「昨日は、大和ミュージアムに展示してある「特殊潜航艇 甲標的甲型」の話じゃったね」
「大和ミュージアムには、12月23日(金)から劇場公開されている映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』についても展示してあるけぇ、今日はそれを紹介してみようかの」
大佐 第一種軍装
同上 襟章
同上 袖章
(撮影日:2011年12月18日)
「大佐の服が展示してあったけど、山本さんの階級は?」
「1940(昭和15)年11月に海軍大将になられたけぇ、映画の中での階級は大将じゃの」
「映画で使われた衣裳が大和ミュージアムに展示してあるのは、なんでかね?」
「海軍つながりということもあるじゃろうし、呉でロケがあったということもあるんじゃろうの」
「呉でロケをしちゃったん? いつごろ?」
「今年の7月4日から9日にかけて行われたそうじゃ」
【御手洗町並み保存地区 7月4日・5日】
日本が真珠湾奇襲攻撃の成功に沸く中、呉に停泊中の「大和」を降り、町へと出かける山本五十六長官(役所広司)と三宅義勇参謀(吉田栄作)。
その折、街角にある団子屋を偶然見つけ、訪れる。
「山本さんは、戦艦大和に乗っとっちゃったん?」
「海軍の司令官は、旗艦(きかん)と呼ばれる艦に乗って、そこから指揮・命令をするんじゃ。大和は1942(昭和17)年2月に連合艦隊の旗艦になったんよ。もっとも、1年後の1943(昭和18)年2月には、旗艦は武蔵になったんじゃがの」
「ということは、真珠湾攻撃の時の旗艦は?」
「長門という戦艦じゃ」
「呉の町に出て団子屋に入ったということじゃけど、山本さんのような海軍軍人がそんな店に入るもんなんかね?」
「山本五十六は下戸で、甘いものが大好物じゃったそうな」
「へぇ。意外じゃね」
「この映画、とにかく食事、物を食べるシーンが多かった感じがするんじゃ。甘いものといえば、山本五十六が大好物じゃった水まんじゅうもおいしそうに食べられとったのう」
「水まんじゅうって、どんなまんじゅう?」
「まんじゅうというより、まんじゅうの食べ方じゃないんかの。映画での食べ方は、こういう感じじゃったんよ。どんぶりに水を七分目ぐらい入れた上に氷を浮かべ、そこにまんじゅうを入れる。水を吸ってふやけたまんじゅうの上に、山盛りの砂糖をかけて、スプーンですくって食べる」
「へぇ…。まんじゅうにはあんこが入っとるはずじゃけぇ、冷やしたお汁粉のような感じじゃと思えばええんかね?」
「うーん。食べたことがないけぇわからんが、多分、そんな感じじゃろうの。あと、この団子屋に2回目に行ったときは、店が閉まっとったんよ」
「なんで?」
「戦争中、物資が不足しとった日本では、食料は配給制になってしもうたんよ」
「あぁ。小豆や砂糖が足りんけぇ、店を営業することができんかったんじゃね」
【海上自衛隊 呉地方総監部 7月8日・9日】
旧海軍省・正門前にて、三国同盟締結支持派の陸軍近衛団が、同盟締結に反対する海軍に対し抗議し、銃で威嚇する物語冒頭の重要なシーン。
「三国同盟いうたら、日本・ドイツ・イタリアじゃったっけ?」
「ほうじゃの。山本五十六は、米内光政(よない みつまさ)海軍大臣、井上成美(いのうえ しげよし)海軍省軍務局長とともに、この同盟に反対しとったんじゃ」
「なんで?」
「ドイツ・イタリアと手を組むということは、イギリス・アメリカを敵にするということなんよ。山本五十六はアメリカに駐在した経験があって、日米の国力の違いが分かっとったけぇということじゃ」
「なるほどね」
「ここに見学に行った時に係の人から聞いたんじゃが、玄関前に撮影用の門を建てて、そこで撮影をされたそうじゃ」
海上自衛隊 呉地方総監部
(撮影日:2011年12月18日)
【江田島・海上自衛隊第一術科学校幹部候補生学校 7月8日・9日】
旧海軍省・正門前や本編冒頭シーンの一部として撮影。
ポツダム宣言受諾後、海軍兵学校で井上成美(柳葉敏郎)が生徒たちとラジオから流れる玉音放送を聞いている。
「井上さんは、さっき「海軍省軍務局長」という役職じゃったけど、終戦時は江田島の海軍兵学校におっちゃったん?」
「1942(昭和17)年10月から、海軍兵学校の校長をされとったそうじゃ。映画では、校長に就任することを報告に行った井上に対して、山本は「若者を育ててくれ」と言うんじゃの」
