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<さっぽろ今昔物語>スズラン 愛され続ける札幌市の花

2024-06-01 | アイヌ民族関連

会員限定記事

北海道新聞2024年5月31日 10:00

(写真)富丘西公園で咲く野生のスズラン。「毒性ゆえに馬に見向きもされなかったことなどが消滅を防いだのだろう」と笠さん(※観察は遊歩道からとなり、保全区域は立ち入り厳禁)=小木武美さん提供

 「札幌市の花」がスズランであることをご存じでしょうか。1960年(昭和35年)、札幌の人口が50万人になった記念に市民投票で選ばれたものです。いま花店で見かけるのは外来種のドイツスズランですが、当時のスズランは、春に札幌の郊外で咲き乱れていた在来種のことでした。往時、市民の春の行楽といえば「スズラン狩り」というほどに身近な花だったのです。

 そんなスズランですが、その美しい姿とは裏腹に花や葉に毒性があり、馬や牛は見向きもせず、アイヌ語ではシタ・プクサ(イヌのギョウジャニンニク)などと呼ばれていたそうです。

手稲付近で発見

 では、いつからスズランは市民に親しまれるようになったのでしょうか。27年の北海タイムス連載記事によると、かつて琴似に住んでいた外国人女性が現在の手稲区富丘辺りを散策した際、野生のスズランを見つけたことがきっかけだったようです。

「開道五十年記念札幌区写真帖」(1918年発行)に、「札幌近郊軽川村リリー花盛り」と題し札幌の名所の一つとして紹介されている=北海道大学付属図書館所蔵

・・・・・・・

 

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1018325/


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いまだに残るアイヌへの偏見と差別……文化と多様性を学ぶ無料講座が会場・オンラインで開催【東京都人権プラザ】

2024-06-01 | アイヌ民族関連

U-NOTE 2024/05/31 Honoka Yamasaki

東京都が設置する人権啓発のための拠点施設・東京都人権プラザは、6月26日(水)に無料講座「アイヌ文化と多様性―もともと多様な『わたしたち』が考えるアイヌについてのお話」を開催します。

アイヌ文化を知る講座

アイヌの人々は北海道を中心に古くから住み、独自の言語や文化をもつ民族でした。

しかし、明治時代以降の同化政策により、狩猟の禁止、土地の没収、アイヌ語の使用禁止など、生活の基盤や文化が侵害されてきた歴史があります。

その結果、アイヌの人々は貧困に陥り、就職や結婚などで差別を受けてきました。

1997年にはアイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を目的とする「アイヌ文化振興法」、2019年には「アイヌ施策推進法」が施行され、アイヌ文化の復興・発展拠点「ウポポイ」が開設されるなど、アイヌ文化の保存・振興が進められています。

しかし、偏見や差別はいまだに残されており、1人ひとりがアイヌの歴史や文化を正しく理解し、当事者を尊重することが求められています。

そこで、東京都人権プラザでは、社会と密接に関係しているアイヌ文化をどのように捉え、関わっていけるのかを学ぶ講座を開催します。

講座の内容

本講座の講師は、北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授の北原モコットゥナㇱ氏。北原氏自身もアイヌ民族のルーツをもち、18歳から北海道でアイヌ文化を勉強してきたそうです。

今回は、アイヌの文化や歴史を知るとともに、講座後により深く理解ができるようフォローアップテキストも提供します。

開催概要

名称:令和6年度第1回人権問題都民講座「アイヌ文化と多様性―もともと多様な『わたしたち』が考えるアイヌについてのお話」
開催日:2024年6月26日(水)18:30〜20:30(開場 18:00)
開催方法:会場/オンライン(Zoom)
オフライン会場:東京都人権プラザ1階 セミナールーム
主催:東京都人権プラザ
参加方法:要事前申込み
参加費:無料
申込先:Webフォームもしくは東京都人権プラザへ電話
申込締切:2024年6月19日(水)正午

〈参考〉
アイヌ文化と多様性―もともと多様な「わたしたち」が考えるアイヌについてのお話

https://u-note.me/note/74009


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沖縄戦など犠牲者の名を刻む「平和の礎」 181人を追加刻銘へ 総数24万2225人に 糸満市摩文仁

