北海道新聞 04/19 10:47
障害福祉サービス事業者への報酬が4月に改定され、障害者に働く機会を提供する「就労継続支援事業所」に対する算定基準が大幅に変更された=表=。障害者と事業者が雇用契約を結ぶA型事業所、雇用契約のないB型事業所とも基準が多様化され、基本部分の報酬はわずかながら引き上げられたが、道内事業者からは「障害が重いと支援するコストがかかる事情が反映されていない」などの声も出ている。
■A型事業所/5項目合算 B型事業所/一律型新設
障害福祉サービスの報酬は3年おきに改定される。前回改定(2018年度)以前は、就労継続支援事業所の報酬はA型、B型とも一律だった。だがA型では一部事業所で短時間しか働かせずに一律の報酬を得る問題が起き、B型は利用者が受け取る工賃の引き上げが課題となっていた。
このため前回改定でA型は1日の平均労働時間、B型は平均工賃月額を基準とし、労働時間が長く、工賃が高いほど報酬単価が上がる仕組みが導入された。
今回の改定では、A型については長時間労働が難しい利用者が多いことに配慮して、算定項目を労働時間に加えて生産活動の収支など五つに増やした。各項目を点数化し、合計点に応じて報酬が決まる。
従来は平均労働時間7時間以上が最高の618単位(道内では札幌市が1単位10・17円、それ以外は10円)だったが、改定後は最高が724単位に上がる。
ただし厚生労働省によると、最も利用者が多い1日の平均労働時間「4時間以上5時間未満」では、従来589単位だった事業所は改定後527単位に報酬が下がるケースが多くなるという。労働時間以外に算定項目が増えたためで、同省担当者は「『多様な働き方』などに取り組めば報酬面で評価され、事業所の質も上がる」と説明する。
一方、B型はA型に比べ障害が重い利用者が多く、生産性を高められず工賃も上がらないケースがあった。今回の改定では、そうした事業所に定額を一律支給した上で、障害当事者が利用者を支援する「ピアサポート」などを導入すれば加算する仕組みを新設した。事業所は「一律型」か「工賃型」のいずれかを選択する。工賃型では、高い工賃を利用者に支払っている事業所は、連動して従来よりも高い報酬になるようにした。
ただ一律型は、加算を含めても報酬は決して高くない。専門家は「一律型は利用者にとって働きがいを得るなど重要な場」として、見直しを求めている。
◇
今回の障害福祉サービス報酬改定で、就労継続支援A型、B型事業者の運営状況はどう変わるのか。道内にある2カ所の事業所を訪ね、責任者に聞いた。
■B型 支援へのコスト反映されず
「一見すると、これまでより上積みされたように見えるけれど、削られた報酬もあり、事業収入が落ち込んでいる小規模事業所にとっては厳しい」。胆振管内白老町と登別市で、就労継続支援B型事業所や生活介護事業所などを運営する社会福祉法人ホープ常務理事の佐藤春光さんは訴える。
B型事業所は従来、利用者が作業の対価として受け取る工賃の平均月額に応じて、段階的に報酬が決められていた。
例えば、利用定員20人以下の場合、平均月額1万以上2万円未満では1日当たり589単位(道内は札幌市が1単位10・17円、それ以外は10円)が報酬となり、札幌市は5990円、それ以外は5890円だった。これに対し改定後は1万円以上1万5千円未満が590単位、1万5千円以上2万円未満が611単位など報酬が上積みされた。
ただ、佐藤さんは「コロナ禍で売り上げが下がり、工賃の平均月額も伸びていないので事業所運営は圧迫されている。工賃が低い利用者はもともと障害が重く、支援にもコストが掛かる現実が反映されていない」と語る。事業収入の減少で、2020年度は工賃を2度にわたって引き下げざるを得なかったという。
今回の改定で、施設外での就労に対する報酬が削減されたことも痛手だ。ホープでは、白老町のアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」の入り口前にあるカフェなどの施設外就労に力を入れている。これまでは従業員が同行することで1日100単位が加算されていたが、改定に合わせて削られた。
