らんかみち

童話から老話まで

できん注意報発令中

2012年06月30日 | 暮らしの落とし穴
 20枚のエッセイ公募に向けて書き始めたものの、この程度のネタで入選は不可能だろうと気がつき、投げ出してはや一月。この一年というもの公募向けに書いていないこともあって気分は乗らない。本日は続きを書き始めたけど、どうしても構成がまとまらず、半分の枚数で応募しようと思う。

 ものが書けないので餃子作りなんかに逃避してみるんだけど、こっちもまた上手くいかない。キャベツが多いと食感がザリザリと悪いし、白菜ばかりだと物足りない。野菜の水切りを怠ると皮が水を吸ってデリョデリョになるし、切りすぎるとフェサフェサとして味気ない。

 顆粒のXO醤とかウェイパーなどで味付けしてみるけど、塩と醤油くらいで十分なのかも知れない。ひょっとして、ラードよりホイップド生クリームを混ぜた方が具をふんわり仕上がりはしないだろうか。

 入院中の母を見舞ったら、隣のベッドのお婆ちゃんに湿布を貼ってもらっていた。上品で清潔感のあるお婆ちゃんで、年下の母よりしっかりしている。子どもはいないとおっしゃっるし、農作業もほとんどやったことがないらしいから肉体をいたわることは出来たのだろう。

 島の長寿記録は先ごろ亡くなったお婆ちゃんの105歳(表彰された)というけど、病院を住まいにしているらしいあのお婆ちゃんは記録を更新するかも知れない。ぼくにしたって世の中ままならんもんだなとは思うけど、あれが出来ん、これが出来んというのは、90歳を過ぎないと様にならないのだって思い知らされた。

どうやらホームセンターに異変が!

2012年06月29日 | 暮らしの落とし穴
 水ナスを植えたはずが長ナスが育ち、ピーマンを植えたはずがシシトウが育っている。まさか畑が悪くてピーマンが細いってことはないと思う。この現象がどうにも理解できないのだが、同じことを訴える人は少なくない。そこで苗を買ったホームセンターに出かけて検証を試みたが、なるほどそういうことか!
 
 もしかしたらホームセンターに恨みを持つ者が意図的に苗を入れ換えたのではないか、などと邪推していたのだが、げすの勘ぐりに終わった。過失で苗が入れ替わったのでもなければ、業者が間違えたのでもないということがはっきりした。
 どうやらぼくの知っている水ナスと、業者の認識の間にズレがあったということらしい。シシトウにしたってピーマンやパプリカとの間には、それほど大きい植物学的な違いは無いというから、ホームセンターのエラーとまではいえないのだ。

 ではあるが、一昨年も一昨昨年も水ナスを当のホームセンターで買って、ちゃんと泉州の水ナスが収穫できたのだ。それはピーマンも同じことだし、他の人も同じような事情らしい。
 どうやらホームセンターのインサイドで何か良からぬ事が起きているんじゃなかろうか。いつだったか、柿渋(かきしぶ)という塗料の一種を注文したところ、数日後に「渋柿(しぶがき)が入荷しました」という連絡をもらった。
 日曜大工の部品が売り切れていたので注文したところ、「明後日入荷の予定なので、電話します」と言ったきり3か月が過ぎた。

 他にも、商品の金魚が死んで浮いている、苗モノが枯れている、通路に台車が放置されて邪魔になる、などなど、クレームをつけ始めたらきりがないほどだ。文句を言ったところで気分が悪くなるだけなので、隣の島まで足を伸ばすことも多い。
 そんなだから今日も別のホームセンターで遮光ネットを買ったんだが、「体感温度が5度低くなるという白いのが入ってます」と勧めてくれる。にわかに信じがたい商品だけど、親切に勧めてくれたから人柱となる決意を表明した。ネットで安く買うのも良いけど、対面販売も楽しい。

ああ、老いるって、こういうことか

2012年06月28日 | 暮らしの落とし穴
 ちょっと前から不調を訴えていた母だが、ついに入院の運びとなった。骨粗鬆症なんだけど、本人がカルシウム不足とかっていう認識ができない年齢ということもあってぼくが食事の管理をすべきなのだが、これがなかなか難しい。本人はカップラーメンなんかを食べたがるので、どうしてもカルシウム不足になってしまう。

 10年前から食事に気を配っていたら今回のようなことも起きなかったと思われるので、なんとも悔いが残る。リフォームやら何やらで数百万円の詐欺に遭って初めて、親がどういう状態なのか分かったのだから恥ずかしい。

