北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

■第44回女流書作家集団展 (2018年8月28日~9月2日、札幌)

2018年09月11日 21時31分56秒 | 展覧会の紹介-書
 道内の女性書家が会派や書風を超えて毎年この時期に開いている。現在の代表幹事は太田欽舟、安藤小芳の両氏。
 今年は62人が出品。すべての女性書家が参加しているわけではもちろんない。
 例年書いていることだが、漢字が多く、近代詩文書や墨象が続き、かな書が少ない。前衛書や篆刻てんこくはない。かなが比較的少ないのは道内全体の傾向と共通しているのかもしれない。

 気になった作品について少々の感想を述べる。

 足利雅子(滝川)
 高村光太郎の有名な詩集「智恵子抄」の一節。ただし詩行ではなく、後書き「智恵子の半生」から引いている。

二人の着物や羽織を手織で作つたのが今でも残つてゐる。同じ草木染の権威山崎斌氏は彼女の死んだ時弔電に、袖のところ一すぢ青きしまを織りてあてなりし人今はなしはやといふ歌を書いておくられた。結局彼女は口に出さなかつたが、油絵製作に絶望したのであつた。


 実際の作品では、短歌の部分を、傍線ではなく、淡墨を用いて書いているのが興味深い。
 足利さんは「智恵子抄」が好きらしく、よく取り上げている。ただ、この後書きは、彼女の死後2年たって書かれたのに「半生」となっているのは、不思議である。

 工藤〓穂(札幌。〓は「青」にくさかんむり)
 創作「凹凸」。素朴で、ぼくとつとした表情が良い。

 寺島春代(札幌)
 創作「森」による春夏秋冬。おなじ文字の一文字書。墨の濃さも筆の勢いも違う4点を格子状に並べたユニークな作。

 則包雅芳(札幌)
 「明月清風詩満案好天良夜酒連暮蟬不可聴落葉…」と続くが、何の漢詩かわからない。ただ、漢のような昔の感じではなく、明清期の直線的な字体のような趣がおもしろい。

 松本光彗(札幌)
 「久方の光のどけきはるの日にしづこころなく花のちるらむ」
 いつまでたっても、かな書の読めない筆者であるが、これは珍しいことに、読めた。
 しかしそれは、単に筆者がこの短歌を知っていたためかもしれない。
 あるいは、「の」がすべて「の」と書かれるなど、一般的なかな書に比べると、可読性に意を用いた作品だったせいかもしれない。語頭の「の」と格助詞の「の」が同じというのは、よくあることなんだろうか。筆者には、助詞の「の」は「乃」や「之」「ノ」として書かれることが多いような印象がある。


 他の出品者は次の通り。
青木敏子、阿部洋子、雨宮百合子、安藤小芳、石井眞弓、石川岬香、井幡郁子、右近灯香、太田欽舟、太田岬蒼、越智星渚、亀岡芳扇、菊地彰子、近藤敏子、今野美香、斉藤靖子、椎名恵舟、神内青雪、高橋揮星、竹本克子、塚原純子、津山和惠、長嶋幸子、浪田美芳、成田光葉、丹羽香翠、長谷川美奈子、林維子、松永和子、山下青楓、山道秀華、横山純江、渡辺煌花(以上札幌)
阿部華雪(岩見沢)
荒野紫洋(後志管内俱知安町)
海老名素子、小西広恵、白井恵子(以上小樽)
大澤玉翠(苫小牧)
大滝彩舟、熊谷由加里(以上江別)
岡田静園、川村秀穂、塚原苔泉(以上函館)
加藤東虹(北見)
栗澤径水(根室管内中標津町)
笹川秀華(十勝管内広尾町)
鈴木北央、高橋美登里(以上旭川)
瀧内秋櫻、望月香雪(以上登別)
三上禮子(千歳)
渡辺逸花、渡辺京子(以上石狩)


2018年8月28日(火)~9月2日(日)午前10時~午後6時(最終日~5時)
スカイホール(札幌市中央区南1西3 大丸藤井セントラル7階)

関連記事へのリンク(以下いずれも画像なし)
第33回
第32回
第29回
第28回
第27回
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■第29回 書鳳展 (2018年7月4~8日、札幌)

2018年07月07日 23時51分03秒 | 展覧会の紹介-書
 札幌で書展が開かれる会場といえば、札幌市民ギャラリーとスカイホールの二つが圧倒的に多い。
 スカイホールは大丸藤井セントラルの7階で立ち寄りやすいので、習慣的に見ることが多いが、市民ギャラリーの書展は知らないうちに終わっていることがよくあった。今年は、意識して足を運ぶようにしているが、実際は市民ギャラリーの社中展は規模が大きく、見ごたえがある場合が多いのだということがようやくカンの鈍い筆者にもわかってきた。

 北海道教育大の学生による「七月展」を鑑賞しに行った際に見た書凰展も、筆者の目にはなかなか面白かった。漢字、かな、近代詩文と、分野・作風ともにこれほど幅広い社中展も珍しいのではないだろうか。
 北海道書道展の際も述べたが、ほんらい自由な展開ができそうな近代詩文書が近年、いささか形にはまりつつあるきらいがある。しかし、書凰展の近代詩文書はとてもバラエティーに富んでおり、このジャンルの活性化が始まるとしたら、ここからではないかと思ったほどだった。
(まあ、主宰の我妻緑巣さんが2014年、老子を題材に書いた個展での達成を思えば、当然といえば当然である)

 たとえば長谷川翠柳(札幌)「壊れたピアノ」は、ろうを使って書いた作品で、白地に白い文字が浮き出ているように見える異色作。
 柴田美鳳(同)「12345678」は、左から右に数字だけを太い線で連ねた。
 井川静芳(同)「花ふる音がききたいとあなたは窓に耳をよせる」、小川奏琴(名寄)「なみだはにんげんがもっているいちばん透明な宝石です」は、モダンな書きぶりと巧みな余白の取り方が目を引く。しかし運筆に軽薄さは感じられない。
 川原薫(岩見沢)「エリカ小さな花びら」は、可読性という視点でみるとちょっとつらいが、墨色やにじみは、なかなか他では見られないおもしろさを持っている。
 小山裕子(札幌)「こころまでほどける呼吸」は、小ぢんまりした作だが、左右の余白のとり方があまりにも大胆で驚く。

 我妻緑巣(同)「五嵐十雨」は、細く、力の抜けた線質がおもしろい。良寛を意識していると思われるが、構成の感覚は現代的。

 西野信之(同)「北魏という北方からやって来た民族…」は、井上靖の散文詩だろう。
 井上靖の詩は、金子鷗亭(鷗は鴎の正字)が取り上げることで、近代詩文の出発点となった20世紀の書の歴史では重要な文学作品だが、最近はあまり取り上げている人が(少なくても道内では)あまりいないようだ。あらためて見直して、散文詩というスタイルが実は近代詩文書向きであることを確かめてみてもいいのではないかと思った。

