らんかみち

童話から老話まで

郷田王将の誕生

2015年03月27日 | エンタメ
 郷田真隆九段(44)が将棋の王将位を襲った。対したのは渡辺明王将(30)で、棋王戦では羽生名人の挑戦を退けた実力者。

 郷田ファンではあるんだけど、脂の乗った渡辺王将に勝てる気がしなかった。初戦から2連敗したときは、やっぱり男の曲がり角といわれる年齢になったらノリノリの若手には勝てないのかと思った。それが終わってみれば4勝3敗のフルセットで王将位を奪取。

 酒を飲み過ぎたらしく寝坊して失格になったこともある棋士だけど、今の時代にパソコンなどを使わず(使えないらしい)将棋の研究を続けられるって、すごい!

ドラマ「Nのために」

2014年10月23日 | エンタメ
 TBS系の金曜ドラマ「Nのために」のエキストラで、菩提寺の豆いんげんさん、もとい、若いんげんさん(副住職)が出演するというので録画して観たところ、あらら、今治市のレストランがロケに使われている。結婚式場にも使われているらしく、綺麗な建物だ。

 瀬戸内海に浮かぶ架空の島が舞台というから、方言がどうのこうのと突っ込む気はない。瀬戸内海のしまって、隣同士でも方言はずいぶん異なる場合が多い。当地で使われる言葉を大きく分けたら広島系と愛媛系だろうか。それが混じり合っているとはいえ、島ごとに一応の統一感はある。

 ドラマの中で使われているのは、大阪系の架空の方言だろう。そう好意的に解釈しても、お母さん役の方言が他の出演者から浮いている。ま、いいか、今治がロケ地だと思うから違和感があるだけで、ああいう島があるんだと思っていたら、やがて東京が舞台になるんだろう。

 それにしても、お母さん役の演技が気になって仕方ない。左利きの女優さんなのに右用の包丁を使わされて演技している感じだし……とかいうのは早すぎるか。真言宗の坊さんが別の宗派の祭壇でお経を読んでいるシーンも観られるかしれないんだから。ミステリアスなだけでなく、景色の見どころあり、突っ込みどころありのドラマみたいなので、この先が楽しみだなぁ。

都道府県対抗女子駅伝、よく頑張ったね

2013年01月15日 | エンタメ
「ごめんなさい、うちの娘が5人抜かれたせいです」と謝られたが、いえいえいえ、よく頑張ってくれました。といっても実は都道府県対抗女子駅伝は1区しか見ていない。たしか愛媛は10位くらいでたすきを2区の選手に渡したはずだが、重要な会議があったので、残念! 
 帰ってきたらレースは最終盤にさしかかっていて、高三の娘さんの勇姿を拝むことができなかった。

 彼女とはレースの何日か前に会った。足を見たらあくまでも細く、動くたびに筋肉がビシバシと現れては消える。これがアスリートの体なのか!
「え~、わたしなんか筋肉が無い方ですぅ」と謙遜するが、メタボのおじさんから見たら、ほとんど超人だった。
「リオデジャネイロだったかな、次のオリンピック頼んだよ」といったら、「もう十分走ったので、大学に行ったら走るのはやめます」だって。う~ん、もったいない!

純と愛のでたらめぶりはどうよ

2012年10月15日 | エンタメ
 ろくちゃんの可愛らしさだけで観ようかなって思った「梅ちゃん先生」だけど、途中で挫折してしまった。そりゃ無いだろう、というようなシーンがたびたび出てくるし、ヒロインの演技力にも戸惑った。脇役に良い俳優が出演していただけに、観れば良かったなと思う反面、あれで役者さんたちを嫌いになっても困るしね。

 あり得ない、というシーンなら今度の「純と愛」はもっとでたらめだろう。毎回があり得ない状況で、よくぞヒロインは今の今まで生き延びてこられたもんだと感心する。
 客とトラブって契約を破棄されたかと思うと、次の日には安易に解決している。ホテルのオーナーがゴルフバッグをジャラジャラさせながら部長の部屋に入ってくるシーン、ないない、そんな人いない。ゴルフの後一風呂浴びてスーツとかに着替えたら、ゴルフバッグなんか担がない。

