北海道美術ネット別館

アート、書道、写真などの展覧会情報や紹介、批評、日記。毎日更新しています

07年7月の主な展覧会

2007年07月31日 23時29分22秒 | 主な記事へのリンク
 7月のおもな展覧会の記事へのリンクです。このエントリは随時更新します。

 ■■は、更新時に開催中の展覧会、■はすでに終了した展覧会です。
 ごじぶんのblogに展覧会の記事を書いた方は、ここにトラックバックを送ってくださってかまいません(もちろん、個々の展覧会をとりあげた記事のほうがトラバ先としてふさわしいですが、個々の記事が遅れまくっているので)。

現代美術
IN MY HEAD 藤谷康晴展
伊賀信個展
チQ ライブドローイング29→30
松原成樹展

絵画・版画
石川亨信個展「each pulse each tempo」
最果ての大地を描く 越澤満油絵展
第48回 日本水彩画会北海道支部展
さっぽろ・フランスを愛した画友展
第5回櫂展
七里知子展「ドーナツの穴を作るために」
第1回グループ水煌
第3回茶廊法邑ギャラリー大賞展
かおかおパンダフェア
新出リヱ子個展

写真
■■「東京湾岸のねこたち」星野俊光写真展
風間健介写真展「夕張 ヤマの記憶」
「甦れポプラ並木」武藤省吾写真展
Railway Story 衣斐隆・ウリュウユウキ2人展

工芸
喜井豊子個展

複数ジャンル
交差する視点とかたち 川上力三・阿部典英・下沢敏也
第13回さいとうギャラリー企画 夏まつり「風」パートII
北翔大学美術サークル米-YONE- 夏休み直前追い込み美術展
上砂川・北の創造者達展
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07年7月30日は10ヵ所

2007年07月31日 22時28分50秒 | つれづれ日録
(承前)

 真駒内花園からじょうてつバスに乗る。
 このバス停から「1DAYカード」が使えるようになるのだ。

 ちなみに「真駒内」という地名はあっても「真駒内花園」という地名はない。

 さっぽろ文庫「札幌の地名」によると…。
 柏ケ丘の東側、真駒内川と道道札幌支笏湖線に沿う地区で、戦後満州から引き揚げて来た人達が二十六年(一九五一)に入植し、開拓五カ年計画の開墾の結果、成功検査に合格したところである。酪農をとり入れて混合農業が確立されたが、入植者の東海林諭吉は老齢のため酪農経営が困難となり、簡易温室を設け、花卉(き)園芸経営に着手し、生花や盆栽の販売を始めたところから、真駒内花園(かえん)と呼ばれていた。
 三十八年に中央バスの空沼二股線、厚別の滝線が運行され、停留所が設けられたとき花園(かえん)と命名したが、その後、宅地化がすすみ花園(はなぞの)団地が造成されて、バス停も花園(はなぞの)と呼称されるようになった。
 地元では、この地域のことを花園(はなぞの)と通称名で呼ぶことが多い。

 道道札幌支笏湖線は現在の国道453号です。


 南北線真駒内駅からさっぽろへ。
 石の蔵ぎゃらりぃはやし。原田富弥さんの風景画はあいかわらずこなれているなあ。

 紀伊国屋ギャラリーで味戸ケイコ「夢の果て」原画展
 鉛筆をつかうイラストレーターでは国内最高峰のひとりだと思う。メルヘンチックなだけじゃないメルヘンの世界。
 8月6日まで。

 富士フイルムフォトサロンで「甦れポプラ並木」武藤省吾写真展
 1990年代の写真が多い。札幌人の心のふるさとですなあ。
 8月1日まで。

 大同ギャラリーで原田ミドー工作少年展。
 彫刻展ではなく、かなり雑多な展覧会。31日終了。

 時計台ギャラリーで、朝地信介日本画展/北口さつき展/駒澤千波展/小倉恵一個展/百野道子日本画展。
 ミクニキョウコ個展は引っ越しなどで忙しく中止。かわりにご主人の朝地さんが2部屋つかっていた。
 いずれも8月4日まで。

 このつぎに、NHKギャラリーで「ぐるうぷ彩水彩画展」を見たのだが、これがけっこうウマイのだ。
 これぐらい写実的に描ければたのしいだろうなあと思う。
 西園記美恵さん「冬景色」、札幌軟石の建物の質感をよく描いている高泉勝さん「パレードビル 札幌市南2西3」、にじみをいかして紅葉を描写した三瓶敦子さん「秋のしつらい」、大森謙一さん「木立」、今井さん「ゴヤ像前で」などに感服した。

 いったん東西線で琴似に行ってRadio&Recordsでビールを飲んだあと、アートスペース201でFIVE ENERGY展オープニング。
 アートスペースの5室をつかって5つの個展。ぜんぜんちがうタイプの作家がそろったのがおもしろい。
 8月7日まで。

 というわけで、けっこう見ごたえのある展覧会が多かった。
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07年7月28-30日

2007年07月31日 22時01分40秒 | つれづれ日録
 28日は、環境省の北海道事務所とNPOが主催する川あそびの行事にせがれを連れて行った。
 新聞の地方版とか、行政のチラシが集まっているところを、マメにチェックしていると、親子で参加できるこの種の催しは、札幌のような大都市ではじつに数多くひらかれていることがわかる。

 この日は「ちえりあ」に集合し、西野川(西区)、中ノ川(同)、星置川(手稲区と小樽市の境界)の三カ所で、水生昆虫をつかまえたりした。星置川にエビやカニがいるなんて知らず、参加者のひとりが網ですくい上げたのを見てびっくり。筆者はウグイをゲットした(もちろん、川に返したけど)。
 現在の星置川や中ノ川の下流部は、洪水防止のために、近年になってから人工的に造成した新しい流路である。それでも岸の草を刈らないでいると、いろいろな動物が息づくようになるのだなあ。
 ふだんはあまり見かけることのない「いのち」を目にすると、地球環境などにたいする考え方もすこしは変わっていくのかもしれない。


 それほど激しい運動をしたつもりはまったくないのだが、翌29日はつかれきって家で寝ていた。
 したがって、東川のフォトフェスタにも風間さんのギャラリートークにもPMFの野外コンサートにも関口雄揮記念美術館のトークにもイメージフォーラムフェスティバルにも行かなかった(やっぱり北海道は夏に行事が集中するなあ)。
 夕方起きて、家族と買い物、バイキング。


