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保苅実の世界へようこそ!

2024-06-01 | 先住民族関連

オールレビュース2024年05月31日(金)06:00

BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地

『BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』(図書出版みぎわ)著者:保苅 実Amazon |honto |その他の書店

2004年、『ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(以下、『ラディカル』と略記)が刊行されました。著者は保苅実。

『ラディカル』が刊行される数か月前、末期がんによって命を落としています。享年32歳、あまりにも早すぎる死でした。

『ラディカル』は刊行から20年が経ったいまもなお、様々な読者に手に取られ、多大なインスピレーションを与え続けています。オーストラリアにあるダグラグ村で生活をする、グリンジとよばれる人びととの出会いと対話から導きだされた彼の言葉や思想は、読者を感化する、不思議な魅力にあふれています。

保苅実の没後20年になる2024年、小社(図書出版みぎわ)では、『保苅実著作集』(全2巻)を企画しました。4月に『保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』を刊行、6月には『BOOK2 アンチ・マイノリティ・ヒストリー』も刊行します。

これをきっかけに、保苅実に、『ラディカル』に、より多くの方が出会ってほしいと願っています。

◇保苅実とは何者か

保苅実の略歴は以下の通りです。

“1971年、新潟市に生まれる。1996年、一橋大学大学院経済学研究科・経済学修士取得。1996年より、ニューサウスウェールズ大学在籍。歴史学Ph.D専攻。

1999 年よりオーストラリア国立大学に在籍、2001年にオーストラリア国立大学歴史学博士号取得。1999年から2003年まで、オーストラリア国立大学太平洋・アジア研究所(人類学科、歴史学科)、人文学研究所に客員研究員として、2002年からは日本学術振興会特別研究員として慶應義塾大学に所属。2003年7月、フィールドワークに向かう途中にて発病(悪性リンパ腫)。2004年5月、豪・メルボルンにて永眠。同年7月、オーストラリア国立大学にて豪州の先住民族研究者対象の保苅実記念奨学金が設立された。著書に、『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶ノ水書房、2004年、岩波現代文庫、2018年)、『GURINDJI JOURNEY』(University of New South Wales Press、2011)がある。

本書略歴より)”

『ラディカル』を刊行する前の保苅実がどんな存在だったのか、その時代を知らない僕にはわかりません。ただ、『保苅実著作集BOOK2』掲載の論文「アンチ・マイノリティ・ヒストリー」が、学術雑誌ではない『現代思想』に掲載されているので、注目を集める若手研究者として見られていたのだと思います。

◇読者の人生を変える本――『ラディカル・オーラル・ヒストリー』

『ラディカル』の魅力は、まずは本として、読み物としての面白さにあります。

保苅実というひとりの若者が、ダグラグでグリンジ長老のジミーじいさんと出会い、対話を重ねて、自らが変化していく。文体も章によってさまざまで、本には、本人の文章だけでなく、アボリジニの語りや、自身へのインタビューが挟み込まれてもいます。なるべく多くの方に読んでもらえる本にしたい、という保苅実の意思を感じる、バラエティ豊かな本なのです。

“アボリジニのオーラル・ヒストリーに耳を傾けることをきっかけにして、「歴史」を生産・維持しているのは、なにも歴史学者だけではないということ、むしろ僕たち誰もが、ふだんから行っているはずの歴史実践(historical practice)に注目し、それを大事にしていこう、というのが本書の大雑把な目標です。(『ラディカル』岩波現代文庫、p.4)”

第一章で書かれたこの文章が、『ラディカル』を貫くテーマです。ここから、「歴史は誰のものか」、「歴史実践とは何か」が語られていきます。

僕の手元にある、『ラディカル』御茶の水書房版の帯には、大きく、「歴史は楽しくなくちゃならない」と記されています。読者は、主人公・ほかりみのるのアボリジニの世界との出会いと、そこから生まれた思索を追体験できる。『ラディカル』はそんな、魅力にあふれた、楽しい本です。

◇保苅実シングル・コレクション――『保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』

保苅実が好きだった音楽に例えるなら、『ラディカル』は保苅実が残したオリジナルアルバム――それまでに発表した論文というシングルを、アルバム用に再編集した上でまとめた作品――とするなら、『保苅実著作集』と銘打った本書は、シングル・コレクションのようなものと言えるかもしれません。The Beatlesなら、赤盤・青盤であり、もしくは過去の音源を集めた『Past Masters』でしょうか。

デビュー前、アマチュア時代の文章ともいえる高校生・大学生の頃に同人誌に掲載されたものや、デモテープともいえるような卒業論文・修士論文、ミニアルバムともいえるような新聞・雑誌連載のエッセイを掲載しています。

2024年4月に刊行した『保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地』には、オーストラリアの情報誌に連載された「アボリジニの世界へようこそ!」、『新潟日報』で連載された「生命あふれる大地」という2つのエッセイを掲載しています。文章も読みやすく、初めて保苅実の文章を読む方にも、彼の魅力・エッセンスが伝わるエッセイです。その中には、彼の生涯のテーマともいえる言葉も書かれています。

