この前の日曜日は、店を臨時休業して、初めてとなる日曜日のまちなか散歩をして来ました。これまで水曜日定休で行けなかった店でランチを食べ、それから香林坊界隈の店を見て歩きました。その散歩の途中、これまた水曜日定休でなかなか行けなかったSKLO(スクロ)にも立ち寄りました。SKLOはこのブログの「チェコキュビズム」(2020.05.29)でも書きましたが、主にチェコのアンティークを扱っている店で、店内には気になるキュビズムやアールデコの品々がありました。その日はオーナーの塚本さんが不在で、店のOさんが接客して下さいました。さらに店の近くにはSKLOギャラリーもあり、そちらも案内して下さいました。そのギャラリーでは、ちょうど「ポール・オマージュと竹内佑未による展覧会《LOOPING POOL》」が開催されており、そちらもOさんの解説付きで見学しました。そこでは白い大理石の板やさざれ石がスクリーンになっていたり、「石の華」で購入していただいたブラジル コリント産の水晶がアート作品として展示されていたり、石好きにとっても愉しめる展示空間になっておりました。そこでは予期せぬ嬉しい出会いがあったと思いました。
SKLOのあとは、帰宅途中に、久しぶりにオヨヨ書林せせらぎ通り店に立ち寄りました。私はマスクをしておりましたが、店主のSさんはすぐに私だとわかったようで、久しぶりのご挨拶をしました。
今日のブログのタイトル「Face to Face」は、そのオヨヨ書林せせらぎ通り店で買った古書のタイトルでもあります。
「Face to Face」(François and Jean Robert)は人の顔のように見える道具や工具の写真集です。ひとつ前のブログの最初の写真は金沢城公園で発見した人面樹でした。今回の「Face to Face」の写真集は人面物とも言える身近にある人の顔のように見える物たちばかりを集めた本です。これらは、2つの目と口のような3つの点があれば顔であるように認識するシミュラクラ効果と呼ばれる本能的なものらしく、パレイドリア効果という心理的錯覚と同じような心理現象のようです。
人の心理現象も面白いものです。
そう言えば、「石の華」店内にもスライスされたメノウに同じような人の顔のように見えるものがあります。
どうでしょうか?
ところで、「Face to Face」の本来の意味は「面と向かって」という対面という意味です。この意味は、「石の華」のようなリアルな実店舗では非常に重要です。特に、現在のようなウィズコロナの時代であっても、インターネット販売をしないという基本姿勢に変わりのない当店のような店では尚更です。
少し前の北陸中日新聞(2020.6.14朝刊)の「風紋」に「場の力」というタイトルでオヨヨ書林せせらぎ通り店のSさんの言葉が出ていました。「古本屋って、元の持ち主も時代も違ういろんな本が隣り合わせに並んで、なじんでいる。それが場の力というか」なかなか意味深い言葉だと思いました。
「石の華」にも産地も時代も元の持ち主も違ういろんな石が隣り合わせに並んで、なじんでいます。場の力でありたいと思います。そして、「Face to Face」を大切にしていきたいと思っております。
「石の華」は毎週水曜日が定休日ですが、今度の日曜日(6月21日)と次の日曜日(6月28日)も臨時休業させて頂きます。ポルテ金沢の他の1階の店舗のほとんどが日曜日休業している為で、それに合わせたいと思っております。コロナ禍の影響はまだまだ続いております。私としては、この機会に、同じ水曜日休みで、これまで行けなかった所に行ってみたいと思っております。
さて、一昨日の水曜日は、天気が良かったので、早朝散歩しました。実は、先週の水曜日も好天だったので、同じように早朝散歩しました。先週は尾山神社から兼六園を回るコースで、今週は尾山神社から玉泉院丸庭園を経て金沢城公園を回るコースにしました。
その散歩の途中で面白い発見をしました。その場所は辰巳櫓跡です。
上の写真がそれです。私には人の顔に見えました。いわゆる人面樹です。
その上の方には枝が十字になっているところがありました。
それらは繋がっており、面白いと思いました。
その近くの本丸園地では面白い樹木の幹に洞があるものがありました。まるで妖精の祠のようです。
その木の反対側には小さな池があり、そこの木の枝にはモリアオガエルの卵塊がありました。そのような季節ならではの現象だと思いました。
この本丸跡は400年以上前に天守閣が落雷によって焼失してから手つかずのままらしいので、自然の雑木林と言えそうです。東京の明治神宮の森は100年かけて作られた人工の森らしいので、それに比べると、その自然度は格段に高いと言えそうです。
散歩は、金沢城公園内では不自然なほど新しい鶴の丸休憩館を横切り、三の丸広場に出ました。
そこは空が広く、梅雨晴れの早朝の爽やかな風が吹いておりました。誰もいなかったのでマスクを外しました。思わず、「気持ちいいー!」と思ってしまいました。
「石の華」は、現在、営業時間短縮(10:00~17:00)しております。今後、世の中や周辺の店に合わせて、通常営業再開の時期を決めたいと思っております。
さて、今週も自宅の大掃除で再発見したものの話題です。
今日の写真はこれです。
