北海道美術ネット別館

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2020年5月のまとめと、5月最終週もぎりぎり1万ユニークユーザーを達成したこと

2020年06月01日 07時56分19秒 | つれづれ日録
 2020年4月のまとめの続きです。

 2020年5月の1カ月間にブログを訪れた人(ユニークユーザーの31日間単純合計)は、4万4209人。
 3月の3万8522を4千ほど、上回りました。

 4万台になったのは、昨年9月の4万0006以来8カ月ぶりで、おそらく史上最多記録だと思われます。

 たくさんの方にいらしていただき、ありがとうございます。
 1日平均にすると、1426 です。
 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、ネットを見る人が増えたのかもしれません。

 ページビューは21万7848 PV。
 4月は15万4709でしたので、こちらも6万ほど増えています。
 2月までは20万を超えておりました。



 なお、5月24~30日の週も、ユニークユーザー(7日間の単純合算)が1万0080 となり、3週連続で1万の大台に乗りました。
 3週連続といっても、ほんとにギリギリです。
 goo ブログ全体(約293万)の中では273位で、2週続けて294位だったのに比べて少し上がりました。



 5月中に訪れたギャラリー、美術館は、ゼロでした。

 「4月のまとめ」で危ぶんだとおりの結果になりました。

 まあ、仕方ないですよね。これは。
 もし筆者が札幌に住んでいたとしても、記録的な少なさになっていたことは間違いないでしょう。
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サロマ湖より帰る オホーツク小さな旅(102)

2020年05月15日 18時10分54秒 | つれづれ日録
(承前)

 …という題をつけたが、べつにアンドレ・ジッドのような文学的な発見があったわけでもなく、バスを逃すと次の便が3時間20分後だったので、とりあえず帰ることにした。
 計呂地けろち方面から折り返して戻ってくる湧別町営バスだ。

 このバス停は、往路で降りた「二軒橋」の次の停留所となる。
 あんなに歩いたのに、停留所一つ分かよ…。

 車窓からは、群生地のミズバショウと、その中を一直線に貫く木道が見える。

 群生地を過ぎてからも、木道の続きが旧国鉄湧網線ゆうもうせんの跡だと分かるので、目で追いやすい。
 畑の中に、ちょっと土が盛り上がっているのが、芭露ばろう川までずっと続いている。

 それにしても、同一のバス停と思われるのに、往路が
「芭露市街」
で、帰路が
「芭露」
というのも不思議だ。
 上り線と下り線でばらばらなのか。

 芭露は、義務教育学校(小中学校)、コンビニエンスストアなどがあって、湧別町東部ではわりあい大きな集落である。
 「畜産研修センター前」から男性の老人が乗ってきた。

 往路と同じく、中湧別文化センターTOMの前が終点。
 ここで、10分後に来る北海道北見バスの遠軽行きに乗り換えた。

 客はほかに男性が1人。

 終点の二つ前の「東小学校」で降り、セブン―イレブンに寄って、この日の小さな旅はおしまい。
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日程の訂正あり●オープン前の遊園地「ファミリー愛ランド YOU」―オホーツク小さな旅(101)

2020年05月13日 08時00分06秒 | つれづれ日録
(承前)

※オープン日程を修正しています

 サロマ湖を望む高台の上にある遊園地が「ファミリー愛ランド YOU」である。
 遊園地というものは都市部にあるものだという思い込みがあった筆者は、はじめてこの施設を見たときかなり驚いた記憶がある。とりあえず、徒歩圏内には人家が数軒しかなさそうだからだ。

 「YOU」というのは、湧別町の「湧(ゆう)」とかけているのだろう。
 「愛ランド」とあるが、べつに離島に立地しているわけではない。

 公衆便所の前で雨やどりをしていた筆者は、時雨が通り過ぎると、ぬれた坂を上っていった。

 ときおり振り返ると、眼下にサロマ湖のはるばるとした景観が広がる。

 丘の上には、観覧車。
 夜の遊園地や、廃墟になった遊園地といった場所には、妙に心ひかれるものがあるが、とっくに雪解けが済んでいるのにオープンしないでいる遊園地というのも、なんだかふしぎな存在としかいいようがない。

