB走とDM走で意識。スイッチングの動きにも重なります。ここでやりたい動きをしっかりとやっておくことで走りにつなげていく。合流走もやりました。どうすれば最後まで全力で走るのかもちろんこちらの工夫次第だと考えています。競争という要素を入れながら高いスピードを保つ練習をする。
 
時々理論的な話も入れました。理解できるかどうかは分かりません。しかし、何のためにやっているのかを考えられるかどうかは大きい。意図的にそういう時間もつくる。興味を持って聞いてくれている選手もいました。こうやって「陸上競技」の指導ができるのは幸せだなと痛感しました。当たり前のことだとは思いますがあまりにもここ最近できていなかった。それは苦痛。今回は気分転換になっていました。
 
2日目の午後は短時間で走ることにしていました。krkのための練習。そう公言して練習をしました。どうやって負荷をかけるか。常に声をかけながら(笑)上述のkanaの時に学びました。どうすれば最大負荷をかけることができるか。強くなりたいという気持ちは大きいので、1番きつくなる所で声をかける。「日本一になるんだよね?」と(笑)そういう中で奮起してくれていました。いや、強い。これだけ負荷をかけて最後までスピード持続ができるというのは。見ていて楽しいですね。本気になって取り組む姿勢は美しい。
 
かなり端折ってますがやりたいなと思うことはある程度できました。途中で「どうでしたか?」と質問しに来る選手もいました。こうやって向上するための練習にできるかどうかは大きいと思いますね。こちらも気持ちよく人と関わることができました。かなり前向きになりました。いや、こういう基本的なことがやりたい。そういう部分を大切にしたいなと。
 
貴重な時間でした。感謝しかないです。
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陸上競技の指導をする

2019-06-24 | 陸上競技
金曜日の夕方、gt先生と2人で食事へ。気分転換です。気にかけてもらっていました。水曜日の練習時に見にきてくれました。雑談をしながら気分転換。この時もかなりのストレスを感じていたので。金曜日の夕方に約束をして一緒にプラプラしました。ありがたいことです。
 
その勢いで土曜日は下関へ。tb高校で指導をさせてもらうことになっていました。自分のチームの指導もあるのかもしれませんが、テスト週間だということもあり土曜日は休みにしていました。前日に少しだけ話をしておきましたが。「可逆性の原理」です。自分でどうやって休みの日を過ごすのか。休むことも必要です。しかし、筋力的な部分は継続しなければいけない。女子に関してはそれなりに理解してくれていると思うのですが一応念押し。
 
先日からモチベーションが劇的に落ちていました。これまでの指導に関しても「不義理だな」と感じることもあったので。何をもって指導とするのか。ある程度のところで断捨離していくことも必要なんだろうなと思います。それが許されるのかどうか。
 
そんな時にkd先生から連絡をもらいました。気分転換にtb高校で指導をしないか?というものでした。気にかけてもらっています。そのため朝から下関に。陸上競技において私にとってkd先生から教わったことは数え切れないくらいあります。技術的なことはもちろんですが様々なことを学ばせてもらってきました。体調を崩された時も指導をしに行く予定にしていたのですが「今回は指導を受けるレベルではない」と言われて実現しませんでした。私もかなり苦しいですがkd先生も計り知れないくらいのストレスを感じて指導されていました。それが原因で体調を崩す。苦しかったと思います。
 
新チームとなり、新しい刺激をという意味合いもあったと思います。2年生が少なくチーム作りも大変になると思います。うちが3年生1人でやっていたのと同じかもしれません。投擲も含めれば人数はいますがこれまでと比べると少なくなっています。そういう立ち上げの時に関わらせてもらえるというのはありがたいですね。
 
練習に関しては「任せる」と言われていました。「重心移動が課題」と言われていたのでそれを克服するための練習かなと。とはいってもやはり基礎的な部分を徹底する必要があります。トレーニングを中心に練習を組み立てたいなと思っていました。全体にパフォーマンスを上げるためには「基礎筋力の向上」が課題になると考えています。やりたい動きがあっても筋力がなければできないと思います。そこを理解してもらいたいなと。
 
重心移動をするというメニューを作ることにしました。ほぼ思いつきで動きを見ながらやっていくという感じでした。それでも最初は補強を。ここ数日間補強中心にやっていたということでした。走る練習も減っているとのことでした。最近のわたしの練習の流れはトレーニングと走りの一体化です。様々な負荷をかけながら走るための動きをやっていく。あれこれやっていたので私自身何をやったのかは明確に覚えていません(笑)
 