2024-06-01 | ウチナー・沖縄

沖縄タイムス2024/05/31

 沖縄県は31日、沖縄戦などで犠牲になった人たちの名前を刻む糸満市摩文仁の「平和の礎」に、ことしは181人を追加刻銘すると発表した。刻銘者の総数は二重刻銘などに伴う削除2人を除き、24万2225人となる。

 沖縄県平和・地域外交推進課によると、ことしの追加刻銘者の内訳は県内24人、県外157人。県内は金武町4人が最多で、名護市、糸満市がそれぞれ3人と続く。県外は東京都50人が最多で、広島県32人、宮城県28人など14都道県だった。

 県によると、県外の追加刻銘者は太平洋戦争中に撃沈された日本軍の戦艦の乗組員が大半を占めるという。

 追加刻銘者数は、205人だった2011年以降2桁で推移していたが、23年は3桁の365人で、戦艦大和の乗組員が多数含まれた。

 今回の追加により、全刻銘者の内訳は県内14万9658人、県外7万7978人、海外1万4589人となる。刻銘作業の時期は調整中という。

https://nordot.app/1169135613781115131?c=768367547562557440


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保苅実の世界へようこそ!

2024-06-01 | 先住民族関連

オールレビュース2024年05月31日(金)06:00

BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地

『BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』(図書出版みぎわ)著者:保苅 実Amazon |honto |その他の書店

2004年、『ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(以下、『ラディカル』と略記)が刊行されました。著者は保苅実。

『ラディカル』が刊行される数か月前、末期がんによって命を落としています。享年32歳、あまりにも早すぎる死でした。

『ラディカル』は刊行から20年が経ったいまもなお、様々な読者に手に取られ、多大なインスピレーションを与え続けています。オーストラリアにあるダグラグ村で生活をする、グリンジとよばれる人びととの出会いと対話から導きだされた彼の言葉や思想は、読者を感化する、不思議な魅力にあふれています。

保苅実の没後20年になる2024年、小社(図書出版みぎわ)では、『保苅実著作集』(全2巻)を企画しました。4月に『保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』を刊行、6月には『BOOK2 アンチ・マイノリティ・ヒストリー』も刊行します。

これをきっかけに、保苅実に、『ラディカル』に、より多くの方が出会ってほしいと願っています。

◇保苅実とは何者か

保苅実の略歴は以下の通りです。

“1971年、新潟市に生まれる。1996年、一橋大学大学院経済学研究科・経済学修士取得。1996年より、ニューサウスウェールズ大学在籍。歴史学Ph.D専攻。

1999 年よりオーストラリア国立大学に在籍、2001年にオーストラリア国立大学歴史学博士号取得。1999年から2003年まで、オーストラリア国立大学太平洋・アジア研究所(人類学科、歴史学科)、人文学研究所に客員研究員として、2002年からは日本学術振興会特別研究員として慶應義塾大学に所属。2003年7月、フィールドワークに向かう途中にて発病(悪性リンパ腫)。2004年5月、豪・メルボルンにて永眠。同年7月、オーストラリア国立大学にて豪州の先住民族研究者対象の保苅実記念奨学金が設立された。著書に、『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶ノ水書房、2004年、岩波現代文庫、2018年)、『GURINDJI JOURNEY』(University of New South Wales Press、2011)がある。

本書略歴より)”

『ラディカル』を刊行する前の保苅実がどんな存在だったのか、その時代を知らない僕にはわかりません。ただ、『保苅実著作集BOOK2』掲載の論文「アンチ・マイノリティ・ヒストリー」が、学術雑誌ではない『現代思想』に掲載されているので、注目を集める若手研究者として見られていたのだと思います。

◇読者の人生を変える本――『ラディカル・オーラル・ヒストリー』

『ラディカル』の魅力は、まずは本として、読み物としての面白さにあります。

保苅実というひとりの若者が、ダグラグでグリンジ長老のジミーじいさんと出会い、対話を重ねて、自らが変化していく。文体も章によってさまざまで、本には、本人の文章だけでなく、アボリジニの語りや、自身へのインタビューが挟み込まれてもいます。なるべく多くの方に読んでもらえる本にしたい、という保苅実の意思を感じる、バラエティ豊かな本なのです。