 正面までくると、門は閉ざされていた。

 ファミリー愛ランドユーは、本来ならゴールデンウイーク前に冬季休業からオープンするはずだったが、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言を受けて5月9日にオープンを延期していた(その後さらに、5月30日に再延期し、6月6日に再々延期している)。

 遊園地の手前には道の駅もある。
 ここも、レストランや土産物の店は、かき入れ時というのにしんと静まりかえっていた。

 さすがにお手洗いと駐車場は使えるようになっていて、スタンプも準備されていた。


 国道は意外と交通量があり、とくにツーリングの二輪車が多いことにびっくりした。
 北海道のオートバイ好きは冬の半年間がまんしているので、連休になると矢も楯もたまらず遠出したくなるのかもしれない。 

 とにかく、事故のないことを祈るのみだ(自分の仕事も増えるし…←って、そこかよ!)。

 湖岸から国道238号まで上ってきてしまったため、この日は「月見ケ浜道路」の東側半分を踏破(というほどの距離でもないが)はできずに終わってしまった。
 まあ「サロマ湖いこいの森」の散策もまだだし、また続きを歩く機会もあることだろう。

 国道を渡り、停留所で町営バスを待つことにする。
 たぶん往路と同じ運転手がハンドルを握っていることだろう。



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サロマ湖いこいの森ーオホーツク小さな旅(100)

2020年05月12日 09時19分42秒 | つれづれ日録
(承前)

 ときどきゆるやかにカーブしながら、左側はおだやかなサロマ湖、右側は10メートルに満たない低い崖がつづく「月見ケ浜道路」をあるいていたら、ふいに右側の崖が切れて、谷あいがあらわれた。
 谷の奥へと続く道路のほか、崖の上へ階段が通じているようで、谷をまたいで小さな橋も架かっている。


 階段に近づいて、ちょっとずっこけそうになった。

 案内板に書いてあった。

階 段



 見りゃ分かるだろ!!

 ここに必要なのは
「階段」
の2文字ではない。
 この階段を上ればどこに通じるか、という情報なのだ。

 日本にはときどきこのような物体が存在する。
「BUS STOP」
と英語で表記しておきながら、停留所名や行き先は日本語でしか記されていないバス停もたまに見かける(バス停のデザインは世界中であまり差はないようなので、ほんとに意味のない英文である)。 


 わざわざ「階段」と案内されていた階段をのぼって崖の上に行くと、あたりは森林公園のようなおもむきになっていて、それぞれの木の前には樹種を書いた案内札が立っていた。
 谷の反対側に渡る橋もあり、橋の上からは、小さな池も見えた。

 要するにここはサロマ湖いこいの森という、道が1992~93年ごろに整備した森らしい。

 筆者はぜんぜん知らなかった。
 湧別町が出している観光リーフレットや同町のサイトには載っていないのだ。

(参考。pdfです→ http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kkd/grp/01/05aba16yuubetsu.pdf )


 すこし園内を歩いてみようかと思ったら、時雨が降ってきた。

 冬季閉鎖中の公衆便所の軒先で雨やどりする。
 あたりに、雨の湿ったにおいがたちのぼる。

 もちろん、あたりには誰もいない。

 いこいの森のことは知らなかったが、このあたりに遊園地「ファミリー愛ランドユー」があることは見当がついていた。国道からも見える。

 雨がやんだら、誰もいない遊園地を突っ切っていこう。

 ふだんの年ならかき入れ時のゴールデンウイークだが、今年は、遊園地のオープンは再三、繰り下げられていたのだ。



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月見ケ浜道路を行くーオホーツク小さな旅(99)

2020年05月10日 10時21分27秒 | つれづれ日録
(承前)

 湧別町志撫子シブシ地区の、サロマ湖畔を通る「月見ケ浜道路」探訪のつづき。









 故・堀淳一さんだったら、もうニコニコして紀行文をさらさらとものしそうな、散歩するのに気持ちのいい道路だ。
 車や人の通行は全くない。

 聞こえるのは鳥のさえずりと、キツツキのドラミングばかり。
 湖なので、波の音もきこえない。
 湖面は鏡のように落ち着いている。

 カーブを曲がると、正面に「円山」が見えてきた。
 円山という名だが、ここから見るときれいな三角形である。

 円山のそばにある湾の奥にあるのが、このあたりでは比較的大きな集落である計呂地ケロチ地区。ここからおいそれと歩いて行ける距離ではないが…。

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二軒橋から月見ケ浜道路へ オホーツク小さな旅(98)

