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私的・東芝の思い出

2023-09-22 19:50:46 | 社会・経済
東芝は国内連合によるTOBの成立を受けて年内にも上場廃止になる見通しだと報じられた。東芝は近年経営危機が伝えられ、有力な海外からの買い手もあると聞いていた。最終的に国内連合のファンド傘下で再建を目指すと報じられ内心ホッとした。

私が昭和40年代半ばに会社勤めを始める数年前から東芝の経営危機が起こり、当時ベストセラーだった「東芝の悲劇」(三鬼陽之助)を読み私の就職希望から外れていた。親友が就職先に東芝を選んだ時、私を含め同級生から大丈夫かと聞かれていたのを思い出す。その時から私は東芝の行方を見続けてきた。

それから約50年経過して理由は全く別だと思うが再度悲劇が東芝を襲ったという事のようだ。私が電子計算機の技術者として東京で働き始めて、東芝の大型計算機は高く評価されていると知った。それだけではない、総合電機メーカーの一製品だと知った。

それから十余年経過し、私はパソコン事業を担当するようになったが、その世界でも東芝が海外向けパソコン・ダイナブックを開発し世界一のシェアを取り驚かされた。この時の東芝のパソコンビジネスの責任者が、後に東芝社長になって西田氏だった。

その後西田氏が東芝の重役に昇進して暫く後に浜松町の東芝本社ビルにOEMの交渉に行った時、西田氏は東芝社内で英雄的存在の雰囲気があった。西田氏が社長に内定した時、国内大手電機メーカー初のパソコン出身社長となったと私は期待した。

だが、社長に昇進してから彼は再び襲った東芝の悲劇の原因となったと指摘された。東芝は日本有数の名門企業であり、原子力事業とか半導体事業とか華々しい事業を展開する一方、不適切会計・粉飾決算から権力闘争を経て経営危機を招いたと報じられた。

思い出すに、私が浜松町の本社の高層階を訪問した頃が東芝の最盛期だったのだろう。浜松町の駅を降りて東芝本社ビルを見上げ、打合せした高層階から都心を見渡した時には凄味を感じた。今、若い人達はどう感じているのだろうか。■

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