北海道美術ネット別館

アート、書道、写真などの展覧会情報や紹介、批評、日記。毎日更新しています

2007年3月のおもな展覧会

2007年03月31日 23時55分08秒 | 主な記事へのリンク
 3月のおもな展覧会の記事へのリンクです。このエントリは随時更新します。
 ■■は、更新時に開催中の展覧会、■はすでに終了した展覧会です。
 ごじぶんのblogに展覧会の記事を書いた方は、ここにトラックバックを送ってくださってかまいません(もちろん、個々の展覧会をとりあげた記事のほうがトラバ先としてふさわしいですが、個々の記事が遅れがちなので)。

 カテゴリーは、あくまで仮のものです。

現代美術
CAI卒業制作展
NANA Iwamoto SOLO exhibition
第7回 千展
IKURI TANAKA うるし作品展
齋藤周 3月の次から
white room

絵画
一水会道展・水光会展
現展北海道支部展
守分美佳展
石垣渉 水彩画の世界展 -流れ-
画業55年 アンドレ・ブラジリエ展
竹津昇・Arcosスケッチ展
前川アキ個展 WATER-SCAPE
藤谷康晴ライブドローイング-呼吸する部屋
mani個展
林教司作品展
佐藤武展 25年の軌跡
藤谷康晴個展 CONCRETE FICTION
第22回北の日本画展(同時開催「北の息吹」)
竹田博展 叫びのバラード
■藤山由香展 Unlimited
櫻井マチ子展

写真
台湾人作家写真展
「日本一名山 あおげば清き利尻富士」村上将示郎写真展
藤女子大学写真部写真展
第5回フォトクラブ光風写真展
札幌学院大学総合芸術研究会写真部卒業制作展
原田玄輝・斎藤市輔・宮本朋美写真展
祈りの先 パキスタン地震
山岸せいじ個展「景」
北海学園大学II部写真部 写真展&卒業展
長倉洋海写真展
原田直樹作品展
札幌にぎわいフェスタ "SAPPORO" PHOTOS...

工芸・クラフト
日本のグラス・アート
齋藤利明人形展
陶工房白うさぎ三人展「うさぎの玉手箱」


第4回御井の會かな書展

複数ジャンル
スネークアート展
学生STEP 卒業展
Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡1979-2007、明日へ
かるたdeコレクション
第6回サッポロ未来展
下町のコレクション展 2
metamoric animal XI wood carving “Tasting”&“BAZAR”
ドラマティック・コレクション
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3月の積み残しです。反省

2007年03月31日 23時22分21秒 | 情報・おしらせ
 まもなく3月が終わろうとしていますが、以下のテキストをまだ書き終えていません。

 関係者の皆様にはおわびするとともに、できる限り早く書いてアップしたいと思います。


■学生STEP主催 卒業展(3月21日終了)
■日本のグラス・アート (3月25日終了)
 07年3月24日、札幌で見た展覧会
■NANA iwamoto SOLO exhibition (3月25日で終了)
■かるたdeこれくしょん ・続き(3月25日終了)
■守分美佳展(3月25日終了)
■ペルシャ文明展 煌めく7000年の至宝 (3月25日終了)
■藤女子大学写真部写真展(3月18日で終了)
■石垣渉 水彩画の世界展 -流れ-(3月18日で終了)
■札幌美術展「街の想い出 私の記憶」(3月18日終了)
 あけぼの開明舎、さようなら

 このほか、31日に見た展覧会(現展道支部展、一水会道支部展)、鳴海伸一展ライブリポートなど
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あす4月1日、樫見菜々子ファンは注目!

2007年03月31日 08時42分18秒 | 新聞などのニュースから
 あす4月1日から北海道新聞の紙面が一部変わります。

 これ、社外の人に教えてもいいのかな。日曜版改め「日曜navi」の第1回の特集は、札幌の若手アーティスト樫見菜々子さんです。
 はっきり言って、破格の大きさです

 道新とってない人はあすから新聞変えるのがいちばんいいのですが(笑)、それがムリな人で、樫見さんの記事がよみたい、という人は、130円持って道新販売店に走りましょう。
 キヨスクやコンビニだと、日曜版(日曜navi)が挟まってないかもしれないので、ご注意。

 あと、日曜naviには、門馬よ宇子さんも登場します。

樫見さんの2004年秋の個展
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■台湾人作家写真展「NIGRA SUM SED FROMOSA」 (3月31日まで)

2007年03月30日 23時51分26秒 | 展覧会の紹介-写真
 フランス語学校のほか、図書室兼廊下の壁面をギャラリーに開放するなど文化活動にも積極的な札幌アリアンス・フランセーズがことし開設20周年を迎えました。以前は、大通公園を見下ろすビルの上にありましたが、現在は狸小路の近くに移転しています。
 ことしは、アジアの写真と文化の紹介に力を注いでいくとのこと。



 今回は、比較的ベテランの世代に属する台湾の写真家にスポットを当てている。

 それにしても、このふしぎな感じはなんだろう、と思う。
 これが絵画のグループ展なら、ちがうモティーフや画風の作品がたとえならんでいたとしても、それが絵画だというだけでなんとなくおさまりがついて、それなりの統一感を保っている。
 また、写真家の個展でも、こういう感覚は受けないだろうと思う。

 しかし、ひとり1-3点の写真が、なんの説明キャプションもなく(題すらついていない)提示されているのを見ると、脈絡のない断片的映像がランダムに明滅する、或る種の夢のようで、どことなく居心地の悪さのようなものをおぼえずにはいられない。
 これはもちろん、この写真展を批判しているのではなく、写真というメディアそのものの持つ、独特のおぼつかない感じについて言っているのだ。

 画像は、DMの、陳健仲の作品。
 周囲を黒く焼きこんだあたりは、北星学園大写真部を思い出す。
 みずみずしい情感とともに理知的な感じがするあたり奈良原一高を思わせるが、なにぶん情報がまったくないので、なにもいえないというのがほんとうのところだ。