 今週は火曜から土曜まで、朝から晩までの勤務なので、月曜のうちにまわれるギャラリーにまわっておかねばならない。

 まず札幌芸術の森美術館へ。
 モディリアーニ展は、けっこう良い絵がきていた。
 素描も見ごたえがある。
 ただ、エコール・ド・パリなのに、どうしてキンビでやらないんだろう。

 工芸館をのぞいてからバスに乗り、石山陸橋で降りる。
 櫻珈琲工房でひと休み(冒頭の画像はそこで撮影)。
 筆者がとくに目的もなく喫茶店に入るのはめずらしいことなのだ。

 店内には、札幌の日本画家伊藤洋子さんの「アムステルダム」などの絵と、釧路の油絵画家吾孫子雄子さんの絵が展示されていた。

(以下別稿)
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小ネタ(2)

2007年07月31日 00時06分03秒 | つれづれ日録
 昨年秋あたりから、検索エンジンでキーワードを検索してウェブサイトでもっと詳しい情報を得て-と誘導する広告やコマーシャルが急増してきた。それまでは、URLを大きく表示するタイプのコマーシャルが多かったのだが。
 たしかに、筆者もいちいちURLを打ち込むことなんて以前からほとんどなかったものなあ。

 で…、ふつうは
「検索」
というと思うのだが。

 この画像は地下鉄南北線大通駅の広告看板。
 これだけじゃなくて、同社の、地下鉄の車輛内のポスターもやっぱり
「詮索」
になっている。

 確信犯? たんなる誤字?
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本郷新賞に前田哲明さん

2007年07月30日 01時12分04秒 | 情報・おしらせ
 以前の北海道新聞に出ていたようですが、本郷新記念札幌彫刻美術館から、本年度の本郷新賞についてお知らせをいただきましたので、ここであらためて紹介します(というか、いただいたメールを、多少順番をいれかええてコピペ)。情報を寄せていただいた同美術館に感謝します。

 本郷新賞は、道内の彫刻を対象にした賞ではなく、全国のすぐれたパブリックアート(公共の場での彫刻など)におくられるというユニークなものです。これは、本郷新が、パブリックアートに積極的な彫刻家の先駆け的な存在であったことに由来するものでしょう。
 受賞を記念する前田さんの展覧会は、同美術館で8月25日から10月14日までひらかれます。
(過去の賞の関連記事へのリンクは、いちばん下のほうにあります)



第13回本郷新賞受賞作
『煌樹(こうじゅ)』概要
〔制 作 者〕 前田哲明 MAEDA NORIAKI
〔材  質〕 ステンレス、積層ガラス
〔寸  法〕 高さ700×横850×奥行850 cm
〔制 作 年〕 2005年
〔設 置 年〕 2005年10月25日(除幕式:2005年10月25日)
〔設置の趣旨〕 新しくなった栃木駅北口駅前広場において、栃木駅周辺地区及び駅前広場のシンボル、さらに新しい栃木の顔になるよう個性ある魅力的な空間の創出を目指し、モニュメントを設置する。
〔設置・管理者〕 栃木市 
〔設置場所〕 栃木駅北口駅前広場
〔周囲の環境〕 栃木駅は栃木駅周辺整備とあわせて新装され、また、北口駅前広場は市民及び来訪者にとって心地よい空間となるよう整備された。
〔制作意図〕   この作品を制作するにあたり、あるひとつのモチーフが私の中を過ぎました。
それは大地にしっかりと根を張り、力強く息づく一本の栃の木でした。
―たとえ将来、街が大きくなり様相が変化しても、この広場の栃の木は、末永く市民を見守っていくことでしょう。―
そんな願いが込められた声が、遠い何処からか私のもとに届いたような気がいたしました。
栃の木は、市のシンボルであるばかりではなく市民の心を癒す対象として重要な役割をはたしています。市内を取りまく巴波川からうける豊かな恵みを一本の大きな栃の木に託し、その実りをまた大地に宿すようなニュアンスです。また、今回提案したモニュメントに色彩をとり入れましたのは、単にモニュメントの見栄えの問題ではなく、周囲との景観とのバランスを基本理念に据え、ごく自然発生的に決められたものでした。この色彩と共に、栃木市の地域性を感じさせ、しかも多くの人々により一層親しみをもっていただける「広場空間」とモニュメントを含む島全体のバランスを考えた「アートワーク空間」を創造するため、ただシンボルとして存在感を誇示するモニュメントではなく、モニュメントを含めた広場全体に象徴性をもたせました。
この広場を通じて人々にふれあいの心を促し、それによって、真に豊かな未来づくりの基盤となることを切に望んでおります。





第13回 本郷新賞を受賞するにあたって

                             前田哲明
今日まで、私は空間にもたらす言葉を探し求めて制作を続けてきたように思います。
普段ギャラリーや美術館のホワイトキューブスペースで制作展示してきた自分の表現を前面に押出したカタチは、時として押し付けのように受け取られることがあります。とくに多くの人々の交錯する公共の空間の場合、その兆候は顕著で、私にとりましては常に困窮を余儀なくされます。そんな時、私は自分をリセットするために先ずその空間に秘められた言葉を発掘する気持ちで、与えられたスペースを自分なりに把握し、少しでも大きく魅力的に見せるようにすすめていきます。それは、言ってみれば演出家の仕事のようなものなのかもしれません。その過程には普段、作品を制作する手わざだけではなく、「場」に対して想いを馳せ、もう一度自分自身に立ち返りながら進める見えない仕事が存在します。彫刻を制作することは、手わざの占める要素がつい大きくなりがちですが、空間を彫刻するということは、高揚する精神と、この「場」に対する想いを最後まで維持できるか否かがすべてのように思います。それは、画家が一つのキャンバス「空間」のなかで絵具を重ねていく仕事に限りなく近いのです。
このたび、本郷新賞を受賞しましたことは、私にとりまして全くもって寝耳に水なことで、少々戸惑っております。しかしこれを機にさらなる進化を目指し制作に精進を続けることがきればと存じております。