競技をしたい。少しでも速くなりたい。そう思ってくれている選手が多くいました。こういう環境の中で指導ができるというだけで私としては幸せなことだと感じていました。意図的に「時間がもったいない」という言葉をかけ続けました。種目と種目の間に時間をかければそれだけ練習する時間がなくなります。2年生の女子が「スパイク早く履いて」と声かけをしていました。
 
こういうところもkd先生の狙いだったのだろうなと感じています。私が急かすので強制的に練習スピードが早くなる。普段は自分たちのペースで練習をしていきますがそれができない。通常とは異なる練習をすることで何かしら感じる部分があると思います。競技指導に専念したら私はひたすらやりたいタイプというのが分かっているでしょうから。休ませない。トータルとしての練習量を確保する。
 
もう少し詳しく思い出したいなとは思っています。が、久しぶりに競技のことだけを考えて練習をすることができました。これが楽しい。こういう部分に幸せを感じます。動きが変わるというのも楽しいですが「欲している」というのがこちらに伝わるのが良いなと。私の指導スタンスは他の人とはまた違うと思います。普段とは異なる刺激が入ることで選手にとって少しでもプラスになれば良いなと思っていました。
 
とりあえず記録しておきます。やった内容はまた別に。多分書きます。指導が楽しいと感じました。こういう機会を与えてもらえたことに本当に感謝したい。気分転換になりました。そして本当にやりたいことはこういうことだと改めて感じました。
 
まとまりません。また書きます。
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伝わらないもどかしさ

2019-06-22 | 陸上競技
陸上競技からかけ離れた内容を書いています。これが現実です。女子はきちんと練習を積んでいます。1人足を痛めました。肉離れなどではないので様子を見ながらかなと。本来であればこちらに力を注がないといけないと思います。本質とは異なるところに対応しなければいけない。
 
 
水曜日からテスト週間に入りました。成績不振者は練習参加はさせません。これも何度も言いつづけてきたことです。これまで指導をしてきた中でこれだけ成績不振者が出たことはありません。最低限のことをやる。それさえできないというのはどうなのか。進路保証の部分です。
 
水曜日に資料を配りました。ここまでやる必要はなきと思いますが。「トレーニングの原理」について。「過負荷の原理」はトレーニングをやるからには必須の話だと思います。練習負荷は生活レベルでやっていても効果は出ない。少しずつその負荷を増やしていかなければ効果はない。息が切れないような練習を続けていても競技にはならない。こんな話をしても意味はないだろうなと感じながら。
 
更に「可逆性の原理」について。これはトレーニングで得た効果はそれを続けている間は維持できる。しかし、中断してしまうと「日常生活レベル」に戻ってしまう。筋力や心肺機能は負荷をかけ続けなければ低下してしまうのです。こんなことは言うまでもない話ですが。しかし、今の現状はそれさえも分かってもらえない。時々身体を動かしてレースに出たいというのは私の感覚からすれば考えられない。
 
聞けば「速く走れるようになりたい」と答えるでしょう。しかし、それに見合うだけのことはやっていない。表面的にやっているように示しても何の意味もない。そのことに気づいてもらわないと先には進まないと思っています。まー本当に進める必要があるのかどうかもよく分からないですが。
 
成績不振者以外は「翌日からは練習に参加しなくてもいい」と伝えました。この日の行為に対して流石に許せないなと感じていたので。更にはやりたくないと思っている者にテスト週間までやらせる必要はないだろうと感じていたので。冷たいでしょうか。話をしましたが明らかに分かっていないだろうという雰囲気がありました。
 
翌日の朝、何人かが「練習に参加させてほしい」と言いにきました。気持ちを入れ替えてやる、と。申し訳ないですが信頼はできません。この数ヶ月ずっと言い続けてきたにも関わらずほとんど変化が見られないのですから。高校生は未熟だから仕方ない。そんなことは言われなくても分かっています。だったら何をしても許されるのか。言動不一致に関して全てを許容するのか。ここは絶対に違うと思います。「好きにすればいい」と伝えました。
 
放課後、女子の練習に行こうと思って見てみると私の車の周りを男子がウロウロしています。車に行かなければ練習に行けないので近づく。すると「練習に参加したい」と言いにきました。予測はされていましたが「とりあえず言いにきた」という雰囲気が全開でした。否定的に捉えすぎだと言われるかもしれません。しかし、実際にそうなのです。前日のことを一切謝罪するわけでもない。とりあえず「参加したい「と言っているだけ。物事には順序があると思います。「参加したい」と言いさえすればそれでいいのか。
 