 一方、林珮薫は、窓枠、凪(な)いだ海、曇天だけからなる、ごくシンプルな、静けさに満ちた風景を撮っている。
 シンプルな画面ということでは、板壁と配線を撮った洪世総も、近い作風なのかもしれない。
 沈昭良の作品は、白い派手な衣装を着け、ベールで目を隠した女性が、マイクを持って、泣き叫んでいるようなしぐさをした1枚。歌っているのだろうか。場所は、山の近い、壁のない市場のようなところ。女性のすこし後ろに立っているジャンパー姿の中年男性が、この女性にまったく関心を払っていないのがおかしい。
 Christophe Bagonneauの写真は、上半身裸の男性で、顔はフレームからはみ出しているので表情はうかがえない。手前に差し出された腕には白いシャツが掛けられている。注射の直後のような情景だが、ほんとうのところはわからない。
 Jeff Hargroneはヤシの木の列がモティーフだが、ダゲレオタイプを復活させたような不鮮明な写真。
 Agnes Laufierは、抱き合う母子の背後に、火をともすろうそくが何本も立ち、キリスト教の祭壇のようなものも見える。わざとらしくなりがちな覆い焼きも、この写真では母子を浮き上がらせるのに効果を挙げている。

 …といったぐあいで、1点を除きすべてモノクロだという以外には、作風にも共通点がない。
 これらの写真を前にして、何を言えばいいのか、おもわず口ごもってしまうのだ。

  

3月6日(火)-31日(土)10:00-19:00(土曜-18:00)、日曜祝日休み
札幌アリアンス・フランセーズ・ギャラリー(中央区南2西5、南2西5ビル2階 地図B)
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●鳴海伸一展と3月31日のコンサート お知らせ

2007年03月30日 06時21分44秒 | 展覧会などの予告
 最近、活発に発表をつづけている札幌の版画家、鳴海伸一さんが、ほぼ同時期に2カ所で個展を開いています。
 31日には、関連イベントとして、プログレのライブもあります。
 メールからコピペします。

●鳴海伸一展 2会場同時期開催
=3月12日(月)-4月1日(土) 月~金9:00-18:00 (土日は16:00)
STV北2条ビルエントランスアート(札幌市中央区北2条西2丁目)
=3月28日(月)-4月6日(土)10:00-18:00(最終日-17:00)※火曜定休
茶廊法邑 ギャラリー法邑(札幌市東区本町1条1丁目)
2006年後半より制作された未発表作品を展示。 

●鳴海伸一展+特別企画 オープニングパーティーライブ
中坪淳彦+中井明仁+藤沢レオ+鳴海伸一
電子音楽の夕べ ~Electric Journey~

国内屈指の電子音楽家、中坪淳彦が往年の名機アナログシンセサイザーを操り、70年代、プログレッシブシーンを彷彿とさせる一夜限りのライブを開催いたします。代謝の激しい今こそ魂を揺さぶる音の響きを体感してください。
映像クリエーター、中井明仁の参加にあわせ、金属造形家の藤沢レオが電子音楽の夕べの空間を演出いたします。鳴海伸一展会場で音楽、映像、平面、空間が織り成す特別な夕べをお楽しみください。
□中坪さんのサイト http://www.fishtone.com/

日時:2007年3月31日(土) 19:00~ 開場18:45
会場:茶廊法邑(札幌市東区本町1条1丁目)
入場料:2000円(ワンドリンク付)

<お問い合わせ、ご予約、チケット購入>
 茶廊法邑 TEL 011-785-3607 

※ピンクフロイド、キングクリムゾン、タンジェリンドリームなど70年代、プログレッシブロック好きな方、是非ご来場くださいませ。


シリウス通信の関連エントリ
(プロフィルなどがくわしいです)

鳴海さんのサイト
鳴海さんのブログ「CITY SWIMMER」

06年12月の個展
06年8月の「ピエゾグラフ・ピンホール写真展」
06年1-2月の個展
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■佐藤武展 25年の軌跡(3月17日で終了)

2007年03月30日 05時44分15秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 札幌在住で、石狩市厚田にアトリエを持つ画家の佐藤武さんが、還暦を機に、ここ四半世紀の画業を振り返る個展を、時計台ギャラリーの2階全室を借りて、ひらきました。
 記念すべき個展なので、画像もふだんより大きめにしてアップしてみました。

 インドの、無人の広壮な建物をモティーフに、破壊と再生の思いを込めて描きつがれた大作群は、圧巻でした。

 冒頭の画像は、近作の「雨上がり」3点のうちの1点。
 佐藤さんの絵の特徴だった、“建物の崩落の一瞬”の描写は影をひそめ、巨大な石塊が空中に浮遊して、見る者に圧迫感をあたえます。
 下方に描かれた風景はひろがりを増し、「I」では集落が、「II」では川が、「III」では乾燥した大地が、それぞれ題材になっています。
 「いつ落ちてくるかわからない不安のようなもの」
と佐藤さんは、絵の意図を話しておられました。


 つぎの作品は「予感」。
 佐藤さんの今回の出品作の、ひとつの典型を示しています。おなじタイプの絵が、何枚もありました。
 ちょっと画像がゆがんでいて、申し訳ありません。


 この絵でわかるとおり、建物の崩落は、ダイナミックであると同時に、音もなく起きているという印象があります。
 あるいは、崩落中の一瞬間で、時が静止してしまったかのような。
 動と静という相矛盾したものが、何の違和感もなく同居しているのが、佐藤さんの絵の真骨頂ではないかと思います。
 わたしたちの住んでいるところとは遠く離れた世界の出来事でありながら、しかし現代人の心理を反映しているようでもあります。


 つぎは、一転して静けさの世界です。

 キャンバス3枚をつなげた大作「遠い記憶」。95年の作品です。
 手前に大きな池が配されています。これだけ広い水面が登場するのは、佐藤さんの絵ではめずらしい。
 中央の紙片と左右の紙飛行機は、いずれも楽譜です。中央のを見ると

SUITE III violincello
 J.S.Bach

と表題がありました。あの有名な、バッハの「無伴奏チェロ組曲 ハ長調」です。

 画像では見づらいかもしれませんが、画面左上から中央にかけ、空に飛行機雲のようなものがかかっています。
 佐藤さんは東京で何度も個展を開いていますが、ちょうどイラク戦争のころに開催したことがあり、たまたま入ってきた西洋人の若い女性が、「Iraq?」「missile?」と聞いてきて、早口の英語で感想をまくしたてたことがあったそうです。
「こっちは、英語わかんないし、困ったよ。ノー、ノーって言った」
 


