つい先日、常連さんのKさんから非常に面白いものを頂きました。
上の写真がそれですが、それはビーズを編んで作ったというKさん自作の招き猫です。
以前にもKさんから水晶ビーズで作られたフラーレン(このブログの「シュンガイト2」2024.07.12参照)を頂いたことがありましたが、今回はそれよりも更に細かい作業で製作されております。ブレスレットなどもご自身で作っているそうで、もともと器用な方だったようです。
この招き猫には「石」の文字も付いており「石」の店である「石の華」としてはうれしい限りです。
それから、もうひとつうれしい事に、私の好きな正二十面体も付いておりました。
これは「石の華」用に特注したような縁起物の招き猫と言えそうです。
この招き猫、実は、昨日、早速、ご利益がありました。
多くの「無用の美」の石達がやって来たのです。それは招き猫が招いた石達のように思えました。
Kさん、本当にありがとうございます。
大切に店内に飾っておきます。
金沢は工芸王国と言われるくらい工芸が盛んです。実際、伝統工芸品も多く、それらが産業の基盤となり観光にも貢献しております。
昨日、金沢駅の観光案内所でKOGEI Art Fair Kanazawa 2024のリーフレットを1部頂いてきました。
そのリーフレットを見ていると多くのアーティストのレベルの高い作品が並んでいました。その中には、「欲しい!」と思う作品もあったりして、気になるアートフェアだと思います。この工芸アートフェア、私も過去に行った事がありますが、何も買わなかったせいか?最近は案内が届いておりませんでした。
今回、そのリーフレットを見ていて、フッと!思った事があります。
それは、「無用の美」という言葉です。
工芸品というと、やはり、日常的に何かに使うものです。究極の美は「用の美」という実用性の中に美しさがある、という美意識だと思います。
そのような美意識には共感するところがあるものの、それだけではない美があるという事も忘れてはなりません。
それが純粋なアートだと思います。アートは、ただそれだけで美しいのです。工芸品とアート作品には異なった価値観があるような気がしております。
アートコレクターは、作品の美を評価して収集するわけで、そこに実用性は関係ないと思います。そこにあるのは「無用の美」という価値観のような気がします。
北川健次さんのブログの中で「作品を収集するという行為もまた深い創造行為なのだ」という意味深い言葉がありました。アートコレクターもまたコレクションした作品を通して作者と繋がり、また、自らの創造的なアート行為を構築しているのです。
アートとは何かに使うという実用性とは別の価値観の中で存在しています。それは、あえて言えば「無用の美」という美意識のような気がしております。
今日のブログの写真は、私が名古屋のギャラリーコズカに通っていた頃にコレクションしたアート作品です。
これは木で作られた音叉です。音叉のような音響効果はありません。言わばトマソン芸術的な作品だと思います。
私はこの作品に「無用の美」を見い出し、自らの大切な記憶としてコレクションしました。
そう言えば、「石の華」の商品である鉱物標本は、ある意味「無用の美」の集合体だとも言えます。
ただ、多くの普通の人にとっては「無用の美」であっても、それを収集したコレクターにとっては一期一会の大切な品であって、かけがえのない「無用の美」なのだろうと思います。
先週土曜日のもう一つの大切な用件とは、NHKの佐々木昭一郎さんのお別れの会に出席する事でした。
私は大学生からサラリーマンだった若い頃、東京に住んでいて、その頃、NHKの佐々木昭一郎ディレクターの作品に感銘を受けた人の集まり(「四季の会」、のちの「虹の会」)を主宰していた時期がありました。
佐々木昭一郎さんは6月14日に88歳にてお亡くなりになりました。その佐々木昭一郎さんとご縁のあった方々の集まりであるお別れの会にお誘いいただいていたのです。
その会場は立教大学OBの佐々木さんに因んだ日比谷松本楼 立教大学セントポール会館で、小さい会場という事から、人数制限が行われたそうです。当初は、出席を望んだ多くの仲間達が出席できないことを知って、私も辞退しようかとも迷いましたが、最初で最後の貴重な集まりでもあり、視聴者の代表の一人として出席しました。
北川健次さんの個展会場は日本橋だったので、そこから地下鉄東西線・有楽町線で要町に行き、10月とは思えない真夏日のもと徒歩で会場に向かいました。
会場に着くと、いきなり、以前からお会いしたかった元日刊ゲンダイの山田勝仁さんにお会いできました。山田さんとは私が名古屋に住んでいた頃、寺山修司学会に加入していた時期があり、面識はなかったのですが、山田さんのラジオドラマの備忘録というサイトやメールで少し交流があった方でした。
山田さんにお会いした直後に、佐々木昭一郎さんの作品がきっかけで結婚された日笠山夫妻に会いました。また、中尾幸世さんの旦那さんである今井さんにもすぐお会いしました。彼らと一緒に会場に入ると、中にはNHK関係者が多く、面識のない方々が多くいらっしゃいました。
会場では、すぐに遺影に献花し、その後、アルバムコーナに行きました。その横には、佐々木さんが晩年作ったという寺山修司風のコラージュが山のように積まれていて、私は2点頂きました。アルバム写真の中には若い吉永小百合さんの写真もあり、今年になって初めて聞いた「二十歳」というラジオ作品の事を思いました。
アルバムを見ていると、私の知らなかった佐々木さんの世界がたくさんありました。
そうこうしていると、司会の方からお別れの会の進行が始まり、最初に遠藤利男さんが献杯の挨拶をされました。