 さらにいえば、漢字交じりのかな書と、いわゆる近代詩文のあいだの垣根が低いのもこの会の特徴だと感じた。
 かと思えば、ベテランが今一度基本を確認するように漢字を臨書していたりして、そういう意外性も、おもしろい書展であった。


2018年7月4日(水)~8日(日)午前10時~午後5時(最終日~午後3時半)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)




・地下鉄東西線「バスセンター前駅」から約200メートル、徒歩3分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「サッポロファクトリー前」から約520メートル、徒歩7分(札幌駅バスターミナル、時計台前などから現金のみ100円)

・中央バス「豊平橋」から約860メートル、徒歩11分

※周辺にコインパーキングあり
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■第59回北海道書道展<北の書作家2018(招待・会員)>(2018年4月25~29日、札幌)=4月29日は11カ所(5)

2018年05月10日 22時49分44秒 | 展覧会の紹介-書
(承前)

 「北海道書道展」は毎年ゴールデンウイーク中の時季に
1. 招待・会員
2. 公募
3. 会友
の3部構成に分けて開かれるのが恒例になっている。作品数が多く、市民ギャラリーでいっぺんに展示できないためであろう。ちなみに「2」と「3」は会期が重なるので、「3」は札幌パークホテル(地下に広い会場がある)で開催される。
 点数では、美術の道展、全道展や写真道展などを上回り、道内最大の展覧会といって間違いないだろう。
 「招待・会員」の展示に「北の書作家」というサブタイトルがついたのは、今年からだと思う。

 今年、それ以上に大きな変化があった。前衛の参加である。
 北海道書道展は

第1部 漢字多字数
第2部 漢字少字数
第3部 かな
第4部 近代詩文
第5部 墨象ぼくしょう
第6部 篆刻てんこく・刻字

の各部に分かれているが、第5部に前衛書の作家が参加することになったのだ。
 竹下青蘭、八重樫冬雷、桜庭青泉といった書家8人が第5部の会員として処遇されることになった。
 つまり、ふつうなら

公募で入選・入賞 → 会友(大賞と準大賞) → 会員(審査員)

という段階を経るのに、3階級特進でいきなり会員になったのである。
 また6人が会友として迎えられた。

 これまで北海道書道展は、文字でない作品=前衛の出品を認めていなかった。
 文字っぽくない作品は墨象部門に出品されていたが、しろうと目には黒い塊にしか見えないような作品でもかならず字釈が附されていた。
 59年目にして、新たに「前衛部門」を設けるのではなく第5部で前衛書を受け入れることになった。

 筆者はいきさつについて聞いていないが、関係者の熱意、寛容、熟慮、調整などなど、いろいろな要素をへての結果なのだろうと推測する。お疲れさまです。




 以下はしろうとが見た感想文に過ぎないが、心に残ったことを書いておく。

 ひとつは、墨象と前衛書を一つの部門にまとめたのは、良かったのではないかということ。

 そのわけは、どちらともいえない作品がけっこう多いからである。
 佐々木信象にしても瀧野喜星にしても木村蒼人にしても、これが墨象なのか前衛なのか、はっきりさせてもあまり意味が無いのではないか。

 左下の余白が大胆な野坂武秀、流れるように墨の塊を配し題にあえて「非文字」とうたった竹下青蘭など、前衛の参加は、会場を活気づけるのに一役買っていると思った。


 もうひとつは「近代詩文の可読性」についてである。

 近代詩文書を創始したのは現在の渡島管内松前町出身の金子鷗亭である。ただし不思議なことに、彼の書風をそのまま引き継ぐ人はあまりいない。
 新しいジャンルだけに、型を気にせず自由なスタイルをどしどし試みることができるのではないかと、部外者には思われるのだが、実際の書展で見ると、意外とパターン化された表現が多いことに気づく。古典や師匠に倣うのであれば、漢字やかなに取り組めば良いのにーなどと、つい考えてしまう。
 これは、書壇の体質もさることながら、いざ個性を出そうとすると、可読性という壁が生まれてしまうのも一因ではあるまいか。
 要するに、個性的な字を書こうとすると、読みづらくなってしまうのである。
 中川蘆月も畠山紫香も川原薫も独創的だと思うけれど、字釈なしに誰もが読めるかというと、疑問なしとしないのである(だからダメ、という論の立て方は、もちろんしないけれど)。
 むしろ井川静芳のような、ぶっきらぼうとも感じられる書字のほうが、いろいろな受け止めができるというべきなのかもしれない。

 可読性ついでにいえば、かなの菅原京子は、いろは歌を書いている。代、辺、久といった変体がなを用いているとはいえ、すらすら読めるのは心地よい。末尾に近く「夢」だけを、かなではなく漢字で書いているあたり、非常に心ニクイ作品だと思う。


 その他、気になった人。

 先月の墨象会展を欠席していた島田青丘が元気なところを見せていて、安堵した。

 瀧野時雪「幽玄」。アート書っぽい軽みとデザイン性を感じさせながらも、軽薄に流れず、強さと余韻がある。なによりバランス感覚がすごい。

 上山天遂「大音希聲」。上山さんは篆刻の会員なのに、この数年は、一般の書字がメインの作品に取り組んでいる。

 石崎閑雲「吉」。文字の中の、墨の濃淡の変化がユニーク。

 会員では多字数の漢字の楷書・行書に取り組む人が意外と少ない。安保旭舟、小原道城といった人の作品からは、漢字の基本に立ち返ってみようという姿勢を感じる。


 馬場伶、片倉大成、福森龍子の遺作が展示されていた。
 とりわけ馬場の逝去は、胸にしみる。


 ほかにもとりあげたい人は多く、かな書にほとんど触れられなかったのも惜しまれるが、ここでいったん擱筆かくひつしたい。


2018年4月25日(水)~29日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)


第57回 (2016)
第56回北海道書道展=招待・会員 (2015)

北のかがやき2009 北海道書道展第50回記念展 (2009)
第48回
第47回
第45回
第44回
第43回


(この項続く) 
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■第32回北海道墨人展■第69回札幌墨象会展 (2018年4月4~8日、札幌)

2018年04月08日 10時21分14秒 | 展覧会の紹介-書
 書の一分野である「墨象ぼくしょう」の2団体が今年も展覧会を開いています。
 両団体は、開催時期がずれていたこともありましたが、この数年は市民ギャラリーでの同時期の開催となっています。

 書展というと、初心者は「読めない」ということでしり込みしてしまいがちですが、墨象は、造形性だけで鑑賞してもおもしろく、ふだん書に接点のない人でも見て楽しいのではないかと思います。
 なお、一般的には、文字を書いているものを「墨象」、文字にこだわらないものを「前衛書」と呼んで区別するようです。

 ごくおおまかにいえば、一文字書が多いのが墨人、2字以上の書が多くて大作もあるのが墨象会―という印象があったのですが、今年はむしろ、2文字以上のスケールの大きな作品が墨人に多かったです。
 冒頭画像、右側は太田秋源さん(旭川)「懐魂」。しぶきの目立つ部分と空白が引き立つ部分の対比が見事で、静と動、白と黒が響きあっています。ずっしりとした量塊性とのびのびとした動感の両方が矛盾せずに感じ取れるところがおもしろいです。
 そのとなりの小さめの作は「いろはにほへと」。