 最後に画像を紹介するのは、1984年作の「悠久の大地」です。
 これ、今回の出品作の中で、筆者のいちばんの好みなんです。
 破壊・崩落は、佐藤さんの絵の重要な要素ですが、一方で、この絵のような、おだやかな祈りの世界も、欠くことはできません。
 筆者はこの絵を見ると、言いようのない安らぎをおぼえます。
 まるで、魂が還ってゆく場所のようです。

 佐藤さんは20年ほど前、通り魔に襲われて頭にけがを負ったことがあるそうです。今回展示したような作品世界は、その入院中にひらめいたとか。それ以前は、裸婦を手かげていた時代もあったといいますが、筆者は未見です。
 佐藤さんの世界をたっぷり堪能できた個展でした。
 紹介がおくれたことをおわびいたします。


 出品作は次のとおり。
83年「見張り台」(41×32)
  「予感」(10F)
  「予感」(46×53)
  「記憶」(80×160 三角形)
  「旅愁」(91×91)
84年「秋の詩」(117×91)
  「記憶」(97×146)
  「不安な時代」(73×91)
  「暮れゆく時」(73×91)
85年「真昼の幻想」(112×146)
  「錯覚と停止した瞬間との出会い」(91×117)
86年「春の予感」(97×146)
  「予感」(112×146)
87年「予感」(117×117)
89年「予感」(80F)
91年「不安な時代」(162×162)
  「明」(62×165)
93年「遠い記憶」(30×60)
  「夜の秋」(91×91)
  「停止した時間」(162×112)
94年「記憶」(165×165)
95年「遠い記憶」(162×380)
  「時」(165×165)
98年「都市の記憶」(180×224)
99年「夕暮の寺院」(70×140)
01年「時」(13×6)
  「不安な時代」(130×194)
02年「不安な時代」(181×194)
  「不安な時代」(130×194)
05年「宵」(50×18)
  「不安な時代」(192×95)
  「不安な時代」(130×162)
  「時」(140×70)
06年「雨上がり I」(97×194)
  「雨上がり II」(97×194)
07年「雨上がり III」(97×194)

3月12日(月)-17日(土)10:00-18:00
札幌時計台ギャラリー(中央区北1西3 地図A

05年の個展
03年の個展(画像なし)
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■第7回 千展 (4月1日まで)

2007年03月30日 04時25分57秒 | 展覧会の紹介-現代美術
 全道展会員の画家水野スミ子さん(札幌)の教室展ですが、その圧倒的なパワーには毎年驚かされます。
 メンバーは40-50代の女性。
 100-200号がめじろ押しで、廃品・不用品を大胆にコラージュした作品がならびます。
 この展覧会はぜひ若い人に見てもらいたい。
 とりわけ、チマチマしたものをこしらえている人は、びっくりするんじゃないかと思います。

 今回は、水野さんと赤石操さん、大槻初恵さん、佐藤徳子さん、真田由美子さん、伝法常子さん、吉村千加子さんの7人が出品しています。

 冒頭の画像は水野さん。
 もともと激しいタッチで頭骨などを描いていましたが、とうとうモティーフがなくなり抽象になってしまいました。
 白を基調にしているのは、生徒さんたちが有彩色の作品を多く出しそうなのを見て、会場の全体的な雰囲気を考えてのことだそうです。
 紙と紙の間にひもを挟み、フロッタージュのような効果を出しています。
 指紋のような文様は、公園にある、枝のまるい断面を敷き詰めた遊歩道をこすったものです。

         
 今回、大車輪の活躍の赤石さんの作品です。
 (言い忘れてましたが、今回のグループ展の作品は、大半に題はついていません)
 色とりどりの線は、古い服や布をより合わせたもの。
 ものすごい量の布です。

         
 赤石さんにはこんな作品もあります。
 これも布を、枠にはり渡しています。
 支持体がないので、向こう側の壁が見える、斬新な作品です。

         
 真田さんの作品。
 これも、端っこのほうは、向こう側の壁が見えています。
 くぎを打った木片や、ススキをたくさんはりつけており、ワイルドな感じが漂います。
 真田さんは、キャンバスにガーゼを貼り、その上に木の輪を貼り付けた作品もあります。

         
 佐藤さんは、キャンバスが台形の作品がありました。
 青を主に、激しいタッチ。段ボールもコラージュしているようです。

         
 右側は吉村さんの大作。
 今回も吉村さんは10点と、大量出品しています。
 レモンイエローの太い筆を走らせたように見えるのは、じつはタオルに絵の具をつけた跡。キャンバスにバシバシとたたきつけたのではないかと思ったら、意外とふわっと置いているそうです。弱く置くほど、薄い色になり、下地が透けるおもしろい効果をあげています。
 左下の立体は、伝法さんの作品。

         
 大槻さんの作品も型破り。
 ダンボールで変形の支持体をつくり、その上に不定形に切った発泡スチロール片を重ねて貼った、半立体の作品です。
 この3点のうち1点は、発泡スチロール部分が1ヵ所でとめてあるので、時計の針みたいにぐるぐる回ります。

         
 最後は伝法さんです。
 この画像にはないのですが、左側に、おびただしい梨を描いた水彩画があり、それと同様の絵に描かれた梨を1個ずつ切って、コラージュしたのが、画像の作品です。
 上空から見た流氷原にも、吹き集まった紅葉にも見えます。
 ふつうに丸いかたちに紙を切って、貼ればいいんじゃないかと思うのですが、自然のかたちを流用するのがミソなのでしょう。


