北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

2018年8月の主な展覧会

2018年08月31日 23時59分59秒 | 主な記事へのリンク
 2018年8月に、道内で開かれたおもな展覧会の記事へのリンクです。
 書き終わっていないエントリには、まだリンクがはられていません。

 ■は、エントリ更新時点で終了しているもの、■■は終わっていないものを示します。

 カテゴリー分けは厳密なものではありません。
 随時更新します。

 本来なら8月のうちにアップしておかなくてはならないエントリでした。遅れたことをおわびいたします(投稿日時は人為的に調整してあります)。


現代美術
阿地信美智展 Egoist


絵画
≪室内風景≫を巡る、これまでとこれからー神田日勝記念美術館 開館25周年記念展
森ヒロコ・スタシス美術館の特別開館
西辻惠三展 こころ模様―第2章
齋藤周個展「継ぎ」
石垣渉展~水彩画の世界~
「北の海」厚田アクアレール第4回水彩画展


写真
神成邦夫展 Surface HOKKAIDO
橋本つぐみ写真展「幸福を選む」


工芸
辻徹と漆工房 器而庵の手仕事


複数ジャンル
第47回 札幌文化団体協議会フェスティバル
いのちのかたち…かもしれない 2018
芸術団Jam. 29
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■≪室内風景≫を巡る、これまでとこれからー神田日勝記念美術館 開館25周年記念展 (2018年6月12日~9月2日、十勝管内鹿追町)

2018年08月31日 21時14分09秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(長文です)

 神田日勝(1937~70)は北海道美術史に残る洋画家であり、「室内風景」は彼が最晩年に残した代表作である。
 その代表作をめぐる最新の研究成果を明らかにした、きわめて意義深い展覧会であり、私見では今年のベスト5に間違いなく入ると思う。

 「室内風景」は、新聞紙がびっしりと三方の壁に貼られた部屋に、人物が一人膝を抱えて座るという、異様ともいえる光景を描いており、一度見たら忘れられまい。
 彼の名が多少なりとも道外で知られているとすれば、「室内風景」が独立展(独立美術協会主催)に遺作として展示され、詩人・美術評論家の宗左近が紹介したことがきっかけであろう。
 道立近代美術館に1977年の開館と同時に収蔵された。神田日勝記念美術館に展示されるのは、5年ぶりのこととなる。

 ところで、この異色作の発想を、神田日勝はどこから得たのか?

 それについて徹底的に調べる美術館の姿勢は、まるで探偵のようであり、そここそが今回の展覧会の見どころになっている。

 影響の元として近年クローズアップされているのが、海老原暎さんの絵画「1969年3月30日」である。
 日勝の知人だった画家で、いまは後志管内俱知安町にアトリエを構えている徳丸滋さんがこの絵を見たと、前館長の菅訓章さん(故人)に伝えた上で、講談社のシリーズ「現代の美術」に収載されている作品の図版を見せたのがきっかけで、なんと菅さんは生前、伊豆のアトリエに海老原さんを訪ねている。
 今回は、くだんの「1969年3月30日」が初めて道内で展示される、というのが、目玉のひとつになっている。

 この絵は、同日付の毎日新聞から1面や「都内中央版」、日曜版など9ページを選んでそのまま写生した作品。
 筆者は念のため、当時の毎日新聞縮刷版を後日開いてみたが、たしかに絵画とおなじであるようだ。
 東大闘争など全国に学生運動の嵐が吹き荒れていたころだが、とくに大きなニュースの直後ではなかったようで、1面トップは
「テレビとFM 教育に活用を 社会教育審が答申 “放送大学”の構想」。
 2番手は「都の一兆円予算成立」。
 3番手は「女子従業員五人死ぬ 新宿でトルコぶろ火事」で、火災現場の写真が大きく載っている(「トルコぶろ」という語に時代を感じる)。
 絵の左下で描かれた社会面は、その新宿の火災の関連記事がトップ記事で、かなりの面積を占めている。

 日曜版が写生されているのは、当時の新聞でカラー印刷だったのが、日曜版だけだったという事情があるだろう。
 魚が群れ泳ぐ水中写真や、サントリーウイスキーの全面広告などが目を引く。

 なお、これはこの絵についてだけでなく、新聞一般に言えることなのだが、「3月30日付」の新聞に載っているのはほとんどが「3月29日」の出来事である。だから、この「1969年3月30日」という題も、考え始めるとけっこう奥が深いのである。