 左側は吉田敏子さん(札幌)「観音力」。こちらも、動きを感じ取れる部分と、内側に凝集力を働かせている部分とがあり、力強い作となっています。


 樋口雅山房さん(札幌)は6点も出品。
 「奔」は、文字のもつイメージの割には、躍動するよりも、ぐっとこらえている(とくに左側)ような意外性があります。
 奥には「氷点」「泥流地帯」という、この会にはめずらしい、楷書の漢字書があります。これは、雅山房さんが先ごろ、旭川の三浦綾子文学館で書展を開いた際に書いたものだそうです。


 荒野洋子さん(後志管内倶知安町)がおもしろい試みをしています。
 「妙」というおなじ文字を、淡墨と濃墨で書き分けているのです。


 そのほかの出品者は次のとおり。
伊藤迪子(後志管内余市町)「舞」「閃」
木村重夫(小樽)「母子」
工藤信子(倶知安)「先」
佐藤志珠(オホーツク管内遠軽町)「壁」「庶」
渋谷北象(旭川)「為一」「寒」「喜」
塚本宏美(札幌)「志」
照井心磊(旭川)「啐(くちへんに「卒」)「啄」
樋口雅山房「雷」「華」「無言言」
村田幸子(倶知安)「そこ」
特別出品:中森博文(相模原)「舞A」「然A」

 言ってもせんかたないことではありますが、馬場怜さん(余市)の作がないのはさびしいなあ。


 一方、札幌墨象会。
 菊池紀仁さんの、180×560センチの大作「彩雲」が目を引きます。
 彩雲のイメージよりも、斜めの直線がギ、ギ、ギという紙の抵抗感を表現しながら引かれ、なにやらまがまがしささえ感じさせる、パワフルな作品です。

 斜めの線の不安定さが魅力になっているのは、森本暁子さん「晴風」も共通しています。

 三上山骨さん「力」などは、写真のプリントが断ち切りになっているのと同じように、文字が左側で断ち切りになっているのがおもしろい。

 東志青邨さん「○△寂」などはどことなく禅のような味わいがある、ベテランらしい作品だと思います。


 他の出品者は次のとおり。先にも書いたとおり、いつになく一文字書が目立ちました。
雨宮百合子「無縫」
安藤小芳「生々流転」
上戸抱山「一断一切断」
菊地彰子「握」
熊谷由加里「寶」
近藤敏子「暁」
斉藤靖子「繫」
坂口末子「沈」
佐々木信象「南無」
佐々木竹情「臥」
佐々木亨「羅」「針」
佐藤美恵子「峻」
島田青丘「雨」
高谷義仁「渓」
竹本克子「溢」
寺島春代「一息」
長島幸子「樹」
林維子「桜舞」
東志青邨「○朱書き般若心経」「○寂」
譜久元煌雪「風I」「風II」
牧路濤「養其根」
三上雅倫「嘯」
三上聡子「一花開」
三上山骨「夕張岳啓明」(篆刻) 「聿」
三上禮子「野趣」
見澤萌心「風月」「縄」
横山純江「琴音」

 
いずれも2018年4月4日(水)~8日(日)午前10時~午後5時(最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー (中央区南2東6)


過去の記事へのリンク
第31回 北海道墨人展■第68回 札幌墨象会展 (2017)
第30回 北海道墨人展■第67回 札幌墨象会展 (2016)
第29回北海道墨人展■第66回札幌墨象会展 (2015)

第56回札幌墨象会展 (2009)
第53回札幌墨象会展(2007年)
第52回
第46回
第45回
第44回
02年秋
札幌墨象会12人の書展
第40回(01年春)

第24回北海道墨人展 (2010)
第23回北海道墨人展 (2009)
第9回北の墨人選抜展(2008年9月)
第21回北海道墨人展(2007年)
第20回北海道墨人展
第16回北海道墨人会(2002年4月8日の項)
※以上、画像なしが多いです





・地下鉄東西線「バスセンター前駅」から約200メートル、徒歩3分
・ジェイアール北海道バス、中央バス「サッポロファクトリー前」から約520メートル、徒歩7分(札幌駅バスターミナル、時計台前などから現金のみ100円)

※周辺にコインパーキングあり
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■第43回高書研展=北海道高等学校書道教育研究会・展覧会 (2018年1月10~14日、札幌)

2018年01月13日 11時04分00秒 | 展覧会の紹介-書
 この書展も「新年だなあ」と実感させてくれる展覧会のひとつ。
 道展や毎日展などは膨大な展示点数に気おされて見ていると疲れてしまうが、この「高書研展」は質量ともにちょうど良い。
 こうして、社中や公募展を超えて競い合う場を持っていることが、書道王国・北海道の強みなのかもしれないとも思う(他の都府県の実情は知らないけれども)。

 個人的に気になった作品(順不同)。

 渡邊層山「臨行」
 「行」のぎょうにんべんの左はらい2本以外はすべて垂直か平行の線。それが途切れ途切れに浮上しては沈む。モンドリアンが東洋人だったら「ブロードウエイ・ブギウギ」をこんなふうに表現したかも、と思わせるようなユニークな線。

 渡部天外「臨書 啓法寺碑」
 なんというすっきりした楷書だろうと思う。うまく書いてやろうとか、自分というものを出してみようとか、そういう邪心のない明澄な心境から、スムーズな運筆が生まれるのだと思う。重住弘一「雁塔聖教序」、高橋伸厚「楽毅論」も、清新な臨書。

 渡邊抱雲「西行のうた」
 「しらくもをつばさにかけてゆくかりの-」など。左上に余白をとったバランス感覚。濃すぎない墨色にもひかれた。

 田中北涯「イマジン」
 ジョン・レノンの代表曲から歌詞の日本語訳の一部を書いた。「天国も地獄もないと心に思ってごらん」と自在に筆をふるうが、「地獄」にいちばん力が入っているように見受けられるのがおもしろい。

 山田太虚「登龍門」
 直線がほとんどない。曲線の自在闊達さは、しかし奔放になりすぎていない。

 例年のことだが、漢字と近代詩文が多く、かなは少ない。


2018年1月10日(水)~14日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市資料館(中央区大通西13)


第41回高書研展 (2016)
第40回高書研展 (2015)
第35回高書研(北海道高等学校書道教育研究会・展覧会)展 (2010)
第32回高書研展 (2007)





・地下鉄東西線「西11丁目駅」から約290メートル、徒歩4分。「西18丁目駅」から約560メートル、徒歩7分
・市電「中央区役所前」から約420メートル、徒歩6分。同「西15丁目」から約430メートル、徒歩6分

・じょうてつバス「西11丁目駅前」から約330~390メートル、徒歩5分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「教育文化会館前」から約230メートル、徒歩3分
(小樽、岩内方面行き都市間高速バス、小樽・手稲方面と札幌駅前を結ぶ快速・普通のバスの、全便が止まります=ただし北大経由小樽行きを除く)