 それにしても、ことしも圧倒されました。
 小さくまとまった完成度を求めるのではなく、身体を使って、おもしろいと感じたことに挑戦する姿勢を感じます。

 水野さんは
「搬入に1日かかりました。ここのギャラリーは搬入に時間がかけられるのでありがたい。会場で作る作品もけっこうあるし」
と話していました。 


3月27日(火)-4月1日(日)10:00-19:00
ギャラリー大通美術館(中央区大通西5、大五ビル 地図A

■第6回
第4回
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小ネタ集あるいは冬の終わりの断章

2007年03月29日 06時00分25秒 | つれづれ日録
 仕事がらいろんな人にお会いしてきたけれど
「いままで会った人でいちばんの美人は誰だ」
と問われたら、それはフェイ・レイさんだと断言できる。
 今週で終わるNHKの朝の連続テレビ小説「芋たこなんきん」の主題歌を歌っているシンガー・ソングライターである。
 どんな顔だったか、もう忘れているが。



 電車に乗っていたら、西7丁目で、人形屋佐吉が開店しているのを目撃した

 これが吉兆なのかどうかはわからないが、きわめてめずらしいということは、市電通学・通勤者にはわかってもらえるのではないか。
 いったいどういう店なんだろう。もちろん入ったことはない。気になっている人は、吉井和哉さんや筆者をはじめ、大勢いると思う。



 SOSO Cafeで、丸岡慎一『筆洗バケツの住人』展を見た。

 なんだかウチの娘みたいな絵だナー、と思う。
 でも、大人が子どもの絵を描くというのは、じつはとてもむずかしい作業なのだ。
 ピカソだって「わたしは子どものような絵を描けるようになるまで数十年を要した」みたいなことを言ってるし(原典が見つからない…)。

 筆洗バケツ。
 子どものころ、図画工作の時間中に、バケツの中の水の色が、筆を入れるたびに変化するのを見るのが好きだった。
 1度だけ、その水がとてもきれいなエメラルドグリーンになったことを、よくおぼえている。
 その色を再現しようと、いろんな色を混ぜたり、水を取り替えたりしたけど、うまくいかなかったことも。



 壁面いっぱいに描かれた絵のなかのパンダを見ながら紅茶を飲む。
 小さな角砂糖をふたつ入れる。
 ふだんは砂糖なんて使わないのに。
 甘いものがほしい、ということは、疲れてるのかな。

 「風に語りて」(King Crimsonのファーストアルバムに入っている曲)のカバーが流れていた。



 それにしても、執筆途中のエントリがまだ14本も残っている。
 早いとこ、書き上げねば。
 夕張ネタが続いたので、息抜きにと思って書いたけど、こんなことしてる場合じゃないな。
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鉄って軟らかい 工房オープン前に公開 室蘭(1月20日)

2007年03月28日 22時42分15秒 | 新聞などのニュースから
 1月21日の北海道新聞道央版から。

 【室蘭】街なかで市民や観光客が鉄の加工などを体験し、彫刻家が鉄工芸品の創作を行う工房が新年度、室蘭市輪西町にオープンする。20日はプレオープンとして、商店街や市の関係者らに工房を公開、鉄の小物作りを体験してもらった。

 室工大、室蘭市と、人気のボルト人形「ボルタ」製作などに取り組むまちづくり団体「てつのまちぷろじぇくと」の三者が共同で開設する。国の「地域雇用創出のための知の拠点再生推進方策検討調査」の認定を受けて進める、「『鉄のまち』のものづくりまちなか再生推進調査」の社会実験。

 工房は約100平方メートルで、同町の家具店倉庫内に設けた。室蘭出身の鉄の彫刻家、坂本正太郎さん(39)が昨年12月から創作の場を札幌から工房に移し、準備を進めてきた。坂本さんは今後、加工体験の講師役も務める。

 この日は約20人が参加。鉄の棒を曲げて丸い台に溶接し、高さ10・ほどのはがき立てなどを作った。坂本さんは「鉄は硬いイメージだが、少し手を加えれば自由に形を変えることができます」と説明。直径約1センチの丸棒を坂本さんがバーナーで熱し、参加者はそれっを三角形にしたり、ねじったりと思い思いに曲げていった。参加者からは「(鉄は)こんなに軟らかいんだ」と驚きの声が上がった。

 今後、市民や観光客向けの体験メニューを準備し、新年度の本格オープンを目指す。(以下略)


 坂本さんは、昨年の北海道立体表現展に出品したり、国松希根太さんとの2人展を室蘭でひらいたりするなど、活発に発表していますが、こんな活動にもとりくんでいたんですね。

 室蘭は、北海道を代表する鉄のマチ。ですが、どうしても産業面のことばかり強調されきてたように思います。
 このように、美術とのかかわりに目が向くのは、歓迎したい傾向です。

 道内には、坂本さん以外にも、鉄を素材として制作にたずさわっている彫刻家がいます。そういう人もまきこんだ動きが出てくればもっとおもしろいと思います。
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■画業55年 アンドレ・ブラジリエ展 (4月1日まで)

2007年03月28日 00時40分27秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 某所でタダ券が手に入ったのでさっそく行ってきた。

 チラシには
場内混雑の場合はお待ち願うこともございます。

とかかれていたが、筆者がおとずれたときは、会場には3、4人ほどしかいなかった。

 また、チラシの紹介文の書き出しは
1929年、フランスの中西部アンジュー地方ソーミュールに生まれたアンドレ・ブラジリエ氏は、現代フランス絵画を代表する画家のひとりです。
とある。
 これは、どこまで真実なのか。

 美術の歴史の本などをひもとくと、戦後フランスの美術家として、イブ・クラインやデュビュッフェ、フォートリエなんかの名がよく挙げられているけれど、ブラジリエのことについてふれた書物は、管見では目にしたことがない。

 ブラジリエ氏は、ワイズバッシュ氏やカトラン氏などと同様、
「三越における巨匠」
「日本の画商における巨匠」
ではないのか。

 …なーんて書くと、いかにもいやみか皮肉みたいだが(そして、そういう意味合いをいくらかふくんでいることをかならずしも否定はしないが)、しかし、世の中の美術ファンには、最先端の現代美術ばかりではなく、「ふつうの絵」に興味関心のある人もおおいだろうから、そういう「ふつうの絵」についての情報がまったくと言っていいほど海外から入ってこない現状はいかがなものか、という気持ちも、いくらかはあるのだ。
(こういう現状だから、スギ氏の絵をだれも知らず、結果的に和田某の跋扈をゆるしてしまったのだ)

