今回は私の本としての評価とはそれ程高くはないが、それとは別に一般に知られている常識とは違う意外な、しかし何かやっぱりと感じる指摘をしてくれる本の読書をお勧めしたい。それは厚いハードカバー本のような立派な見てくれはないが、著者の気持ちが伝わってくる本でもある。
NHKと朝日新聞という日本を代表するニュースメディアが、表に出て我々の目に触れる記事の裏側で、管理者や経営者が望む報道のあり方と現場とのぶつかりを生々しく描いた「日本の組織ジャーナリズム」(川崎泰資他)は、組織内の権力と責任の取り方などが普通の会社のように意外に古くさい体質が見えてくる。
今月中に予定されている衆院選では新党が乱立し、多くの新しい政治家が誕生するはずだ。彼ら政治家がどういうプロセスで選ばれ候補者となるか、その結果としてどういう性格の政党が出来るのか、日本と欧米を比較調査したものが「誰が政治家になるのか」(吉野他)。我々はテレビタレントや世襲候補などが候補者となる選ばれ方にもっと注目すべきと問題提起してくれる。
「EUメルトダウン」(浜矩子)は欧州の財政危機を戦後に遡り分りやすく構造的に解説した入門書として読み、その後「財政再建は先送りできない」(井堀利宏)を読んで日本の危機的な財政赤字が長年に亘って放置される問題の詳細を読むことをお勧めしたい。2001年の財政赤字が666兆円だったのが遠い昔、いまだに毎年赤字が加速度的に積み上がっている異常さに改めて驚く。
「絶対帰還」(Cジョーンズ)は読み物として面白い。コロンビア号が大気圏突入に失敗後原因追求の為スペースシャトルの運行が停止され、宇宙船に取り残された3人の宇宙飛行士が無事地球に生還するまでを克明に描いた物で、冒険物語ではないが夫々の心理描写と船内生活が面白い。
(2.0)論憲の時代 毎日新聞社論説室 2003 日本評論者 憲法改正に関る議論を、前文から権利・公と私・教育・政治システム・財政・司法・安全保障・社会保障など全領域にわたり論点を整理紹介したもの。底が浅く面白味は無いが論点が網羅されており憲法改正議論の入門書となる。
(2.5)日本の組織ジャーナリズム 川崎泰資・柴田鉄治 2004 岩波書店 著者は自衛隊海外派兵や有事法制が戦前の日本へ逆戻りというような立場をとり、私には政府批判が一方的と感じる。朝日は「非軍事に徹する普通の国とは違う日本」を目指してきたと明言、それがアフガン攻撃を容認したと批判する戦後民主主義の残滓を感じた。しかし、朝日新聞が上に行くほど責任を取らない、社外権力には強いが社内権力には弱い体質、沖縄返還密約漏洩事件の変質など興味深い。
(2.0+)誰が政治家になるのか 吉野・今村・谷藤 2001 早稲田大学出版部 誰がどういう経過を経て政治家になるのか、その結果どういう性格の政治集団が構成されるか、日英独伊米の状況を調査したもの。調査は表面的で比較されてなく物足りないが、それでも日本の特異性が理解できる。
(2.0+)EUメルトダウン 浜矩子 2011 朝日新聞出版 欧州危機を生い立ちからギリシャ危機、PIIGSに波及するまでやさしく解説したもの。明らかにやっつけ仕事だが、それでも著者の経験と洞察力で一定の水準に達した内容で欧州危機の理解に役立つ。内容とは別に著者の切れ味の良い皮肉と比喩がポンポン出てきて読んでいて面白い。