選考所感
第13回本郷新賞選考委員
酒井忠康
今回の本郷新賞の選考は、これまでもそうであったように、本郷家において去る6月10日に開催されました。前回に比べて推薦作品は多く、36点の中から選ぶことになりました。なかなか優れた作品が多くあって、選考委員のあいだでも意見の違いをみました。しかし、意見の交換を繰り返し、丁寧な選考をこころみた結果、最終的に前田哲明氏の《煌樹》を受賞作品に決定いたしました。
これは、栃木駅周辺整備にあわせた駅前広場のシンボルとして設置された作品です。ダイナミックなフォルムを支える力強い構造が特徴です。しかも空間的な広がりがあって爽やかな印象をもたらします。パブリック・スペースに設置された作品の中から選ぶというこの賞の趣旨にも適合しています。
前田哲明氏は、その経歴にあるように文化庁芸術家在外研修制度で1997―8年ロンドンに滞在しています。それ以前からイギリスへの強い愛着と共感を抱いていて、大いに成果を上げた研修となったようです。その証拠に帰国後、精力的に数々の個展を開催しています。また2001年には第19回現代日本彫刻展(宇部市常盤公園)で大賞を受賞、翌年には第29回長野市野外彫刻賞を受賞するなど、その活躍には目覚しいものがあります。
期待できる大型彫刻家の出現といえるのではないかと思います。(第13回本郷新賞選考委員を代表して)
      


前田 哲明 MAEDA NORIAKI

1961 東京都に生まれる
1986 東京芸術大学美術学部彫刻科卒業、安宅賞受賞
1988 東京芸術大学大学院修士課程修了
1991 東京芸術大学大学院博士課程満期修了
1997 文化庁の芸術家在外研修制度による研修員としてロンドンに1年間在住
    現在、東京都渋谷区に在住

■個展
1986 ギャラリーパレルゴンⅡ、東京
1987 ギャラリーK、東京
1988 レスポワール展 その7、銀座スルガ台画廊、東京
ギャラリーK、東京
1989 ステゴザウルススタジオ、名古屋
1990 村松画廊、東京
 ときわ画廊、東京
1991 東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程研究発表展、東京芸術大学陳列館
 ルナミ画廊、東京
 ときわ画廊、東京
1992 ときわ画廊、東京
1993 ときわ画廊、東京
 「ニュー目黒名(画)座」目黒区美術館、東京
1994 ときわ画廊、東京
1995 ときわ画廊、東京
1997 ときわ画廊、東京
1998 ときわ画廊、東京
1999 ヴェランファウンディション、カリニアーノ、トリノ、イタリア
ヨークシャー・スカラプチャー・パーク、英国
2000 ステファン・レーシイ・ギャラリー、ロンドン、英国
2001 ギャラリーGAN、東京
2003 ギャラリーGAN、東京
2004 ギャラリーGAN、東京
2007 ヨコハマポートサイドギャラリー、横浜

■グループ展
1987 “ENCLOSURE”世田谷美術館区民ギャラリー、東京
1989 Contemporary Works '89、東急百貨店日本橋店美術画廊、東京
 バトルロイヤルシリーズ③「表層構築」袴田京太郎+前田哲明、ギャラリーαm、東京
 アートエキシビジョン'89「8つの波」、マイカル本牧、横浜
1990 アートエキシビジョン'90“WIND”マイカル本牧、横浜
 Contemporary Works '90、「彫刻家たちの現在」東急百貨店日本橋店美術画廊、東京
1992 第21回現代日本美術展、東京都美術館、東京
 ルナミセレクション'92Ⅱ、ルミナ画廊、東京
1998 サマーエキシビジョンRA、ロイヤルアカデミー、ロンドン
 インサイド/アウトサイド、新潟県立近代美術館
1999 サマーエキシビジョンRA、ロイヤルアカデミー、ロンドン
2000 プライム:記憶された色と形、東京オペラシティアートギャラリー、東京
2001 第19回現代日本彫刻展(大賞受賞)宇部常盤公園、山口
2002 第29回長野市野外彫刻賞 南長野運動公園(長野市)
2006 DOMANI・明日展 2006  損保ジャパン東郷青児美術館、東京
    Scultura Internazionale ad Aglie 2006 , Castello e del Parco, トリノ・イタリア
   第9回 KAJIMA彫刻コンクール(特別賞)、鹿島Kiblgアトリウム、東京、大阪
2007 メキシコ―日本彫刻展 マカイ美術館、メリダ市、メキシコ
■プロジェクト
2002 「TODAY AND TOMORROW」オールセインズ教会、ダリッジ、ロンドン

■シンポジウム
1994 釜山国際野外彫刻シンポジウム、オリンピック記念公園、釜山、韓国
2000 アイ・オヴ・ザ・ストーム、ラ・マンドリア・パーク、トリノ、イタリア


■パブリックコレクション
1991 海雲台オリンピック記念公園、釜山、韓国
1992 富山県立近代美術館
1995 新潟県立近代美術館
2001 宇部市常盤公園、山口
2002 南長野運動公園、長野
2002 ヨークシャースカラプチュアパーク、ウェークフィールド、ヨークシャー、イギリス
2005 栃木駅北口駅前広場モニュメント(2004年度指名コンペティション)、栃木市
第13回本郷新賞受賞記念
「前田(まえだ)哲明(のりあき)彫刻展」開催要項
1. 趣 旨 第13回本郷 新賞受賞を記念し、贈呈式とあわせて受賞作家
前田哲明の彫刻展を開催する
2. 主 催 本郷新記念札幌彫刻美術館、財団法人札幌市芸術文化財団
本郷新賞運営委員会
3. 後 援 文化庁、北海道、北海道教育委員会、札幌市、札幌市教育委員会、
4. 期 間 8月25日(土)~10月14日(日) 会期中無休
5. 会 場 本郷新記念札幌彫刻美術館本館
6. 展示作品 前田哲明の彫刻作品
7. 観覧料 一 般 500円 (団体 450円)
高大生 300円 (団体 250円) 団体は10名以上
中学生以下無料
8. 第13回本郷 新賞受賞記念展セレモニー 8月24日(金) 午後2時~
(1)  贈呈式
(2)  受賞記念『前田哲明彫刻展』開会式
(3) 受賞記念事業