 母は自分自身で料理を作ることはできない。何を作るかという目標がそもそも立てられない。「今日はコロッケだよ」と、ジャガイモを茹でるところから一緒に始めるなら、昔取った杵柄だ。
 しかし何もない状態から「お腹空いた」と訴えても料理はできない。何をどうして良いか分からないので、「カップラーメンでも食え」となる。これが1年間続いた。

 入院してみると、そこかしこに顔見知りがいて挨拶して回ったが、ぼくのことを覚えている患者さんはいなかった。1年前は口数も多くて明るかったお婆ちゃんなのに、挨拶すら返すことができなくなっている。
 同窓会のようなメンバー構成なのだが、どなたも1年前に母が同室に入院していたことすら覚えていない。
「憶えてなくてぼめんよ、ごめんよ」と謝られたって、母も憶えてないからおあいこだろう。誰もが通る道であるとはいえ、たった1年でこんなことになるんだ!

漫画ピアノの森がいよいよクライマックス

2012年06月27日 | クラシック音楽
 漫画「ピアノの森」がショパンコンクールのファイナルという佳境にさしかかっているのだが、現実のコンクールで日本人が優勝したことはない。アジアではダン・タイ・ソンというヴェトナム人が優勝しているし、李雲迪(Yundi Li)という中国人は18歳の若さで優勝している。ちなみに第1位が輩出されたのはスタニスラフ・ブーニン以来15年ぶりという難関だから、ユンディ・リがどれほど持て囃されていることか。

 しかし優勝はおろか、本選にも進めなかったのに持て囃された人がいる。それはダン・タイ・ソンが優勝した1980年のことで、、イーゴ・ポゴレリッチというコンテスタントが本選に進めなかったことに抗議した審査員、マルタ・アルゲリッチが席を立ったことによる。

Bach ; Bouree from English Suite No.2 - Pogorelich.mp4


 語り草にはなっているが、イーゴ・というピアニストをYoutubeで初めて聴いた。このバッハ演奏を聴く限りではエキセントリックじゃない、というか様式を踏襲した保守的な演奏じゃなかろうか。
 ユンディ・リもそうだけど、ポゴレリッチもなかなかハンサムじゃないか。優勝したダン・タイ・ソンよりも人気が出たってのも、なんとなくうなずける。ピアノの森は中国人と日本人の一騎打ちとなりそうな雰囲気だが、果たしてその結末は。

蕎麦刈りという罰ゲーム

2012年06月26日 | 酒、食



 信州方面では蕎麦播きの準備を始める時期だというのに、当地じゃ蕎麦刈りとはこれいかに。世間で新蕎麦といえば晩秋のものと相場は決まっているが、実は夏にだって新蕎麦を味わうことは出来る。
 今日の蕎麦刈りはそういった事情があってのことだが、作柄は良いとはいえない。せいぜい来年の蕎麦播きに使える程度の収穫しかできないだろう。夏蕎麦はどこだってそんなリスクを背負ってはいるらしいが、ブランド蕎麦の誘惑に抗えなかったぼくのエラーは帳消しにしてもらえそうにない。

 昨日も書いたけど、三つの畑のうち一つしか蕎麦はまともに実らなかった。長日性の蕎麦を播かなかったのもあるが、播く時期が早すぎて蝶やミツバチなどの虫媒が間に合わなかったのかもしれない。雑草対策をしなかったことも罪深いのだろうか。
 鎌で刈り取ることも試みたが、雑草と一緒に握ったとき、蕎麦の重さより雑草のそれの方が重く感じられてモチベーションが下がる。畑全体を鎌で刈り取ることの精神衛生を考えると、たとえ有志が集ったとしてもこの作業をやってもらうに忍びない。

 草刈り機で蕎麦を刈り取るのは苦渋の選択だったが、やや収穫が早いこともあって実がバラバラ飛び散るようなことはなかった。収穫の暁には粉にし、手打ちで蕎麦を打ってみんなに振る舞う、という神聖なゴールが見えないからには有志を募るわけにもいかない。このまま畑で蕎麦を乾燥させて脱穀する。製粉するわけではないので唐箕選もやらない。たった一人での作業だが、バツゲームとしては応分だろう。

