昨日、京都大学総合博物館で開催中の企画展「地の宝Ⅱ 比企鉱物標本」に行って参りました。その目的は、比企鉱物標本に興味があった事はもちろんのこと、とりわけ、そのイベントチラシに載っていた石川県遊泉寺鉱山産の黄銅鉱の結晶標本を直に見たいという強い願望があったからです。遊泉寺(小松製作所の発祥地)には、まだ資料館がありませんし、小松市立博物館にも存在していません。遊泉寺銅山の黄銅鉱結晶は小松市出身の私にとっては特別な存在なのです。
その黄銅鉱は展示会場に入っていきなり目に入ってきました。
上の写真がそれです。それは、チラシの写真で見ていたより、想像していた以上のサイズで存在感がありました。それを拝んだ瞬間、来て良かったという満足感があったと思います。黄銅鉱の結晶は稀ですし、それは、美しく、しかもビッグサイズでした。あるところにはあるものです。それが、残っていたこと自体に嬉しく感じてしまいました。これは、まさしく、京都大学総合博物館の至宝だと思いますし、小松、否、日本の宝だと心底思います。
昨日は、「比企忠という研究者」(白勢洋平 助教)という講演会もあり、私は、その1時間前に展示会場を見学しながら、写真を撮りまくりました。(写真撮影OKでした。)すばらしい鉱物標本を見て、充実した気分で、講演会を聴講しました。(福井のこれきの笠松館長と奥田さんと一緒に聴講しました。)
その講演会も充実した内容でした。比企忠という人物を良く知る事が出来たと思います。
講演後、下林典正教授と白勢洋平助教の展示解説ツアーがありました。(「石の華」の常連さんである石川県の小学校2年生の少年や福井県のTさんとそのお友達も一緒でした。)その解説ツアーの最中に、これきの笠松館長にお二人を紹介してもらい、展示されていた産地不明となっていた紫水晶が石川県小松市の那谷もしくは菩提のものではないか、という話をしました。
上の写真がそれです。
実は、大宮の三菱ミネラルコレクション(まだ非公開)に和田維四郎コレクションが展示されており、その入り口正面に石川県那谷産の紫水晶が飾ってあり、それにそっくりだったのです。
上の写真がそれです。どうでしょうか?それは小松市周辺に産出する球顆流紋岩の内部にある紫水晶に似ていると思います。さらに、加賀錦石などに見られる雷紋のような雰囲気の質感はそれを物語っているような気がします。
昨日は、帰りのサンダーバードの中でミュージアムショップで買った比企鉱物標本の図録を読みました。すると、標本ラベルが揃っている比企鉱物標本の中で唯一、Locality unknown(産地不明)となっているのが97石英(紫水晶)no.3162となっていた事を知りました。私は、比企鉱物標本というジグソーパズルの最後のピースをはめたような気分になってしまいました。
非常に充実した一日でした。