 一方、日勝の「室内風景}。
 
 海老原さんの絵が、実際の紙面を貼ったように紙のしわやたわみも忠実に描いているのに対し、紙の物質性はあまり強調されていない。 

 しかし最大の違いは「室内風景」に描かれている新聞が、実在のものではないということだ。

 絵に添えられた解説には
「新聞には日時や社名が入っていますが当時のものとは合致せず、虚構のものであることがわかっています」
と明記されているのだ。

 実際の新聞の通りではないだろうーというのは、前から薄々感じていた。
 見出しの配置や、記事の段数など、紙面整理の常道ではあり得ない例が散見されるからだ。
(たとえば、絵の中の昭和45年8月8日の北海道新聞夕刊は6段組みの紙面になっているが、こういう段組みは存在しない。8段、10段、12段、15段=全段=のいずれかと決まっている)
 虚構であるなら、「疲れて困るよ!」という広告の中のことばは、ひょっとすると日勝の心の声かもしれないと思い、胸が痛む。
 中央に、生きた人物を配したため、やはり見る側に迫ってくる迫力では、日勝に軍配を上げたい気持ちになる。


 新聞をめぐる細かい議論が続いたが、この展覧会では「室内風景」に至る過程という位置づけで、「画室」のAからEまでの5点と、題が同じで内容が異なる「室内風景」も並べている。「画室 D」「画室 E」は道立帯広美術館、「室内風景」は道立近代美術館の所蔵品で、いずれも横位置。
 このうち、同名の「室内風景」は、新聞や小型テレビ、SONY製ポータブルラジオ、雑誌の束などが描かれており、有名な「室内風景」の、まさに前段階の作といえることができるだろう。「室内風景」は「情報化社会の暗喩」である-という議論は以前からなされてきたからだ。
 この6点を並べてみると、絵の具の缶が並んで色彩の多彩さが強調されている初期作から、情報化社会を暗示した後期作までの推移がみえてくるようだ。

 今展では「画室」シリーズの元ネタとして、美術雑誌「みづゑ」736号(1966年1月号)の「フォトインタビュー 山口薫」のグラビアを挙げている。絵の具の缶が並んでいるというところが共通点だ。


 このほかにも興味深い指摘がいろいろあった。
 「室内風景」がテーマのため、開館以来、いちばん良い場所に架けられてきた遺作「馬」は、「室内風景」に場所を譲って、はじめて中二階の展示コーナーに移動していた。
 その「馬」についても、馬が室内にいる不思議な光景を書いた最晩年のスケッチなどが展示され、もし日勝にもっと長い寿命が与えられていたらどんな画業の展開を見せたか、興味深く感じた。
 スケッチといえば、室内で座り込む人物像の変遷なども説明されていた。

 さらに、開館25周年記念ということで、歴代の企画展のポスターも並んで貼られていた。

 
 というわけで、非常に盛りだくさんな内容だった。
 かつて「早世の農民画家」という文脈で語られてきた神田日勝が、同時代の美術や社会の動向に対して予想を上回る敏感さで反応していたということがよくわかった。
 画家を時代の中に位置づけ、顕彰をアップデートしていくという、個人美術館のあり方を、地味ながらもしっかりと提示した展覧会だと思う。
 惜しむらくは図録がないことで、紀要や小冊子で良いから、展覧会の成果を何らかの形でまとめてほしいと思う。


2018年6月12日(火)~9月2日(日)午前10時~午後5時(入場~4時半)
神田日勝記念美術館(十勝管内鹿追町東町3)





関連記事へのリンク
「室内における人間像~その空間と存在」―神田日勝の『室内風景』の内奥へ (2013、画像あり)
神田日勝・浅野修 生誕75年記念展 (2013、画像あり)

神田日勝と新具象の画家たち (2012)

【告知】神田日勝、画家デビューの頃 ~early1960's (2011)

神田日勝記念美術館だより28号の充実度がすごい件について/「室内風景」の発想源は? (2010)

平成21年度前期常設展「神田日勝の自画像~ 自分を見つめて」

神田日勝の世界 「室内風景」と「馬」の対面(2008年)
「信仰」と「芸術」

宗左近さんと神田日勝
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8月30日(木)のつぶやき その2

2018年08月31日 01時50分50秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月30日(木)のつぶやき その1

2018年08月31日 01時50分49秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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2018年8月が終わっていく

2018年08月30日 22時39分00秒 | つれづれ日録
 26日(日)