・ジェイアール北海道バス「51 啓明線」(札幌駅前―北1西4―啓明ターミナル)で「大通西14丁目」降車、約350メートル、徒歩5分。ギャラリーミヤシタ、ギャラリー門馬へ直行する裏技

※駐車場はありません。周辺にコインパーキングが何カ所かあります
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■羽毛蒼洲 書の個展「今、心に映ること」 (2017年11月2~7日、札幌)

2017年11月07日 11時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 羽毛蒼洲さんは札幌の書家(羽の漢字は正字の「羽」ですが、機種依存文字なので常用漢字の字体を使わせていただきます)。1942年生まれなので今年75歳ですが、とてもお若く見えます。
 今回は5年ぶりの個展です。私は札幌にいなかったので拝見しておらず、じっくり見るのは14年前に大丸藤井スカイホール全室を使って開いた個展以来となります。

 羽毛さんというと、淡墨のイメージがあります。しかし今回は、27点のうち1○点が濃墨です。これは、道教育大での師匠だった藤根剴風さんを見舞いがてら、自作を額装して見せているうちに、濃墨も出すことになったようです。
 ただ、師匠といっても、羽毛さんは、藤根さんが設立した清風会には所属していません。
 今回はすべて漢字の少字数書です。

 藤根さんはことし2月に亡くなり、また羽毛さんは札幌芸術賞を昨秋受賞しました。
 そんなこともあって個展の開催を考えていたところ、たまたま道新ぎゃらりーにキャンセルが生じて、開けたということでした。

 筆者なりのつたない感想を述べれば、淡墨、濃墨を問わず、線質の柔らかさが印象に残ります。
 例えば「竹」という字でも、硬い直線ではなく、柔軟な曲線が全体を特徴づけています。
 この柔らかさがあってこそ、全体の空間が意識され、生きるのだろうと感じます。

 そして、生意気ついでに言わせていただけば、羽毛さんは
「肚(はら)で書いておられるな」
としみじみ感じました。
 初学者は手で書きます。しかし、肘から先だけで書いた文字はどこか縮こまって見えます。また、頭で書いた文字というのも、この世にはあります。理知は大切ですが、それが勝ち過ぎるのも、作品のおもしろみを減じるおそれがありましょう。
 羽毛さんは全身で書いています。とはいえ、若い人のパフォーマンスのように体を目いっぱい動かすのとも異なり、大きな深呼吸に通じるような、広闊な身体のたたずまいがあります。

 冒頭の画像、手前は「熾火」だと思いますが、全体のバランスはさすがで、潤渇もよく表現されています。


 濃墨の「山川草木」と、淡墨の「時」。
 前者は、簡素さと余白が引き立ちます。
 ただし、良寛ふうのひょろひょろした文字とはまた別の、やわらかさの向こうにある剛毅な精神もまた感じられます。
 「時」は小品ですが、羽毛さんが込めた思いのようなものがつたわってきます。

 書をしない人でも見応えがある展示だと思いますので、お時間のある方はどうぞ。


11月2日(木)~7日(火)午前10時~午後7時(最終日~午後5時)
道新ぎゃらりー(札幌市中央区大通西3 北海道新聞本社北1条館 道新ぷらざ)


10人の書展 (2010)
第47回北海道書道展(会員・招待)=2006
羽毛蒼洲 書の個展 (2003)


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■第8回青青社書展 書をたのしむ (2017年6月6~11日、札幌)

2017年06月10日 21時21分47秒 | 展覧会の紹介-書
 札幌の書家、竹下青蘭さんが主宰するグループ展。
 4年ぶりの開催となりました。

 書には「漢字」「かな」などいろいろの分野がありますが、竹下さんが活躍するのは「前衛書」です。
 書は、かならずしも文字を書かなくてもいいのではないか、というところから始まった、比較的新しいジャンルです。
 したがって見る側は、抽象画とおなじような心持ちで鑑賞してもかまわないわけです。

 ただし、そうはいっても書であることにはかわりませんから、竹下さんは、漢字などもしっかり教えています。
 そういう基礎を学んでいないと、いきなり文字でないものを書いてもうまくいかないのだそうです。

 左は竹下さんの作。
 上から下へ向けて、流れてくずれ落ちていくようなダイナミックさが感じられるところが好きです。
 


 はじけるような若々しさがあります。




 濃さの異なる墨を用いています。
 同じ作品で濃淡をつけるのは、一般的な書では珍しいです(墨象でもほとんど見たことがない)。




 余白のバランスなどに意を用いるあたりは、文字を書く書と同じといえるかもしれません。



2017年6月6日(火)~11日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市資料館(中央区大通西13)


過去の記事へのリンク
第6回青青社書展 (2010)

第37回北海道書道連盟展(2008年)
交錯する眼差しの方へ 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子 書展(2008年)
奎星会北海道巡回展(2008年)

青青社書展(2007年)





・地下鉄東西線「西11丁目駅」から約290メートル、徒歩4分。「西18丁目駅」から約560メートル、徒歩7分

・じょうてつバス「西11丁目駅前」から約330~390メートル、徒歩5分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「教育文化会館前」から約230メートル、徒歩3分
(小樽、岩内方面行き都市間高速バス、小樽・手稲方面と札幌駅前を結ぶ快速・普通のバスの、全便が止まります=ただし北大経由小樽行きを除く)

・市電「中央区役所前」から約420メートル、徒歩6分。同「西15丁目」から約430メートル、徒歩6分

・ジェイアール北海道バス「51 啓明線」(札幌駅前―北1西4―啓明ターミナル)で「大通西14丁目」降車、約350メートル、徒歩5分。

※駐車場はありません。周辺にコインパーキングが何カ所かあります。
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■第31回 北海道墨人展■第68回 札幌墨象会展 (2017年4月5~9日、札幌)

2017年04月10日 08時08分08秒 | 展覧会の紹介-書
 書の一分野である墨象ぼくしょうの団体二つが毎春、札幌市民ギャラリーで展覧会を開いています。
 いずれも太い筆で力強く書いた作品が会場に並んでいます。字釈がないと、とても読めない字ばかりですが、逆に、ふだん書展に足を運ばない人でも、純粋に造形面から鑑賞できて楽しめると思います。

 北海道墨人展の会場で出品者の吉田敏子さん(札幌)にお会いしました。
 吉田さんは「こんな大作は久しぶり」という「風神」(180×420センチ)と「雷神」(280×360センチ)を出品しています。冒頭画像の左側が「風神」、右側が「雷神」です。
 風神雷神というと、俵屋宗達の名画を思い出しますが、今回の作品はかならずしもそれに沿ったものではないとのこと。とりわけ、風神のほうは「俵屋宗達とは逆」と吉田さんは話します。
 「風といっても、吹き終わった後の残っている感覚のような…。風格とか風情という言葉もありますし」
 雷のほうは「とても怖い」という思いをずっと抱いていたそうです(まあ、ふつうはそうかもしれませんが)。
 ところが、ある日、雷雨なのに外出を余儀なくされたとき、雷の響きが「交響曲のように聞こえた」ことがあったそう。
 今回の「雷」のつくりがリズミカルで丸い線質を持っているのは、そういう体験ゆえかもしれません。
「若いときよりも墨(の成分)が薄くて助かりましたが、こんな大きいのは久々で、エネルギーを出し尽くしました」
と笑っておいででした。