“アボリジニのオーラル・ヒストリーに耳を傾けることをきっかけにして、「歴史」を生産・維持しているのは、なにも歴史学者だけではないということ、むしろ僕たち誰もが、ふだんから行っているはずの歴史実践(historical practice)に注目し、それを大事にしていこう、というのが本書の大雑把な目標です。(『ラディカル』岩波現代文庫、p.4)”

第一章で書かれたこの文章が、『ラディカル』を貫くテーマです。ここから、「歴史は誰のものか」、「歴史実践とは何か」が語られていきます。

僕の手元にある、『ラディカル』御茶の水書房版の帯には、大きく、「歴史は楽しくなくちゃならない」と記されています。読者は、主人公・ほかりみのるのアボリジニの世界との出会いと、そこから生まれた思索を追体験できる。『ラディカル』はそんな、魅力にあふれた、楽しい本です。

◇保苅実シングル・コレクション――『保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』

保苅実が好きだった音楽に例えるなら、『ラディカル』は保苅実が残したオリジナルアルバム――それまでに発表した論文というシングルを、アルバム用に再編集した上でまとめた作品――とするなら、『保苅実著作集』と銘打った本書は、シングル・コレクションのようなものと言えるかもしれません。The Beatlesなら、赤盤・青盤であり、もしくは過去の音源を集めた『Past Masters』でしょうか。

デビュー前、アマチュア時代の文章ともいえる高校生・大学生の頃に同人誌に掲載されたものや、デモテープともいえるような卒業論文・修士論文、ミニアルバムともいえるような新聞・雑誌連載のエッセイを掲載しています。

2024年4月に刊行した『保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』には、オーストラリアの情報誌に連載された「アボリジニの世界へようこそ!」、『新潟日報』で連載された「生命あふれる大地」という2つのエッセイを掲載しています。文章も読みやすく、初めて保苅実の文章を読む方にも、彼の魅力・エッセンスが伝わるエッセイです。その中には、彼の生涯のテーマともいえる言葉も書かれています。

“閉塞感ただよう時代状況ではあるが、アボリジニもまた二一世紀の始まりを僕らと共有している。なんと喜ばしいことだろう。「人生なるようにしか、ならない」などと言って、シニカルになっている暇などないのだ。僕はオーストラリアでの体験を通じて、自由で危険な広がりのなかで一心不乱に遊びぬく術を学び知りたいと思っている。(「生命あふれる大地」p.32より)」”

また、『BOOK1』掲載の「誰が歴史家なのか――ラディカル・オーラル・ヒストリー」は、後に『ラディカル』の第一章、「幻のブックラウンチ」の元になった講演録です。オーストラリアを代表するオーラル・ヒストリー研究者・ピーター・リードによる、保苅実へのインタビューを和訳した「ミノのオーラル・ヒストリー」は、『ラディカル』の第六章として部分的に掲載されたものですが、今回はそのインタビューすべてを掲載しています。

一橋大学に提出した卒業論文である「オーストラリア先住民の歴史――アボリジニと近代」は、オーストラリアの、アボリジニの研究に進むにあたっての下調べ(というには膨大な量ですが)ともいえる内容です。本書解説で山本啓一さんが指摘しているように、まだ大学生の彼が、自らアボリジニ研究のための教科書を作ろうとでもしているかのような熱意が伝わる、圧巻の卒業論文です。

最後に、病床にあった保苅実が友人・知人たちに送ったメールも掲載しています。

『保苅実著作集BOOK2 アンチ・マイノリティ・ヒストリー』には、日本語、英語で発表した論文を掲載します。こちらはまだ編集中ですが、近日刊行予定です。

この2冊に加えて、保苅実の博士論文を基に、オーストラリアで刊行された『GURINDJI JOURNEY』の邦訳版も準備を進めています。『グリンジ・ジャーニー』は『ラディカル』と重複する箇所もあるものの、よりグリンジの歴史が伝わるように書かれた本です。近日刊行予定なども公開しますので、こちらも刊行を楽しみにお待ちください。

