かぶれの世界(新)

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坂の下の人々

2009-08-15 15:54:06 | 日記・エッセイ・コラム

「やっぱりそう思うか」と私は思わず相打ちを打った。海外で育ち日本で高等教育を受け今は松山に住む友人が、地元の人達との会話を通して最初感じた微妙な違和感を語った時、私も同じような印象を持っていたからだ。私だけじゃなかったという気持ちだ。

その友人によると、当地に来て戸惑ったのは問いかけに対し「いいよ」という返事が、NOの婉曲な表現だということがわからず、後から嘘をつかれたと感じて嫌な思いをしたという。実際のところ、イントネーションでYESにもNOにもなる使い分けをしているのだが、外から来た人には真に厄介な言い方だったようだ。

同じ言葉が反対の意味になるのは別に松山だけではない。米国に暮らしてみて、例えばYESにも文字通りの意味と、条件付のYESを言い方で使い分けていた。彼らだっていつでもYESNOをはっきりさせる訳ではない、相手を思いやる気配を何度も感じたものだ。答えを保留する場合もある。だがその使い分けは全国共通に誰にでも理解できる言い方だったような気がする。

「いいよ」には誰もが顔見知りの狭い共同体の中で、何事もはっきりさせない、ある時は対立を避け、又ある時は自分の責任を曖昧にする便利な言葉として使われている。そう思って聞いて欲しいと別の知人が説明してくれた時、妙に納得した。時々イライラするけど、理解できる感覚だった。

「いいよ」は、そのような土地の気質を凝縮して表現する言葉のような気がする。というのは、私も松山から少し南に下った大洲に育ち、その後は全く文化の違う東京と米国のビジネスの世界で生きて来た。冒頭の友人とは逆コースを辿ったものの考えを同じくしていたからだ。

最近、NHKが司馬遼太郎の「坂の上の雲」のドラマ化を進めており話題になっている。作者は明治の英雄となった3人の主人公が育った松山を特別な町とは描いていない。幕末から明治にかけて城下町が辿った普通の町として描いているように感じる。作者は気付かなかったはずはないが、小説の本筋には関係がないと判断したのだろう。

漱石の「坊ちゃん」に描かれた松山の人達は徹底的に揶揄され、主人公を際立たせる必須の背景だ。だが、司馬遼太郎は「坂の下に住んでいた普通の人々」の気質と、その中から英雄が生まれた事を関係付ける特徴的なものが見当たらなかったと想像する。むしろ明治という時代が生んだ英雄という捉え方のようだ。

松山と大洲の人々の気質は、私が経験した主にビジネスの世界の人々と比べれば、違うところより似ているところのほうが圧倒的に多いのは当然だ。ほぼ相似形だ。その大洲については童門冬二氏が小説「中江藤樹」の中で、大洲藩士を醜悪で矮小に描いている。

「坊ちゃん」では揶揄しながらも土地の人々への愛情を感じたが、「中江藤樹」にはそれを感じない。その差が何なのかは分からない。だが、結果として松山の人々は何時までも漱石を愛し、あちこちに「坊ちゃん」や「マドンナ」の冠を付けさせている。「中江藤樹」がベストセラーになれば話は別だったかも知れないが、今のところこちらでは存在感がないように思う。

2003年に仕事を辞め、東京と田舎を行き来する生活を始める前に、先行きの不安感を「大洲人気質」と題して投稿した。母が嫁入りして来た時進取の気概を感ぜず、八幡浜から来て働くタクシー運転手が当地の人について表面は馬鹿丁寧だが、内心は何時までも根に持つ陰湿な性格との批評を引用した。

その中で同じ盆地の米沢の人々と共通する気質が大洲にはあると続けた。だが、童門冬二氏が「上杉鷹山」に書いたように、同じ盆地でも米沢の過酷な気候と政治風土と、大洲の飢餓など起こらない温暖な気候が作り出す気質は、共通するより異なる部分の方が多い。松山は盆地ではないが大洲と共通する「気候が温暖で住み易い」があるからだろうか。

ここまで書いて、いつものように大げさに言い過ぎたかも知れないという気持ちがある。全く違う文化から見れば、どれもこれも同じに見えるのは当然かもしれない。

私がビジネスの世界の論理に首まで浸かっていた頃は、それを疑いもなく家庭に持ち込んだ。耐えかねた家内が「ここは会社じゃないのよ」と怒りの声を上げた事がある。その頃はろくに反省もしなかった(蛇足だが、同年代の友人に同じ経験を聞くから私だけではない)。だが、今、坂の下の人々の気持ちも理解できなくもない気がする。しかも、時にはそれが心地よいから厄介だ。■

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