
(承前)
昨年春、空知管内長沼町のアトリエから紋別に移ってきた彫刻家、野村裕之さん。
転居して間もない昨年秋紋別市立博物館で開かれた個展「特別展アートとの対話「記憶について」」に野村さんは新作「未来の記憶 想像の流氷」を出品しました。
「想像」と題しているのは、1年前の時点で野村さんはまだ流氷を見たことがなかったのです。
おなじ北海道内とはいえ、札幌近郊に住んでいると、オホーツク地方は遠くてなかなか訪れる機会がありません。
しかも流氷の季節は、外出や遠出がおっくうになる真冬ですし、しかも気まぐれに接岸したり離れたりするから、シーズン中に網走や紋別に来てもかならず見られるとは限らないのです。

実際に流氷を見て得た印象を、大理石の破片や小品を並べることで表現したインスタレーションが、今回の個展です。
このほか、現在の心境を墨と筆で和紙17枚にしたためた作品と、ドローイング10点ほどが展示されています。
冒頭画像、ちょうど右手前側が会場の出入り口なので、たくさんの石が太い帯になって斜めに会場を横切っているのがオホーツクの海岸線であることは、直感的にわかりました。
その向こう側がオホーツク海です。
となると、2枚目の画像で、海岸線の手前にある二つの渦巻きはコムケ湖とシブノツナイ湖ということになります。
ですが、あまり説明的に解釈してもつまらないので、このあたりはわからなくてもさしつかえないでしょう。

入り口から見て奥の壁に近い方が、海岸線をかたちづくる石の列の幅が太くなっており、このあたりが紋別市街地に該当するのでしょうか。
地図で見るとなめらかな曲線に見えるオホーツクの海岸線も実際に来てみると、ところどころで凹凸があります(でなけりゃ港が造れない)。実際に現場を見てまわった作者の率直な印象が、ここには反映されています。
紋別市の流氷観光砕氷船「ガリンコ号」は例年、アジアからの旅行客でにぎわい、地元の人もなかなか乗れないそうです。
野村さんは早朝便というのを予約していましたが、折からの新型コロナウイルスの感染拡大で外国人観光客の大量キャンセルが発生。今年に限っては、早朝でなくても、すぐに乗船できたとのことです。
野村さんにとっての流氷、そしてオホーツク海は、何かが向こうからやって来るというイメージのようです。
画像だとあまり伝わらないかもしれませんが、会場にいると、小さな破片の帯や、渦巻きを形作る石は、奥野壁から手前に動いてきているように感じられるのです。
野村さんは、司馬遼太郎の紀行シリーズ「街道をゆく」の一冊『オホーツク街道』を読んだそうです。
あの本には、海を渡ってきたなぞの海洋民族(オホーツク人)のことが触れられており、その読後の印象が、この石の並びに反映しているのかもしれません。

渦巻きだけを見ていると、米国のランドアートのスミッソンを思い出す人もいるでしょうが、2006年に北広島で企画された「ひろがるかたち」展がまず想起されます。
あの展覧会で野村さんが出品したインスタレーションは、「禅問答」と題したテキストがついていたこともあって、いささか難解なところもありましたが、今回はずいぶんとわかりやすいというか、屈折がありません。
アーティストが感じ、受け入れたままの流氷をめぐるイメージが、全的に、のびやかに展開されているように思えます。
墨による文章に
「流氷を取り巻く風景は想像よりもずっと優しくて暖かな顔を持っていた。
オホーツク海沿岸は日本海側でも太平洋側でもない日本の第3の地域だということが感じられるようになった。」
とありました。

作者の許可を得て、海岸線から内側に入ってみました。
もっとも、野村さんの当初の構想によれば、手持ちのパーツがもっとたくさんあるはずと思っていたとのこと。
「思ってたよりも、スカスカになっちゃいました」
まあ、地球温暖化で、実際の流氷も減ってる時代ですしね(関係ないか)。
市民が見に来て、昔は山のように盛り上がった(フリードリヒか!)とか、流氷の上を沖合まで歩いていったとか、いろいろな話を聞いたとのことです。
(読者の皆さんは、流氷の上には絶対に乗らないでくださいね。危険です)

というわけで、ひとつひとつのパーツを見ても、全体を眺め渡しても、おもしろいインスタレーションでした。
この会場自体には、冬の冷たい風は吹いていないのですが、作者が感じ取った現場の空気感のようなものがみなぎっているようでした。

2020年9月5日(土)~13日(日)午前9時半~午後5時、月曜休
紋別市立博物館(幸町3)
関連記事へのリンク
2012年2月12日は流氷を見に行った
以下は野村さんの関連記事
■特別展 アートとの対話「記憶について」(2019)
■さっぽろ雪像彫刻展 (2019年1月)
■New Point vol.15 (2019年1月)
■石彫刻の8人展 (2018)
■つながろう2016 Hard/Soft
■New Point vol.12 (2015)=画像なし
■野村裕之 個展 ―浄化― (2014)
■木 脇坂淳/陶 前田育子/画 別府肇/石 野村裕之/布 田村陽子(2013)
■-の わ- 野村裕之・脇坂淳ユニット「エアーズ ウッド」 ハルカヤマ藝術要塞 (2011)
■野村裕之 チビアートの世界展(2008)
■ひろがるかたち(06年の4人展)
■野村裕之彫刻展 なぞなぞ(03年)
■野村裕之小彫刻展 ひそやか(02年、画像なし)
・紋別バスターミナルから約560メートル、徒歩7分
(札幌から都市間高速バス「流氷もんべつ号」で5時間20分。新型コロナウイルスの感染拡大を受け減便している場合あり、注意)
昨年春、空知管内長沼町のアトリエから紋別に移ってきた彫刻家、野村裕之さん。
転居して間もない昨年秋紋別市立博物館で開かれた個展「特別展アートとの対話「記憶について」」に野村さんは新作「未来の記憶 想像の流氷」を出品しました。
「想像」と題しているのは、1年前の時点で野村さんはまだ流氷を見たことがなかったのです。
おなじ北海道内とはいえ、札幌近郊に住んでいると、オホーツク地方は遠くてなかなか訪れる機会がありません。
しかも流氷の季節は、外出や遠出がおっくうになる真冬ですし、しかも気まぐれに接岸したり離れたりするから、シーズン中に網走や紋別に来てもかならず見られるとは限らないのです。