2020年05月08日 17時41分40秒 | つれづれ日録
(承前)

 湧別町芭露の「水芭蕉群生地」の遊歩道は、まさかの理由で、途中で閉鎖されていた。

 ミズバショウを間近で見ることができず、残念。

 ところで、この群生地の最寄りのバス停は「二軒橋」というのだが、国道を走っていても、どの川にかかるどの橋なのかが分からない。

 駐車場のすぐ横に、ほんとうに小さな川が流れていた。
 あるいは、この小川にかかる橋を二軒橋と呼んでいたのかもしれない。

 このバス停と、水芭蕉群生地の駐車場の近くから、国道から左にわかれて海岸沿いを通る道路がある。

 古い地図で見ると、こちらが新しい道で、いまの国道は旧道となっている。
 そして、海岸沿いの道に沿って、旧国鉄湧網線ゆうもうせんが走っている。

 サロマ湖のすぐ波打ち際を走っていたわけだから、さぞかし、すばらしい眺めだっただろう。

 いまさらこんなことを書いても遅すぎるのだが、廃止前の湧網線に一度乗りたかったなあと、あらためて思う。

 サロマ湖に沿った道路は
「月見ケ浜道路」
という名がついている。
 ロマンチックな名だが、こちらも由来がわからない。


 この道路についてネット検索をかけると、「サロマ湖100キロウルトラマラソン」の話題がたくさん出てくる。
 毎年6月末に湧別町をスタートするコースで開かれているレースで、出発地点にあるモニュメントについては、すでに紹介した
 この道路がコースの一部になっているらしい。

 もちろん、というべきか、今年は新型コロナウイルスの影響で中止が決まっている。


 この道路、一度はゆっくりたどってみたかったのだ。
 筆者はもともと「旧道」とか「脇道」というのが大好きなのである。
 これに「廃線跡」が加わったら、もう言うことなしだ。

 なお、先の画像にもこの画像にも、下向きの赤と白の矢印の標識みたいなものが見える。
 道民にはいまさら説明の要もないだろうが、これがないと、猛吹雪のときに、どこまでが道路なのかわからず、ドライバーは路外逸脱してしまうのだ。

 街灯のない道路はふつうだが、この矢印は、ほとんどすべての整備済み道路についている。


 先に「旧道」好きと書いたが、もうひとつ好きなものがあって、それは
「微地形」
である。
 新興住宅街など近代以降に整地されたところでは軒並み重機でならされてしまう、小さな山や谷、微妙な高低差といったものを見ると、うれしくなってしまうのだ。

 月見ケ浜道路を歩きだすと、さっそく湖側に、小さな砂洲が突き出ているのが見える。

 サロマ湖に突き出た砂洲といえば、アッケシソウ(サンゴソウ)が見られる「キムアネップ岬」が有名だ。
 この小さな砂洲には名前もないのだろうか。


 もし名前があったら「日本で一番小さな半島」になるかもしれないと思う。

 反対側から砂洲を見る。

 古い家が並んで建っている。
 漁師が暮らしていたのだろうか。
 電柱が立っている。


 この砂洲の付け根附近に流れ込む小さな川があった。

 おそらくこの小川が上流から運んできた土砂が、砂洲を形成したものと推測される。

 「川の名前を調べる地図」によれば、荒谷沢川というそうだ。
 上の方に画像をあげた、二軒橋停留所そばの小川にくらべれば、ほんの少し大きい川だ。
 源流も山の方にさかのぼっている。



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湧別町のサロマ湖畔に旧国鉄湧網線の痕跡を見た―オホーツク小さな旅(97)

2020年05月06日 08時08分53秒 | つれづれ日録
(承前)

 駐車場のすぐ向こう(サロマ湖側)に、木道が湖岸に並行してまっすぐのびていて、そこから見えたのがこれ。

鉄道林の看板と、用済みになった枕木!