 つまり、フランスにも、現代美術業界とは完全に別に、二科展とか日展みたいな業界があって、そういう業界ではきっとブラジリエ氏は「現代フランス絵画を代表する画家のひとり」なんだろう。

 いま、二科展の名が出た。
 筆者は、会場に入って、最初のほうにある「パレード」や「カフェ」といった、1950-60年代の作品を見て
「わー、二科みたいだ」
と思った。

 しかし、よーく考えると(よく考えなくても)、これは順番が逆だ。
 ブラジリエが上野の美術館くんだりまで来て二科の絵に影響されたという可能性はほとんどあるまい。二科に、ブラジリエに影響された画家がいるのだろう。
 道内関連で画風がわりと近いのは全道展の長谷川忠男さんとか渡邊真利さんあたりかな。

 でも、二科っぽい雰囲気なのは最初だけ。
 あとの時代になるとどんどん省筆がすすむ。
 悪く言えば「手抜き」で、草原と空を題材にした「タルドゥノアの平原」なんて、数色の帯を配置して、1時間で描きおわりそうだし、「赤いかごを持ったマキシム」など、制作途中でせっかちな画商が持ち去ってしまった絵としか思えない。
 だが、後年の梅原龍三郎と同様、これは、少ない要素でも画面をなりたたせている、と見るべきなのだろう。

 ちらしや入場券に印刷されている「夕暮れの疾駆」(2002年)なんかも、少ない色数を効果的に配している。ちょっとラフなタッチも、画面に動感をあたえている。
(この絵では、空は藍色というよりすみれ色なのだが、ちらしやチケットの印刷では微妙な色がいまひとつ出ていないようだ)
 色もモティーフも少ないのに、画面はゴージャスなのだ。
 これに似た配色の絵でいうと、「バラ色の光明」なんて、ほとんど抽象画だ。

 また「青い時」は、海沿いで婦人が本を読んでいる縦長の1枚で、これも白、青の濃淡、バラ色だけで成り立つ同様の配色だが、ふしぎな魅力が感じられた。
 なにより、婦人の右側にそびえたつ群青の柱がふしぎなのだ。これは糸杉かなにかだろうか。
 また、空にバラ色の筋がひかれているのは、飛行機雲なのだろうか。
 婦人の右胸にバラのコサージュがついているのが、ニクイ配色の妙だ。
 この人はなにをよんでいるのだろうか。やっぱり山口百恵の自伝だろうか(←絶対ちがうって)。

 もうひとつ、「真夜中の水浴」も妙に心ひかれる。
 暗い中、2人の裸婦が岸に立ち、すでに4人の裸婦は水の中に入っている。
 じぶんがアングル-セザンヌとつづく系譜の嫡子であるということを、画家が宣言している作品だと、思えなくもない。

 ブラジリエの特徴は、白をそのまま画布に塗ることも、そのひとつ。
 一見、キャンバスの塗り残しかと思うぐらい、チューブから出したままをいっぱいに置く。
 そして、裸婦の肌も、それに近い白さに輝いている。

 ともあれ、ブラジリエといえば、ふだん目にするのは圧倒的に版画が多いので、83点のうち大半が油絵(ほかに水彩、陶器、タピストリー)というのは、単純に、貴重な機会といえるのかもしれない。


07年3月27日(火)-4月1日(日) 10:00-20:00 入場は30分前まで(最終日は-18:00)
三越札幌店(中央区南1西3 地図B)
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■Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡1979-2007、明日へ(4)

2007年03月27日 23時30分20秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル
(承前)

 館内の一角にある市民ギャラリーでは、比志恵司さんと松原攻さんの2人展がひらかれていた。
 比志さんは例によってほわーんとした抽象画。
 松原さんは水彩で、ほとんど点描といっていいぐらい、色の置き方が細かい。

 この市民ギャラリーの利用額は1日1000円らしい。
 札幌とくらべると破格の安さだが、条件がちがうので単純に比較はできないだろう。
 このギャラリーも、新年度から、どうなるのだろう。

 上木館長とお話をする。
 美術館の建物はもともとボウリング場で、すでに築40年近くたっているので、ここ数年は、維持管理がいちばん頭を悩ませる問題だったという。
 暖房は何度も修理しているし、天井の高いところにある蛍光管の交換も大変だったそうだ。

 展覧会には計4500人近くが入場した由。

 気になる新年度の体制だが、加森観光は、ゴールデンウイークから半年間だけ開けて、あとは閉館とするつもりという。
「冬場は暖房を入れてくれるので、所蔵品にとっては助かった」
と上木さん。

 もっとも、上木さんは清水沢支所に異動になるし、学芸員の源藤さんも市教委にひきあげてしまうので、館に市職員は誰もいなくなる。(これは、加森側にとって、誤算だったフシがある)

 加森側には、美術館運営のノウハウはないだろう。源藤さんが折にふれ助言していくことになるのかどうか、新しい体制はまだ固まってはいないようだ。

 上木さん、いろいろありがとうございました。


 筆者としては、これまでどおり、美術館らしい企画展を年1、2度はひらいてほしいと思う。
 しっかりした展覧会をひらいて、図録を編み、そしてパネルディスカッションやワークショップといった関連の催しもおこなうのが、美術館ってもんだろう。
 しかし、観光施設という位置づけなら、炭鉱の絵をずーっと架けっぱなしにして、あまり一般になじみのない抽象系の絵などは所蔵庫に放り込んでおくことになるのかもしれない。まあ、いまからあまりあれこれ想像しても始まらないのかもしれないけれど。

(この項、いちおうおわり)
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■Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡1979-2007、明日へ(3)

2007年03月27日 22時32分28秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル
(承前)

 つづいて「応援作家展」。
 美術館が、夕張ゆかりの作家や、同館でかつて展覧会をひらいた作家などに協力を呼びかけたところ、多くから快諾の返答を得た。
 また、独立展・全道展のベテラン会員、竹岡羊子さん(札幌)が、道新の事業局長とともに同館をおとずれ、なにか協力させてほしいと申し出るなど、輪が広がり、80人規模になったという。