実際に流氷を見て得た印象を、大理石の破片や小品を並べることで表現したインスタレーションが、今回の個展です。
このほか、現在の心境を墨と筆で和紙17枚にしたためた作品と、ドローイング10点ほどが展示されています。
冒頭画像、ちょうど右手前側が会場の出入り口なので、たくさんの石が太い帯になって斜めに会場を横切っているのがオホーツクの海岸線であることは、直感的にわかりました。
その向こう側がオホーツク海です。
となると、2枚目の画像で、海岸線の手前にある二つの渦巻きはコムケ湖とシブノツナイ湖ということになります。
ですが、あまり説明的に解釈してもつまらないので、このあたりはわからなくてもさしつかえないでしょう。

入り口から見て奥の壁に近い方が、海岸線をかたちづくる石の列の幅が太くなっており、このあたりが紋別市街地に該当するのでしょうか。
地図で見るとなめらかな曲線に見えるオホーツクの海岸線も実際に来てみると、ところどころで凹凸があります(でなけりゃ港が造れない)。実際に現場を見てまわった作者の率直な印象が、ここには反映されています。
紋別市の流氷観光砕氷船「ガリンコ号」は例年、アジアからの旅行客でにぎわい、地元の人もなかなか乗れないそうです。
野村さんは早朝便というのを予約していましたが、折からの新型コロナウイルスの感染拡大で外国人観光客の大量キャンセルが発生。今年に限っては、早朝でなくても、すぐに乗船できたとのことです。

画像だとあまり伝わらないかもしれませんが、会場にいると、小さな破片の帯や、渦巻きを形作る石は、奥野壁から手前に動いてきているように感じられるのです。
野村さんは、司馬遼太郎の紀行シリーズ「街道をゆく」の一冊『オホーツク街道』を読んだそうです。
あの本には、海を渡ってきたなぞの海洋民族(オホーツク人)のことが触れられており、その読後の印象が、この石の並びに反映しているのかもしれません。

渦巻きだけを見ていると、米国のランドアートのスミッソンを思い出す人もいるでしょうが、2006年に北広島で企画された「ひろがるかたち」展がまず想起されます。
あの展覧会で野村さんが出品したインスタレーションは、「禅問答」と題したテキストがついていたこともあって、いささか難解なところもありましたが、今回はずいぶんとわかりやすいというか、屈折がありません。
アーティストが感じ、受け入れたままの流氷をめぐるイメージが、全的に、のびやかに展開されているように思えます。
墨による文章に
「流氷を取り巻く風景は想像よりもずっと優しくて暖かな顔を持っていた。
オホーツク海沿岸は日本海側でも太平洋側でもない日本の第3の地域だということが感じられるようになった。」
とありました。

作者の許可を得て、海岸線から内側に入ってみました。
もっとも、野村さんの当初の構想によれば、手持ちのパーツがもっとたくさんあるはずと思っていたとのこと。
「思ってたよりも、スカスカになっちゃいました」
まあ、地球温暖化で、実際の流氷も減ってる時代ですしね(関係ないか)。
市民が見に来て、昔は山のように盛り上がった(フリードリヒか!)とか、流氷の上を沖合まで歩いていったとか、いろいろな話を聞いたとのことです。
(読者の皆さんは、流氷の上には絶対に乗らないでくださいね。危険です)

というわけで、ひとつひとつのパーツを見ても、全体を眺め渡しても、おもしろいインスタレーションでした。
この会場自体には、冬の冷たい風は吹いていないのですが、作者が感じ取った現場の空気感のようなものがみなぎっているようでした。

2020年9月5日(土)~13日(日)午前9時半~午後5時、月曜休
紋別市立博物館(幸町3)
関連記事へのリンク
2012年2月12日は流氷を見に行った
以下は野村さんの関連記事
■特別展 アートとの対話「記憶について」(2019)
■さっぽろ雪像彫刻展 (2019年1月)
■New Point vol.15 (2019年1月)
■石彫刻の8人展 (2018)
■つながろう2016 Hard/Soft
■New Point vol.12 (2015)=画像なし
■野村裕之 個展 ―浄化― (2014)
■木 脇坂淳/陶 前田育子/画 別府肇/石 野村裕之/布 田村陽子(2013)
■-の わ- 野村裕之・脇坂淳ユニット「エアーズ ウッド」 ハルカヤマ藝術要塞 (2011)
■野村裕之 チビアートの世界展(2008)
■ひろがるかたち(06年の4人展)
■野村裕之彫刻展 なぞなぞ(03年)
■野村裕之小彫刻展 ひそやか(02年、画像なし)
・紋別バスターミナルから約560メートル、徒歩7分
(札幌から都市間高速バス「流氷もんべつ号」で5時間20分。新型コロナウイルスの感染拡大を受け減便している場合あり、注意)