 このほか、渋谷北象さん(旭川)「燈」は、左下を空白にした配置の妙が、さすがベテラン。
 伊藤迪子さん(後志管内余市町)「息」は淡墨で、濃淡が全くといっていいほど見られないのがむしろ新鮮に感じます。軸装というのもめずらしい。
 樋口雅山房さん(札幌)は「花」「山」など、比較的小さな作を10点。アルカイックとでもいうべき、のどかな筆致です。

 道内12人のほか、ことしも相模原市の中森博文さんが特別出品しています。


 一文字書が多い墨人展と比べると、札幌墨象会は多字数書も目立ちます。こちらは道内28人が出品。

 上戸抱山さんの「桜さく・桜ちる」は、紙の上の方を大胆にあけて、桜が散るさまと余韻を表現しています。
 三上山骨さん「人(岩絵による)」は象形文字のような作。右手に大きな筆を盛っているように見えるところがおもしろいです。
 三上雅倫さん「嘯風」は、最初から最後まで墨のかすれた具合が印象的です。

 島田青丘さん「無盡」。淡墨による格子模様のような線が全面を覆っています。
 以前も書いたのですが、筆者は、島田さんの作品に、原初的なまがまがしさというかデモーニッシュなものをいつも感じるのです。なぜだろう。


2017年4月5日(水)~9日(日)
北海道墨人展は午前10時~午後6時、札幌墨象会は午前10時~午後5時(いずれも最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)

札幌墨象会展は8日午後2時から体験書作、9日午後1時から公開批評会。
北海道墨人展は9日午後2時から公開研究会


2016年の両団体

第29回北海道墨人展■第66回札幌墨象会展 (2015)

第56回札幌墨象会展 (2009)
第53回札幌墨象会展(2007年)
第52回
第46回
第45回
第44回
02年秋
札幌墨象会12人の書展
第40回(01年春)

第24回北海道墨人展 (2010)
第23回北海道墨人展 (2009)
第9回北の墨人選抜展(2008年9月)
第21回北海道墨人展(2007年)
第20回北海道墨人展
第16回北海道墨人会(2002年4月8日の項)
※以上、画像なしが多いです


交錯する眼差しの方へ II 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子(2013)
交錯する眼差しの方へ 遠藤香峰・大川壽美子・須田廣充・竹下青蘭・吉田敏子 書展 (2008)
札幌の美術2003 19+1の試み展 ※画像なし





・地下鉄東西線「バスセンター前駅」から約200メートル、徒歩3分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「サッポロファクトリー前」から約520メートル、徒歩7分(札幌駅バスターミナル、時計台前などから現金のみ100円)

・中央バス「豊平橋」から約820メートル、徒歩11分(月寒、清田、平岡方面から来る人は、これもひとつの手)

(市民ギャラリーには駐車場はありませんが、すぐ前の東6丁目通がパーキングになっているほか、周囲にコインパーキングがいくつもあります)
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■第48回国際現代書道展― 2017年1月20~22日は計11カ所(うち2カ所は再訪)

2017年01月23日 00時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 1月20日(金)は仕事が長引き、ギャラリーはどこにも行かず。

 21日は本郷新札幌彫刻美術館のみ。
 さっぽろ雪像彫刻展については、すでにアップした。


 22日。
 最近、バスを「豊平橋」で降りて、ギャラリーめぐりの1カ所目として札幌市民ギャラリーに行くことが多い。

 同ギャラリーでは「第48回国際現代書道展」を見た。
 ちょうどロビーで、揮毫パフォーマンスが行われていて、たいへんな人出であった。

 この書展は、かつて「全道書道展」と呼ばれていたもので、第41回から改称したらしい。
 なんと1789点もの出品がある。毎日書道展北海道展に匹敵する規模だと思う(読売書法展北海道展よりも多いだろう)。
 会場に、隙間なく作品が陳列されている。
 これでも、ピークの第30回展は2340点もあったというから、500点以上も減っていることになる。

 なるほど、国際と銘打っているだけに、海外からの応募も多数ある。
 大半は台湾と中国からの漢字書だが、ロシアやカナダからの出品もある。
 「現代」のほうは、墨象も前衛もないので、あまり現代っぽくない。

 審査会員の作品はさすがに見ごたえがある。
 ただひとつ気になったのは、「藤原伸二郎」という人の詩を書いた調和体の作品があったが、これはひょっとすると「蔵原伸二郎」ではないかと思う。

 また、調和体で井上靖の作品を取り上げた人がいた。
 これは非常にめずらしい。
 なんとなれば、近代詩文書(調和体)の祖ともいえる金子鷗亭(鷗は鴎の正字)の十八番が井上靖の散文詩だったからで、普通は恐れ多くて取り上げないのである。
 とはいえ、いつまでも先輩にビビッていては書壇の発展はないので、こういうチャレンジは良いことだと思う。

 審査会員と一般入選の作品を比べると、筆者でもその差は歴然としていることがわかる。それでも、全道書道展の時代に比べると、水準は上がっているような印象を受けた。


 ここから徒歩で、MUSEUM(clerk gallery + Shift)に向かう。


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毎日新聞「この1年 書」は今年も道内の書展を取り上げた

2016年12月09日 00時59分59秒 | 展覧会の紹介-書
 けさ(2016年12月8日、北海道配布)の毎日新聞を見たら「この1年 書」という記事が載っていました。

http://mainichi.jp/articles/20161206/dde/018/040/016000c

 もう年末の回顧ものの季節なんだ、早いな~と思いました。

 ところで、アートに関する書き手のなかで、筆者がもっとも尊敬しているひとりは、毎日新聞の書道担当、桐山正寿記者です。

 彼は以前から、道内で注目すべき展覧会があれば、東京から足を伸ばして見に来るのです。
 こういう記者やジャーナリストはほかにはいません。

 今年の年末回顧でも、収穫として挙げた五つの書展のうち一つは、8月に札幌市資料館で開かれた「大川壽美子書展」です。

 大川壽美子書展(8月)は、「かなの美」を味わいつくそうという壮大な意欲が満ちあふれていた。日本文学史総ざらいという趣。

 さらに、今年の収穫として七つの個展を挙げていますが、その中に、10月にスカイホールで開いた「山田太虚傘寿記念書展」が含まれています。
 また、道立函館美術館の「金子鷗亭の世界」(鷗は鴎の正字)にもふれています。

 けっして長くはない文章の中で、道内の書の展示を三つも挙げているのは、やはりすごいといわざるをえません。書道王国=北海道の面目躍如であると同時に、それをきっちりと受け止めて全国に向けて発信してくれる記者がいることのありがたみを、あらためて感じるのです。