第13回本郷新賞要項
1.趣 旨 彫刻家本郷新の半世紀にわたる業績を記念し、彫刻芸術の振興に寄与するため賞を贈る。
2.主 催 本郷新記念札幌彫刻美術館
財団法人札幌市芸術文化財団
本郷新賞運営委員会
3.後 援 文化庁/北海道/北海道教育委員会/札幌市/札幌市教育委員会
4.選考対象 2005年1月から2006年12月末までの2年間に日本全国のパブリックスペースとしての広場、公園、街路、公共建築物等に設置された彫刻で、作者の国籍は問わない。尚、作品は常時誰でも鑑賞できる場所に設置されていること。
5.選考方法 あらかじめ委嘱された推薦委員の推薦作品の中から選考委員が1点を選考する。
6.顕 彰 選考された受賞作の作家に対して賞状及び賞金100万円を贈呈する。
7.選考委員 -五十音順-
國松 明日香 彫刻家
酒井 忠康 世田谷美術館 館長
澄川 喜一 彫刻家
建畠 朔弥 彫刻家
山本 正道 彫刻家
8.その他
(1) 選考は隔年とし、第14回は2007年1月から2008年12月までの設置された作品ついて2009年の実施を予定。
(2) 賞の贈呈式は、2007年8月24日(金)本郷新記念札幌彫刻美術館で行う。
(3) 下記の事業を札幌で開催する。
◎ 記念講演会・シンポジウム・・・・・・・・・・・8月24日(金)
◎ 本郷新賞受賞作家の作品展及び関係資料展
・・・・・・・・・8月25日(土)から10月14日(日)
1. 選考経過
平成19年4月 8日 運営委員会開催(東京)
4月21日 推薦委員(78名)委嘱
5月20日 候補作品の推薦締切(全国から36点の作品の推薦)
6月10日 選考委員会開催(東京)
7月18日 郵送によって正式発表
8月24日 贈呈式・記念事業等開催
8月25日 第13回記念本郷新賞受賞記念「前田哲明彫刻展」開催
~10月14日 (会場:本郷新記念札幌彫刻美術館)
2. 選考結果
(1)選考委員会・・・平成19年6月10日
(2)選考委員・・・開催要項の通り
(3)推薦作品・・・36点
(4)選考委員の厳正な審査の結果
栃木駅北口駅前広場に設置された前田哲明制作の『煌樹』を受賞作とした。

第13回本郷 新賞候補作品地域別一覧
数 数 数 数 数
北海道 2 埼玉県 2 富山県 4 兵庫県 1 宮崎県 6
青森県 1 千葉県 2 石川県 1 鳥取県 3
岩手県 3 東京都 3 岐阜県 1 山口県 2
栃木県 1 新潟県 1 愛知県 1 香川県 2 合計 36



2005年の本郷新賞
2003年の本郷新賞(伊藤隆介展の下)
2001年の本郷新賞を受けた澄川喜一さんの個展
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■風間健介写真展「夕張-ヤマの記憶」 (7月31日まで)

2007年07月29日 23時44分55秒 | 展覧会の紹介-写真
 写真家の風間さんが17年ほど住んだ夕張を離れ、東京都武蔵野市に移り住んだのは昨年でした。財政破綻が白日のもとにさらされる直前のこと。
 夕張時代の風間さんは、まだ「炭鉱遺産」「産業遺産」ということばが一般的になっていないころから、空知の炭鉱跡の魅力を訴え続け、札幌などで多くの個展、グループ展をひらきました。また毎年、若手写真家とともに、東川フォトフェスタの会場前でテントを張り、写真を屋外展示しました。
 その夕張時代の集大成が、大判の写真集「夕張」(寿郎社)となって結実し、日本写真協会新人賞、写真の会賞、地方出版文化功労賞奨励賞というトリプル受賞をもたらしたのは、記憶に新しいところです。
 さて、上京後の風間さんは、「ヒルズ」と自称する狭いアパートの一室に住み、井の頭公園でオリジナルプリントを売る日々をおくっていましたが、公園での販売が許可制に変わって平日は認められなくなってしまいました。夕張時代は中田市政にさんざん悪態をついていた風間さん、現在は石原都政を相手に闘っています。
 もっとも、風間さんは、モーニング娘。大好き、体のあちこちが痛いという、気さくなおじさんであります。


            

 今回の個展は、道新プラザ側の企画。
 会場の手前の半分は、裁ちきりのモノクロ写真を壁一面に展開し、奥の側は、額装したモノクロ写真をならべています。
 壁一面のほうはすごい迫力です。写真集「夕張」に収録されていた炭住や清水沢発電所(現在は解体)、それに、写真集には入っていないお祭りのショットがならんでおり、全体的には、写真集よりも“人のにおい”がする感じがします。
 左側の壁にはわりと“廃墟系”の写真が貼ってあります。

 いまさらいうまでもないことですが、さすがプロ、焼きはひじょうにうまいです。

            

 壁のところどころに赤い帯があって、全体を引き締めています。


            

 白い点がぽつぽつついているのは、スポットライトの反射です。
 右上の夕鉄バス、いい感じだなあ。
 左下の、夜の遊園地も、無人のさびれた雰囲気が、印象的です。



 右側の、雪に埋もれた家は、夕張時代に風間さんが住んでいた家です。

 こうして見ていると、いままで何度か書いていますが、風間さんの写真って、社会派というよりは叙情的なんですよね。


 エゾ三毛猫さんも掲示板に書いていましたが、今回の個展は、撮影OK、HPやブログでどんどん宣伝してくれ-という、太っ腹の掲示がありました。

           


 一部、カラー写真もあります。めずらしい。
 銀塩で、レーザープリンター出力しています(色が安っぽいのはそのため)。

 財政破綻したときにはあれほどマスコミで報道された夕張ですが、いまは東京ではほとんどわすれられています。
「だからワシは、この写真展を、国会議事堂でやりたいんよ。もう夕張のことなんかわすれた政治家に見せてやりたいんです」

(全体的に色調がセピアっぽいですが、どうもカメラのホワイトバランスを誤ったようです。風間さん、どうもすいません)


07年7月19日(木)-31日(火)10:00-18:00(最終日-16:00、20日は-22:00)、無休
道新プラザ・ギャラリー(中央区大通西3、北海道新聞社1条館1階)

風間氏のサイト

公募写真展「炭鉱再発見」
東川賞受賞(02年)
AZUMA組写真展(01年)
グループ炭鉱夫・路上写真展(01年)
コメント (4)

■交差する視点とかたち 川上力三・阿部典英・下沢敏也 (7月29日まで)

2007年07月29日 10時36分56秒 | 展覧会の紹介-複数ジャンル
 戦後の陶芸史をぬりかえた前衛集団「走泥社」のメンバーだった川上力三さん(京都、1935-)、道内を代表する彫刻家の阿部典英さん(札幌、1939-)、パワフルなオブジェを精力的に制作している下沢敏也さん(札幌、1960-)の初の3人展。非常に見ごたえのある空間が現出しています。造形的にはもちろんですし、人の生と死を考えさせる重みがあると思います。