 これは、すぐ見えることもあって、ネット検索したら、いくつかヒットした。ここ http://www5a.biglobe.ne.jp/~yama283/hokkaido/2005-hokkaido/05_gw_hokkai-2.htm とか
http://arthur8.blog.shinobi.jp/travel/2015doto-02 とか。
(前者は、21世紀初頭につくられたホームページのデザインと文化=カウンターとかキリ番とか=をよく残していて、なつかしい感じです)


 この「サロマ湖」という看板のすこし左側に、「鉄道林」の看板がある。
 奥に見える水面がサロマ湖。

 木道がなぜかここだけ2列になっていて、湖に近い側の木道が、たぶん旧国鉄湧網線の跡をなぞって造られたものと思われる。
 この木道は、右(網走側)はトイレに突き当たるが、左(紋別、湧別町市街地側)は、ミズバショウ群生地の中まで、ずーっと一直線に続いている。

 鉄道林というのは風雪防止などのために線路際に植えられるもの。
 たとえば、札幌から岩見沢へ列車に乗ると、左側の車窓は、大麻を過ぎたあたりからずっと木々が続いている。これが鉄道林。
 北西から吹き付ける風雪から線路を守るために整備されているもので、右側にはない。

 奥に見えるのがトイレ。
 カメラをかまえた位置の、背中側は、ミズバショウ群生地。

 トイレの裏側(網走側)にまわってみると、木道を延長するようなかたちでまっすぐに盛り土がのびていて、これはもう、湧網線の跡に間違いないだろう。
 この画像だとちょっと見づらいが、盛り土の上にはフキノトウがぼこぼこ顔を出していた。
 右側はサロマ湖がひろがっている。

 湧網線の廃止は1987年。
 昭和時代になくなった線路の跡に、こうして出合うことができたのは、なんだかうれしい。

 さて、くるっとまわってミズバショウを見ようとすると、ちょっとがっかりしたのだった。まあ、しかたないんだけど。





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湖畔に春を見つけに。オホーツク小さな旅(96)

2020年05月03日 10時46分12秒 | つれづれ日録
(95)はこちら

 新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が出て、北海道は、ゴールデンウイーク中はどこにも行くなということで、美術館も博物館も商業施設も軒並み休業している。観光地の道の駅も洗面所以外は休んでいるところばかり。公園などは駐車場を閉鎖したところもある。



 しかし、ずーっと家に引きこもるというのも、精神的に無理だ。

 肝心なのは、感染しない、感染させない、ということである。

 要は、人と会わなければいいのだ。

 幸い、北海道には、歩いていてもほとんど誰の姿も見かけずに済む場所がたくさんある。

 たしかに北海道の感染者は第2のピークを迎えている。
 ただし中身を見れば、多くは院内感染と、その関連の札幌圏の在住者である。
 札幌圏以外の、たとえば道東や道北の人は、市中感染にあまりに神経質になる必要はないのではないか。

 とはいえ、山奥に出かけて遭難したり、交通事故に巻き込まれたりして、救急医療の人たちの手をわずらわせるのも本意ではない。

 湧別町の公式サイトに、芭露 ば ろうミズバショウ群生地にある国道沿いの駐車場を閉鎖したとのお知らせが出ていた。
 かえって、ミズバショウを見に行きたくなった。
 駐車場が閉まっているなら、誰もいないだろう。

 オホーツク管内でミズバショウといえば、網走湖畔が有名で、列車の窓からも楽しむことができる
 それにくらべ、湧別町芭露の群生地は、あまり知名度は高くないが、国道238号を車で走っていると、まっすぐに伸びる遊歩道は目に入る。以前から、行ってみたいと思っていた。

 午前8時。
 バスターミナルから、旭川行きの特急バスと、紋別行きの路線バスが同時に出る。

 後者に乗ったが、客はほかにいない。
 ちなみに、旭川行きも乗客はいないように見えた。

 途中、開盛市街から女性がひとり乗ってきた。

 中湧別文化センターTOM の前で降りる。
 ここは、なかなかりっぱな施設だが、図書館やホールなどはもちろん閉まっている。土曜日なので、商工会事務局も開いていない。
 ただ、バスの待合室は開放されていた。