佐藤さんは「今回の改定は、元々規模が大きく余力のある事業所にとってはメリットがあるだろうが、従業員の定期昇給の財源にも苦心せざるをえない多くの地方事業所の窮状を救うものとは言えない」と話す。
■A型 生産活動考慮 複数の評価軸
NPO法人札幌チャレンジドが運営する札幌市北区の就労継続支援A型事業所は、データベースへの入力など情報技術(IT)分野の仕事を障害者がこなす。リモートワークする人も多いため、平日午後というのに閑散としていた。
理事長の加納尚明さんは、A型事業所の報酬改定について「従来は利用者の平均労働時間だけで報酬が決まっていたのに対し、事業所の生産活動による収支の良しあしなど複数の評価軸が取り入れられたことを歓迎したい」と評価する。
A型はB型と異なり、利用者は事業所と雇用契約を結び最低賃金が保証される。同法人は時給制ではなく月額固定給を導入し、実績に応じて昇給する賃金テーブルも設けている。通常の有給休暇を通院に使わなくてもいいように「通院用有休制度」も作った。
「収支に加え、多様な働き方に対応した制度づくりなどでも高いスコアを上げたことで、基本報酬は最上位を確保できた。やるべきことをやっている事業所を評価してくれたと感じている」と加納さん。
一方で、「一部のA型事業所は、報酬改定で運営が厳しくなるだろう。A型からB型へ移行する事業所も出てくる可能性がある」と指摘した。(東京報道 小森美香、くらし報道部編集委員 弓場敬夫)
■利用者側の観点で評価を 埼玉県立大の朝日教授
就労継続支援事業所の報酬改定について、障害者の就労支援に詳しい埼玉県立大教授の朝日雅也さん(63)=障害者福祉=に聞いた。
◇
改定が利用者の満足や自立した生活につながっているかという、利用者側の観点で評価していくことが重要です。
利用者と雇用契約を結ぶA型事業所については、これまで1日の平均労働時間をどれだけ保証しているかという観点で報酬単価が決まっていました。しかし、障害の状況により、短時間勤務の方が望ましい人もいます。今回の改定では「多様な働き方」などの算定項目ができ、そういった人にも対応していくという面では一定の評価ができます。
ただ、一部の算定項目は支援の充実にはつながるものの、(利用者の観点でなく)事業所の評価にとどまっていると考えます。例えば、職員のキャリアアップを提供していることが利用者への「支援力」を向上させているとして、評価されるようになりました。利用者支援のためというより、事業所の評価のために力を注ぐことも考えられ、今後の動向を注視する必要があります。
利用者と雇用契約のないB型事業所は二つに類型化されました。従来の工賃による算定基準では経営が困難な事業所もあることから、一律の単価で評価する報酬体系が新設されたことはプラスです。それでも、新設された報酬体系を選ぶ事業所は、利用者に支払う工賃が低いとみなされ、報酬も工賃型の事業所と比べると低くなっています。
事業所としては経営しやすい類型を選ぶことになりますが、新設された類型の場合は、高い工賃を望む利用者とのニーズが合わなくなる場合も出てくるでしょう。地域によっては事業所の選択肢がない場合もあります。今後は利用者のニーズに応じたサービスが提供できる事業所を、地域でそろえていくことが必要になると考えます。
<ことば>就労継続支援事業所 就労継続支援は一般企業で仕事することを希望しているが、障害によりそれが難しい人をサポートする障害福祉サービス。事業所はA型とB型がある。このうちA型は、障害者と事業者が雇用契約を結んで働き、就労を続けるための知識や能力向上を図る訓練などを受ける。賃金は働いている地域の最低賃金が保証される。B型は、A型と比較して障害の程度が重い利用者が多く、雇用契約を結ばないため利用者が受け取る工賃(賃金)が低いが、比較的自由に働くことができる。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/534745