◇企画の始まりとみずき書林・岡田林太郎さん

『保苅実著作集』の企画は当初、岡田林太郎という編集者がひとりで立ち上げた、みずき書林という出版社からの刊行を予定していました。みずき書林は2018年に立ち上げたひとり出版社です。『保苅実著作集』の企画がスタートした時点で、岡田さんはがんに冒されていました。そのなかで、本書の編集は進められました。みずき書林での刊行を目指しつつ、岡田さんの身になにかあったときは、図書出版みぎわから刊行する。そう、僕ら二人と、著作権継承者である保苅由紀さんで約束をしていました。2023年7月10日、著作集の企画と構成が決まった後で、岡田さんは帰らぬ人となりました。

岡田さんとの出会いや、本書刊行に至る経緯は、『保苅実著作集BOOK2 アンチ・マイノリティ・ヒストリー』掲載の保苅由紀さんの解説エッセイにも書かれていますので、ぜひお読みください。

また、没後に刊行された『憶えている――40代でがんになったひとり出版社の1908日』(コトニ社)には、岡田さんが『ラディカル』をどのように読んでいたのかがわかる文章が多くあります。こちらもぜひお読みください。

◇世界を変える言葉を届ける

『ラディカル』を読み終えた日のことはいまも憶えています。主に研究書の編集者として仕事をしていた10年ほど前のこと、休憩時間に職場近くの喫茶店でこの本を読み終えました。本を閉じて、お店を出て、顔を上げた時、目の前の世界がこれまでとは違うもののように見えました。この本を読み終えた時、世界が変わった、世界の見え方が変わった。そんな読書体験でした。

『ラディカル』のような本を自分も作りたい、と思いながら、これまで編集者として本作りに関わってきました。2022年12月に図書出版みぎわを立ち上げたとき、その思いを込めて、「世界を変える言葉を届ける」ということばを、会社のキャッチコピーにもしました。

保苅実という人物の魅力、『ラディカル』という本の魅力が多くの方に伝わった結果として、今回の『著作集』が完成しました。

『ラディカル』から読み始めても、『著作集』から読み始めても、彼の残した言葉や思想と出会うことができます。彼のことばは、これからも新しい誰かとの出会いを待っているし、誰かを大いに感化させていくのだと思います。――保苅実の世界へようこそ。

[書き手]堀 郁夫(ほり いくお)

1983年茨城県水戸市生まれ。2022年12月、千葉県流山を拠点に図書出版みぎわを立ち上げ。「世界を変える言葉をとどける」をコンセプトに、文芸書・人文書を刊行しています

【初出メディア】

ALL REVIEWS 2024年5月31日

【書誌情報】

BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地著者:保苅 実

出版社:図書出版みぎわ

装丁:単行本(360ページ)

発売日:2024-04-15

ISBN-10:4911029056ISBN-13:978-4911029053

https://www.excite.co.jp/news/article/AllReview_00006724/


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民主化運動の実相を記録し続けた宋隆泉氏の写真展「台湾の自由風景」にぎわう 東京・台湾文化センター

2024-06-01 | 先住民族関連

ビジネスインサイダー5/31(金) 8:10配

写真展「台湾の自由風景」会場の様子

台湾の民主化運動などをテーマにした作品で知られる台湾人写真家、宋隆泉さんの写真展「台湾の自由風景」が、東京都港区虎ノ門の台湾文化センターでこのほど開幕した。展示作品約100点を通じて台湾社会の激動の時代が実感できる内容。台湾では5月20日に頼清徳政権が発足したこともあり、台湾の歴史や風俗に興味を持つ人々で連日にぎわっている。

【全画像をみる】民主化運動の実相を記録し続けた宋隆泉氏の写真展「台湾の自由風景」にぎわう 東京・台湾文化センター

台湾北西部・宜蘭県出身の宋さんは1957年生まれ。郷里の雑誌「カバラン」(噶瑪蘭)の撮影・美術編集を務めたのをはじめ、月刊誌「ニューウェイブ」や週刊誌「自由時代」の撮影、編集に携わった。