今年になって最悪の日

2012年06月25日 | 暮らしの落とし穴
 あ~ぁ、まいった、今日もバトルやっちまったぜ。といっても相手が勝手に因縁を付けてきただけだから、こちらがスルーしておけばどうってことない。しかし無視したらかえってエキサイトさせるってこともあるし、さじ加減が難しい。一喝すれば大人しくなるタイプであっても、回りからぼくが危険人物と目されるのは嫌だし。

 子どものころはどうだったのか思い出すに……毎日喧嘩していたかもしれない。口げんかではなく、肉体を駆使しての戦いに明け暮れていたのは、互いに相手を屈服させるだけの言葉を持っていなかったから。
 もしぼくに橋下市長みたいな弁舌の技術があったなら(あれは才能もあるけど磨かれた技術ではないか)喧嘩になる前に相手が譲歩しているだろう。

 どれほど雄弁だろうが巧言令色であろうが、ままならぬのは自然だ。2号と3号の蕎麦畑を見に行ったら、あろうことか全滅だった。順調に育っているように見えたのだが、結局実が入らなかった。
 では1号畑はというと、不思議なことに素晴らしい出来なのだ。他の畑に比べてというべきなんだが、同時期に播いてこの違いはなぜだろう。2、3号畑とは2Kmほどの距離だから気候がどうのこうのということはない。肥料も同じだけ施したし、手入れだって同じくらいの手抜きなのだ。

 百姓の師匠とそば畑を前に「自然は冷酷ですね」などど呪ってみたところでどうなるものでもない。雄弁も何の役にも立たない。けど、1号畑はちゃんと実を付けたんだから、自然に見捨てられたわけではなかろう。つまり分かってないんだよなぁ、自然と語り合ってないんだから。種さえ播いて施肥をしたらどうにかなると思い上がっていた。
 自然に対して誠実に向き合えば、屈服させようと策を弄せずとも答えは返ってくるはずなんだ。人間同士も戦う前に分かり合おうと努力するなら、自ずと答えが見えてくるはずなんだが。

糠床を「漬け太郎」と命名

2012年06月24日 | 酒、食
 去年はしなかったが、それまでは夏になると糠漬けを作っていた。主に自家栽培の、といっても茄子と胡瓜を漬けていただけだったが、心から旨いと思ったことなど無い。それはたぶん、糠床を冷蔵庫で育んだせいかもしれない。
 今年はもうやるまいと心に誓ったはずだったが、うっかり茄子と胡瓜を畑に植えてしまった。全ての苗が順調に育ってしまったら自家消費できないほどの数を。

 そういう裏事情があってやむを得ず、スーパーで熟成糠床を買った。手頃な大きさのプラスチック樽と、調整済みの糠床で手抜きを図ったのだが、今回は常温保存とする。で、胡瓜を一晩漬けたんだが、からすぎて食えなかった。捨てるのも忍びないので塩抜きして食べたが、心模様は梅雨空だった。

 熟成糠床だからといって、ブレークインが要らないわけじゃない。捨て漬けを避けて通れないのなら、生育不良の茄子を漬けて調子を出してやろう。茄子は普通の長ナスと水ナスを植えているから……嘘っ! 水ナスの苗をホームセンターで買ったはずなのに、どうして長いんだ。もしかして長ナスの隣に植えたから交配してしまったのか?
 出鼻をくじかれてしまった格好の糠床だが、ぼくはこいつの成長を信じて疑わない。とりあえず「漬け太郎」と命名し、常温で生温かく見守ることとしよう。

右に戻るべきか、それとも左か

2012年06月23日 | 社会
 天声人語だけを読んだら歯切れが良いなと思うけど、大飯原発再開に反対するデモのニュースが一面に載っていないのはどういうことか。首相官邸前に45000人が詰めかけているというのに、大手各紙はなぜ報道しない。

 東電を厳しく指弾する天声人語だが、デモの事実については一言も触れていない。メディアには積極的に報道する義務があるはずなのに、それを果たさないのは怠慢というより不作為の罪じゃないのか。
「事故の責任から逃れたうえに、くらしを根こそぎ奪った地でまた原発を動かすつもりなら神経を疑う」と、いつにも増して激しい論調だと感じたのは、天声人語氏が自らを不作為犯と認識して歯ぎしりしながら書いたからではないか。朝日新聞は「原発とメディア」という記事を連載して反省していると思いきや、またぞろ自主規制かい!