障害福祉サービス事業者への報酬が4月に改定され、障害者に働く機会を提供する「就労継続支援事業所」に対する算定基準が大幅に変更された=表=。障害者と事業者が雇用契約を結ぶA型事業所、雇用契約のないB型事業所とも基準が多様化され、基本部分の報酬はわずかながら引き上げられたが、道内事業者からは「障害が重いと支援するコストがかかる事情が反映されていない」などの声も出ている。
■A型事業所/5項目合算 B型事業所/一律型新設
障害福祉サービスの報酬は3年おきに改定される。前回改定(2018年度)以前は、就労継続支援事業所の報酬はA型、B型とも一律だった。だがA型では一部事業所で短時間しか働かせずに一律の報酬を得る問題が起き、B型は利用者が受け取る工賃の引き上げが課題となっていた。
このため前回改定でA型は1日の平均労働時間、B型は平均工賃月額を基準とし、労働時間が長く、工賃が高いほど報酬単価が上がる仕組みが導入された。
今回の改定では、A型については長時間労働が難しい利用者が多いことに配慮して、算定項目を労働時間に加えて生産活動の収支など五つに増やした。各項目を点数化し、合計点に応じて報酬が決まる。
従来は平均労働時間7時間以上が最高の618単位(道内では札幌市が1単位10・17円、それ以外は10円)だったが、改定後は最高が724単位に上がる。
ただし厚生労働省によると、最も利用者が多い1日の平均労働時間「4時間以上5時間未満」では、従来589単位だった事業所は改定後527単位に報酬が下がるケースが多くなるという。労働時間以外に算定項目が増えたためで、同省担当者は「『多様な働き方』などに取り組めば報酬面で評価され、事業所の質も上がる」と説明する。
一方、B型はA型に比べ障害が重い利用者が多く、生産性を高められず工賃も上がらないケースがあった。今回の改定では、そうした事業所に定額を一律支給した上で、障害当事者が利用者を支援する「ピアサポート」などを導入すれば加算する仕組みを新設した。事業所は「一律型」か「工賃型」のいずれかを選択する。工賃型では、高い工賃を利用者に支払っている事業所は、連動して従来よりも高い報酬になるようにした。
ただ一律型は、加算を含めても報酬は決して高くない。専門家は「一律型は利用者にとって働きがいを得るなど重要な場」として、見直しを求めている。
◇
今回の障害福祉サービス報酬改定で、就労継続支援A型、B型事業者の運営状況はどう変わるのか。道内にある2カ所の事業所を訪ね、責任者に聞いた。
■B型 支援へのコスト反映されず
「一見すると、これまでより上積みされたように見えるけれど、削られた報酬もあり、事業収入が落ち込んでいる小規模事業所にとっては厳しい」。胆振管内白老町と登別市で、就労継続支援B型事業所や生活介護事業所などを運営する社会福祉法人ホープ常務理事の佐藤春光さんは訴える。
B型事業所は従来、利用者が作業の対価として受け取る工賃の平均月額に応じて、段階的に報酬が決められていた。
例えば、利用定員20人以下の場合、平均月額1万以上2万円未満では1日当たり589単位(道内は札幌市が1単位10・17円、それ以外は10円)が報酬となり、札幌市は5990円、それ以外は5890円だった。これに対し改定後は1万円以上1万5千円未満が590単位、1万5千円以上2万円未満が611単位など報酬が上積みされた。
ただ、佐藤さんは「コロナ禍で売り上げが下がり、工賃の平均月額も伸びていないので事業所運営は圧迫されている。工賃が低い利用者はもともと障害が重く、支援にもコストが掛かる現実が反映されていない」と語る。事業収入の減少で、2020年度は工賃を2度にわたって引き下げざるを得なかったという。
今回の改定で、施設外での就労に対する報酬が削減されたことも痛手だ。ホープでは、白老町のアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」の入り口前にあるカフェなどの施設外就労に力を入れている。これまでは従業員が同行することで1日100単位が加算されていたが、改定に合わせて削られた。