“閉塞感ただよう時代状況ではあるが、アボリジニもまた二一世紀の始まりを僕らと共有している。なんと喜ばしいことだろう。「人生なるようにしか、ならない」などと言って、シニカルになっている暇などないのだ。僕はオーストラリアでの体験を通じて、自由で危険な広がりのなかで一心不乱に遊びぬく術を学び知りたいと思っている。(「生命あふれる大地」p.32より)」”

また、『BOOK1』掲載の「誰が歴史家なのか――ラディカル・オーラル・ヒストリー」は、後に『ラディカル』の第一章、「幻のブックラウンチ」の元になった講演録です。オーストラリアを代表するオーラル・ヒストリー研究者・ピーター・リードによる、保苅実へのインタビューを和訳した「ミノのオーラル・ヒストリー」は、『ラディカル』の第六章として部分的に掲載されたものですが、今回はそのインタビューすべてを掲載しています。

一橋大学に提出した卒業論文である「オーストラリア先住民の歴史――アボリジニと近代」は、オーストラリアの、アボリジニの研究に進むにあたっての下調べ(というには膨大な量ですが)ともいえる内容です。本書解説で山本啓一さんが指摘しているように、まだ大学生の彼が、自らアボリジニ研究のための教科書を作ろうとでもしているかのような熱意が伝わる、圧巻の卒業論文です。

最後に、病床にあった保苅実が友人・知人たちに送ったメールも掲載しています。

『保苅実著作集BOOK2 アンチ・マイノリティ・ヒストリー』には、日本語、英語で発表した論文を掲載します。こちらはまだ編集中ですが、近日刊行予定です。

この2冊に加えて、保苅実の博士論文を基に、オーストラリアで刊行された『GURINDJI JOURNEY』の邦訳版も準備を進めています。『グリンジ・ジャーニー』は『ラディカル』と重複する箇所もあるものの、よりグリンジの歴史が伝わるように書かれた本です。近日刊行予定なども公開しますので、こちらも刊行を楽しみにお待ちください。

◇企画の始まりとみずき書林・岡田林太郎さん

『保苅実著作集』の企画は当初、岡田林太郎という編集者がひとりで立ち上げた、みずき書林という出版社からの刊行を予定していました。みずき書林は2018年に立ち上げたひとり出版社です。『保苅実著作集』の企画がスタートした時点で、岡田さんはがんに冒されていました。そのなかで、本書の編集は進められました。みずき書林での刊行を目指しつつ、岡田さんの身になにかあったときは、図書出版みぎわから刊行する。そう、僕ら二人と、著作権継承者である保苅由紀さんで約束をしていました。2023年7月10日、著作集の企画と構成が決まった後で、岡田さんは帰らぬ人となりました。

岡田さんとの出会いや、本書刊行に至る経緯は、『保苅実著作集BOOK2 アンチ・マイノリティ・ヒストリー』掲載の保苅由紀さんの解説エッセイにも書かれていますので、ぜひお読みください。

また、没後に刊行された『憶えている――40代でがんになったひとり出版社の1908日』(コトニ社)には、岡田さんが『ラディカル』をどのように読んでいたのかがわかる文章が多くあります。こちらもぜひお読みください。

◇世界を変える言葉を届ける

『ラディカル』を読み終えた日のことはいまも憶えています。主に研究書の編集者として仕事をしていた10年ほど前のこと、休憩時間に職場近くの喫茶店でこの本を読み終えました。本を閉じて、お店を出て、顔を上げた時、目の前の世界がこれまでとは違うもののように見えました。この本を読み終えた時、世界が変わった、世界の見え方が変わった。そんな読書体験でした。

『ラディカル』のような本を自分も作りたい、と思いながら、これまで編集者として本作りに関わってきました。2022年12月に図書出版みぎわを立ち上げたとき、その思いを込めて、「世界を変える言葉を届ける」ということばを、会社のキャッチコピーにもしました。

保苅実という人物の魅力、『ラディカル』という本の魅力が多くの方に伝わった結果として、今回の『著作集』が完成しました。

『ラディカル』から読み始めても、『著作集』から読み始めても、彼の残した言葉や思想と出会うことができます。彼のことばは、これからも新しい誰かとの出会いを待っているし、誰かを大いに感化させていくのだと思います。――保苅実の世界へようこそ。

[書き手]堀 郁夫(ほり いくお)

1983年茨城県水戸市生まれ。2022年12月、千葉県流山を拠点に図書出版みぎわを立ち上げ。「世界を変える言葉をとどける」をコンセプトに、文芸書・人文書を刊行しています

【初出メディア】

ALL REVIEWS 2024年5月31日

【書誌情報】

BEFORE・ラディカル・オーラル・ヒストリー 保苅実著作集BOOK1 生命あふれる大地著者:保苅 実

出版社:図書出版みぎわ

装丁:単行本(360ページ)

発売日:2024-04-15

ISBN-10:4911029056ISBN-13:978-4911029053

https://www.excite.co.jp/news/article/AllReview_00006724/

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