「カープロードの看板を紹介するシリーズの、今日は第2回目」
「今回は、歴代のカープ選手、山本浩二、衣笠祥雄、外木場義郎、北別府学、大野豊、前田智徳の6選手を紹介しますけぇの」
【ミスター赤ヘル 山本 浩二】
カープ黄金時代に不動の4番打者としてチームを牽引。
昭和50年の初優勝時に初めてのタイトル「首位打者」を獲得して以降、一気に打撃が開眼。
それまでの中距離ヒッターからスラッガーへと成長し、4度の本塁打王、3度の打点王にも輝いた。
その勝負強い打撃は「ミスター赤ヘル」と呼ばれファンからの信頼も厚かった。
背番号8は球団史上初の永久欠番。
「「~しちょるんよ」は、広島県のお隣、山口県の方言。語尾が「ちょる」になるんじゃの」
「山口のキャラクターの名前が「ちょるる」(2011年「おいでませ!山口国体」のマスコットキャラクター)じゃったよね」
↓「ちょるる」については、こちら↓
「やまぐちキャラクター・シンボルマーク・キャラクター詳細紹介」山口県
【鉄人 衣笠 祥雄】
山本浩二とともにチームの黄金期を支えた。
ケガをしない強靭なカラダを生かしたしなやかなプレースタイルと常にフルスイングの豪快なバッティングは、弱小球団といわれた時代からの人気者。
その集大成となったのが1987年の連続試合出場世界記録達成(2131試合)であり、プロ野球2人目の国民栄誉賞受賞の栄誉だった。
背番号3は球団史上初の永久欠番。
【3度のノーヒッター 外木場 義郎】
オーバーハンドから投げおろされる剛速球に大きなドロップ。
ほぼこの2つの球種で、あの伝説の名投手沢村栄治とともにプロ野球史上2人だけしか達成したことがない、3度のノーヒットノーラン(うち1回は完全試合)をやってのけた名投手。
昭和50年、初の日本シリーズで阪急を相手に第4戦一人で200球を投げ抜き引き分けに持ち込んだ熱投は、今でも語りぐさになっている。
【精密機械 北別府 学】
「精密機械」と讃えられた正確なコントロールとマウンド度胸でカープ黄金時代には、大野豊、川口和久らとともに投手王国を形成。
平成4年には球団史上初の通算200勝を達成。
この年のオフの契約更改でチーム初の1億円プレーヤーとなった。
通算214勝の成績はカープ投手陣では歴代最多。
ほかにも沢村賞に2回、MVPに1回輝くなどカープのエースに相応しい活躍だった。
【七色の変化球 大野 豊】
軟式野球出身ながら、マウンドに沈み込むような独特の投球フォームで通算148勝138セーブ、生涯防御率2.90の偉大な記録を残したサウスポー。
常に140キロ台後半の急速を記録した速球と、七色の変化球といわれた多彩な球種を駆使し相手バッターを翻弄。
平成3年のチームⅤ6に際しては胴上げ投手になるとともに、その年最優秀救援投手にも輝いた。
【孤高の天才 前田 智徳】
高卒の新人時代から非凡な打撃センスをかわれて1軍に昇格。
2年目にほぼレギュラーに座るとともにリーグ優勝にも貢献した。
ストイックなまでに完璧な打撃を追及する姿から「孤高の天才」「求道者」などと称されたが、アキレス腱断裂など幾度となくケガに泣かされた。
その都度強靭な精神力と厳しい鍛錬で再起し、昨年の引退までに通算2119安打。
生涯打率.302は球団歴代1位である。
「そういや先週の日曜、3月9日に、前田智徳(まえだ とものり)さんのレリーフの除幕式があったね」
「「カープの星」レリーフも、ついに20人目」
「「カープの星」というのは、カープの歴史を支えてきたスター選手を銅板に刻んで称える、というキャンペーンなんよ」
「それをマツダスタジアム入り口のスロープの柱に取り付けとってんじゃ」
↓前田智徳氏のレリーフの除幕式については、こちら↓
「「カープの星」レリーフ除幕式に前田智徳さん登場!」広島東洋カープ公式サイト
訪問日:2014年3月2日
↓広島東洋カープについては、こちら↓
広島東洋カープ公式サイト
「今日は、カープロードに紹介してある歴代のカープ選手、山本浩二、衣笠祥雄、外木場義郎、北別府学、大野豊、前田智徳の6選手について話をさせてもらいました」
「次回は、野村謙二郎監督と、倉 義和、廣瀬 純、石原慶幸、東出輝裕、梵 英心の5選手を紹介する予定じゃ。ほいじゃあ、またの」