 このドラマの脚本家は「NHKの朝ドラではあり得ない物語」にあえて挑戦しているのだろう。とにかく、なにもかもぶっ飛んでいるわけだが、面白いと思う。何がって、それはたぶん、軽いストーリーを書いているようであって、実は人間模様を描いているからじゃなかろうか。
 それぞれの登場人物のキャラが立っているのはもちろんだけど、重苦しい過去を持っているとか女癖が悪いといったような、ドラマに出てくる設定だけじゃなく、ストーリーに関係のない設定がちゃんとできていればリアリティーは出せるということだろう。あり得ない展開も、「ひょっとしたら、あるかも」と許せるのだろう。

「梅ちゃん先生」が人間を描かなかったというつもりはない。ヒロインの生き方よりも、昭和という時代と雰囲気を今に伝えたかったのだろうと思う。「三丁目の夕日」みたいにね、あそうか、だからろくちゃんなのか!
「純と愛」は、まさにこの生き様というものに焦点が当てられている。自らの力で運命を切り開いていこうとする危なっかしいヒロインを、人の顔もまともに見られない愛がストーカーのように見守る。
 起承転結の起の段階はこのパターンで行くとして、承も同じというわけには行くまい。転あたりで愛を死なせてしまうのも悪くないけど、結で選択肢が限られてくる。う~んどうしたもんか……そう、このドラマの面白いところは、脚本自体の危うさにあるのだ。実績のある脚本家が、ヒロインを暴れるだけ暴れさせ、どうやって物語を締めくくるんだろうね。

息もできない夏の劇中歌が良かった

2012年09月20日 | エンタメ
 映画「シコふんじゃった」を観た。数々の賞に輝いた話題作とあって、古い映画なのに退屈しないで最後までおもしろかった。しかし、漫画「うっちゃれ御所瓦」とストーリーが似ているし、キャラの立ち方もかなり似ている。
「シコふんじゃた」が「うっちゃれ御所瓦」からインスピレーションを受けたかもしれないけど、オリジナルには違いないのだろう。それに「うっちゃれ御所瓦」だって先行するスポ根漫画に影響を受けてないとはいえば嘘になるだろう。

 陶芸の話で書いたけど、どこからどこまでを自分で作れば自作と呼べるんだろうか、オリジナルと呼べるんだろうか。中国から白木のバイオリンを輸入して自分でニスを塗り「私が作りました」と販売しているのを見かけたことがあるけど、それは違うだろう!

 ドラマ「息もできない夏」が終わった。良い終わり方だったと思う。ドラマ「はつ恋い」の終わり方が、ヒロインを死なせて終わってしまったのにはがっかりしたけど。
「ラブレター」も純愛ものの良いドラマだったけど、あれの劇中歌も素敵だった。それと、今をときめく剛力彩芽さんも出演していたんだねぇ知らなかった。劇中歌といえば、「息もできない夏」の「セット・ファイア・トゥ・ザ・レイン」もエモーショナルな曲だと思っていたら、そうか全米№1だったのか!

アデル「セット・ファイア・トゥ・ザ・レイン」日本語字幕付き


 アデルさんという歌手らしいけど、こんな若かったんだ! 一頃トレンディードラマというのが流行ったことがあったけど、あの頃からテレビドラマと疎遠になっていたかも。
 それが「チャングムの誓い」でテレビドラマの世界に戻ったんだけど、日本ドラマも良いのが発表されるじゃないか。これなら日本のテレビ局も、似たり寄ったりになってしまった韓流ドラマに頼る必要はないと思うんだけどねぇ。

映画「神童」を観てしまった

2012年08月10日 | エンタメ
 目はまだ十分回復しておらず、新聞を読むのが辛いので一週間分ためてしまった。そんな体たらくでありながら、テレビをつけたら映画「神童」を放送していて、ついつい観てしまった。

 原作の漫画のストーリーは踏襲しつつも、映画では耳が聞こえなくなる天才少女ピアニストのその後、が描かれていない。病気を乗り越えて一躍スターになったのではなく、聴力を奪われたピアニストが今までとは全く異なる人生を歩み始める、「生きる」といのがテーマのはず。

 原作では残酷ともいえる運命を少女に背負わせているので、映画で表現するには重すぎたかも。それこそ天才子役を主演に起用しないと難しかろう。しかしま、ラブストーリーなんかをからめ、それなりに成功した映画なのかもしれない。というか、あの冴えない男の役、松山ケンイチだったのか!