グランドに行くと1人は何事もなかったかのように居ました。私には何も言わずに。なかなかです。自分は前日走っていたから指導されていることに関しては関係ないと思っているようでした。頭が痛くなります。どれだけ伝わらないのか。私が悪いのか。
 
かなり具合が悪くなりそうだったのですが我慢。集合したので少しだけ指示を。テスト期間なので練習計画をパターン化しました。ABCパターンで実施。全て1時間程度で終わる内容です。が、前日指導した者達に関しては「練習するのは構わないが私が作ったメニューでやることは認めない」と伝えました。これも批判されるでしょうか。
 
これまで私は自分の人生の時間を削って練習メニューを作ってきました。それでも作ったメニューの全てを消化できない。ダラダラしたり練習メニューをほとんど覚えないので何度も確認する時間がかかって練習効率が落ちていました。数ヶ月経過してもアップで行うメニューを覚えていないというのは...。そんな状態なのに都合のいい時だけ私が作ったメニューで練習をやるのは違うのではないか。そう思っていました。
 
が、全く話を聞いていないのか勝手にメニュー通りの練習を始めました。バランス系とBCTを始める。更にシャフト補強を。いやいや。グランドを使う権利はそれなりにあると思います。私も監督責任を問われるかもしれないので遠目にでも見ておかなければいけない義務があるのだと。しかし、練習メニューを提供するかどうかは私個人の意思だと思います。提供するかどうかを選ぶ権利がある。今回は「提供しない」と伝えている。それでもやる。
 
様子を見ているとシャフト補強の種目も覚えていません。周りがやっているのを見ながらやるだけ。ある者はシャフト補強をこれまでほとんどやっていません。シャフト補強の前になると体調が悪い、足がおかしいと言い出していたので。シャフト補強はキツいので当然嫌だったのだと思います。分かっていてスルーしていましたから私の責任もあるのでしょう。
 
私の中で納得できなかったので翌日に全員を呼んで確認をしました。提供しているメニューでやる資格はないと伝えているのにメニューに参加したのか。「メニューがなかったら何をしたらいいか分からないから」とのこと。いやいや。そんな話ではないと思うのです。やりたいからやるというのであればそれは「権利」なのかもしれない。しかし、メニューに関しては私が自主的に提供しているものです。私が認めないのに勝手にそのメニューでやるのは明らかに違う。前日までは提供しても「キツいからやらない」という感じだったのに都合のいい時だけ「メニュー通りやる」というのはどうなのか。
 
今回の件に関してどのように思っているのか。何が問題なのか紙に書いて提出するようにさせました。許す許さないという話ではなく、自分達がやっていることに対して考えさせる必要があると思うからです。今回のことを保護者に話したのかも確認しました。全く伝えていないという者も。いやいや、それなら私が一方的に厳しく指導しているという話にならないか?きちんと説明しないで私の行動や発言を切り取られてしまえば一方的に私が悪くなる。どうでしょうか。
 
放課後に紙を提出しにきました。見てみると「バカにするつもりはなかったが結果的に先生をバカにした行動をしていた」と。紙に書かれると更に嫌な思いになります。それはどうなのか。事実だとしても「バカにした行動」と書かれるとやはりそうなんだろうなと痛感します。そういう意図で書いたのではなくても文字として見ることで不快な気持ちになります。
 
ストレスというか。無力感というか。何をやっているのでしょうか。
 
少しは練習について書きたいなとは思います。少しは。
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やり場のない感情

2019-06-21 | 陸上競技
思うことを。
 
前の記事に書いたこと。これは何を意味するのか。
 
色々な方と話をする。人によっては「スルーする」というのがあります。見て見ぬ振りをする。それが一番適切な対応なのだと思います。きちんと対応しようとするからストレスを感じる。間違いない事実。それ性格的にできない。私自身が寛容ではないからなのかもしれない。
 
前の記事に書いたように、私のこれまでの価値観を崩壊させるような行動がありました。人によってはあろうことかトーイングまでやっています。さすがにそれはないだろうと遅れてきた2年生に話をさせました。練習をやっているのがおかしいのではないかと理解させるまでに20分以上かかっていました。普通考えてこれまで走っていなかった者がいきなりスパイクを履いて全力で走ることはない。いきなり「走るメニューは全てやる」というのは問題ではないか。
 
