屯田物語

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沖縄戦の悲劇 ひめゆりの塔を訪ねる 

2006年03月08日 | 沖縄


 いつまでもかなしくも
 あらん
 やすらかに
 ねむれとぞ
 いのるまなびの
 ともは
        仲宗根政善




”海ぶどうの木” えっ、陸にもあるの?

沖縄旅行記五日目(最後のレポートになりました)
2月25日、ひめゆりの塔
ひめゆり平和祈念資料館すぐに年表がある。
ひめゆり学徒の犠牲の事実を戦争を引き起こした背景から伝えようとしていた。
当時の皇民化教育が悲劇の根底にあったということか。
資料館ではひめゆり学徒の生存者が生々しい戦争の記憶を語っていた。

犠牲になられたひめゆり学徒の写真も掲示してあり、
沖縄戦の残酷でむごたらしい体験を綴った手記はあまりに悲惨であった。
悲しみの深さはその人が背負うた荷の重さによって決まるとしたら、
なんとか生き残られたかたにとって、
これを読むことは堪えられないほど辛いことかもしれない。



陸軍病院第三外科壕のあった防空壕
ただ眺めていただけで言葉もない。




沖縄旅行は初体験のことばかりで楽しい旅になりました。
次は琉球王朝の歴史や沖縄戦の悲劇について学んでから、
また来訪できればと思っています。