 仕事。
 出社前に、バス→地下鉄東西線→バスと乗り継いで、北海道博物館へ行き、この日が最終日の「松浦武四郎展」を見た。

 帰りは、新札幌からJR上り線で北広島へ行き、駅裏の文化センターで北海道二紀展を駆け足で見る。これも、この日が最終日。
 例年なら時計台ギャラリーやスカイホール、市民ギャラリーをばーんと借りて開催するのだろうが、この時季は、会場確保が難しいだろうなあ。 
 舩岳さんに学生さんの絵などについていろいろ解説してもらう。




 27日(月)

 この週前半は、いままでと違う仕事に携わっていたので、あまりギャラリーを回れず、ご案内をいただいていた展覧会で行けなかったものがいくつか出た。申し訳ございません。

 この日は仕事帰りにギャラリー犬養に立ち寄る。




 28日(火)

 道新ぎゃらりーで、伏木田光夫絵画教室の「三角帽子展」。この日で終了。




 29日(水)

 道新DO-BOX。
 山本純一さんの写真ツアー展。
 おなじ場所でおなじようなモチーフにレンズを向けているのに、提示されている作品には、残酷なまでに才能の有無が露呈している。神様って意地悪だなと思う。

 かでる2・7。
 9階で道立図書館の資料展(~31日)があり、松浦武四郎の石狩日誌が近くで見ることができて良かった。
 ここは道民カレッジで学んでいる高齢者のたまり場になっているようだ。その気になって探せば、いろんなスペースがあるんだな。
 ただし、1階にはこの展示について全く表示がないのは、ちょっと不親切だと感じた。

 道庁1階ロビーで佐藤忠良さんのレリーフ大作を初めて見上げて、驚嘆。

 エントランスアートNEXT(STV北2条ビルとSTV時計台通ビル)で道都大中島ゼミの学生による展示を見る。31日まで。




 30日(木)

 さいとうギャラリー。
 長谷川雅志さんが「大車輪」と題した個展(~9月2日)を開催。先月、グランビスタで個展を開いたばかりなのに。
 大作がどかどか並んで、これまでの彼の個展でも最高の迫力ではないか。

 スカイホール。
 女流書作家集団展。9月2日まで。
 書家で、団体公募展に所属していないYさんにばったり会い、子ども向けの書の本をまとめたので、頂戴する。

 ギャラリーグランビスタ。
 抽象派作家展に出しているNさんに会う。
 「夏のおわり」展は31日まで。

 以上で今月の累計は65カ所。
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8月29日(水)のつぶやき その2

2018年08月30日 01時47分50秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月29日(水)のつぶやき その1

2018年08月30日 01時47分49秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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なぜギャラリーは入場無料で、美術館の展覧会は有料なのか

2018年08月29日 23時59分59秒 | つれづれ日録
 ふだん美術鑑賞などにまったく無縁な人からけっこうな頻度で投げかけられる質問に、次のようなものがある。

「ギャラリー(画廊)って、入るのにお金がかかるの?」

 基本的に、無料である。

 どうして美術館やデパート催事場で開かれる展覧会は入場料がかかるのに、ギャラリーはお金を払わずに入れるのか。

 それは
「ギャラリーもお店だから」
と考えればわかりやすい。

 ギャラリーは、絵などを売っているのである。

 入店する際に、お金を払う本屋さんはない。
 本や雑誌を買うときに初めてお金が必要になるのだ。

 これは、扱っている物の価格には関係ない。
 高級ブランド店でも誰でも無料で入れるし、買い物をせずに手ぶらで外に出ても、とがめられることはない。
 まあ筆者のような人間にとってちょっと勇気がいることではあるけれど。


 美術館の事情も、裏から見たら同じようなものである。
 販売をせず純粋にアートを見てもらう空間への入場料が必要だが、グッズを売っている場所は、入場が無料である。
 美術館自体の入場料がかかるという例はほとんどなく、ミュージアムショップやロビーなどは入場無料なのだ。
 つまり、図録などを買いに行くだけだったら館内に入るのにお金はいらないというわけだ。


 なお、パフォーマンスや音楽演奏、ダンスなどは、鑑賞する行為自体を購入して持ち帰ることはできない。
 持ち帰り可能なのは鑑賞の記録だけである。

 したがって、入場し鑑賞するつど、お金を払うということになる。


(あまり知られていないが、日本の博物館法第23条は「公立博物館は、入館料その他持物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。」と定めている。この件は記事の趣旨とは関係ないので、ここでは立ち入らない)