 その結果、さまざまな傾向の、わりあい小さいサイズの作品がずらりとならぶ、独特の空間が出現した。
 大作がめじろ押しの公募展会場とも、ギャラリーたぴおのグループ展ともことなる、なんとも不思議かつゴージャスな空間なのだ。
 しかも、出品者の多くは、道内の第一線で活躍中の作家たちだ。

 道内作家ばかりのなかで、1人だけ、東京の、しかもけっこう著名な現代美術作家がいた。
 秋山祐徳太子。
 一般的には、「政治のポップアート化」を掲げて東京都知事選に2度立候補して落選した人物ということで知られているかもしれない。
 ブリキのオブジェや、赤瀬川原平・高梨豊と結成したライカ同盟も有名だ。
 会場には作品もあるが、その横にある朝日新聞のインタビュー記事が笑える。
 「グリコ」ならぬ「ダリコ」と赤く染め抜いたTシャツを着た本人の写真の横に、
「走れ! 夕張、大逆転!」
とサインされている。
 冷静に考えると、なにが大逆転なんだかよくわからないのだが(笑)、この手の激励もときにはいいんじゃないかと思う。クレージーキャッツの、
 金のないやつは俺のとこに来い。おれもないけど心配するな
-というのを思い出してしまった。わははは。

 秋山氏が今回出品しているのは、同窓(武蔵野美術学校=現武蔵野美大)の池本良三さんのつながりである。
 池本さんは苫小牧在住、全道展会員。
 以前、名刺をいただいたら、肩書に、自由人とあった。おもしろい方である。
 今回は「進め! 夕張(三銃士)」という小品の絵画を出品している。

 長谷川裕恭さんの作品も好きだ。
 厚みのある板の両端にひもがついて、ゲーム盤にもそりにも見える、箱状の立体だ。
 盤の上には、かぎ形や凸の字の形などをした色とりどりの木片がならび、赤い三角形の小さな旗のついた長い棒を手にした3人の人形が立っている。
 箱の側面には
「KIBOU」
「FOR YUBARI 2007」
と書かれていて、この作品が、夕張のために制作されたことを物語っている。
 長谷川さんは、日高管内平取町で(たぶん)学校の先生をしながら、いかに「彫刻らしくない」チープな素材で彫刻を作りだすか-ということを、一貫して追いつづけている。
 その姿勢は、あるいは、夕張のこれからに役立つかもしれない。

 応援作家展のコーナーの入り口で目立っていたのは、田中まゆみさんの立体「MEMENT-MORI」。
 いつものビデオモニターは無し。大きな卵が割れて、中から小さな卵がどっさり姿を現す-という作品だ。
 題名こそ「死を思え」だけど、作品それ自体は、再生を強く感じさせる。

 澤口紗智子「Line of sight in 旧夕張市立清陵小学校」
 閉校となった学校の教室の黒板に白墨で線を引き、それを写真に撮ったもの。
 コンセプト的には、先日のコンチネンタルギャラリー(札幌)での2人展とよく似ているが、こっちのほうが断然おもしろいと思う。 
 たぶん、じぶんの閉域にこもって線を引いてるよりも、外界に飛び出して線を引いたほうが、有意義な作品ができるんじゃないかな。
 
 作品リストにはないが、堀江隆司さんが「ズリ飛礫」という、市民文化祭の参加者と共同制作した作品を出している。
 夕張の現状に対するやり場のない怒りを表現したもの。遠くから見ると、ジャガイモが床にごろごろところがっているようだ。

 渡辺俊博「雪かきはハッピィ」
 夕張出身のイラストレーターの作品。道新の夕刊1面でも紹介されていた。
 炭住の雪かきを大勢で手分けしてやっている情景で、じつに細かい。絵のすぐ横にルーペが用意されていた(笑)。
 じっさいの雪かきは、こんなに楽しくないんだけど、なんだか心があったかくなる1枚。

 ほかにも、岡部昌生「夕張の子どもたち」は本展覧会にうってつけの作品だし、野又圭司「グローバリズムの暴力」は、大きなバージョンが夕張で初めて発表されたものだ。

 夕張と直接関係なくても、ブランクーシばりにシンプルな金属彫刻(米坂ヒデノリ「鳥」)、ユニークな陶芸オブジェ(林雅治「二つの重なった円筒」)、いつもと作風をがらりと変えて写実的な花の絵(高橋要「うすいオレンジのある水仙」)など、とにかくバラエティーに富み、飽きない展覧会だった。


出品作家は次のとおり。

秋山祐徳太子、有村尚孝、池本良三、伊藤光悦、今荘義男、江川博、大久保正義、小笠原実好、金子賢義、鎌田国子、日下康夫、小林和拓、清水章子、菅野充造、杉吉篤、高橋利蔵、竹田博、千葉邦子、堂間タマ子、中矢勝善、野口裕司、野崎嘉男、藤野千鶴子、真下紗恵子、三国丈、門馬よ宇子、横山隆、渡辺俊博、
荒井善則、
岡部昌生、
澤口紗智子、中川潤、真野朋子、ヨコタフミコ、
藤根凱風、中野層翠、我妻緑巣、山田太虚、三上山骨、三上雅倫、
天野澄子、中川晃、西山亮、
阿部俊夫、泉修次、國松明日香、首藤晃、鈴木吾郎、田中まゆみ、田村陽子、仲嶋貴将、楢原武正、二部黎、野又圭司、長谷川裕恭、林教司、藤本和彦、M.ババッチ、山岸せいじ、米坂ヒデノリ、
石山俊樹、石山幸子、大野耕太郎、尾形香三夫、鈴木勝、林雅治、堀江隆治、
花田由美、
阿部典英、川本ヤスヒロ、岸本裕躬、笹山俊弘、高橋要、竹岡羊子、玉村拓也、デュボア康子、中川克子、長谷川忠男、波田浩司、藤野千鶴子、村本千洲子、渡會純价
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■Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡1979-2007、明日へ(2)

2007年03月26日 21時30分28秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル
(承前)