「平清盛」は確かに小汚い

2012年01月24日 | エンタメ
 兵庫県知事が「画面が汚い」と、制作者側に対してイチャモンを付けたことによって、低迷していた「平清盛」の視聴率が上昇した、とぼくは邪推しているが、真相はどうなのだろう。
 画面が汚いというが、高貴な人以外の登場人物が薄汚れているという意味なのだろう。おいおい、てめぇら風呂に入っておるのか、こらぁ! と、テレビ画面に向かって叫びたくなるのはぼくだけではないはず。

「平清盛」の描く12世紀初め頃から半ば過ぎの日本に風呂があったのかどうか知らない。蒸し風呂だったともいうし、行水の習慣があったとも聞くが、どんな高貴な御仁でも風呂には浸かっていなかったのは事実らしい。だから、ドラマの画面から臭いがしてくる気になるのも当然といえる。

 同時代のイングランドを描いたドラマ「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」の登場人物たちも「平清盛」に優るとも劣らず小汚い。町は至るところ糞便だらけ(に見える)、ところ構わぬ生殖行為(コソコソしているつもりらしい)、民衆や騎士の命の軽いこと(盗人は両手を切断)!
 ドラマを観て、当時の日本もイングランドも同じ程度の文化水準だったことにホッとするような、とても残念なような。だって平清盛が生まれる1000年以上も前の古代ローマには公衆浴場や下水道が完備されていたのだから。

 リアリティーという意味において「大聖堂」も「平清盛」もベクトルは同じ方向かもしれない。ただ、兵庫県知事のおっしゃることも分からないでもないのは、「大聖堂」自然の描写が美しいのに対し「平清盛」、今のところ風景に感動できるほどではないのだ。もっとも、我々のような辺境の地に住む者には、見慣れた田舎の風景が新鮮でないだけなのかもしれないが。いずれにしても「平清盛」の今後に注目したい。

浴衣でヒップホップを

2011年07月02日 | エンタメ
 ずっと前に通っていたカルチャースクールのバイオリンレッスン室は、ピアノの部屋と多目的部屋にはさまれてました。時間があればピアノの先生と話したり、日舞の先生と話したり、ストリートダンスのレッスンを拝見したりできる、シームレスというか、いいかげんな間取りでした。

 和装の日舞の先生(男性)と、ラフスタイルのストリートダンスの先生たちも、かみ合っているのかそうでないのか判別不能な会話をされてましたね。あのお二人は、ひょっとすると互いを見下していたのかもしれませんが、この動画を一緒に観たら話は弾むことでしょう。

John Lennon da Silva dançando a Morte do Cisne


ヒップホップもストリートダンスもブレイクダンスも区別できないぼくですが、瀕死の白鳥がクラシックであることは知ってます。だけどこの動画のダンスはもはやボーダーレスですよね。今やストリートダンサーたちは、クラシックも踊れないと認められない時代なのでしょうか。

「酒は飲め飲め、飲むならば、日の本一のこの酒を……」なんて歌をバックに、ストリートダンサーが黒田節を踊ったって、今の時代に何の齟齬がありましょうや。古典芸能にも新興芸能にも疎いぼくなので、あるいは既にどなたかが実践されているかは知りません。
 だけど浴衣着た日舞のお姉ちゃんが、ヒップホップをバックに転げ回っているような動画は観たことがないので、ぜひ頭一つ抜け出してほしいものです。来年の島おこし企画でやってみようかしらん。

「ちりとてちん」再放送にあたって

2010年03月26日 | エンタメ
 2007年10月から翌年の3月まで放送されたNHKの朝ドラ「ちりとてちん」が再放送されるのだとか。余りにも要望が多く、放送終了からわずか2年で再放送に踏み切ったんだそうです。
 確かにあれは良くできたドラマで、綿密に張り巡らせた伏線をことごとく回収したのは素晴らしい技術だと思いました。ダメ娘の成長ストーリーというのは、手練のシナリオライターでないと失敗に終わるとしたものなのに、見事な収束でした。
 
 あのドラマが高く評価される要因のひとつに、登場人物全てのキャラが立って魅力的で、なおかつ心底からの悪役が一人も登場しなかったというのもあるんでしょう。その次のドラマ「瞳」ではヒロイン自身が悪役呼ばわりされ、掲示板の書き込みが次々に削除されていったのとは対照的に、「ちりとてちん」では掲示板が増やされたらしいです。
 