 以上は原則であり、今年にはいったあたりから、必ずしもあてはまらない事例が散見されるようになってきた。

 美術館では、札幌芸術の森美術館の「リサ・ラーソン展」のように、本来の展示室の一角をつぶして物販コーナーとし、観覧者以外はグッズなどを購入できないという展覧会があった。


 一方、札幌市内のギャラリーでは、入場料を徴収する例がいくつか出てきている。

 筆者の個人的な考えでは、これはどうやら「発表する側の経済的な都合」が背景にあるようだ。

 道立近代美術館の所蔵品展が一般510円である。
 したがって、入場料500円をとるギャラリーがあるとすれば、この所蔵品展に質量ともに匹敵するような展示をしていなければ、釣り合いがとれないのである。
(その計算でいけば、道展や全道展の800円はいささかビミョーである。もっとも、ビミョーどころか、マジかよと言いたくなる団体公募展も存在する。ちなみに、同美術館の510円は、国内の公立美術館の常設展示では、最も高額の部類に属するらしい)

 筆者も、お金を払ってでも見たいという作家は少なくない。
 ただし、入場料を徴収する場合に限っては、そのような例はあまりない。

 まあ、入場料をいくらに設定しようと、それはギャラリーや作家の自由だろうとは思う。

 筆者のようなケチな人間に
「有料にしていると、見る人の裾野は広がりませんよ」
と言われたところで、なんの痛痒も感じないに違いあるまい。
 ただ筆者としては「たいしたキャリアもないのに、強気だなあ」と思うだけである。


(とはいえ、美術家がどんどん経済的に苦境に陥っていく事態があるとするなら、それは決して好ましいものではない。つまらない作品ばかり作っている美術家から順に淘汰されていくのなら別に問題はないが、たぶんそういうふうにはならないだろう。ただ、その唯一の解決策がギャラリーの有料化なのかと問われれば、それもまた違うような気がする)
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森ヒロコ・スタシス美術館の特別開館に行ってきました~2018年8月19日は小樽へ(1)

2018年08月29日 15時23分22秒 | つれづれ日録
 8月19日は、散らかりすぎた自宅の整頓や新聞紙の整理などやるべきことが山積していたにもかかわらず、森ヒロコ・スタシス美術館の特別開館の最終日ということで、小樽に行ってきた。
 恥ずかしい話だが、筆者はこの美術館に一度も足を運んだことがないのである。

 言い訳めくが、筆者のようにギャラリーや美術館に年がら年中行っている人間は
「いつ訪れても常設展示をしている美術館」
については
「そのうち行けるだろう」
と、後回しにしがちである。
 この美術館についても、まさか森ヒロコ夫妻があいついで亡くなって、閉館状態になるとは思っていなかった。

 今回はお弟子さんたちが集まって、たまたま1週間足らず開けたのだが、この次いつ入れるかわかったものではないし、そもそも館が今後どうなるかも決まっていないのだ。


 「まだ夏は終わっていないぞ」
という心持ちで、Tシャツ・ジーンズというスタイルで外に出たが、さすがに肌寒く、いったん家に戻りパーカを羽織ってふたたび出発。
 われながら、アホみたいである。

 札幌駅から都市間高速バスに乗り「市役所通」で降車。
 いつもは海のほうに下っていくのに、この日は初めて、坂を上っていく。
 図書館に突き当たって左に曲がり、市役所や市民会館、裁判所の間を抜ける。
 下り坂になり、於古発川 お こ ばちがわを渡ると、緑1丁目の交叉点になり、森ヒロコ・スタシス美術館の前に出る。
 

 館の前には高さ20センチぐらいの彫刻が、高い台の上にのっている。
 このような騎馬像は、イタリアのマリーニがよく作っていたが、なんの表示もないのでよくわからない。

 森ヒロコさんは小樽の版画家だが、「スタシス」というのは、スタシス・エイドリゲヴィチウスというポーランドの版画家のこと。
 ヒロコさんの夫である長谷川洋行さんは東欧文化に魅せられ、東欧のオペラを招いたり、版画展を開いたりといった活動を行っていた。

 この週は入場無料。
 接写でなければ、館内撮影も可能だった。
 入り口ロビーには、スタシスの版画や、東欧作家が動物をモチーフに作った木彫が並んでいた。

 渡り廊下(ここにも森ヒロコの版画が並んでいる)を通り、奥の蔵を改造して美術館の本館にしていた。


 もとが蔵なので、決して広くはないが、版画作品の展示にはおあつらえ向きなのかもしれない。
 四囲の壁のほか、中央にも展示ケースが置かれ、蔵書票などの小品が並んでいる。