佐藤さんは「今回の改定は、元々規模が大きく余力のある事業所にとってはメリットがあるだろうが、従業員の定期昇給の財源にも苦心せざるをえない多くの地方事業所の窮状を救うものとは言えない」と話す。
■A型 生産活動考慮 複数の評価軸
NPO法人札幌チャレンジドが運営する札幌市北区の就労継続支援A型事業所は、データベースへの入力など情報技術(IT)分野の仕事を障害者がこなす。リモートワークする人も多いため、平日午後というのに閑散としていた。
理事長の加納尚明さんは、A型事業所の報酬改定について「従来は利用者の平均労働時間だけで報酬が決まっていたのに対し、事業所の生産活動による収支の良しあしなど複数の評価軸が取り入れられたことを歓迎したい」と評価する。
A型はB型と異なり、利用者は事業所と雇用契約を結び最低賃金が保証される。同法人は時給制ではなく月額固定給を導入し、実績に応じて昇給する賃金テーブルも設けている。通常の有給休暇を通院に使わなくてもいいように「通院用有休制度」も作った。
「収支に加え、多様な働き方に対応した制度づくりなどでも高いスコアを上げたことで、基本報酬は最上位を確保できた。やるべきことをやっている事業所を評価してくれたと感じている」と加納さん。
一方で、「一部のA型事業所は、報酬改定で運営が厳しくなるだろう。A型からB型へ移行する事業所も出てくる可能性がある」と指摘した。(東京報道 小森美香、くらし報道部編集委員 弓場敬夫)
■利用者側の観点で評価を 埼玉県立大の朝日教授
就労継続支援事業所の報酬改定について、障害者の就労支援に詳しい埼玉県立大教授の朝日雅也さん(63)=障害者福祉=に聞いた。
◇
改定が利用者の満足や自立した生活につながっているかという、利用者側の観点で評価していくことが重要です。
利用者と雇用契約を結ぶA型事業所については、これまで1日の平均労働時間をどれだけ保証しているかという観点で報酬単価が決まっていました。しかし、障害の状況により、短時間勤務の方が望ましい人もいます。今回の改定では「多様な働き方」などの算定項目ができ、そういった人にも対応していくという面では一定の評価ができます。
ただ、一部の算定項目は支援の充実にはつながるものの、(利用者の観点でなく)事業所の評価にとどまっていると考えます。例えば、職員のキャリアアップを提供していることが利用者への「支援力」を向上させているとして、評価されるようになりました。利用者支援のためというより、事業所の評価のために力を注ぐことも考えられ、今後の動向を注視する必要があります。
利用者と雇用契約のないB型事業所は二つに類型化されました。従来の工賃による算定基準では経営が困難な事業所もあることから、一律の単価で評価する報酬体系が新設されたことはプラスです。それでも、新設された報酬体系を選ぶ事業所は、利用者に支払う工賃が低いとみなされ、報酬も工賃型の事業所と比べると低くなっています。
事業所としては経営しやすい類型を選ぶことになりますが、新設された類型の場合は、高い工賃を望む利用者とのニーズが合わなくなる場合も出てくるでしょう。地域によっては事業所の選択肢がない場合もあります。今後は利用者のニーズに応じたサービスが提供できる事業所を、地域でそろえていくことが必要になると考えます。
<ことば>就労継続支援事業所 就労継続支援は一般企業で仕事することを希望しているが、障害によりそれが難しい人をサポートする障害福祉サービス。事業所はA型とB型がある。このうちA型は、障害者と事業者が雇用契約を結んで働き、就労を続けるための知識や能力向上を図る訓練などを受ける。賃金は働いている地域の最低賃金が保証される。B型は、A型と比較して障害の程度が重い利用者が多く、雇用契約を結ばないため利用者が受け取る工賃(賃金)が低いが、比較的自由に働くことができる。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/534745