 このところNPOにかまけていたせいで、右翼とも左翼とも距離が出来てしまった。右左のどちらからも「デモに行こうよ」と誘われて苦しんだ時期もあったが、今となっては懐かしい。
 3年前まで、右翼は原発賛成、左翼は原発反対だったけど、今も当時の構図のままだろうか。福島第一原発の事故後、右翼は原発について言及していなかったけど、今はむしろ官邸前のデモに「反民主」の旗を持って参加していてもおかしくない気はするのだが……。

上弦のマルゲリータ

2012年06月22日 | 酒、食
 新聞によると本日の月齢は3,5さい。つまり三日月だけど、昼間に出ているので見損ねた。その代わりっちゃなんだが、マルゲリータを半月に見立てて食べてみる。
 半月は別名を「弦」といい、月齢でいうならは7さい。お昼頃に昇り始め、日没頃に空の一番高いところに見えるところから「上弦の月」と呼ぶらしい。だから本日のピッツァは「上弦のマルゲリータ」と命名して良かろう。
 市販のピザ生地がオーブントースターに入らないので半分にしただけなのだが、ピッツァを焼くには遊び心っていう名の余裕がほしいというわけ。



 ピザソースもモッツァレッラも市販のものだが、バジルはうちの畑で収穫したもの。トッピングしているときはあられもないフレグランスに包まれるが、焼き上がってみると仄かに香るだけ。焼いているうちに自分の鼻が慣れてしまうのだろうか。
 それはともかく、これはモッツァレラを塩漬けにすることの是非を実験したものだ。まずは市販の無塩モッツァレラを溶かしてみて、何日か後に塩漬けにしたものを再度焼いてみる。それで良く溶けてくれたら塩は関係ないということになるはず。

 実は、モッツァレラチーズキットを購入した会社から「上手くいかなかったらどんなことでも質問して下さい」というメールが来て、マルゲリータにしたけど溶けなかった旨を質問したところ、「塩は関係ないでしょう」とのことだった。
 またもや「バカはやってみなけりゃ治らない」を実践しているのだが、どうやら固く締め上げたのが溶けない原因の一つかも知れない。改めて市販の無塩モッツァレラを食べてみたら、かなり熟成が進んだ感じで軟らかいのだ。

 こうやって実験をしてみるとバジルが結構いる。今治じゃ簡単に手に入らないので、たくさん植えといて良かったぁ。下弦のマルゲリータもやってみたいが、下弦の月の月齢は22さい。深夜に昇り始め、明け方に一番高くなる。ちなみに次回の下弦の月は来月の11日だってぇ、それまで待てるかっ!

ストレス由来のマイナー発作

2012年06月21日 | 暮らしの落とし穴
 昨日から膝が激しく痛みだして、すわっ古傷が再発したか! 古傷というのは膝の内側の骨折で、今もエチボンド(決して画像検索などなさらないように)という溶けない紐が入っているか所のことだが、気圧が低くなると痛むことはある。しかし今回の痛みはそんなシクシクといったものではなく、ギリ、ギリという痛さだ。

「先生ぇ、膝が痛みよりますんや、打ち身やねんざの覚えは無いんですが」
 例によってかかりつけのドクターに症状を訴えたところ、「骨折かもしれんねぇ、レントゲン撮ってみよ」って、だからそういうんじゃない、いうてるやん!
 正直にいうと、先生の見立てなど期待していない。でも処方してもらいたい薬をこちらが指定するに際し、やっぱ先生の機嫌を損ねたくないわけで。

 レントゲンの結果、「骨折とかはしてないようやね」って、だからそういうてるやん。「先生の見立てでは、立て膝の姿勢が長かったとか……」と、数打ちゃ当たる見立てを開陳して下さった中に、「先生ぇ、それが正解!」というのがあった。
 ぼく自身の見立てでは「ストレス由来の痛風マイナー発作」と出ている。大手企業を相手に交渉を重ねたり、政治的な駆け引きに巻き込まれたりしているうちに、そういう症状があるのだと気が付いた。で、今回のストレスはというと、断酒である。

 酒というのは少しずつ断たないとリバウンドするというのは知っていたが、いきなり供給を絶ってしまうだけでショック症状が出るのだと知った。二日間不眠に苦しんだ挙げ句、台風被害の予感もあってのマイナー発作だ。
 村の困りごとというの一つ発生すると次々と連鎖する場合があって、昨日から今日にかけても新たなる問題が醸されてしまった。各々に連関は無いとしても、ぼくにとっては一括りの問題として押し寄せてくる。そして今日もまた……。