 2階も同じ構成で、そこには森さんではなく、アルビン・ブルノフスキ(1935~97年)というスロバキア出身の銅版画が展示されていた。
 これが驚異的な細密描写で、裸婦が樹木に変身したり、正装の男たちと裸婦が並ぶ空中に不思議な風景が現れたり、ずっと見ていても飽きない幻想的な光景が展開されている。

 なお、1階と2階を結ぶ狭い階段の壁には、小樽が誇る版画家一原有徳さんの作品が2点展示されていた。
 「ZON」というモノタイプ(1984)と「M.S.[mu]」(1993)というエッチングである。
 一原さんのエッチングは珍しいかも。



 特別に、玄関から入って左手の奥にあった森さんのアトリエも公開されていた。
 画像は、壁に貼ってあった自分の個展の告知ポスター。
 ストラスブールのギャラリーのものなどが多く、欧洲でも評価されていたことをあらためて知る。

 窓際には流しが整備されている。
 版画(と写真)には、水回りは欠かせないのだ。
 掃除が行き届き、いまにも版画家が姿を見せそうな、そんな錯覚すら抱かせる。一昨年の版画展(日本版画協会展)のチケットが置いてあり、ほんとに急死だったのだなと思う。

 中央のテーブルには、スケッチブックが開かれて並んでいた。
 庭の植物などが丁寧に描かれている。
 彼女の版画の生徒さんとおぼしき女性が
「どうぞめくってご覧になってください」
と言うので、お言葉にあまえて何冊か見る。


 ポスターの反対側の壁は、作り付けの書棚になっていた。
 その手前にはプレス機が置かれていた。

 版画関係の書籍や画集が多いのは当然だが、東欧の文字で書かれた画集などは背表紙になんと書いてあるのか分からない。
 ケースに入ったカセットテープが何個も箱の中に放り込まれている。
 中川多理さん(札幌の人形作家)の作品集があった。
 沢渡朔の有名な写真集も。
 森ヒロコさんの世界は、少年少女の世界なのだ。


 とてもすてきな美術館だった。
 昔ながらの住宅地の中で、小樽運河などから遠く、アートにさして興味のない観光客などがふらっと入ってきそうにないロケーションも良い。

 再訪できる日はくるだろうか。


関連記事へのリンク
『森ヒロコ作品集』と、森ヒロコ・スタシス美術館臨時開館のお知らせ


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8月28日(火)のつぶやき その3

2018年08月29日 01時48分30秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月28日(火)のつぶやき その2

2018年08月29日 01時48分29秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月28日(火)のつぶやき その1

2018年08月29日 01時48分28秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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変わりゆく豊平の街並み

2018年08月28日 21時26分27秒 | つれづれ日録
 アートに関係ない話題ですみません。

 いまでこそ200万人近い人口を抱える大都市の札幌ですが、戦前までは、建物が並んでいたのは中央部の、「条丁目」で住所を表記する地区に限られ、その周辺には原野や農地が広がっていました。

 ほとんど唯一の例外が、豊平地区です。
 昭和初期の地図を見ると、市街地を示す模様が、豊平橋を超えて国道沿いに続いている様子がわかります。
 国道には、路面電車が、定山渓鉄道の基幹駅である豊平駅の前まで走っていました。




 そんな豊平の国道沿いに並ぶお店のひとつが「丸京 小さな百貨店」でした。

 ちなみに筆者は一度も店内に入ったことはありません。したがって、特に思い入れはありません。

 見たところ、開店から40年以上はたっていそうな洋品店でした。

 となりは、クリーニング店です。
 かつては3階建てでしたが、建築の教科書に載りそうな見事な「減築」を数年前に行い、いまは2階建てになっています。

 なお、いまはコインパーキングになっている左隣の土地には以前、「オホーツク」という居酒屋がありました。
 シャッターには、赤い丸い玉を両ほほにぶらさげたような風変わりな(かわいらしく描こうとしているのだろうが、あまりかわいくない)男の子が大勢で漁に取り組んでいる絵が描かれていました。
 「オホーツク」は一時、シャッターのデザインを変えずに「小さな大工」という店に業態を変えましたが、数年で「オホーツク」に戻りました。




 丸京はこの数年、営業日でもシャッターを半分しか開けていないようなことが目立ちましたが、ついに今年に入り、取り壊しとなりました。




 クリーニング店の外壁が札幌軟石だということがわかります。




 ところで、国道より1本北東側を走る豊平2条通りから「ギャラリー犬養」に入る細い道の右側に、古いアパートがたっています。

 1階は車庫で、大きなシャッターがあり、2階は住宅になっているようです。




 2階の住宅への入り口のところをふと見上げると
「丸京寮」
と書かれているのがわかり、驚かされます。

 古い洋品店は昔は、従業員の寮を別にたてるほど、多くの人を雇っていたのか!




