昨日は閉店間際に小学生のお客さんが重なりました。一人は金沢の小学3年生男子で既に鉱物マニアです。もう一人は富山の小学2年生男子で化石に興味があるようです。二人はこれから同じ時間を過ごし、恐らく、今後も様々な場面で再会していくのだろうと思ってしまいました。鉱物趣味の未来は彼らが担います。昨日の出会いを憶えていてくれたら幸せです。
さて、今日は「鉱物画2」です。
「鉱物画」が気になり始め、自宅の書庫の本棚から「鉱物画」が載っている古書を探してきました。
J.G.Heck Iconographic Encyclpædia
これは19世紀半ばあたりに描かれた博物系版画を収録した素材集のような本の中に載っていた鉱物画です。この本には絵の説明は詳しく載っておりません。この本には宇宙から植物や動物や人体解剖図、等々、森羅万象の絵が白黒のイラストで載っており、鉱物標本もしっかり載っておりました。白黒版画の鉱物画も良いものだと思いました。
鉱物画は日本にもありました。
名古屋市東山植物園 「伊藤圭介の生涯とその業績」
これは幕末から明治期に活躍した植物学者である伊藤圭介の「日本鉱物図説雑纂」に載っている鉱物図です。平成15年に発行された生誕二百年記念の本の中にありました。鉱物画としての出来は欧米の鉱物画と比べると少し寂しい気がしてしまいます。
西尾市岩瀬文庫 「本草図説 七」
これは愛知県西尾市にある岩瀬文庫所蔵の「本草図説 七」の中の「金石土類」の中に出ている水晶の鉱物画です。江戸時代には水晶は石英と呼ばれていた事が分かります。日本の本草学は明治期に遅れた学問であるとして終焉を迎えたのですが、学問としてではなく、歴史的なアートとして見ると鉱物画としては非常に面白いと思います。
女子理科化学鉱物教科書 鉱物
これは明治43年に発行された教科書に載っていた水晶の鉱物画です。この教科書は名古屋の古書展で入手したものです。明治の時代には江戸時代の本草学から近代科学への飛躍があった事が分かります。この古書にはこの教科書の持ち主の書き込みがあったりして、持ち主の几帳面な性格をうかがい知る事ができます。この時代から昭和初期、さらに終戦から昭和20年代は鉱物学的には面白い時期です。鉱物標本の世界でも古典的名品が続出した時代だったと思います。
鉱物画から鉱物標本の世界の歴史を探る事も一興ありだと思いました。