 現在放送中の「ウェルかめ」は舞台とヒロイン役が魅力的なので観てたんですが、ドラマとしては緊張感を欠いていて、それはそれでほのぼのかも知れないけど、再放送をどうしても観たいとは思いませんねぇ。
 何がいかんといって、登場人物のキャラは立っていて面白くても、全員が幸せすぎる。美男美女がいちゃいちゃしてたら、観てる方は妬ましくなってくるんですよね。
 そうなると、ここは無くてもかまわないシーンだ、話の展開が不自然だ、あの方言はあり得ないなどと、しなくても良い粗探しに走ってしまうんですなぁ。
 
 実を申しますと、このブログも他人事ではありません。先日大阪に行く前は日々200人前後あった訪問者数が、戻ってきて美女とデレデレした記事と写真をアップした途端、150人ほどに激減してしまいました。その後も回復の兆しが見えないということは、善良な女性読者に見限られてしまったのでしょうか。
 顔出ししたのも原因の一つかもしれませんね。なんじゃこのスカみたいな男、似顔絵そのものやんけ! みたいなぁ。まあ過去にも下ネタとか書いて肘鉄を食らったことはあったし、ある程度は予期していたのでそれほどの心労は溜まっておりません。
 
 しかしNHKとなると話は別でしょう。面白くないドラマなら観なければ良いじゃないかと言う人もいるけど、「受信料を取っているんだから、手抜きドラマを作ったら承知せんぞ」というのは正論でしょう。
 人生の示唆に富んでいた「ちりとてちん」にはドラマを魅せる要素が一杯詰まっているので、再放送はドラマを書く側の立場に立ち、シナリオの書き方を考えながら鑑賞しようと思います。

朝青龍さんの今後に期待してます

2010年02月08日 | エンタメ
 本屋さんで立ち読みをしていたと思いねえ。するってぇと、母親らしき婦人と小学3、4年生くらいの男の子がやって来なさる。
「あ、この人や、自分でやめた人」
 雑誌を指さして母親らしきご婦人に言いました。
「ほぅ、どうして自分からやめたの」
 ご婦人も分かっているだろうに、すっとぼけて聞きました。
「んーとね、反則とかしたりぃ、怪我しましたって嘘ついてサッカーやったりしたの」
「ふーん、それだけ?」
「んーとね、友だちを殴ったりね、麻薬をやったりしたからやめさせられそうになったの」
 おいおい、朝青龍は麻薬はやってないだろう。
「あらそう、それでこの人は何をする人なの」
「んーとね、プロレスみたいなことする人」
 男の子の口からは終ぞ相撲という言葉を聞けませんでした。このままじゃ相撲の興行が成り立たなくなって、本来の姿である神事に戻ってしまやせんか。
 
 相撲と同じく伝統ある将棋界もまた斜陽産業なのですが、朝青龍の引退騒動の前日に有吉道夫九段(74)が引退されました。火の玉流の異名をとった攻め将棋で長くトップ10におられた方ですが、解説の語り口もソフトで人気棋士でした。ただここ数年は自分が後手であるにもかかわらず先に指し、たった一手で反則負けを喫したりと、精彩を欠くようになっていました。
 
 だけど氏の時代の棋士っていうのは「将棋指し」と呼ぶのがふさわしい個性的な人が多かった。某九段は引退前、ある若手と初対戦したとき飛車と角を反対に置いたといいます。
「先生、飛車と角が反対ですが」
 若手に指摘された先生、
「ありゃ~、ほんとじゃ、ワシもボケたのう」と、若手を油断させておいて吹っ飛ばし、「負けました」と駒を投じる相手に、「え、ワシが勝ったの?」
 とまあ良くも悪くも個性的な方が多くて楽しかった。朝青龍も得難い個性の持ち主でしたから、相撲界としては大きな損失ですね。
 
 朝青龍さんは引退してどうなさるんでしょう、一説によるとモンゴルの大統領を目指すのだとか。ぼくとしちゃあK1にでも登場してくれんかなと願ってます。相撲、空手、ボクシング、柔道などなど、喧嘩したらどの格闘技が一番強いんだろうって子供の頃は真剣に考えました。
 その夢の対戦をある程度かなえてくれたのがk1でしょうか。武蔵が引退した後を埋めて楽しませてくれんかな。