「今回は、歴代のカープ選手、山本浩二、衣笠祥雄、外木場義郎、北別府学、大野豊、前田智徳の6選手を紹介しますけぇの」
【ミスター赤ヘル 山本 浩二】
カープ黄金時代に不動の4番打者としてチームを牽引。
昭和50年の初優勝時に初めてのタイトル「首位打者」を獲得して以降、一気に打撃が開眼。
それまでの中距離ヒッターからスラッガーへと成長し、4度の本塁打王、3度の打点王にも輝いた。
その勝負強い打撃は「ミスター赤ヘル」と呼ばれファンからの信頼も厚かった。
背番号8は球団史上初の永久欠番。
「「~しちょるんよ」は、広島県のお隣、山口県の方言。語尾が「ちょる」になるんじゃの」
「山口のキャラクターの名前が「ちょるる」(2011年「おいでませ!山口国体」のマスコットキャラクター)じゃったよね」
↓「ちょるる」については、こちら↓
「やまぐちキャラクター・シンボルマーク・キャラクター詳細紹介」山口県
【鉄人 衣笠 祥雄】
山本浩二とともにチームの黄金期を支えた。
ケガをしない強靭なカラダを生かしたしなやかなプレースタイルと常にフルスイングの豪快なバッティングは、弱小球団といわれた時代からの人気者。
その集大成となったのが1987年の連続試合出場世界記録達成(2131試合)であり、プロ野球2人目の国民栄誉賞受賞の栄誉だった。
背番号3は球団史上初の永久欠番。
【3度のノーヒッター 外木場 義郎】
オーバーハンドから投げおろされる剛速球に大きなドロップ。
ほぼこの2つの球種で、あの伝説の名投手沢村栄治とともにプロ野球史上2人だけしか達成したことがない、3度のノーヒットノーラン(うち1回は完全試合)をやってのけた名投手。
昭和50年、初の日本シリーズで阪急を相手に第4戦一人で200球を投げ抜き引き分けに持ち込んだ熱投は、今でも語りぐさになっている。
【精密機械 北別府 学】
「精密機械」と讃えられた正確なコントロールとマウンド度胸でカープ黄金時代には、大野豊、川口和久らとともに投手王国を形成。
平成4年には球団史上初の通算200勝を達成。
この年のオフの契約更改でチーム初の1億円プレーヤーとなった。
通算214勝の成績はカープ投手陣では歴代最多。
ほかにも沢村賞に2回、MVPに1回輝くなどカープのエースに相応しい活躍だった。
【七色の変化球 大野 豊】
軟式野球出身ながら、マウンドに沈み込むような独特の投球フォームで通算148勝138セーブ、生涯防御率2.90の偉大な記録を残したサウスポー。
常に140キロ台後半の急速を記録した速球と、七色の変化球といわれた多彩な球種を駆使し相手バッターを翻弄。
平成3年のチームⅤ6に際しては胴上げ投手になるとともに、その年最優秀救援投手にも輝いた。
【孤高の天才 前田 智徳】
高卒の新人時代から非凡な打撃センスをかわれて1軍に昇格。
2年目にほぼレギュラーに座るとともにリーグ優勝にも貢献した。
ストイックなまでに完璧な打撃を追及する姿から「孤高の天才」「求道者」などと称されたが、アキレス腱断裂など幾度となくケガに泣かされた。
その都度強靭な精神力と厳しい鍛錬で再起し、昨年の引退までに通算2119安打。
生涯打率.302は球団歴代1位である。
「そういや先週の日曜、3月9日に、前田智徳(まえだ とものり)さんのレリーフの除幕式があったね」
「「カープの星」レリーフも、ついに20人目」
「「カープの星」というのは、カープの歴史を支えてきたスター選手を銅板に刻んで称える、というキャンペーンなんよ」
「それをマツダスタジアム入り口のスロープの柱に取り付けとってんじゃ」
↓前田智徳氏のレリーフの除幕式については、こちら↓
「「カープの星」レリーフ除幕式に前田智徳さん登場!」広島東洋カープ公式サイト
訪問日:2014年3月2日
↓広島東洋カープについては、こちら↓
広島東洋カープ公式サイト
「今日は、カープロードに紹介してある歴代のカープ選手、山本浩二、衣笠祥雄、外木場義郎、北別府学、大野豊、前田智徳の6選手について話をさせてもらいました」
「次回は、野村謙二郎監督と、倉 義和、廣瀬 純、石原慶幸、東出輝裕、梵 英心の5選手を紹介する予定じゃ。ほいじゃあ、またの」