また、様子を見ながらやるといっていた者も何人か。結局アップ段階で走るのをやめる。そうであれば提示した補強メニューをやるのかといえばやらない。ドリルやそれなりの練習をやっているだけ。我慢の限界がきて作成したメニューを破り捨てました。教育的な行為ではないと批判されるでしょう。繰り返し書いていますが我々はサンドバッグ。相手がどのような行為をしたときても耐えること以外は許されない。自分で作成したトレーニングメニューを自分で破り捨てたとしてもそれが「威圧的な行為だ」と批判される世の中。
 
あえて書きませんでしたが少し前の出来事。練習日誌に「1ヶ月間休養することにした。部活を休む。」と書いていて提出した者がいました。直接の持ってくるわけでもない。朝練を休んで日記だけ他の者に渡していました。あまりにも失礼だろうと思ったので個別に呼んで話をする。「足が痛くて走れない。補強しかしないのだから家でやっても同じ。近くに走る場所がないから痛くなくなったら走りに来る。」とのこと。愕然としました。こちらから頭を下げて「クラブチームでやってくれないか?」と頼みました。
 
1ヶ月休む。それで治らなかったらどうするのか。また1ヶ月休むのか。休んで痛みがなくなって練習参加してまた痛くなったら休むのか。それは本当に部活動と言えるのか。サークルとして自分で勝手にやってもいいのではないか。私の考え方自体が間違っている可能性はあります。時代に即さないのかもしれない。
 
話を戻します。「おかしくないか?」と投げかける。そこからまた男子は集まって話をし始める。何かのタイミングで練習再開。勝手に瞬発系シャフトを始めました。これってどうなのか。一方で私が作ってきた補強メニューはやらない。が、一方でメニューに従って練習を始める。普通に考えて失礼ではないか。自分達が話をしている間に練習は進んでいます。120を走ったりしていました。しかし、それはやらない。全体の流れ云々は関係ない。何をやりたくて練習に参加しているのか私には分からない。
 
何人かは何事もなかったかのように練習に参加してやっています。私が一切指示を出さないので「許されている」と思っているのかもしれない。自分本位。その事に気づくことを求める私が悪いのだと思います。好きにやる。やりたいようにやる。それを私が阻害している。「速く走るために」というテーマからは大きく逸脱しているのが分からない。1つのことに一生懸命になることでしか学べないことはあると思っています。今はそんな段階ではない。
 
笑えない話。ある部活動で本人が辞めたいと申し出る。何度も確認してそれでも辞めるというので退部届を渡したら保護者から電話で「なぜ勝手に退部届を渡すのか?うちの子に辞めろというのか?」と批判されたそうです。いやいや、本人の意思確認を何度もしてそれでも辞めるというから渡した。それでクレームがつくのか。
更には「部活に行きたくないと言っている。放課後、子供の教室に迎えに行って部活に連れて行って欲しい。」という申し出があったと。そこまでしてやる必要があるのか。部活動顧問はどこまで求められるのか。そんな要求がまかり通っていたら全てが許されることになるのではないか。
 
ひょっとして私自身の考え方が常識を逸脱しているのかもしれない。他の選手に確認をしてみました。分かっている者には通常通り分かる内容だと思います。難しいことを言っているわけではありませんから。表面的な理解を求めているわけではない。基本的に「やりたくない」のであればやらなければいいと思います。強制する話ではないので。しかし、集団に所属しているのであればある一定のルールには従わなければいけない。うちは「競技部」としてやると宣言しています。それに合わないのであればどうするのか。
 
他校より特別キツイことをやっているとは思いません。適度に身体を動かすというのとは違いますが。競技力を上げるために何をするのかという考え方の中でやっています。器具を使ったトレーニングがあればそれなりに負荷はかかる。息切れもします。それが「悪」だと言われればそれまで。
 
先日から「責任が持てないから帰って欲しい」と何度か話をしています。こちらの指示に従わずに勝手に何かやってそれで怪我をしたと言われると私自身がその管理責任を問われます。明らかに危険なことをさせているのであれば私に責任があると思いますが、通常通りのことしかやっていない。それでも想像を遥かに超える行動を取る。
 