斎藤清「初夏の舞」「さつきの会津」「地の幸(3)」「霊峰夕映え」
 会津生まれの世界的な木版画家も、幼少時は夕張に住んでいた。
 筆者は、雪景色とか古い町並みという印象があるのだが、「霊峰…」など、なかなかシンプルでモダンな作品だ。
 

泉秀雄「夕張発電所」「菊の花」
白江正夫「朔北(ノシャップ)」
 小樽在住の 道展会員で、ベテラン水彩画家。
 この作品は、2003年に市立小樽美術館で大規模な回顧展がひらかれたときには出品されていない。
 鉛色の曇り空、青と茶のトタンの描写などを通じて、北国の冬の厳しさがつたわってくる風景画の佳作だと思う。


森熊猛「戦陣訓」「総理大臣明治の譜」「大正時代総理大臣列伝」「総理大臣曼荼羅戦後譜」「昭和事件伝」
 2004年に95歳で長逝した夕張出身の諷刺漫画家。同年、この美術館で回顧展がひらかれている。
 「戦陣訓」は、末端の兵士が死ぬほどに勲章が増える上官を描く。痛烈な皮肉がこめられている。
 戯画的な似顔絵が多い中で、「昭和事件伝」の山宣(山本宣治)だけはシリアスな表情をしている。やはり、治安維持法改悪にほぼひとりで反対し、右翼の凶刃に倒れた代議士は、ちゃかせなかったのだろう。

渡辺俊博「夕張スケッチ」
熊谷知之「風のNAVI」
大宮健嗣「原野(風)」
藤野千鶴子「宙’94-2」
 藤野さんは札幌在住で、美術文化協会と新道展の会員。
 抽象画では道内を代表する存在のひとりだと思う。
 ふつう、年を重ねると、画面は大ざっぱになるものだが、この人の場合、近作のほうがはるかに細かい。
 十数年前はこんなに大まかな絵を描いていたとは、知らなかった。

よしだつとむ「○」
 墨象というか前衛書のような単色の絵画やインスタレーションを札幌で発表し、作風もご本人の容貌も仙人のような人だったが、そういえば最近とんと見かけない。お元気なんだろうか。

渡辺晃一「Five message from ADAM」
 おなじ大きさの、縦長の5つの支持体からなり、それぞれ別のアプローチで人間存在の根源に迫る力作。左端のキャンバスはエックス線写真、次いで油絵が2点、石膏の半立体、シルエット…で表現されている。
 男性は、イエスではないのに、はりつけにされているように見える。
 アダム、はりつけ…と連想していくと、筆者なんぞはすぐに、セントラルドグマの地下にロンギヌスの槍…と話があらぬ方にそれていくので困ります。でも、これ、80年代の作品。
 渡辺さんは福島大の教授。現代美術、絵画の制作とともに、「絵画の教科書」を編さんするなど美術教育にも力を入れている。

http://www2.educ.fukushima-u.ac.jp/~koichiw/index.html

江川博「冬の時代」
坂本順子「真谷地の魚」
 昨年55歳で亡くなった、アッサンブラージュや抽象画の作家。
 たぶん、夕張・真谷地でひろった何かを貼り付けて、エイのようなかたちに見せているのだろう。
 重厚な表現の人だったけれど、このかたちはどことなくユーモラスだ。


山内壮夫「労働のモニュメント」
 1907年岩見沢生まれ、75年歿の彫刻家による浮き彫り。
 もともと夕張の労働会館にあったものという。
 こういう、団結ガンバロー的というか、日本における社会主義への道的というか、労働者と農民は手を携えてブルジョワジーの支配を打ち砕け的な雰囲気というのは、いまの日本ではどんどん忘却されている。
 戦後いまほど、生活苦に追いやられているプロレタリアが増えている時代はないのにね。
 それはともかく、この彫刻家の姓は「やまのうち」というはずだが、このレリーフには「YAMAUTI」とサインがしてある。
 本人もどっちでもよかったんだろうか。


07年2月11日(日)-3月25日(日) 月曜休み(2月12日は開館)、2月13日・14日・3月22日も休み
10:00-17:00
100円(高校生以下無料)

(この項つづく)
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■Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡1979-2007、明日へ(3月25日で終了)

2007年03月26日 21時29分39秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル
 やっと美術館に着いた。
(われながらバスの話、長すぎ)

 新年度から加森観光に運営が引き継がれることがきまっている夕張市美術館の、市立としては最後の美術展。
 前半の3月4日までは「所蔵作品に息づく夕張」、後半3月7日からは「夕張の風土が培った作家たち」と題して展示替えを行い、所蔵品を紹介。
 さらに、全会期を通して「夕張応援作家展」を同時開催。同館とかかわりのあった画家・美術作家を中心におよそ60人が自作を持ち込んだ。

 きっちりと決まったものではないけれど、かつての炭鉱を描いたなつかしい絵はおもに前半に、夕張ゆかりの作家による抽象的な作品は後半に、それぞれ展示されているということのようだ。


 「夕張の風土が培った作家たち」展の出品作は次のとおり。

佐藤忠良「母の顔」「夕張スケッチ」(同題2点) 「帽子の女」「座する女」「ダンサー」
 日本を代表する具象彫刻家は、生まれは宮城県だが、少年時代を夕張で過ごした(札幌二中=現札幌西高=の出身)。
 「母の顔」は、会場の入り口に展示されたブロンズの首。1942年の作。
 慈愛に満ち、どことなくさびしげな表情が印象的。まさに「母なるもの」の本質を抽出したかのような佳作だと思う。
 悲しみを感じさせるのは、息子を兵隊にとられたせいじゃないかとも感じたが、これは深読みのしすぎか。
 「夕張スケッチ」「座する女」「ダンサー」はデッサンで、「帽子の女」は銅版画。「夕張スケッチ」は1998年の作品で、おそらく夕張市美術館で個展がひらかれたのを機に訪れた際に描いたものだろう。
 このとき忠良さんは1時間半の講演を立ったまま行い、筆者は
「こんな明治生まれがいるのか!」
と驚いた記憶がある(さすがに最近は足腰が弱ってきているらしいけど)。


