らんかみち

童話から老話まで

点滴の苦痛に耐えかねて退院

2007年06月03日 | 暮らしの落とし穴
「二度浸け禁止!」
 といえば、今やB級グルメツアーの穴場として勇名を馳せている大阪は「じゃんじゃん横丁」の串カツ屋に、今もなおまかり通るコピーなんですが、これが関東方面からの、観光誌を携えて串カツをほおばる女の子たちに大人気らしいです。
 
 揚げたてアツアツの串カツが目の前のカウンター網に乗ると、テーブル上に置かれたステンレス製の「ウスターソース溜め」にさっとくぐらせ、粗熱を取ってから口に運ぶのが大阪風。と、言われていますが、二度浸け禁止とは、いったんかじったカツを再びソース壷に浸すな、と言う意味です。
 あんな小汚いシステムそのものが変なのですが、理解に苦しみながら仕方なくぼくも郷には従ってます
 
 突発性難聴で入院中の日記が食い物の話題から入るなんて、自分でもよっぽどひもじい思いをしているんだな、と実感してしまいますが、実は点滴の「二度浸け、ならぬ二度刺し」をするな! と叫びたいんです。
 
「今朝の点滴は最悪でねぇ……」
 談話室でおばあちゃんが見舞い客に涙ながらに訴えていますが、これには同感です。ぼくも今朝は過去最悪の気分でした。
「HALさん、手の甲の血管に刺していいですか?」
「いいですよ、でもそこでお漏らししたら恥ずかしいですよ!」
 手首で点滴液が漏れたなら、長袖を着たらグロテスクな痣は隠せますが、手の甲ではそうもいきません。
「看護師さん、念のために言っておきますけど、ぼくがではなく、病院が恥をかくという意味でっせぇ……」

 ここの食事が不味くて少ないのは、人体が飽食よりは飢餓に強いらしいことを考えたら甘受できます。いえ、それどころか太り過ぎのぼくにはもってこいです。大歓迎してます。
 食事以外に他にも不満はあります。昨日も書いたように妖怪部屋がうるさくて寝付けなかったりしますし、悪夢で目覚めることもあります。そんなのは慣れたらいずれ子守唄に聴こえようになるでしょう。しかしだれであっても点滴にだけは慣れることはないのです。
 
 入院してから一週間経ちましたが、未だかつて一発で点滴が入ったためしがありません。これはぼくの体質とか遺伝的なものもあるんですが、最近はトレーニングジムなんぞに通って筋肉を蓄えたせいで、以前にも増して血管が埋没してしまいました。
 
「目標=ストレスの無い入院生活」
 治療計画表にはそうありますが、
「今日は二回も点滴失敗してごめんなさい!」
といったような、お詫びの言葉がコメント欄にずっとつづられてきました。しかも今朝は本来投与されるはずだったメチコバールをうっかり看護師さんがこぼしてしまい、点滴チューブから追加することができませんでした。
「これはええネン、ビタミン剤やから」
 あの看護師さんの言うとおり、今となってはぼくの病状になんら影響は無いでしょうが、薬代の請求はされるでしょうし、この報告がナースステーションでなされるかどうかも怪しいもんです。
 
 今も醜く腫れあがった皮膚の下のボロボロに硬化した血管を想いながら「このまま点滴を受け続けるくらいなら、いっそ聴こえなくなった方がどんなに楽か!」と、一瞬でも考えてしまいます。
「ためらい点滴廃絶、二度刺し禁止、スキルアップ実施、ヒヤリハット報告」
 ここの入院患者がいくら声高に叫んでもたぶん声はどこにも届かないでしょう。点滴の技術は場数ではなく、個人的センスによるものなら、個人の資質に委ねれれて維持されているシステムそのものに問題があるのです。じゃんじゃん横丁の串カツ屋が、客の善意に頼ることで辛うじて衛生を保っているのと大差ありません。