関連記事
毎日新聞「書の世界」が、創玄展での北海道勢の活躍を特筆
ことしの「この1年 書」(毎日新聞)
毎日新聞文化欄「この1年 書」から。道内の書展をきちんと全国の書の動向の中で位置づけている文章 (2009)
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■第57回北海道書道展 (2016年4月27日~5月10日、札幌)

2016年05月11日 01時01分01秒 | 展覧会の紹介-書
 道内最大の書道の公募展。
 規模が大きいため、会期を三つに分割して、毎年開かれています。
 全国では、毎日書道展系、読売書法会系などと分かれている人たちが、同一の団体でやっているのは、見る側にとってはありがたいことです。
 公募は、漢字多字数、漢字少字数、かな、近代詩文、墨象ぼくしょう篆刻てんこく・刻字の6部にわかれ、前衛書の部門がないのは残念ですが…。

 筆者のようなしろうとが見に行っておもしろいのは、第1弾で開催される「招待・会員作品」の部です。「水準が高いので、あたりまえだ」と思う向きもあるかもしれませんが、その要因以外に、作品のバリエーションが非常に豊かだと感じられるためです。
 逆に言えば、公募作品の部や会友作品の部は
「これは個性的だ」
と思わせる作品が非常に少ないというのが、率直な感想です。
 公募作品で、ときに他とかけはなれた作があっても、一般の入選どまりで、特選や秀作には、バランスの良い作が選ばれている傾向が強いように思います。

 もとより書道は、現代美術などに比べると、新奇性をたっとぶ傾向が薄く、先達に倣う気風が強い分野といえそうです。
 各自の個性を発揮するのは、基礎をみっちりやって、しかるのちで十分―という感覚が強いのかもしれません。

 個人的に今年いちばん目を引いたのが、かな書で、正方形の紙を用いた会員が何人かいたことでした。大川壽美子さん、水野松雪さん、下村美穂さんです。佐々木公江さんも紙は正方形ではありませんが、紙の下方に余白をもたせて、正方形の部分に文字を排列しています。
 しかも大川さんや下村さんは、連綿ではなく、ひとつひとつの文字を独立させて書いています。従来とは異なるかな書を―という試行がそこにはあるように思います。また、一般には、文字列はまっすぐに並べることが美しいとされることが多いですが、水野さんは水が流れるように文字列をカーブさせて書いているのが目を引きます。
 北海道書道展のかな作品は、2尺×8尺という大きさの紙を縦長にして書いたものが大半です。手紙の巻紙などに書かれることが本来の姿なのでしょうが、展覧会で発表するという形式をとる以上、大きな縦長の紙に短歌1、2首というのが定番になるのはある程度、必然的でしょう。

 かなに比べると、近代詩文は差異を打ち出しやすいのではないかと、しろうと考えで思いがちですが、実際には先例に倣った作が非常に多いです。
 激しさ、強さを打ちだそうとうすると、近代詩文の出発点にあったはずの「可読性」という特徴が失われるというジレンマもかかえているように見受けられました。

 そうなると、けっきょく漢字がいろいろ楽しめるということになります。個人的な感想ですが…。
 三上雅倫さんは、抽象画のような造形美と古拙の味わいが合体したような、興味深い作でした。
 松永律子さん、三上山骨さん、平田鳥閑さんなども造形性を存分に発揮しています。
 青木空豁さんは余白の美を生かしています。
 須田廣充さんは、左右で見事な対比になっています。

 全体をとおしてみると、一時期流行した良寛ふうの線は少なくなり、金文や象形文字に取り組む人も減ってきているような印象を抱きました。

 田中卒甫さんは、憲法第二章戦争の放棄第九条という作品です。
 筆者は、これを題材にした書作品は初めて見ました(陶芸なら見たことがある)。憲法をないがしろにする政治が行われている昨今だけに、目を引きました。


 以上、きわめて雑ぱくな感想ですが、まとめてみました。


・招待・会員作品 2016年4月27日(水)~5月1日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)

・公募作品 5月4日(水)~8日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌市民ギャラリー

・会友作品 5月6日(金)~10日(火)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌パークホテル(中央区南10西5)地下


過去記事へのリンク
第56回北海道書道展=招待・会員 (2015)

北のかがやき2009 北海道書道展第50回記念展 (2009)
第48回
第47回
第45回
第44回
第43回
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■幕末の三筆・貫名菘翁(ぬきなすうおう)展 (2016年1月13日~3月31日、札幌) 3月前半の3連休(2)

2016年03月18日 23時20分58秒 | 展覧会の紹介-書
(承前)

 筆者は、書はしろうとであるから、字釈などにこだわらず好き勝手に見て楽しむ。
 したがって以前は、漢字でも、大字には造形感覚の個性の違いが現れて、おもしろがっていたが、行書の多字数書などは書展会場で見てもほとんど素通りだったのが正直なところであった。一つ一つの文字が小さいので、どう鑑賞してよいのか、わからなかったのだ。
 ところが2008年、梅木陽一さんの社中展で、貫名菘翁ぬき な すうおうによる蘇軾「赤壁賦」の六曲屏風を見て、その魅力に取り付かれた。かなりのスピード感があるのに、一つ一つの字をおろそかにしていない。線質がやわらかく、雅の味がある。これは、たいしたものだと、ひとつひとつ文字を目で追い、行書を心行くまで堪能した。

 だから今回、その「赤壁賦」の六曲屏風を含む44点もの、貫名菘翁の書画が展示されると聞いて、これは見に行かねばと心が躍った。
 とはいえ、まだ会期が終わるまで間があると思うと、なかなか足が向かず、3月12日に国際書道協会の新谷谿雪理事長が「貫名菘翁書の魅力について」と題してギャラリートークを行うというので、ようやく訪れた次第である。


 貫名菘翁は安永7年、徳島生まれの儒者にして画家、書家である。
 巻菱湖、市河米庵とともに「幕末の三筆」と称される。生前は、江戸にいた米庵、菱湖のほうが盛名が高く、明治の紙幣の文字は米庵を範にとり、政府の官用文字は菱湖流であるとされている。
 しかし、その後は日下部鳴鶴らの絶賛により、貫名菘翁が現代書の先駆者であるという評が固まってきている。
 新谷さんは、この日のトークで、生徒さんたちに菘翁の代表作「左繍叙 さ しゅうのじょ」を臨書させたら、全道書道展でどんどん特選や秀作になったと明かしていた。これも、菘翁が現代の書に直接つながる証左であるとのことだ。

 では、菘翁の書の特徴はどこにあるか。
 新谷先生によると「優雅で、それでいてあたたかい。強さがあり、品がいい」ということになる。

 菘翁はもともと絵をよくした。母親が狩野派の絵師の娘であった。
 絵とは、江戸期のことであるから、水墨画、南画、文人画である。筆さばきの見事なことは、絵の巧みさからきているのではないか。
 菘翁は医術や儒学をおじに学び、わずか13歳で治療所を開いた。ほどなくしてそれを閉め、17歳のときに高野山に入っている。
 そこで、出合ったのが、空海の真筆であった。それを懸命に学んだ。
 高野山には、空海が唐から持ち帰った欧陽詢、褚遂良、願真卿など大家の書もあり、それも吸収した。