↓映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』のロケ情報については、こちら↓
「劇場用映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」2011年12月23日全国公開」呉地域フィルムコミッション ロケ実績
「映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」の撮影について」呉市ホームページ
「映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 ―太平洋戦争70年目の真実―』が公開されます!」くれナビ
「映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」第1庁舎ロケ」防衛省・自衛隊
「「聯合艦隊司令長官山本五十六」映画撮影」防衛省・自衛隊
「最後になったんじゃが、大和ミュージアムには、以下のものも展示してありますけぇの」
山本五十六書 「明治天皇御製(ぎょせい)」
山本五十六書 七言絶句「一躍雄飛五大州」
(撮影日:2011年12月18日)
↓大和ミュージアムについては、こちら↓
呉市海事歴史科学館 大和ミュージアム オフィシャルWebサイト
↓映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』については、こちら↓
映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』公式サイト
「積み残しもたくさんあるんじゃが、これで今年も終わりじゃ」
「今年もたくさんの方にご訪問いただき、ありがとうございました」
「今年は、仕事の都合で長期間、ブログを更新できない時期があって、申し訳なかったですのう。来年は、なるべく毎日更新できるようしていきますけぇの。また立ち寄ってくださいや」
「今日は、映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』について話をさせてもらいました」
「ほいじゃあ、またの」
「大和ミュージアムには、12月23日(金)から劇場公開されている映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』についても展示してあるけぇ、今日はそれを紹介してみようかの」
大佐 第一種軍装
同上 襟章
同上 袖章
(撮影日:2011年12月18日)
「大佐の服が展示してあったけど、山本さんの階級は?」
「1940(昭和15)年11月に海軍大将になられたけぇ、映画の中での階級は大将じゃの」
「映画で使われた衣裳が大和ミュージアムに展示してあるのは、なんでかね?」
「海軍つながりということもあるじゃろうし、呉でロケがあったということもあるんじゃろうの」
「呉でロケをしちゃったん? いつごろ?」
「今年の7月4日から9日にかけて行われたそうじゃ」
【御手洗町並み保存地区 7月4日・5日】
日本が真珠湾奇襲攻撃の成功に沸く中、呉に停泊中の「大和」を降り、町へと出かける山本五十六長官(役所広司)と三宅義勇参謀(吉田栄作)。
その折、街角にある団子屋を偶然見つけ、訪れる。
「山本さんは、戦艦大和に乗っとっちゃったん?」
「海軍の司令官は、旗艦(きかん)と呼ばれる艦に乗って、そこから指揮・命令をするんじゃ。大和は1942(昭和17)年2月に連合艦隊の旗艦になったんよ。もっとも、1年後の1943(昭和18)年2月には、旗艦は武蔵になったんじゃがの」
「ということは、真珠湾攻撃の時の旗艦は?」
「長門という戦艦じゃ」
「呉の町に出て団子屋に入ったということじゃけど、山本さんのような海軍軍人がそんな店に入るもんなんかね?」
「山本五十六は下戸で、甘いものが大好物じゃったそうな」
「へぇ。意外じゃね」
「この映画、とにかく食事、物を食べるシーンが多かった感じがするんじゃ。甘いものといえば、山本五十六が大好物じゃった水まんじゅうもおいしそうに食べられとったのう」
「水まんじゅうって、どんなまんじゅう?」
「まんじゅうというより、まんじゅうの食べ方じゃないんかの。映画での食べ方は、こういう感じじゃったんよ。どんぶりに水を七分目ぐらい入れた上に氷を浮かべ、そこにまんじゅうを入れる。水を吸ってふやけたまんじゅうの上に、山盛りの砂糖をかけて、スプーンですくって食べる」