台湾は日清戦争(1894~1895)の結果、下関条約によって約半世紀の間、日本の統治下におかれ、第二次大戦終結後は中国国民党政権による独裁政治が続いた。1949年の二・二八事件を機に反体制派民衆を弾圧する「白色テロ」時代を迎え、以降1987年までの世界最長とされる戒厳令時代には言論や表現の自由が奪われた。

その後の李登輝時代を境に次第に民主化、本土化の時代を迎えたが、報道現場にいた宋さんは、当初は伝統文化や風俗を主題としていたものの、1986年以降は元来の芸術的視点も維持しつつ、デモや抗議活動、またその中心人物などをファインダー越しに追うようになり、社会の変化や時代のうねりを写真作品にしてきてきた。

今回の写真展でも、先住民の風俗や、伝統歌劇「歌仔戯」など農村、漁港の景色とともに、戒厳令への抗議や民主進歩党の結党、二・二八事件を風化させないためのデモ行進や、言論の自由を訴えた活動家の姿などを切り取った作品群、また蔡英文前総統や謝長廷駐日代表(大使に相当)ら人物に焦点をあてた作品群が展示されている。

5月15日の開幕式に出席した宋さんは「歴史の真相は簡単にねじ曲げられてしまい、人々の記憶からも簡単に忘れさられてしまう」「歴史の現場で何が起きたのかをこれらの写真を通じて知ってほしい。私はビジュアルで忘却にあらがいたい」などと語っていた。6月14日まで(午前10時~午後5時、土日祝日休館)。入場無料。同展は9月29日から10月1日、大阪でも開催される予定。

https://news.yahoo.co.jp/articles/f00317ceb9a91ddfae9b226f5dece4efc49d541f


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「アイヌ民族」と「アイヌの人々」①

2024-06-01 | アイヌ民族関連

日本中学生新聞 2024年5月29日 19:49

4月から中学2年生になり、早くも2ヶ月が経とうとしている。平日は、学校から帰宅したら宿題や読みたい記事や本、観たい動画、メールの返信など、やることやりたいことが山ほどあり、あっという間に時間が過ぎる。
いつもはそんな感じでいいのだけれど、テスト前になるとそうはいかない。いろんなことを我慢して勉強をする時間を優先している。当たり前のことなのだろうが、ぼくにとってはなかなかきつい。しかも、こんな時に限って読みたかったものが届いたりする。テスト勉強します。

ぼくの学校の地理の教科書は帝国書院を使っている。
学校では先生が作ったパワーポイントとプリントで授業が進むので、教科書や問題集を使っての授業をあまりしない。
今回のテスト範囲が東北地方と北海道地方だったので、教科書と同じ会社の問題集を解き理解度を試す。
問題です!

【必須問題】

P173 ①

近年, (d)昔から北海道に暮らしてきた人々を, 先住民族と明記する法律も成立した。

(5)下線部dの人々を何というか

【定期テスト 得点UP問題】

P174 ①

(8)北海道の先住民族を何というか。

答えは出ましたか?
ぼくは、両方、「アイヌ民族」と回答しました。
回答は、両方、「アイヌの人々」です。
アイヌの人々(アイヌ民族) または、アイヌ民族(アイヌの人々)ではないので、
アイヌ民族の回答は、❌ です。
頭の中が 「?????????」となりました。

「民族」とは、文化を含む人の集まり
「人々」は、人の複数形
公益財団法人アイヌ民族文化財団 とアイヌ民族の方は自らアイヌ民族と書いている。
北海道放送も北海道の自治体のHPなどもアイヌ民族と書かれている。
なのになぜ、教科書や問題集は「アイヌの人々」なのか?