 ギャラリー犬養の近くから見た、丸京寮の裏側です。




 ギャラリー犬養に通じる細い道です。右側の建物が丸京寮です。

 左側は駐車場です。
 「小さな百貨店」という札がついています。丸京に来た客のための駐車スペースでしょうか。




 美術ファンにはおなじみの風景です。右側が丸京寮、左側が「小さな百貨店」の札がある駐車場です。
 このあいだの道を行くと、ギャラリー犬養があります。

 こうしてみると、丸京寮の窓が開いていて、人が住んでいるようです。



 丸京には公式サイトがなく、札幌市豊平商店街振興組合のサイト(http://www.toyohira36.com/)の地図に名が見えます。
 また「さっぽろわくわく商店街」のサイトにはお店のページ(http://www.011.or.jp/shop/detail.php?id=327)があり、つぎのように書かれています。

メーカー品を多数取り扱っております。
お好きなデザインがあってもサイズが合わないとお困りの方
お取り寄せし気に入った場合のみ、購入していただけます。



 豊平は早くから開けていた街ですが、都心部の大きな店舗ではなく、また、郊外のショッピングセンターのような駐車場も有していないため、くしの歯が抜けるように年々お店が減っています。
 この近くでは、ペットショップが取り壊され、薬局がシャッターをおろしたままです。店ではありませんが、大きめの病院も閉院しました。
 1970年代半ばころは、家具店の多い一角でしたが、いまは中古事務用家具を扱う店が1店舗あるのみです。

 走り去る車の量だけが多くなるのは、少しさびしさを感じます。



関連記事へのリンク
札幌市豊平区豊平4条7丁目
旧森安ミシン商会(札幌・豊平)が消えた
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■西辻惠三展 こころ模様―第2章 (2018年8月21~26日、札幌)

2018年08月28日 16時19分11秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 小樽の西辻恵三さんは、札幌での個展を近年は毎年開いています。
 国展と全道展を退会したことも関係あるのか、以前よりも自由さが画面から感じられるような気がします。

 冒頭画像は、モノトーンの絵が集まった一角。
 左端は自信作の「まる」。題のとおり、まるい形が連なり、緊張感と闊達さとがふしぎな共存を見せている1枚。
 その隣は「cross」。
 「かたち」と題した作が何点かあり、白と黒の対比の鮮やかさが、書道の墨象作品を連想させます。


 会場に入り向かって右側の壁面には「滴」と題した連作5点。
 ドリッピングや垂らし込みの技法をオールオーバーに展開させた作品です。
 この画面からは、米国に生まれ、戦後の世界の美術界を席巻した抽象表現主義の代表的画家、ジャクソン・ポロックを思わないわけにはいかないのですが
「まず自分が面白いと思ってやりました。面白い・面白くないというのは、大切な基準だと思います」
と西辻さん。
 あまり計画的になりすぎないよう、偶然性を引き出すことを狙った連作ともいえそうです。


 筆者は、この「象」2点が好みでした。
 茫漠とした灰色の濃淡が画面を覆い、ほとんど何も描いていないようでいて、マチエールの違いが豊かな世界を展開しています。
 とくに左側の作品は、上部に、不思議と平滑で、透明感を漂わせた部分があり、心ひかれます。まるでタブローの中に異世界への入り口があるかのようです。
 西辻さんによると、ひっかいたり削ったり剝がしたりーという行為の繰り返しの末に生まれた作品とのこと。
 表面の絵の具を剝がしたところが、平滑な部分に見えるようです。 


2018年8月21日(火)~26日(日)午前10時~午後6時半(最終日~5時)
スカイホール(札幌市中央区南1西3 大丸藤井セントラル7階)


関連記事へのリンク
西辻恵三展 月人―最終章― (2016)

第63回全道展 (2008、画像なし)
国展(絵画部)北海道作家展 (2006、画像なし)
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8月27日(月)のつぶやき その2

2018年08月28日 01時48分09秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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