その後は、映画「ミンヨン 倍音の法則」のプロデューサーはらだたけひでさんや「七色村」に出演した三田佳子さんや池辺晋一郎さん他、佐々木作品関係者の挨拶が続きました。
皆さんの挨拶がいったん終わった後の歓談タイムでは、数少ない面識のある元TBS「調査情報」の村上 紀史郎さんにご挨拶しました。その昔、佐々木さんと一緒に西麻布のご自宅を訪問した事や饗場孝男さん宅に行った事などの昔話をしました。
また、初めてお会いする戸田桂太さんとは「GALAC ぎゃらく}の追悼文で感動した事をお伝えしました。
実は、私は、恥ずかしながら、その追悼文を読んで初めて「夢の島少女」がループものだった事に気づいたのです。
「夢の島少女」の放送から50年、佐々木さんが亡くなった後、「やられた!」と思いました。
私にとっての最高傑作は、やはり「夢の島少女」です。佐々木作品は唯一無二の作家性のある映像作品だと思いますが、「夢の島少女」はその極北です。
歓談中には「夢の島少女」の音響効果の岩崎進さんともお話ができました。その中で、パイヤールという言葉に私は反応しました。
「夢の島少女」の音楽にはパッヘルベルのカノンが使われるのですが、最後のシーンの音響効果は脳裏から離れませんでした。
実は、カノン好きでもある私は、これまでに様々なカノンを聞いてきましたが、最も好きなのはパイヤールだと思っていました。(テンポが速いカラヤンは最低でした。)
まさか!その原点が「夢の島少女」にあったのか!今頃気付いてしまいました。
その後、会場で編集の松本哲夫さんを探しましたが、残念ながら、お会いする事はできませんでした。
今日のブログの写真は、やはり、この方です。
上の写真は「四季・ユートピアノ」他、多くの佐々木作品の撮影をされた吉田秀夫さんのご挨拶でした。
お別れの会は2時間ほどで終わり、私はNHKの街角ピアノのプロデューサーをしている旧友の川田カヲルさんと池袋駅まで歩き、山手線で上野まで行き、北陸新幹線のかがやきで帰途に就きました。
私の過去・現在・未来を濃縮したような一日でした。
先週の土曜日は、私にとっては大切な二つの用件で、久しぶりの上京となりました。
先ず一つ目は、北川健次さんの個展「狂った方位-レディ・パスカルの螺旋の庭へ」です。
金沢を早朝出発の北陸新幹線で東京駅に行き、そのまま徒歩で日本橋高島屋に行きました。日本橋高島屋ではレトロな蛇腹式エレベーターで6階に上がり、美術画廊Xへ向かいました。部屋の前では北川健次さんご本人がお出迎えして下さり、ご挨拶の後、作者の解説付きで新作オブジェを拝見しました。今回の個展では65点もの新作オブジェが展示されており、どれもが力作ばかりでしたが、それらの中でも、私が是非現物を見たかったのが、「ヒルトン・キューピッドの二人の姉妹」という作品です。
上の写真がそれです。
その作品には北川健次さんが「石の華」で購入された貝の化石(ナガサルボウ)が使われており、作品の重要な要素の一つとなっております。(このブログの「アート作品になった化石」2024.09.24参照)
北川健次さんから頂いたショートメイルには「不思議な漂流物のような運命を辿って、オブジェへと結晶化したわけです。このオブジェが完成する前に既に物語が始まっていた。・・・そんな感慨を覚えます。」とありました。
感慨深いものがあります。北川健次さんは金沢での個展が始まる前に、偶然、「何かに引かれるように店に入って」、私と出逢い、そのナガサルボウの化石とも出会ったわけでです。そのナガサルボウの化石は約100万年前のものですから、複層した時間の中の奇跡的な出会い、とも言えます。
私は「漂流物」という言葉にも聞き覚えがあります。それは日本のシュルレアリスムの理論的な支柱であった瀧口修造の書斎にたどり着いたモノたちを「夢の漂流物」と名付けた事にも通じています。
また、シュルレアリスム運動の芸術家たちに好まれ注目されたロートレアモン(Lautréamont)の詩に、「解剖台のミシンと傘の偶然の出会いのように美しい」という文章があり、それも思い出します。
さらに、北川健次さんのお話の中には「骰子の7の目」というこれまたシュルレアリスム的な言葉がありました。確かに、北川健次さんの作品にはたびたびサイコロが登場します。
このオブジェにはイメージの連環やシュルレアリスム的な言葉の連想が重複して表現されているような気がしております。
さて、この作品は誰の元に漂流していくのでしょうか?これまた今後が気になります。・・・。
今更ながら、このブログのタイトルになるのは初めてです。
昨日、訪日外国旅行者数が急増しているというニュースがありましたが、金沢でも外国人旅行者が増えている、と実感しております。
昨日は、当店にも、アメリカのユタ州からの旅行者のご来店がありました。
そのお客さんは興味深そうに店内を見回った後、店のパソコンの前に置いてあるレッドベリルの標本を見て、そのサイズ(約1cm角)に驚いて写真を撮りたいとおっしゃいました。
私は「OK!」と答えました。
上の写真がそれです。
その後、会話が始まり、お土産に日本の鉱物の小さいものを探している、という話になり、まだ店頭に出していなかった天川村の大粒のレインボーガーネットを見せました。彼は、それに満足したようで、話はすぐにまとまりました。
そして、会計をしようといていると、彼は自分で採集したというレッドベリルを見せてくれて、何と!プレゼントするという話になりました。
上の写真がそれです。
私はうれしくなり、レインボーガーネットの良品を追加でサービスしました。
お客さんと物々交換するという何か変な取引になってしまいましたが、外国人マニアさんとのこんな機会は滅多にありません。うれしいかぎりでした。
それにしても、彼のスマホの写真で見た鉱夫芸術と思われるレッドベリルの見事なクラスターはすごかったです。・・・。