 この展覧会のきっかけは、関西方面で精力的に発表してきた下沢さんが、2005年に伊丹市立工芸センター(伊丹国際クラフト展の会場でもあります)で個展をひらいた際、たまたま同時期に同センターで川上さんが個展をひらいていて知り合いになり、川上さんが
「北海道でもやりたい」
と言ったことだそうです。
 道内での陶芸展といえば、95%は生活雑器や花器がメーンで、オブジェを制作している人はあまり多くありません。道外の陶芸作家の、うつわ以外の作品が紹介されることは、きわめてまれです。
 これは貴重な機会だと思った下沢さんが企画し、「北海道立体表現展」でいっしょに発表した阿部さんをさそって3人展としたのが、今回の展覧会なのです。
 「陶2+彫刻1」
 「道内2+道外1」
 「1930年代生まれ2+60年代生まれ1」
 3人による会場構成も、すっきりしたものになっていました。




 まずは川上さんです。
 筆者が会場を訪れた際は、函館に行っており、不在でした。
 はじめて拝見しましたが、いずれもシンプルで、重厚さに満ちた作品でした。
 上の画像は、左と右が「風の門」、中央は「遠い道」です。
 あまりむつかしい理屈はいらないと思います。人生というか、人間の生の深遠さ、はるかさを、静謐な表現のうちに提示しているように感じました。

 「遠い道」は、右端がギザギザのままなのが、作品にふくらみを与えていると思います。
 右の「風の門」は永遠性をただよわせています。
 戦争、阪神大震災をくぐりぬけてきた作者の祈りのようなものが、簡素なかたちのなかに折りたたまれているようです。 

              

 奥は「環相『宙』」、手前は「環相・位相」。
 「位相」のほうは、半分に切ったドーナツ形で、台の上に金属板を置いて反射させ、まるく見せています。
 「宙」は、本焼きの前に表面にグラインダーで傷をつけ、さまざまな着彩をほどこしています。
 いずれも、漆黒の宇宙を思わせる黒い色は、釉薬をかけたのではなく、焼く際に松脂をまぜて着けたものだそうです。

           
           


 つぎは阿部さん。



 出品はインスタレーション「ネェ ダンナサン あるいは 死・生」1点だけです。
 祭壇を思わせます。軽快さと重厚な精神性とが同居しているかのような印象を受けます。
 それぞれの立体は木彫がメーンです。


           

 画家の丹野信吾さんやグラフィックデザイナーの梅津恒見さんといった友人の死は阿部さんに大きなショックをあたえたようです。作品も、人間の死と生とはなにかを問う深い思いを感じさせます。
 阿部さんによると、当初は「囚われの石」といった題を考えていたとのこと。
 手前左の石は、朝里海岸(小樽)で拾ってきた石に、メッキした金属板をまきつけたもの。
(それにしても、石を拾いに行ったところが朝里であることに或る種の感慨を覚えます。2003年に芸術の森美術館でひらかれた個展のときにあらためて知ったのですが、阿部さんは生まれは札幌ながら、戦中に疎開していた後志管内島牧の体験が原点になっているというのです。石狩や苫小牧ではなく、すこしでも島牧に近いほうの海に行くんだなあ)

           

 左奥の三角形なんて「位牌みたいでしょう」と阿部さん。
 そして、中央の木彫は、白い羽根を持った天使のようです。

 生にたいする心からの肯定を感じさせる阿部さんのインスタレーションに影を落とす死というもの。
 陰影の深まりが、作品をいっそう際立たせています。


 最後は下沢さん。
 といっても、年齢順で紹介したまでで、下沢さんのインスタレーションが入り口の近くに展示してあったのですが。



 「RE-BIRTH -風化から再生-」
と題された作品は、12本の柱からなっています。
 おそらく素焼きだと思います。ひび割れ、焦げ、縮れ、しかしそれでもすっくと立ち続ける姿は、土という身近な、しかしふだんあまり考えることのない素材について、見る者に思いを促します。
 きわめてシンプルながら、強い存在感をもって迫ってくる作品です。


07年7月21日(土)-29日(日)10:00-18:00(最終日-17:00)
コンチネンタルギャラリー(中央区南1西11、コンチネンタルビル地下1階 地図C)


WAVE NOW 06(阿部さんが参加)
阿部典英個展(2002年)
北方圏美術展(2002年、阿部さんが参加)


下沢さんのサイト

07年4月の個展
田村陽子さんとの2人展(07年1-2月)
下沢トシヤ陶展(06年12月)
西本久子さんとの2人展(06年1月)
下沢トシヤ陶展(04年6月)
北海道立体表現展(03年)
下澤敏也・多田昌代2人展(03年、画像なし)
下澤敏也・多田昌代2人展(02年、画像なし)
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小ネタ

2007年07月28日 21時04分50秒 | つれづれ写真録

 某所駐車場で。

 なぜ会長車のほうが手書きなんだろうか。


(きょうはつかれたのでもう寝ます。スイマセン)
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■IN MY HEAD 藤谷康晴 (7月29日まで)

2007年07月28日 00時39分56秒 | 展覧会の紹介-現代美術
 ことしに入ってから月イチという驚異的ペースで個展やライブドローイングをおこなっている石狩市の藤谷康晴さんのことは、このブログの読者でもご存知の方が多いと思います。
 筆者は、先週末のライブドローイングは仕事のために行けなかったのですが、そのさいの「結果」を見てきました。
 会場は、以前質屋として使われ、現在はふるいレンガ造りの蔵を改造したギャラリーになっています。壁面はあまり長くありませんが、天井は高いです。附近は、狭い道路の両側に古いアパートが密集しており、会場は奇跡的に残ったような建物です。

 以前藤谷さんに会ったとき、ライブドローイングの時間を短くするなどやり方を変えるという話をしており、今回は2時間。
「前はとにかくかき続けることだったけど、今回は2時間でいかに完成にもっていくのかがテーマ」
とのことで、腕時計に目をチラチラ落としながらの作業だったそうです。


           

 ライブの前に、4月にアートマンギャラリーでおこなったライブドローイングで描いた紙の一部を、15枚の短冊状にして、高いところから吊り下げました。
 さらに、レンガの内壁を灰色のトレーシングペーパーにフロッタージュ(こすりだし)して、灰色の紙の上に貼り、壁に画鋲で取り付けました。
 「えっ、レンガや目地って画鋲でとめられるの?」
とびっくりしましたが、内壁のところどころに木レンガが交じっているのだそうです。
 ライブドローイングは、あらかじめ壁に貼った紙の上でおこなわれたのでした。
 「それってかきにくくない?」
と訊いたのですが、藤谷さんは否定しませんでした。
 でも、机の上に置いたりイーゼルに設置したりするのは藤谷さんのスタイルじゃないんでしょうね。 
 作品に、あまりためらわず画鋲の跡をつけちゃうところが藤谷さんらしいといえばらしいですが。