桑原翠邦「遠心」
藤根凱風「暁鶯啼遠林」
原田青琴「伊都内親王願文」
千葉雅舟「風信帖」
水野良子「和歌(土御門院)」
安藤小芳「華」
我妻緑巣「西島麦南の句」
藤根星洲「桂花露花」「翰墨生涯」「淡遠」
石垣芳洲「創作」
 会場に入ってすぐの部屋は、書のコーナー。
 このうち藤根星洲さんは、長く夕張の学校で教鞭(きょうべん)を執り、道内を代表する書家のひとりだった人。同館にもかなりの所蔵品がある。
 昨年9月には、札幌・スカイホールで大規模な回顧展もひらかれ、「翰僕生涯」はそこで見た。いかにも漢字の臨書に力を注いだ書家らしい、素朴で、てらいのない筆致である。
 ほかの書家は、星洲の息子の凱風氏はともかく、夕張とどういうつながりがあるのか、わからない。


大黒孝儀「薪挽き」「夏帽子」
 戦後、夕張美術協会の再建を担った画家(1907-94年)。
 「夏帽子」は、画架に展示されていた。板に油彩で描かれた少女の肖像で、1934年作と思えぬくらい、ハイカラでやさしい。

小林政雄「捨石の山(ズリ山)」
 1917年生まれ、札幌在住。
 画面を斜めに横断する何本もの黒く太い輪郭線がダイナミック。
 風景を力強く再構成する-という問題意識は、このころ(56年)からあったのだな。

畠山哲雄「春先の山」
 こちらは99年に亡くなるまで夕張に住み、一貫して夕張の風景を描き続けた。出品作は61年作。全体が左側にかしいで、動感を表現している。重なり合うズリ山はピラミッドのようで、往時の夕張の活気がつたわってくる。

木下勘二「旗とランプ」「水上の椅子」
 木下さんも故人。「水上の椅子」は、縦位置の大作で、その名のとおり、水面の上に、アップライトピアノでつかうような黒い椅子がある。シンプルな画面構成だが、上空の半月と、水平線上にうすくのびる地面が、絶妙のアクセントになっていると思う。

遠藤都世「北辺№2」
土屋千鶴子「脱兎」「牛と人」
 土屋さんは全道展会員で、いまも夕張在住。
 「脱兎」は93年、「牛と人」は80年の作で、近作より色数が多い。それも、やたらと多い。

比志恵司「ひとりA」「へらへら」「北の凝虫」「トンボ」「アマリリス」
 比志さんは新道展会員で、やはり夕張在住。
 雲が浮かんでいるみたいな、ほわーんとした曲線が持ち味の比志さんだが、「ひとりA」(74年咲く)を見ると、かつては暗い、表現主具的な絵を描いていたんだなあとおどろく。短い間隔で神経質な線が何本も画面を横切る。手前の人物のしぐさは、ムンク「叫び」を連想させる。

松原攻「6月の空」
 松原さんも夕張在住。かつては新道展に出していたが、現在は無所属。

今本哲夫「蒼の行進」
 今本さんは札幌在住、新道展会員。
 これは69年の作で、いまは大まかな風景画を描く今本さんも、かつては抽象だったんだなあ。ただし、画面に出てくるのは緑、すみれ色、黒で、蒼はつかわれていない。
 
(長くなってきたので、別エントリにつづく)
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夕張へ 札幌急行線(1)

2007年03月25日 18時21分19秒 | つれづれ日録
 3月24日、夕張に行く。

 財政の苦しい夕張市を助けるためには、夕張に本社のある会社に、少しでもカネを落とすようにしたい。
 そう思って、夕鉄バスの札幌急行線に乗った。

         

 というのは建前で、要は、札幌急行線に、ずっと前から全線通しで乗りたかったのだ。

 札幌(大通西3丁目)と夕張を1時間40分で結び、1日8往復。

 まさに、夕鉄バスの「フラッグシップ」とでも形容すべき路線なのだ。


 そもそも「急行」という響きが良いではないか。
 現代は、都市間高速バスがたくさんあるが、あれは、大都市と地方都市をとにかく短時間で直結させるのが優先事項であり、その中間の過程は知らないよ-という、はなはだビジネスライクな乗り物である。

 しかし、急行バスは、あくまで路線バスである。ただ、停留所はいくつか通過していく。
 札幌急行線の場合、途中の中央長沼で乗って由仁駅前で降りる、なんてことも可能だ。

 列車の世界でも、現在道内で「急行」を名乗っているのは「はまなす」しかない。
 ひたすら速度を追求する新幹線や特急と、普通列車・路線バスとの狭間にあって、急行とは、すでに時代遅れの存在なのかもしれないが、だからこそ、急行を掲げた路線を堂々と会社の時刻表のトップに出している夕鉄バスの姿勢が、好ましく感じられるのだ。

         

 筆者が最初に札幌急行線に乗ったのは1970年代の前半である。
 当時、白石方面に用事があり、地下鉄東西線が開通していなかったこともあって、国道12号を走るバスに何度か乗ったものだった。

 たいていは国鉄バスを利用したが、1度か2度、夕鉄バス札幌急行線に乗った。

 車内に足を踏み入れると、革のかばんをさげた車掌さんが来て、行き先を聞く。
 「白石中央まで」
と言うと、代金と引き換えにきっぷをくれる。
 さすがに70年代に入ると、車掌の乗務するバスは少数派になっており、めずらしく感じられたものだ。

 しかし、なにより札幌急行線で胸がときめいたのは、全席ロマンスシート(2人がけ)で、しかも最前列が、フロントグラスのすぐ後ろにあったことである!
 バスのいちばん前は、ワンマンならいうまでもなく乗降口だし、車掌のいるバスでもバケツかなにかを置くスペースになっていることが通例で、かぶりつきで車窓風景を楽しめるバスは、札幌急行線以外にはなかったのだ。

 「東橋」とか「西白石」といった、ふだんはいちいち停車していく停留所を、ほとんどすっ飛ばしていく韋駄天(いだてん)ぶり。
 そのバスの、いちばん前の列を、白石中央で離れなくてはならない悔しさ。

 札幌急行線を全線通して乗るというのは、三十数年来の夢だったのである。

(この項つづく)
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