社会科 中学生の地理ー世界の姿と日本の国土ー 帝国書院

教科書の内容
アイヌの人々は、社会的地位の向上や民族としての名誉と尊厳の回復を求め、ねばり強く運動を続けました。
1997年、北海道旧土人保護法は廃止され、アイヌの文化振興法が新たに制定。この法律をきっかけにアイヌの人々が育んできた文化の伝承・再生を目指して、さまざまな取り組みが進められました。
2007年、国連総会で「先住民の権利に関する国際連合宣言」が採択。
2019年、国会でアイヌの人々を「先住民族」と明記する法律が成立。この法律では、アイヌの人々の誇りが尊重される地域社会づくりに対する、国からの財政的な支援も盛り込まれています。

法律が成立し先住民として認められている。
「誇り」「尊重」という言葉まで使い書かれているにも関わらず、なぜ、「アイヌ民族」の言葉を避けるのか?名誉と尊厳の回復を求め運動をされている方々は今もまだいるにも関わらず、なぜ、過去形になっているのか?ぼくには意味がわからない。
帝国書院に電話をして、「アイヌ民族」と表記せずに「アイヌの人々」と表記されていることに疑問を感じたことを伝え理由を聞いた。
帝国書院回答
中学校の地理の担当が、ただいま不在なので代わりに少し調べました。正確な、100%会社の意見ではないので恐縮なのですけども、弊社からアイヌ民族セミナー、協会さんが主催しているセミナーに毎年参加しておりまして、そちらの中で、アイヌ民族協会さんの方の中で、「アイヌ民族」という呼び方と「アイヌの人々」という呼び方、どちらの方が適しているのか弊社から質問させていただいた際に、「民族」というまとまりというよりは「人々」というように、日本の先住民族として所属していたというところで、民族として切り離さずに考えていただきたいというところで、「人々」という呼び方を推奨しているとご意見でいただいたことがございます。そちらで、地理の現代のアイヌの人々についての基準の際は、「人々」という風にしているというところかなと思うんです。

ぼくー「民族」という言葉は切り離しになるのですか?民族というのは、人々と文化を合わせているということですよね?

帝国書院回答
そうですね。確かにそれもおっしゃる通りですよね.....。ちょっと弊社の中で調べた中で、そういった回答だったので、ご担当のものが本日出社しないものでして、また後日お調べしてご回答という形でもよろしければ、お調べしたいと思うんですけども。弊社の上のものに確認して回答します。

帝国書院が毎年参加していると言っていたアイヌ民族セミナーを主催しているのは、内閣官房アイヌ総合政策室。セミナーの中で「アイヌ伝統舞踊の披露、伝統楽器の演奏」をされた公益財団法人アイヌ民族文化財団に電話。
中学校で使っている地理の教科書の北海道の勉強で、アイヌ民族について書かれているページでは、一度もアイヌ民族と表記せずにアイヌの人々と表記されていること。このことについて、教科書会社に問い合わせをしたところ、アイヌ民族セミナーに参加し、「アイヌ民族」と「アイヌの人々」の呼び方のどちらが適しているか質問をした際に、「民族」というまとまりよりは、日本の先住民族として所属していたということで、民族として切り離さずに考えて欲しいので、「人々」という呼び方を推奨していると回答をもらったとおっしゃっていました。教科書や問題集には「アイヌ民族」と一度も書かれていません。このことについて、アイヌ民族文化財団さんはどのようにお考えなのか、お聞かせいただければと思います。

アイヌ民族文化財団回答
本日、適切なご回答を差し上げられるものがおりませんので、アイヌ民族文化財団のホームページの問い合わせにご記入いただき、ご質問を投げていただければ適切な回答をできるものを入力して、ご返信差し上げる形になります。

ぼくー「アイヌ民族」と「アイヌの人々」の表記は別の意味だと考えて良いのでしょうか?
アイヌ民族文化財団回答
私の立場ではちょっとそちらについてお答えしかねますので、申し訳ありません。お問い合わせの方で、お願いいたします。

翌日、帝国書院の担当の方から回答をいただいた。

帝国書院回答
「アイヌ民族」ではなくて「アイヌの人々」という風に表記されている理由については、こちらでお調べいたしました。理由といたしましては、おそらくただいまお使いいただいている中学校の地理の教科書、こちらの教科書を作成段階においては *アイヌ施策推進法 という2019年に制定されたものが、まだ出ていない段階の時に編集していたものでございまして、そういったところで、まだ法律としてアイヌ民族の方々が日本の先住民族という風に法律で定められていなかった時期に編集したものでございまして、そういったところで、法律として制定されていない。それから教科書の学習内容を定めている指導要領ですね。学習指導要領の中で、「アイヌの人々」という風な表記がある。この2点から、私どもの教科書の方で「アイヌの人々」という風に表記させていただいております。
(*アイヌ施策推進法・・・アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律の通称。施行と同時に1997年に制定されたアイヌ文化振興法が廃止)
ぼくー編集をしたのが2019年以前。だから教科書認定が2020年3月24日になっているということですか?