           

 画材は油性のマーカーがメーン。
 写真で茶色に見えるのは
「生まれて初めて買った」
という口紅です。
 光線のように画面を走っています。


           




 なんだか触手のようにも見えてきます。

 2時間という限定された時間で仕上げなくてはならないのなら、刷毛などを用いて着彩したほうがかんたんにできるのではないかと尋ねたら、藤谷さんとしては、ドローイングとペインティングは区別しているとのこと。
「じぶんはかいているのであって、ぬっているという意識はないんです」
 ドローイングのほうが、より肉体的、原初的ということなのかもしれません。「運動の生理」とでも呼ぶべき感覚に忠実なのだと思います。


07年7月20日(金)-29日(日)11:00-19:00、月曜休み
旧鎌田志ちや(中央区南10西9)




4月のライブドローイング
藤谷康晴ライブドローイング-呼吸する部屋-(3月)
藤谷康晴個展 CONCRETE FICTION (2-3月)
個展「路上でお茶を」(1-2月)
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■石川亨信凹版個展「each pulse each tempo」 (7月29日まで)を見に行った

2007年07月27日 23時44分18秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 僧侶としていそがしい毎日をおくりながら、独特の空気感をもった抽象版画にとりくむ石川さん。
 住民票は石狩、寝泊まりは北区篠路、スタジオはまた別のところ、寺は都心…と、とびまわる日々がつづいているというが、近くニューヨークで初の個展をひらくということで、多忙さに拍車がかかっているようだ。

 今回の個展会場は、面積はあまり広くないが、吹き抜けになっているつくり。
 玄関前と、会場中央に、おそらくおなじ版で刷ったと思われる作品を立てている。障子1枚分の広さはあろうかという大作だ。
 吹き抜けの高い部分にも作品を配し、さらに壁際に、光を反射する銅板を立てかけて、森のような空間をつくっている。販売用の小品は1点もない。作品が自立する、いわばインスタレーション的な展示になっている。

 もともと石川さんの版画は、なにか具体的なモティーフがあるというのではない。風というか、雲というか、いや、暖気でも湿り気でも靄でもなんでもいいのだが、漠たる空気の感じのようなものが表現されているようだ。といって、装飾的な壁紙模様にもなっていない。なにも描かれていないのに、いつまででも見つづけていられる、そんなふしぎな作品世界をつくっている。


 筆者が見に行ったときには、すこし年かさの男性が、作品を見るでもなく、ギャラリーに座り込んで携帯電話をさかんにいじっていた。
 筆者には携帯電話でメールを送受信するという習慣がないので、とても奇妙な光景に感じられた。
 ほかに、会場内をうろうろしている女性がいて、彼女の視線の先を見ると、デジタル一眼レフカメラを構えた男性が吹き抜けの上にいるのだった。
 ほどなくして、携帯男と筆者は、写真を撮るので3分ほど出て行ってほしいと、その女性に言われた。

 そんなことを言われたのは、10年ほどギャラリーをまわっていて、はじめてだった。

 ギャラリーがあいている時間にもかかわらず作品写真の撮影をしている場面には、何度か出くわしたことがある。
 しかし、どのカメラマンも、見ている人のじゃまにならないように三脚を置いて、撮っていた。

 実際に足を運んで作品を見に来ている人よりも、写真を撮る人というのは、そんなに偉いのだろうか。


 北12条駅まで歩いて帰る。


 このギャラリーのブログの、筆者がおとずれた日のエントリに、こんなことばがあった。(名指しこそしていないが、FIX! MIX! MAX!をけちょんけちょんにけなした文章の末尾)
 ひとりの人間の個としての深い時間をないがしろにして安直な名称を冠らせるなと言いたい。


 強烈な違和感を覚えた。

(28日削除しました。) 


07年7月17日(火)-29日(日)11:00-19:00、月曜休み
temporary space(北区北16西5)

小林大さんとの2人展(06年)
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■濱田五郎油絵個展 癒しを求めて (7月29日まで)

2007年07月26日 21時39分52秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 濱田五郎さん、札幌ではじつに24回目となる個展。
 後志管内岩内町に腰をすえ、徹底した現場主義で故郷の風景を描き続ける道展のベテラン会員です。
 ことしで78歳ですが、とうてい信じられないほどお元気。
 画風もあまり変わっていません。強いて言うなら、おだやかな写実傾向がやや後退し、気持ちのこめられた筆勢が、岩や波の描写にめだつような気がします。
 「50号のキャンバスまでなら車につめるからね」
とこともなげに話す濱田さん。
 「だいたい木田金次郎の息のかかったヤツは現場主義なのさ」
と笑います。
 自筆の年譜には、木田金次郎に師事、とありますが、濱田さんのお話では、木田の存命中はまだごじぶんは若く、あまり指導は受けていないとのこと。 
 「(木田金次郎は)家に来るときかならずおみやげ持ってこい-って言うわけさ。といっても、お菓子持ってこいっていうことじゃなくて、(じぶんで描いた)絵ば持ってこいってことなんだな。それで、いろいろ指導する。おれのときは、なんも言ってくれない。あるとき聞いたら『おまえのを直すなら、ぜんぶ直さなきゃならないんだ』」
 さすが木田先生、キビシイなあ。
 「道展の帰りとか、札幌から汽車でいっしょに帰るとき、(木田金次郎が)『おまえ、いまここで列車が脱線したらどうする』って聞くわけさ。命は落としても絵だけは守れ-っていうんだ。戦争中、たとえ死んでも天皇陛下から授かった銃は守れっていうのと同じさ。そういう精神はずいぶんたたきこまれましたね」
 むかしの国鉄岩内線は1日に列車が5、6往復しか走っていません。小沢(こざわ。倶知安のひとつ手前の駅)で降りると、もう列車がないこともあります。そういうときは、木田金次郎や青塚誠爾さん(故人、画家で、木田の弟子)といっしょに岩内まであるいたそうです!
 いやあ、むかしの人は健脚だなあ。
 木田金次郎は長身で、線路を歩いてもちょうど枕木を踏んでいけばよかったそうですが「オレは短足だからなあ。歩きづらくて。ははは」。
 ゆかいにわらいます。