 当時、日本では、お家流と呼ばれるくずし字が流行し、寺子屋でも教えられた。
 それに組しない書家は、明清風の唐様を多く書いた。
 菘翁は、同じ唐様でも、王羲之に範をとる時代の書の古典を学び、さらに平安期の書にも接している。だから、菘翁は独学であり、しかも10代の高野山時代にさまざまな書をマスターしているので、それ以降、加齢に伴う変化が少ない。若いころに完成しているのである。

 新谷さんのお話は、そのようなものであった。



 実際に作品に接してみると、たしかに菘翁の線は優雅で、流れるようなやわらかさをもつ。
 それは、かなの古典に学んだためだそうだ。
 今回は1点だけ、かなの作が出ている。もっとも、個人的にはあまり好みではないが。

 多いのは漢詩。自画自賛もあり、画のみの作もある。
 (自画自賛というのは、自ら描いた掛け軸の絵に、自分で詞書を入れるというのがもともとの意味。そこから転じて、自分をほめる、という意味になった。だから、最近のスポーツ新聞などでよくみられる「自賛」という表現は、正しくない)
 漢詩は、一部をのぞいて作者がわからない。
 李白や杜甫を写したのではなく、自分で詠んだのだろうか。
 新谷さんによると、画賛を書き入れるというのは難しいのだそうだ。
 余白のとり方などに意を用いるのだろうか。

 たとえば、次のような漢詩が添えられた南画の掛け軸を前にすると、まるで河合玉堂の絵を見たときのような、のびやかな気分になってくる。

 世人或いは謂う是れ閑人と
 閑人の閑は是れ真なるを識らず
 独り有り清江に垂釣の叟
 終年只理す一糸緡

 絵では、水草が風になびく波打ち際に岩のがけが迫り、近くでは、釣り糸を垂れる人を乗せた小さな舟が揺れている。遠くに山がかすむ。
 まさに没我の境地である。

 菘翁の画は、幽谷山林よりも、穏やかな水の景色が多い。

 たとえば、次の漢詩もそうだ(原文を掲げる)。

 招々煙渚柳 引人上漁舟 未遽下芳餌 注矚泳游


 いずれにせよ、わずらわしい現世を避けて、しがらみのない人里離れたところでのんびりしようという、唐の士大夫階級以来の伝統的な心持ちが、続いているのだといえる。
 人によっては、それは現実社会の矛盾に目をつぶろうとする姿勢ではないかと批判するであろう。
 しかし、ここではそういう話には深入りしない。

 筆者が気に入ったのは「島佛苦心誰継産」で始まる漢詩。
 明らかに、書き出しと末尾の運筆の速度が違う。興に乗ってついついスピードがアップしたのだろう。書いた人の息遣いが聞こえてきそうだ。


 とにかく、書にたずさわる人で、この展覧会を見ない手はないと思うし、ふだん書を見ない人でも、本当にうまいというのはどういうものかに触れて、静かなひとときを過ごしにくる価値はじゅうぶんにあるだろう。 
 筆者も時間が許せば再訪したい。


2016年1月13日(水)~3月31日(木)午前10時~午後5時、火休み
小原道城書道美術館(中央区北2西2 札幌2・2ビル=旧セコム損保札幌ビル=2階)

一般300円、大学生以下無料


ASAKA展に貫名菘翁の書作品 (2008)



(この項続く) 
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■第41回高書研展 (2016年1月7~10日、札幌) ※追記あり

2016年01月09日 16時54分42秒 | 展覧会の紹介-書
 北海道高等学校書道教育研究会・展覧会の略で、毎年この時期に開かれている。
 道内で書に取り組んでいる人は、大学や中学の教壇に立っている人や、自分で教室を持ったりカルチャーセンターで教えている人も多いが、高校の先生やそのOBも多いので、けっこう見応えのある書展である。正直なところ、書道道展や毎日書道展などは点数が多すぎてなかなか体力を要するので、書の展覧会を何気なく見たい人にはすすめたい展覧会だと思う。

 なお、案内状には「午前10時~午後6時(最終日~午後4時)」とあるが、実際には、午前9時から見ることができる。

 傾向としては、いつも書いていることだが、かなが少なく、漢字、その次に近代詩文が多いこと。
 今年は、統計を取っているわけではないので、確たることは言えないのだが、臨書作品が昨年までよりも増えたような印象がある。
 一年のはじめには、やはり基本に立ち戻って漢字の多字数書の臨書に取り組む気分になるのだろうか。

 今田朋美(広尾高校)は今年もアジアン・カンフージェネレーションの歌詞のようだ。短い字画がロックしてる。

 今野冲岳(富良野)。字釈に「園轉」とあるが「園舞」ではないか。2尺6尺の縦長に2文字だけなので、ダイナミックな構成が光る。

 酒井玄象(旭川龍谷)。「酒」の字が、おちょこととっくりの絵のように見えるのがおもしろい。

 櫻井九晨(札幌東豊)。「野佛の心音冬を刻みけり」。いい句だし、その句の心根が感じられる。

 鈴木隆(室蘭東翔)。図録には「鈴木海龍」名義で「流転」とあるが、作品は「生花醒月」とあり、アクリルの額がおしゃれ。

 橋本聳山(苫小牧東)。図録には「366日の紙飛行機より」とあるが、今年がうるう年だからだろうか。NHKの連続テレビ小説「あさがきた」で話題のAKB48の歌。

 籬宏行(恵庭北)。「撃」。字にふさわしく、荒々しくて激しい。

 横山晃秀(根室)。「一黙如雷」。雷のごとく黙る、とはどのような意味だろうか。


2016年1月7日(木)~10日(日)
札幌市資料館(中央区大通西13)

第40回高書研展 (2015)
第35回高書研(北海道高等学校書道教育研究会・展覧会)展 (2010)
第32回高書研展 (2007)




・地下鉄東西線「西11丁目駅」から約290メートル、徒歩4分
・市電「中央区役所前」から約490メートル、徒歩7分。「西15丁目」から約430メートル、徒歩6分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「教育文化会館前」から約230メートル、徒歩3分
(手稲、小樽方面行きのすべてのバスが止まります)
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■第56回北海道書道展=招待・会員 (2015年4月29日~5月3日、札幌)

2015年05月03日 10時00分35秒 | 展覧会の紹介-書
 北海道書道展は、書では道内最大規模の団体公募展である。
 審査は、漢字多字数、漢字少字数、かな、近代詩文、墨象、篆刻・刻字の6部門に分かれている。
 基本的には、一般、会友、会員の3段階で、これは道内の美術の団体公募展と同じ。ただし、ベテラン会員は「招待会員」という扱いになっている(さらにいえば、中野北溟さんは超別格ということらしく、「招待作家」という肩書である)。
 また、大賞と準大賞は、一般からではなく、会友から選ばれる。