 旅行中らしい、リュックサックを手にした60代ぐらいの男性がいたが、なぜか次のバスには乗らなかった。待合室の人は、美深の一件もあるし、頼りにしない方が良い。

 次に乗るバスまで40分ほど時間があったので、附近をぶらぶら。

 筆者が乗ったのは、湧別町営バスの「計呂地けろち・中湧別線」である。

 かつて、中湧別―芭露―計呂地―佐呂間―常呂―網走間には、国鉄湧網線ゆうもうせんが通っており、廃止後も代替バスとして、網走バスが線路に近いルートを走っていた(オホーツク小さな旅(7)を参照してください)。
 2010年9月末で代替バスは廃止され、網走―常呂方面は網走バスが残ったものの、それ以外の区間は、湧別、佐呂間各町が町営バスで引き継いだ。

 小学校の統合が進んで、町営バスで通う子どもが増え、そういう人たちの足にはなっているのだが、サロマ湖畔を旅する人にとっては、バス路線が寸断されて、町と町をまたぐ部分の路線がなくなってしまったわけで、もう大変なことである(まあ、そういう旅行者がごく少ないから、廃止されたんだろうけど…)。

 出発。
 客は筆者のみ。

 で、このバス、極めて難度が高い。
 運賃表示機がつかないし、「次は●●」という車内アナウンスもない。

 筆者は土地勘があるから平気だったが、そうでない人は、乗るときにあらかじめ
「●●で降りたいんですが」
などと運転手に告げておいたほうがいいんじゃないだろうか。

 なにせ「二軒橋」で降車するとき
「いくらですか」
と尋ねたら、運転手が運賃の表を取り出して調べ始めたのである。
 (480円でした)


 二軒橋の停留所は、芭露の市街地から少し計呂地寄りにあり、ミズバショウ群生地の駐車場のすぐ前である。近くに人家が2、3軒ある。
 もっとも、どこに橋があるのかは、わからなかった。
 ちなみに、計呂地行きのバスで「芭露市街」となっている停留所は、反対側では、単に「芭露」となっている。上りと下りでバス停名が違うなんて、なにか理由があるのだろうか。

 当たり前だけど、駐車場はバリケードがつくられ、車がまったく入れないようになっていた。
(貼り紙には「制限」とあるが、一台も利用できない)

 さて、北海道民にとって、ミズバショウはそれほどめずらしいものではない。
 それよりももっと筆者を「おっ」と思わせたものが、駐車場から見えたのだった。





 最近、民放テレビのコマーシャルのようなところで、話を切るいやらしいくせ(笑)がついてきたけれど、すでに相当長くなっているし、続きは後日。

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2020年4月のまとめ

2020年05月01日 09時26分00秒 | つれづれ日録
2020年3月のまとめの続き)

 2020年4月の1カ月間にブログを訪れた人(ユニークユーザーの30日間単純合計)は、3万8522人。
 2月の3万8974をわずかに下回り、2カ月連続の減少となりました。
 3月より1日少なかった上に、4月30日に8時間にわたるメンテナンスのため閲覧できず、この日のユニークユーザーが909にとどまったことが一因と思われます。

 ページビューは15万4709。
 3月の15万1025にくらべ、わずかに増加しました。
 ただ、3月に続いて20万を大きく割り込んでおり、水準としては低めです。




 4月に見た美術展は、北網圏北見文化センターで開かれていた「第6回一水会北海道出品者展」だけでした。

 このブログでも「新型コロナウイルス」のカテゴリで何度も書いているとおり、とりわけ4月下旬以降の美術館・ギャラリーの休館ラッシュはすさまじく、仮に筆者が札幌にいたとしても、この数は、激減していたものと思われます。

 いや~、5月はどうなることやら。
「月間でゼロ」
だけは避けたいところですが、どこにも行けないかもしれないし。




 画像は3月29日に撮影しました。
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「美術の窓」4月号に、湧別町の伊藤英二さんの水彩画が登場