           

 ところで、今回は、海に背を向けて岩場を描いた作品が目立ちます。
 岩内近辺のめぼしい浜辺の多くは描いてしまったうえに、道路整備でトンネル化が進み、海に出られなくなっている個所も多いとか。さらに、最近は、別荘分譲地などで筆を走らせていると、わたしの海岸を勝手にかかないで-などと苦情を言われることもあるそうで、なんともせちがらい世の中になったものです。

              

 会場でいちばんの大きな作品「初春積丹岬」です。
 初春、というより、早春といった感じがしますが。


 目録によると、出品作は次のとおり。
M50「厳冬大雪」
F50「初春積丹岬」
F30「朝霧釧路秋湿原」
F20「岩礁白波」
P20「初春岬」「岩内岳遠望」「岩礁」
P10「初春岬」
F15「暮色断崖」
P12「白波」「白波岩礁」「立て岩」「ニセコ残雪」
F10「残照雷電」「岩内岳を」「岩礁」「崖を」「桜と崖」「緑と白波」「断崖」「白波と岩場」
M10「積丹遠望」
F8「島野海岸」「御崎海岸」「荒れる海」「初春平原」「白波」
M8「春の要諦」
F5「樹林」(会場の表記ではF6)
F6「積丹」

07年7月24日(火)-29日(日)10:00-18:00(最終日-?)
スカイホール(中央区南1西3、大丸藤井セントラル7階 地図B)
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韓国ウィーさんにビエンナーレ大賞*洞爺村国際彫刻展

2007年07月26日 21時37分39秒 | 新聞などのニュースから
 北海道新聞7月26日朝刊の第三社会面から。

 【洞爺湖】胆振管内洞爺湖町で2年に1度開かれている公募展「洞爺村国際彫刻ビエンナーレ2007」(実施委主催)の最終審査が25日、町洞爺総合センターで行われ、大賞に韓国のウィー・セボグさん(42)の「Seed Of Cosmos」(宇宙の種)を選んだ。

 公募展は「手のひらの宇宙」をテーマに高さ40センチ以内の彫刻作品を募り、8回目の今回は世界45カ国から449点が応募。最終審査では、5月末の1次審査を経た58点を、奥岡茂雄・札幌芸術の森美術館長ら4人が審査した。

 大賞作品はステンレス製で、縦横約20センチ。くりぬいた多面体の中に球体を配置している。審査員から「構造上のアイデアに優れ、柔らかい中に鋭さを秘めている」と高く評価された。

 受賞作品は9月22日から10月21日まで、同センターで展示される。大賞以外の入賞者は次の通り。(敬称略)
▽準大賞 アリヤ・キティチャロエンウィワット(タイ)
▽優秀賞 ジジ・スメイル(イタリア)
▽小田襄賞 阿部典英(札幌)
▽伊達信用金庫賞 ダレッシュ・バルース(イラン)


 洞爺湖町は、壮瞥町と洞爺村が合併してできたマチです。
 市町村が合併すると、ともすれば特色ある旧町村の文化事業は歴史に幕を閉じてしまうことが少なくないわけで、このビエンナーレが存続したことを、まずは喜びたいと思います。
 しかし、筆者はこのビエンナーレ作品展を、じつは1度も見たことがありません。偉そうなことは言えないのです。
 前の審査委員長だった笹野さん(前・札幌芸術の森美術館長)から
「すごくいい美術展だから、ぜひ見てください」
と強くすすめられたこともありますが、前回のときは札幌にいなかったし…。

 ことしは、ドライブがてら訪れたいと思います。

 それにしても、大御所アベテンさんが出品していたとは。
 阿部典英さんはもう審査する側ではないかと思ったりもします。



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07年7月24-26日

2007年07月26日 20時46分07秒 | つれづれ日録
  札幌は先月からまともな雨がほとんど降っていない。
 それでも水不足にならないのは、冬の間の雪という貯金があるおかげで、今後も札幌市内のダムが枯渇するおそれはないらしい。
 雪かきのときなど、じつにじゃまに感じる雪だけど、ふらないとこまるものなのだなあ。

 ただ、けさの北海道新聞によると、全道がカラカラ天気というわけではなくて、道東では土砂ぶりがあいつぎ、雨量がふえているとのこと。

 冒頭の画像は25日の朝、大通公園の2丁目。
 大通公園で、スプリンクラーで水をまいているのは、初めて見た。
 いままでたまたま見たことがなかっただけかもしれないが。

 24日はコンチネンタルギャラリーで、川上力三さん、阿部典英さん、下沢敏也さんの3人展を見た。
 ギャラリーで、闘病中の美術家、米谷雄平さんにばったり会った。
 「オレ、まだ死んでないから」
と軽口をたたく米谷さん。
 声はガラガラだけど、とりあえず元気そうだった。
 阿部さんによると、ちょっと前までベテラン画家の伏木田光夫さんも来ていて、3人で長時間談笑した由。
 展覧会は、ひじょうに力の入ったものなので、ぜひ見てください。29日まで。

 大丸藤井スカイホールで濱田五郎さんの個展も見る。
 ハマゴロさん、78歳とは信じられないほどの元気さ。一度しゃべりだすと止まらない。
 こちらも29日まで。


 25日は、道新プラザ・ギャラリーで風間健介写真展を、テンポラリースペースで石川亨信版画個展を、それぞれ見る。

 以上、太字の4つの展覧会については、別エントリで書く予定。

 ギャラリー大通美術館、三越にも寄る。
 三越の林朝路油絵展は、落ち着いた筆で、関西や欧州の朝の風景をおだやかに描いている。
 古平(後志管内)を題材にした絵が2点あったが、いずれも野や牧場、サイロなどがモティーフ。古平というと、日本海や漁港、岩礁というイメージだけど、そういうところもあるのだなあ。
 30日まで。

 ギャラリー大通美術館は絵画が3つ、木彫が1つ。それぞれに見ごたえあり。
 岩本英希個展は、号25万円というすごい価格設定。
 画中のサインを見ると1990年代の作品なんかもけっこうある。
 画風はシャガールふう。いったいどういう人が買うんだろう。(すくなくとも筆者は買えません)

 26日は、旧鎌田志ちやに行ったら、ラッキーなことに作者の藤谷康晴さんがいた。
 藤谷さんは今年に入って毎年個展やライブドローイングにとりくんでいる、すごい人です。
 紹介は別エントリで。
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■最果ての大地を描く 越澤満油絵展 (7月27日まで)