 筆者は、書道についてはまったくのしろうとであるが(書についても、と言うべきかもしれないが)、いくつか目に付いた点や、気に入った作品について述べたい。

 漢字では、馬場怜「花」を挙げたい。
 第1回展で会員に推挙された大ベテランだが、線質は美しく、気品と生命感が伝わってくる。

 会場でいちばんびっくりしたのは、三上雅倫「母 金文による」。
 先日の札幌墨象会展でも、おなじ趣旨の作を見たのだが、そのときから向きが90度回転しているのだ。横に貫く線が縦になっている。その線が最後にうねるのは、前作と同様である。ただし、札幌墨象会展の作と同一ではない(落款を見ればわかる)。

 あふれる力感をたたえる作よりも、空白の美しさを生かし、力をすっと抜いた作が、目に付く。
 青木空豁、藤根凱風、水上祥邦、三橋啓舟、清兼吼、大坪雅子などの面々である。
 紙いっぱいに文字を広げるのではなく、あえて文字のまわりに白い部分を残すと、字が引き立って見えてくる。
 水上さんは「白一色」という字なのに、紙は灰色なのがおもしろい。

 水間臥猪「秋山帯雨」は、「帯」の縦線にこめられた力と、ふっと力を抜いたような「雨」との対比がよかった。

 一方、安藤小芳は、ぱさぱさのかわいた筆をわざと使っているような、不思議な線質の作であった。

 多字数の行草書は、意外と少ない。
 その中では谷雪蘭の「花宮…」が、行書のもつリズム感が感じられて、楽しい。

 島田無響は遺作。「宙 俺の中には何にもないよ カラッポサ」
 死を前にしてのこの境地。

 かな。
 こちらも、線質にぐいぐい力をこめた作はあまり見なかったような気がする。そのかわり、散らし書きのアクロバットというか、下半分に途中まで書いて、最後の7文字だけ最上部に飛ぶといった、大胆なちらし方で書いた作がいつになくめだったように思う。竹内津代「もろともにあはれとおもへ山桜」と来て、「花よりほかにしる人もなし」は最上部に書かれているのだ。川口子、大川瀟湖、乗木美穂子も同様である。

 物故会員として安喰のり子、石井華賀子の作が展示されていた。
 安喰は「あさ寒のすヾめ啼くなり忍竹」。石井は、万葉集の山部赤人。これは、万葉仮名で書かれているので、漢字作品と見るべきか。かなと漢字をつなぐような作品。

 近代詩文も、会友や一般の会場に行くとたくさんあるオーソドックスなタイプの作品が意外と少ない。つまり、詩句の中から印象的なひとことを大きく激しく書き、残りを周囲に書く、直線が多く、線の鋭い作風である。そういう作は、大川濤湖など、あることはあるが、案外と少ない。
 ただし、若い感覚を打ち出しやすいのもこの部門らしく、大高蒼龍「White Out」、井川静芳「0 真新しいゼロ」などは、斬新だと思う。

 ほか、上山天遂は、篆刻よりも字釈の部分が大きな作品がこの数年続いている。
 こういう、ジャンルをまたぐような作は、会員の会場以外ではなかなか見られない。
 ほかにも、力作は多かった。ひとりひとり名前を挙げられず申し訳ありません。

 最後に、中川蘆月は、3月まで放送されていたNHKテレビ小説「マッサン」の主題歌である中島みゆき「麦の歌」を書いている。あらためて読むと、ドラマの物語にぴったりであることが分かり、いい歌詞だな~と、しみじみ感動したことを書いておきたい。
 


2015年4月29日(水)~5月3日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)



【公募作品】5月5日(火)~10日(日)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー

・地下鉄東西線バスセンター前


【会友作品】5月8日(金)~12日(火)午前10時~午後6時(最終日~午後4時)
札幌パークホテル(中央区南9西3)

・地下鉄南北線中島公園から徒歩2、3分


関連記事へのリンク
北のかがやき2009 北海道書道展第50回記念展 (2009)
第48回
第47回
第45回
第44回
第43回
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■第29回北海道墨人展■第66回札幌墨象会展(4月15~20日、札幌) ―2015年4月18日は10カ所(2)

2015年04月19日 10時54分01秒 | 展覧会の紹介-書
承前)

 札幌市民ギャラリーでは毎年4月から5月にかけ、書の一分野である「墨象」の団体が二つ展覧会を開く。
 北海道墨人展と札幌墨象会展である。
 以前は会期がずれていたこともあったが、2011年ごろから一緒の会期になって、同時に見られるようになった。
 墨象会のほうが回数が多いが、これは年に2度開催しているためである。

 墨人展は、数年前とくらべて、あきらかに変化したと思われることがある。
 黒い部分の面積が減って、白が増えているのだ。

 墨人といえば、ジャガイモのような黒々とした塊のような作品という印象が強い。
(偏見かもしれないが)
 今回、吉田敏子さんの「在」など、白の美しさが際立つ。
 渋谷北象さんは、「峰」がにじみを生かした作なのに対し、「帰」がにじみがほとんどなく、黒と白の対比が鮮やか。2点の違いがおもしろい。
 樋口雅山房さんは「幻」「和」など、直線を生かしたアルカイックな書風が目を引いた。

 一方、札幌墨象会展は、作品目録を紛失してしまったので、簡単にしか書けないが、筆者が訪れた際には会場で公開制作をしていた。巨大な筆を墨汁が入ったバケツに突っ込み、一気に文字を書く様子は、スポーツのようにも見える。

 展示作では、島田青丘さんの「いろはにほへと」が圧巻。
 淡墨で以呂波仁…と五十音を書いているが、文字と文字が重なり合いほとんど判読できない。
 しかし、うまく言えないのだが、島田青丘さんの作品は見るたびに、一種異様な恐ろしさを感じてしまう。なぜだろう。

 三上雅倫さんの金文「母による」は、最後の1画がうねっているのが斬新だった。
 菊地紀仁さん「驤」は、薄い墨が垂れ落ちるさままでを作品化した大作だ。
(この段落、修正・訂正しています)

2015年4月15日(水)~19日(日)午前10時~午後6時(札幌墨象会展は午前10時~午後5時)(いずれも最終日~午後4時)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)


第56回札幌墨象会展 (2009)
第53回札幌墨象会展(2007年)
第52回
第46回
第45回
第44回
02年秋
札幌墨象会12人の書展
第40回(01年春)

第24回北海道墨人展 (2010)
第23回北海道墨人展 (2009)
第9回北の墨人選抜展(2008年9月)
第21回北海道墨人展(2007年)
第20回北海道墨人展
第16回北海道墨人会(2002年4月8日の項)




・地下鉄東西線「バスセンター駅」9番出口から約260メートル、徒歩4分

・ジェイアール北海道バス、中央バス「北1条東8丁目」から約410メートル、徒歩6分
・中央バス「豊平橋」から約820メートル、徒歩11分

・ジェイアール北海道バス「中央小学校前」から約210メートル、徒歩3分(バスセンター―中央小学校前―菊水駅前―白陵高校前)

(市民ギャラリーには駐車場はありませんが、すぐ前の東6丁目通がパーキングになっているほか、周囲にコインパーキングがいくつもあります)


 
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