失礼ではないか。そのことに対する返答はありません。多分分からないと思います。先週の木曜日に休みました。練習メニューだけを作って帰りましたがその時に「感謝」という言葉が1人だけ出ていました。その話も全体にしました。が、「与えられるのが当たり前」なのです。毎日7割しか練習していない。自分だけではなく本当にやりたいと思っている者も7割しかできない。自分達は5割もやっていない。それはどうなのか。
 
1人がやらなければそれに合わせてやるという感じがありました。合わせるのはどこか。話によるとメニュー提示をした際に「トレーニングはきついから今日は走ろう」と声に出していた者がいたようです。それはどうなのか。失礼という感覚がないのかもしれません。やりたくなければ最初からやらなければいい。それは当然の話だと思います。こちらがお願いしてやってもらっているわけではありません。
 
走る練習を途中でやめた者も本当に必要な負荷をかけながら補強をしていたとは思えません。言いませんでした。というか、ここまで来てもう一度話をする必要性があるのかどうか。「大したことのない話」と言えばそうなのかもしれません。そこまでこだわっているという話ではないのですが。これまで我慢してきた部分の限界を超えた気がします。無理。
 
ここまで無下に扱われないといけないのか。これまでにない憤りを感じています。意欲のある選手達もいます。この差は何か。
 
まとまりません。自分の中で処理できない部分があります。信じられない。行き場のない感情が存在している。耐え忍ぶしかないのか。こんなことはどこのチームでも起きているのかもしれません。
 
面白くない内容ばかりになっています。申し訳ありません。
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信じられない現実

2019-06-20 | 陸上競技

前の記事にあれこれ書きました。ご心配をおかけしているようで・・・。病んでいるというか教育は無意味なのではないかと感じる部分が大きくあります。教育者という感覚はありません。しかし、放任するほどではない。最低限のことは預かっている時間だけはしなければいけない。それができないので16時50分までという考え方も出てくる。間違っているといわれたらそれまでですが。

 

前の記事、1/8しか練習していない現状を見て愕然としました。これは何なのか。穏やかに過ごしていましたが、さすがにこれはないだろうと。報告もなく抜けている者が多数いるのでそれも「おかしいのでは?」と感じていました。これまで何度も何度も注意していますがそれでも「無断で休む」という現状。走らずに何をしているのかといえば「適度な補強」です。火曜日はシャフト補強もしていますが負荷のかかる種目は一切やっていませんでした。「足が痛い」というのであれば上半身はできるのでは?体幹はできるのでは?

 

そう感じたので30分程度、私がその場に付いて補強をさせました。スクワット100回、V字腹筋30回、背筋30回。これを何セットも繰り返しました。更に腹筋MIXを2セット。足を上げるのに腕で支えている者も。

 

誤解なきよう書いておきます。練習を強制的にやらせるつもりはありません。参加の有無や継続の意思は本人たちに任せています。毎回、負荷の高い補強系になると「体調が悪い」「足が痛い」という姿を示す者もいます。「具合が悪いなら帰っていい」と本気で伝えています。帰りませんが。帰らないように無理強いしていると思われるのも違います。本気で帰っていいと伝えています。

 

何人かは数週間、ほとんど走りませんでした。走らないと練習にならない。シンスプリントが完全に治って痛みが引くまで待っていたら練習にはならない。そのことも繰り返し話し続けてきました。それでも走りませんでした。比較的きちんとやっている者が「痛い痛いと言っているが全くケアをしていないのだから当然ではないか」と書いていました。まさに。しかし、それは伝わらないのです。

 

木曜日。前日まで全く走る様子がないのでこちらが別メニューを作ることにしました。「補強組」として。陸上競技部としての活動をしたいと思っています。しかし、毎日毎日軽く補強をしているだけの活動では陸上競技とは縁遠い。前日に話をしていました。前任校の選手。kanaが高校1年生の時は全くケアもせずに何かあれば「痛い」といっていました。県合宿に選ばれましたが参加できず。その時にエアロバイクをひたすら漕がせました。他の者は走っています。それに見合うだけの負荷をかける。スクワットも組み合わせてひたすらやり続けました。

 

そのタイミングで我が師匠に整体をしてもらいました。硬くなっている筋肉を弛めてもらう。本来であれば硬くなる前の段階でやっておかなければいけないのですがそれをやっていない。痛みを伴いますが筋肉を弛めてもらいました。かなり泣いていましたが・・・。それ以後、「別メニューでやるのは絶対に嫌だ」と言うようになりました。どこか痛みがあれば自ら整体に行って身体を弛めてもらう。自分の身体に対して気を配るようになる。その結果、怪我もせず劇的に走れるようになった。そんな事実があります。