帝国書院回答ーはい。おっしゃる通りでございます。

ぼくー次の編集をいつするかわかりますか?

帝国書院回答ー私どものホームページに記載はしてるんですけれども。令和7年度版の教科書をちょうど今年ご案内しているところでございます。来年の4月から使われるものですね。改訂版ということになりますので、こちらの方ではアイヌ施策推進法を盛り込んだ内容になっていると思います。

ぼくー令和7年度版には「アイヌ民族」と表記しているという認識でいいですか?

帝国書院回答ーはい。そちらの認識で構わないと思います。

ぼくー2019年の今使っている教科書に「アイヌの人々」と表記しているけれども、《法律が制定され「アイヌ民族」と表記が変わりました》など、学校や生徒にお知らせする。そういうことはされましたか?

帝国書院回答ーそちらに関しましては、そうですね。なんと言いますか、来年度から教科書の内容として「アイヌ民族」という風に表記させていただくという内容、文科省に検定の方に出して、そちらが合格した後でないと直すという風に明言ができない状況になっておりまして。

ぼくー2019年以前の、この教科書の2020年3月24日の教科書検定では、「アイヌ民族」ではなく「アイヌの人々」と表記してくださいという教科書認定基準になっていたのですか?

帝国書院回答ーこういう風に表記してくださいという指定はないんですけれども、文科省が出していらっしゃる学習指導要領というものですね。指導要領の中で、「アイヌの人々」という風な、指導要領の中でそういった呼ばれ方をしていたので、そちらに倣ったというところが1番簡単なご説明の仕方かなと思うんです。

ぼくー2007年に国連の採択で「先住民の権利に関する国際連合宣言(先住民族の権利に関する宣言)が採択され、国際的に民族として認められているんですけれども、その点に関しては?

帝国書院回答ーそうですね。おっしゃる通り、国際連合の方では成立がしていると思うんですけど、国内で、あくまでも日本国内のお話として、日本政府の方で出された法律としてアイヌ民族が日本の先住民族だとして定められたのが、2019年が初めてでしたので、日本国内のお話ですね。ですので、そちらのものに合わせたというところでございます。

ぼくー国連の採択よりも、日本の現行法を優先したという認識ですね。

帝国書院回答ーそうですね...。はい。

ぼくー教科書に書いてある、《2019年に日本の国会でアイヌの人々を先住民と明記する法律が成立しました。》というのは、編集をし終わった後にできたから書いたということですか?

帝国書院回答ーはい。おっしゃる通りでございます。全ての「アイヌの人々」の記述を「民族」とするには、教科書の内容を変える際には、文部科学省の方に訂正の申請を毎回行わなければならないので、そうしますと膨大な量になってしまうということもありまして、とりあえずこちらの教科書ではそちらの文言を追加させていただいた上で、「アイヌの人々」という表記を継続させていただいたというところでございます。
こちら変えるとなると歴史ですとか公民ですとか、全ての教科でといことになりますので。

ぼくー子どもたちが「アイヌの人々」と学校で習い覚えることになるので、お知らせしないのは変だと思うんですよね。

帝国書院回答ーまあ。そうですね。そちらもおっしゃる通りだと思います。

中間テストが終わった。
帝国書院の回答が腑に落ちない。
他の会社の教科書も見たいと思ったので図書館へ行く。

6月7日(金)に「アイヌ民族」と「アイヌの人々」②を、noteにアップします。

https://note.com/chuushin/n/ne2e25c8df659?sub_rt=share_h&fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTEAAR0lyL-s7F8zfDOeicqejdrHl4tGwyeUWJWBwvMDDTgzpZcJ7se3EKLkKRA_aem_Adp-RNcQ15NxoHhWU2UMEVe80g7HrDx8Ct26_ispqakEP3uMadVp-enLh5lgrsHylKkRlEv1wGw2ZFQbP_4JdluY


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