「へぇ…。まんじゅうにはあんこが入っとるはずじゃけぇ、冷やしたお汁粉のような感じじゃと思えばええんかね?」
「うーん。食べたことがないけぇわからんが、多分、そんな感じじゃろうの。あと、この団子屋に2回目に行ったときは、店が閉まっとったんよ」
「なんで?」
「戦争中、物資が不足しとった日本では、食料は配給制になってしもうたんよ」
「あぁ。小豆や砂糖が足りんけぇ、店を営業することができんかったんじゃね」
【海上自衛隊 呉地方総監部 7月8日・9日】
旧海軍省・正門前にて、三国同盟締結支持派の陸軍近衛団が、同盟締結に反対する海軍に対し抗議し、銃で威嚇する物語冒頭の重要なシーン。
「三国同盟いうたら、日本・ドイツ・イタリアじゃったっけ?」
「ほうじゃの。山本五十六は、米内光政(よない みつまさ)海軍大臣、井上成美(いのうえ しげよし)海軍省軍務局長とともに、この同盟に反対しとったんじゃ」
「なんで?」
「ドイツ・イタリアと手を組むということは、イギリス・アメリカを敵にするということなんよ。山本五十六はアメリカに駐在した経験があって、日米の国力の違いが分かっとったけぇということじゃ」
「なるほどね」
「ここに見学に行った時に係の人から聞いたんじゃが、玄関前に撮影用の門を建てて、そこで撮影をされたそうじゃ」
海上自衛隊 呉地方総監部
(撮影日:2011年12月18日)
【江田島・海上自衛隊第一術科学校幹部候補生学校 7月8日・9日】
旧海軍省・正門前や本編冒頭シーンの一部として撮影。
ポツダム宣言受諾後、海軍兵学校で井上成美(柳葉敏郎)が生徒たちとラジオから流れる玉音放送を聞いている。
「井上さんは、さっき「海軍省軍務局長」という役職じゃったけど、終戦時は江田島の海軍兵学校におっちゃったん?」
「1942(昭和17)年10月から、海軍兵学校の校長をされとったそうじゃ。映画では、校長に就任することを報告に行った井上に対して、山本は「若者を育ててくれ」と言うんじゃの」
↓映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』のロケ情報については、こちら↓
「劇場用映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」2011年12月23日全国公開」呉地域フィルムコミッション ロケ実績
「映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」の撮影について」呉市ホームページ
「映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 ―太平洋戦争70年目の真実―』が公開されます!」くれナビ
「映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」第1庁舎ロケ」防衛省・自衛隊
「「聯合艦隊司令長官山本五十六」映画撮影」防衛省・自衛隊
「最後になったんじゃが、大和ミュージアムには、以下のものも展示してありますけぇの」
山本五十六書 「明治天皇御製(ぎょせい)」
山本五十六書 七言絶句「一躍雄飛五大州」
(撮影日:2011年12月18日)
↓大和ミュージアムについては、こちら↓
呉市海事歴史科学館 大和ミュージアム オフィシャルWebサイト
↓映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』については、こちら↓
映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』公式サイト
「積み残しもたくさんあるんじゃが、これで今年も終わりじゃ」
「今年もたくさんの方にご訪問いただき、ありがとうございました」
「今年は、仕事の都合で長期間、ブログを更新できない時期があって、申し訳なかったですのう。来年は、なるべく毎日更新できるようしていきますけぇの。また立ち寄ってくださいや」
「今日は、映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』について話をさせてもらいました」
「ほいじゃあ、またの」
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