 

そこである程度のメニューを組むことにしました。火曜日に一部分だけやったメニューをしっかりとさせようかと。きちんとやることを覚えなければ「適度にやるだけ」になってしまうからです。もちろん、常識はありますからありえないメニューをさせることはありません。冬季練習中に上級生がやった補強メニューを一部分抜粋して組直しました。補強だけを3時間近くやった日があったのでそのメニューをアレンジして。

 

放課後の練習、別メニューを提示しました。練習開始前にこれまで走っていなかった者が全員「走るメニューはできるので全体と一緒にやる」と申し出てきました。は??という感じでした。何日もウインドスプリントさえもやっていない状況。それがいきなり「走るメニューはできる」という話になる。どういうことなのか。徐々に練習量を増やしてきて走るというのが「通常の感覚」だと思います。しかし、いきなり「走るメニューはできる」と言う。

 

走れないからこれまで「適度な補強」をやっていたのではないのか。毎日毎日倒れるまで追い込む必要はないと思います。しかし、普通の者は毎日負荷をかけて練習をしています。座って話をしながら適度に補強しているというのはさすがに違うのではないかと思ったので「走れない者のためのメニュー」を別途作ったのです。その瞬間に全員が「走れる」と言い出す。

 

私が我慢しきれないからなのかもしません。それはあまりにも失礼ではないか。自分たちが「できない」と主張していたのでそれに合わせて別のことを準備する。準備した瞬間に「できる」と言い始める。わざわざ時間を作って別メニューを作りました。そのことに対する侮辱だと思います。高校生だからそんなことを言う必要はない。そうなのかもしれません。

 

何も言う気にならず。見ていると普通にスパイクを履いて全力で走っている。一人は「スパイクで走るのではなくシューズで走る」と申し出てきました。百歩譲ってこれが「最低限のマナー」だと思います。全く走っていなかった者がいきなり全力で走るということがあるのか。その様子を見ていて「私は何のためにここに来ているのか」という無気力感に襲われました。

 
きちんと目標に向かって練習している選手が「今の走り見ていましたか?」と聞きに来ましたが「全く見ていない」としか返答できませんでした。本当に見ていなかったからです。こんな現実を目の当たりにしてそれでもまだ私に指導をしろというのか。きちんとやっている選手には申し訳ないと思いますが憤慨していました。怒るというか向き力になるというか。
 
私の感覚が狂っているのかもしれません。顧問だから指導するのが当たり前だ。練習メニューを作るのが当たり前だ。そういう主張もあると思います。また、全員が競技志向ではないので適度に身体を動かすことを否定するのは間違っていると言われるのかもしれない。私の価値観や考え方が全てだとは思いません。しかし、さすがに酷くないか。
 
先日の新聞に「競技をやりたいならクラブチームでやればいい。部活動は適度にやる者が所属するべきだ。」という高校生の投稿がありました。そうなのかもしれません。一生懸命にやることを教えるのが教育だと信じてきました。出来る出来ないではなく物事に取り組む姿勢を身につける、それが教育だと。かなり話をしてきたつもりでしたがここまで酷い扱いを受けるのはどうなのか。
 
やりたくないなら16時50分までやって帰っていい、帰って欲しいと訴えてきました。その結果がこれ。きちんとした練習はしたくない。補強の負荷を上げればそちらの方がキツいので走るという。これは普段からメニューを考えている私に対する侮辱ではないか。普段から誰にも出来ないメニューを提示しているわけではない。きちんとできている者もいるのです。それなのにこの現実。
 
時間を使っています。私自身の人生の時間を削って練習メニューを作っている。今回のことで完全に踏み躙られたと思います。大袈裟でしょうか?私が悪いのでしょうか?
 
これでもかなり抑えながら書いています。blogを見ている方は「事実ではないだろう」と感じるでしょう。私の一方的な意見でしかない、物の見方でしかない。そう捉えられても構いません。
 
陸上競技がしたかっただけです。きちんとやっている者に合わせて進めていただけです。間違っていたのかもしれません。
 
きちんと書きたいとは思っています。それが本当にできるのかどうか。私の主観で記しているだけかもしれない、
一方的なモノの見方。私の考え方や価値観が狂っているからこんなことが起きるのかもしれない。考えたいと思います。
 
不適切かもしれない。削除するかもしれません。雉も鳴かずば撃たれまい。まさにその通りだと思います。
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