北海道新聞2024年6月2日 0:00(6月2日 0:27更新)
5月25日、北見市内のホテルの一室にオホーツク管内4市町の首長と市町議会議長らが集まった。会合のテーマは、JR北海道が存続を前提に見直しを進める赤字8区間(通称・黄色線区)の一つ、釧網線(東釧路-網走)の存続問題。観光路線として存続させる可能性を探ることを確認した。
交通政策を担う道庁の担当職員の姿はなく、オホーツク総合振興局長がオブザーバーとして出席した。関係者は「公式な会議には道の担当者を呼ぶけれど、面倒なので最近は勉強会から外すこともある」と打ち明ける。
一部の沿線自治体は、道庁の担当者抜きの勉強会で取り組みの方向性を決める。道庁の担当者を含む別の会議は、セレモニーに過ぎないという。勉強会の存在に気付いていたという元道幹部は「金を出せるわけでなく、できることは限られている」と諦め顔だ。
市町村が直接国とやりとりする「道庁スルー」は、黄色線区の議論が持ち上がった2016年ごろには始まったとされる。そして今、道庁が深く関与しなければならない立場であってもあえて排除する「道庁外し」という新たな局面に入ろうとしている。
8区間のうち釧網線と根室線(花咲線)、富良野線は観光客の利用が5、6割を占める。沿線自治体が、観光客の利用を進めようと他線区とは異なる独自性のある取り組みを提案しても、道庁が難色を示すという。
「道庁の担当者は『ほかではやっていない』などと言って、他の線区と横並びにしようと邪魔をする」。ある沿線自治体の関係者は、道庁の調整にこう不満を漏らす。
黄色線区の沿線首長の一人は昨年、国土交通省を訪れ、観光客の利用比率が低い別の線区と「同列に見ないでほしい」と国に直訴した。道庁職員を除き、沿線自治体と国交省幹部による勉強会も多く開かれている。
道庁にも言い分はある。沿線首長ごとに意見は異なり、集約しても選挙を経れば一からやり直しになる。道財政は厳しく、路線存続に向け沿線自治体を財政支援するわけにもいかない。
路線見直し問題の調整相手は多岐にわたる。JRや国交省、沿線自治体、農業団体、道議会…。道幹部は「医療や観光にも関わる。行政の公平性は基本で、広域自治体として特定の線区や自治体を特別扱いできない」と調整の難しさを語る。
全道に大きな影響を与える鉄路の問題で身動きが取れない道庁。存在感低下の背景には、国の政策転換に伴う国と自治体の関係の変化があった。
■減った権限、足りぬ財源
「国との関係が大きく変更されるような事態はあってはならない。しっかり監視していく」。鈴木直道知事は5月30日の記者会見で、衆院を同日通過した地方自治法改正案について、こう語った。
改正案は、感染症まん延などの非常時、国が自治体に対策を指示できるようになるのが特徴だ。国と自治体が「主従」になるとの懸念があり、知事の念頭には、2000年施行の地方分権一括法があった。
同法は、自治体に国の事務を処理させる「機関委任事務制度」を廃止し、国と自治体の関係を「上下」から「対等」と位置付けた一方、国と市町村に挟まれた道庁の「中二階」化が進むきっかけにもなった。
同法施行後、道庁は自らの役割を市町村の「指導」から「助言」へと変更。同時に多くの権限を市町村に移譲した。パスポートの発給や介護施設の設置認可などで約3万件に上る。
さらに道庁の存在感低下に拍車をかけたのが、道庁が独自に取り組んだ10年の支庁制度改革だ。
14支庁を再編する中で、土木現業所や保健福祉事務所など出先機関を振興局に統合。14年度末までに支庁や出先機関の職員を2割削減した。
分権時代に対応しようと道が自ら進めた取り組みで、市町村自治を強化する目的があったが、道庁組織のスリム化に重きが置かれた面が強く、道職員の減員で地域の衰退につながるとも指摘された。
■ない袖振れず
当時、支庁制度改革を進めた高橋はるみ知事と道町村会会長として激しく対立した前檜山管内乙部町長の寺島光一郎さん(80)は「道庁は町村が何を必要としているか把握する力が弱くなり、首長たちは道庁を当てにしなくなった」とみる。
国は、都道府県が使うカネも減らした。小泉純一郎政権が02年に始めた三位一体改革で地方交付税が削られ、道の政策的な事業に充てている一般財源は、改革前の2000年度は1636億円だったのに対し、24年度は1280億円に減っている。
「ない袖は振れない」。06年に廃線となった北見市と十勝管内池田町を結ぶ第三セクター鉄道・ふるさと銀河線に関し、高橋前知事は03年、存続を求める地元首長らに対し、こう述べた。元道幹部は「今も道庁内に染みついている言葉」とし、市町村から財政支援を求められる局面になると尻込みするという。
■国が一本釣り
道庁の影をさらに薄くしたのが、安倍晋三政権が14年に看板政策として掲げた「地方創生」だ。
「こういう事業ができるという案を出してもらえませんか」。道央のある自治体幹部は18年末、内閣官房の担当者からアイヌ政策推進交付金に申請するよう打診された。
交付金はアイヌ文化の保存や継承につながる計画を提案した自治体向け。自治体幹部によると、道庁が関与しないまま内閣官房と調整を続け、申請が認められたという。
かつては、都道府県が市町村と調整していた国の補助事業。今や地方創生を盾に、国が市町村を「一本釣り」し、交付金を配分するのは当たり前になった。
国は、狙い通りの効果的な事業をアピールでき、市町村は確実に交付金を得られる「ウィンウィン」の仕組み。補助金のメニューや各府省庁の関連施策をネットで公開し、市町村は道庁を介さずに情報を得られる。
国からも市町村からも外される道庁に、どんな役割があるのだろうか。
人口減が進み、地域の維持が難しくなる中、職員数の少ない小規模市町村からは「道庁から移譲された権限を戻せるものなら戻したい」(道央の自治体)との声が上がる。
人手不足により、自治体間で技術職の奪い合いが進み、今後は事務職の不足も想定される。山間部の町村を中心に過疎化が深刻な奈良県では、10年から市町村の行政サービスを県が代行する「垂直補完」型の連携に取り組むなど都道府県が自治の現場で存在感を高める動きも出てきた。
ある道幹部はこうつぶやいた。「道庁が本当に何をすべきなのか、ちゃんと見直さないといけない時期を迎えている」
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連載「北海道庁のリアル」第2部では、国や自治体の間を漂う巨大組織・道庁の今を、職員や市町村の目線で探る。(5回連載します)