これは真鍮製の正5角12面体の小物入れです。鉱物好きにとっては、黄鉄鉱の五角十二面体結晶を思わせるその色と形状に思わず反応してしまうだろうと思います。自然の黄鉄鉱の結晶は決して正5角12面体にはならないのですが、このような人工物では、人は理想形のまま作ってしまうのです。
これは、大須観音骨董市で入手したものかは覚えておりません。もしかすると、名古屋の吹上ホールでやっていた名古屋骨董祭だったかもしれません。
私は、大須観音骨董市では多くの「日本のアールデコ」の品々をゲットしていたのですが、同じ頃、名古屋骨董祭にも行っておりました。どちらかと言うと、名古屋骨董祭の方がアンティークが主流だったような気がしております。
今日のものは、何となく「日本のアールデコ」の品ではないような気もしております。それから感じる印象は、どことなく古いヨーロッパ製という雰囲気があるような気がします。実際、そのもの以外の情報は何も残っておらず、いつの時代にどこで製造されたのかは不明です。
それから、「日本のアールデコ」のものはガラス製品が多く、それらは工業的な量産品です。それに比べると、今日のものは、どちらかというと工芸品のような手作り品です。アールデコは初期の工業化のデザインの象徴的存在だった事を思うと、この小物入れは、それ以前のもので、そこから受ける印象も西洋的なアンティークのような感じがしてしまいます。そして、その価格もアンティーク品のように高価だったような記憶があります。
一般に、骨董品とは100年以上前のものらしいのですが、アールデコはギリギリ該当し、アンティークは古い分、その付加価値が付き高価になりやすい傾向があるようです。
今日は骨董とアンティークの違いを考えてみました。
今週の月曜日から通常営業を再開しました。お陰様で、「石の華」としては、久しぶりのお客さん達で、以前と同じような営業結果となっておりますが、周りの店の再開状況は、まだ、元には戻っていないようです。お隣の店はどうも再開しないまま閉店するようですし、レンタカー屋さんも今月末まで休業延長となっております。アパレルの店は時短営業ですし、今月の金沢市アートホールの催し物は1件しか予定されていないようです。そんな寂しい環境下で、今日のブログは、久しぶりに店内で書き始めております。
長かった臨時休業中、特に休みの後半は、自宅の大掃除をしておりました。今週も、その大掃除の中で、発掘したものの紹介です。
今回の大掃除では、これまで手付かずだった書庫の部屋にも手を伸ばしました。ほとんど倉庫と化していた入らずの部屋に10年ぶりに入り、窓を開け、外の空気を入れながら、埃と黴と格闘しました。その結果、ほとんど忘れていたもの達に再会しました。
それらの中で、今日紹介したいのは、一冊の本です。
それは「日本のアールデコ」(末續 堯 著 里文出版 1999年12月20日発行)です。この本は私にとっては、ある時期の人生を変えた一冊となった書籍のひとつと言っても良いものです。それほど大袈裟に言わなくても良いのかもしれませんが、私はこの本に出合ってから、日本のアールデコ集めに目覚めた時期があったのです。
私はこの本に出合って、すぐに東京から名古屋に転勤しました。名古屋には10年間住んでいたのですが、最初の5年間は栄に住んでいました。そして、近くの大須観音では、毎月18日と28日に骨董市が開催されており、その日が土・日になった時には、近所という事もあって、かなりの頻度で、通っておりました。その目的は、主に日本のアールデコの品を探し求める為でした。
ずいぶん前からアールデコには関心があったのですが、それらは美術館や博物館で見るだけのものだと思っていたところ、骨董市では、実際にアールデコの品々を直に手に取って見れ、しかも比較的安価に購入可能だったのです。特に「日本のアールデコ」に載っていたものと同じものを発見した際には興奮しました。それはミネラルショーなどで直に鉱物標本を手に取って見て購入する事に似ていました。両方に共通するのは、それらは全て一品ものであって、その偶然の出会いが無ければ入手できません。骨董も鉱物もコレクションとしては同じような価値観があります。
今日の写真は、今回再発見した私の「日本のアールデコ」コレクションの一部です。
最初はこれです。
これは柘榴石と同じような菱形12面体の形をした香水吹きです。青海波の文様が日本的なアールデコになっております。(「日本のアールデコ」P.17とP.116参照)
次はこれです。
これは資生堂の化粧水オイデルミンの瓶です。オイデルミンは1897年(明治30年)から現在まで発売され続けているロングセラー商品らしいのですが、同じデザインの瓶が「日本のアールデコ」のP.75とP.76に出てきます。
今日の最後はこれです。
これはガラス製灰皿です。「日本のアールデコ」にはP.18とP.127に出てきます。ただ、本に出ているものは三越となっておりますが、私のものには共箱があって、それには東京 銀座 服部時計店となっております。銀座の和光と三越は向かい合わせの位置関係です。何か関係があるのでしょうか?また、本には「英国の女性陶芸家スージー・クーパーの1933(昭和8年)の作品に類似のものを見出した」とあり、「それらは丸ごとコピイかも知れず」とあります。もしかすると、その時代にはそのようなコピーが横行していたのかもしれません。
その時代、アールデコは世界中に蔓延しました。それはある意味、ミームのようなもので、ウィルスによるパンデミックと同じような現象だったのかもしれません。