2007年07月25日 20時07分21秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 越澤さんは札幌在住、道展のベテラン画家である。
 風景画ひと筋で、すくなくても筆者はこの10年余り、何度もひらかれた個展やグループ展で静物画や人物画を見た記憶がない。
 写実を基調とするが、筆さばきはけっこう激しく、強いタッチで木々や岩を描くという基本線は、ずっと変わっていない。だとしたら、なぜ、越澤さんの近年の作品のうち何点かは、一種の凄みのようなものを感じさせるのだろう。

 今回の個展は、越澤さんが足しげく通っている知床がテーマ。
 ただし、知床以外の、宗谷などで取材した作品も何点かまじっている。
 また、「油絵展」と称するわりには、淡彩スケッチが多く展示されている。もちろん油彩よりは安価なので、じぶんのへやに飾りたい人にはありがたいことだと思う。
 冒頭の画像は案内状の「最果ての大地」。
 これは、あかるい色調の作品で、凄みを漂わせるようなものではない。
 画面中央から右へとつづく白い鳥の列が画面にアクセントをあたえている。
 ただ、圧倒的にそそり立つ岩塊やゆたかにひろがるエメラルドグリーンの海面にくらべ、浜にへばりつくようにたっている番屋が、いかにも小さいのは、自然の偉大さと人間のちっぽけさを対比しているように見えなくもない。

 しかし、それ以外のわりあいサイズの小さな作品には、なにか痛切さ、底知れぬ旅愁といったものが、感じ取れてしかたないのだ。
 たとえば「樹間の湖」。知床五湖を題材にしたものと思われ、全体の色調は明るいが、どうしてこんなにさびしいだろう。
 あるいは「金波の海」。金色に輝く海原はたしかに豪奢だが、まさに海面へ没し去ろうとしている夕日の、なんと枯淡の光であることか。
 オジロワシを題材にした一連の作品は、猛禽(もうきん)類の孤高さを、シンプルな構図で描ききっている。

 たいへん失礼な言い方になるけれど、越澤さんは、超絶的な描写力で勝負するといった画家ではないと思う。だから、たとえば岸田劉生の作品のような、リアリズムゆえに受ける感動は、そこにはあまりない。日展系に多い穏健な写実絵画とはやや様相を異にしているのは確かだが、それらの絵から極めて遠い独創的な風景画であるとまでは、いえないだろう。
 だとしたら、とりわけ近年、越澤さんの絵が凄みを増しているとしたら、それはなぜなのか。手慣れた評論家であれば「画境が進んだ」といった表現でまとめていることだろう。でも、それでは、なにも言ったことにはならないと思う。
 省筆がすすみ、構図が簡略化したのは、まちがいないところで、とくに「光る海」のような作品にそれは顕著だが、果たしてそれだけなのだろうか。
 筆者は、はやく近年の越澤さんの絵の秘密をときあかしたいと願っている。


 出品作は次のとおり。
100号「最果ての大地」
30号「知床の海」
15号「知床の海」
12号「冬の神威岬」「知床の山脈」
10号「羅臼岳遠望」
8号「流氷とおじろ鷲」「知床の海」「おじろ鷲集う」「樹間の湖」「金波の海」「オタモイの浜」「冬の羅臼岳」
6号「能取灯台」「尾白鷲と流氷」「えび打瀬舟」「晩秋落陽」「枯れ木立ち」「光る海」
スケッチ「最果ての番屋」「最果ての漁港」「礼文島」「スコトン岬」「知床の磯」「知床の山なみ」(同題5点)
「ウトロの落日」「尾白鷲集う」(同題2点)
「知床の樹々」「知床岬灯台」「知床連山残雪」「知床の海」(同題3点)
「知床灯台」「獣道」「知床の浜」「はまなす」「こざくら草」「どんぐり」「花しのぶ」「ななかまど」「洋ごぼう」「こじまえんれい草」「九輪草」「知床の山々」(同題2点)
「港の昏れ」「羅臼灯台」「最果ての大地」「朝の知床」「安政火口」「サロマ湖畔」「羅臼岳」「知床の落陽」「昏れの知床浜」「春国岱」「石狩灯台」


07年7月6日(金)-27日(金)10:00-17:00、日曜・祝日休み
ギャラリー山の手(西区山の手7の6)

07年6月の「グループ環」展
06年の個展(画像なし)
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大使館、美術品45点を廃棄 外務省「劣化したため」

2007年07月24日 23時37分45秒 | 新聞などのニュースから
大使館、美術品45点を廃棄 外務省「劣化したため」(朝日新聞) - goo ニュース

 6月25日の朝日新聞から。
 じつは、これ、「週刊金曜日」5月25日号(655号)のスクープです。

 大使館などの在外公館に飾られていた絵画や陶磁器などの美術品のうち、02年以降に45点が廃棄され、大使公邸で絵画1点を紛失していたことがわかった。廃棄した45点について外務省は「劣化したり破損したりした物。管理は適切だった」としているが、作者からは「外務省なら大事にしてくれると思ったのに」といった憤りの声が上がっている。

 調査を求めてきた前田雄吉(民主)、鈴木宗男(新党大地)両衆院議員に外務省が明らかにした。それによると、これらの美術品は日本文化を世界に知ってもらう目的で購入したり寄贈されたりした物。廃棄された45点のうち29点は主に昭和期の芸術家たちの原作品で、残りは横山大観や川合玉堂の複製品だった。


 鈴木議員の質問主意書はこちら。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a166418.htm

 それに対する政府側の答弁はこちら(やる気ねーなー)。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166418.htm

 鈴木議員が挙げている作品の中には、じつは複製もけっこうあります。
 その一方で、同誌には、平松礼二「路・想春」、川崎春彦「早春富士」など、高額な絵もリストアップされています。

 ちなみに、
在フランス大使館の書「山ざくら(若山牧水歌)」
というのは、渡島管内福島町出身の書家で、近代詩文書の創始者、金子鴎亭の作品。
 また、在ニューオリンズ総領事館からは、夕張で少年時代を過ごした木版画の大家、故斉藤清の「猫」が、在インドネシア大使館からは、小樽生まれの画家・版画家の故沢田哲郎の「CRYSTAL SCAPE」と後志管内ニセコ町にアトリエを構える版画家府川誠さんの「晴畑」が、それぞれ姿を消したことになっています。

 信じられないほどのいいかげんな管理ですなあ。
 そもそも国民の税金です。
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