(2.5-)財政再建は先送りできない 井堀利宏 2001 岩波書店 最初見慣れない文体や用語が出てきて難解だったが、慣れて来ると今最大の政治課題である「税と社会保障の一体改革」のあるべき姿を正攻法で説いたもので、著者のぶれない姿勢を感じさせる佳作だ。橋本構造改革と不況の関係は景気循環の一局面と断じ、連立政権の先送り現象、年金の世代間格差解消提案、公共事業の社会保障化、地方分権化、目的税の功罪など10年以上前の指摘が今も残っている。2001年の財政赤字666兆円が2012年1000兆円を超え、債権の見通しはいまだ不透明だ。
(1.5)アメリカ極秘公電漏洩事件 原田武夫 2011 講談社 話題になったウィキリークスが暴露した大量の米公電を読み解いて、著者特有の解釈(陰謀史観といわれる)で米国のたくらみを解き明かす内容。偶然と偶然を「余りにも美しすぎる偶然」と言う乱暴な論理で結びつけて陰謀説を展開する内容にはついて行けない。だが外交官の経験から来る知見に多少は納得する所もある。
(2.0+)「談合業務課」 鬼島紘一 2005 光文社 大林組の元社員の著者が、国鉄清算事業団用地の売却で内部情報を得て落札した経緯を暴露したNF。初めは際物かと思ったが、汐留の入札に大林組が勝利した経緯は劇的で迫力がある。ゼネコンが建築と土建に分かれ、大林組が国鉄で東京に進出し、阪神大震災で復活した、等の解説は門外漢の私には興味があった。
(2.0+)会計破綻 Mブルースター 2004 税務経理協会 米国の会計士と監査の歴史を辿り、如何にしてエンロン等の粉飾決算を引き起こしたか、19世紀の会計士初期の時代から大恐慌を経て内包する矛盾を克明に描いたNF。今日の企業業績報告の監査がどういう背景を持っているか理解の助けになる。エンロンやワールドコムの不祥事などの劇的な事件も抑揚無く淡々と描かれ読み物としては期待外れでつまらない。
(2.5)絶対帰還 Cジョーンズ 2008 光文社 コロンビア号が大気圏突入時に失敗し、宇宙ステーションに取り残された宇宙飛行士3人と家族やNASAが、6ヵ月後にソユーズで帰還するまでを描いた長編NF。宇宙船内での生活・心理と家族の感情の移ろいが克明に描かれた佳作。読み始めは本の厚さに圧倒され気後れを感じるが、そのうちに好奇心が読書意欲と速度を高めてくれる。
(2.0+)なぜ日本人は成熟できないのか 曽野綾子・クライン孝子 2003 海竜社 現実主義者の著者が平和な国で育った大人になれない日本人に対し、国を守ることから始め、戦争と平和、人道主義などについて辛口の論評を繰り広げる。クライン氏のドイツ礼賛は鼻につくが、多くの論点はその通りと思う。ノーベル賞受賞した田中・小柴氏への幼稚で品の無い取材批判は的確だ。
(2.0)原稿用紙10枚を書く力 齋藤孝 2007 だいわ文庫 作文法について分りやすく解説した入門書。目新しく感じたのは、書くことは価値の創造と説き、起承転結のまず「転」を決め後から無理にでも起承をくっつけよという。要点を3つあげ関連付けて書く訓練をせよというのは参考になる。
(*.*)春秋山伏記 藤沢周平 1984 文春文庫 突然東北の農村にやってきた若き山伏が、鷹揚で真摯な人柄でその地域に受け入れられていく様子をユーモアに描いた時代小説。
(*.*)又蔵の火 藤沢周平 2006 文春文庫 闇の世界かその境界に住む主人公の「負のロマン」を描いた時代短編集。20年振りに故郷に戻り娘を助ける老用心棒(帰郷)とか、偶然怪我の手当てをしてくれた娘をそれだけで身体を張って守るヤクザ(恐喝)等、目一杯暗い物語が5編。
もし米国の会計監査の歴史と内包する問題について専門的な興味があれば、「会計破綻」(Mブルースター)は役に立つかもしれない(私は門外漢の素人)。2000年初めのエンロン・ワールドコムの粉飾決算について知りたいなら、興味あるテーマだが別の本を探した方がよい。■