2020年04月30日 09時56分26秒 | つれづれ日録
 現代アート系や学生の情報源といえば「美術手帖」誌でしょうが、団体公募展系の情報に詳しい月刊誌が「美術の窓」(生活の友社)です(ちなみに、デパートなどで絵を購入するコレクター系が「月刊美術」でしょうか)。
 その「美術の窓」についての記事を連発します。

 4月号は、東京・渋谷の Bunkamura ザ・ミュージアムでの「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」にあわせた特集記事のひとつ「編集部が注目! バラエティ豊かな写実表現」に、画家13人の作品が紹介されているのですが、そのなかに、オホーツク管内湧別町の伊藤英二さんの「極寒を生きる」の図版が掲載されています。
 伊藤さんは1949年生まれ。もともと湧別町職員だった方で(最後は町教育長)、退職後は独学で水彩画に挑み、いまは日本水彩画会と道展の会友です。
 「美術の窓」の編集部は、日本のメディアではほとんど唯一、上野や六本木の公募展にマメに足を運んでいます。伊藤さんの絵も、日本水彩画会展でこの絵に着目したとのことでした。
 もちろん13人のなかで、道内関係者は伊藤さんだけです。ほんとに、よく見てると感服します。

 流氷原か雪原か聞いてくるのを忘れましたが、2羽のオオワシが餌をめぐってカラスと対峙する場面を描いた作品で、北方の生物が生きる環境の過酷さをあらためて思い知らされる迫真の一枚です。
 これが水彩画というのは、相当近づいて見ないと信じられません。水彩画というと、マチエールの弱さが指摘されることがままありますが、伊藤さんの作品を見ると、水彩とか油彩とかの画材は、まったく些細なことのように感じられてきます。

 話はそれますが、団体公募展というと、旧弊の代表みたいな言われ方をすることがありますが、地方に住む作り手にとっては、すべての作品をフラットに見てもらえる貴重な場なのです。あの神田日勝も、もし独立美術に出品していなければ、まったく無名のままで終わっていたかもしれません。


 特集記事には、いろいろな画家が取り上げられています。
 生島浩志、磯江毅、森本草介…。
 なかでも野田弘志インタビューと、諏訪敦論(筆者は立島惠佐藤美術館学芸部長)を読むと、野田さんは伊達近郊にアトリエを構え、諏訪さんは室蘭出身で、日本を代表する写実画家ふたりが北海道、それも胆振地方ゆかりというのは、なかなか興味深いことだと思います。

 ところで。
 この特集のきっかけになった「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」展なんですけど、新型コロナウイルスの感染拡大のあおりで、3月18日~5月11日の予定が、4月6日を最後に休館になってしまったのでした。


伊藤英二水彩画展 (2019)
※冒頭画像の左端の絵が、とりあげられました。

Bunkamuraザ・ミュージアム「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」展覧会紹介動画

(音が出ます。注意)

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3月29日は7カ所(4) 苫小牧。バスが来ないと思ったら…

2020年04月20日 08時34分01秒 | つれづれ日録
(承前)

 苫小牧駅から苫小牧市美術博物館まで歩くと25分以上かかります。
 帰路はいつもどおり、道南バスが北海道中央バスと共同運行している札幌行きの都市間高速バスを利用することにしました。

 だだっ広い国道を渡り、「出光カルチャーパーク」の停留所まで来ました(下の地図の「近藤商会」前あたりです)。
 いろいろな注意書きが書いてありますが、どうもよくわかりません。
 この略地図には大きな欠点があります。現在地が書かれていないのです。

 時刻の表に「札幌行き」の項目がないことに、一抹の不安を抱きましたが、とりあえず時間まで待つことにしました。



 そうしたら、国道を中央バスが左(札幌方向)へと走りすぎていくのが見えたのです。
 苫小牧市街で中央バスを見たら、それは札幌とを結ぶ「高速とまこまい号」以外にはあり得ません。

 間に合わないのを承知の上で、国道のほうへ急ぐと、地図で示した地点に、道南バス・中央バス共同の「出光カルチャーパーク」停留所がありました。

 いつ移設したんだよ… orz

 そりゃね。自分に落ち度がないとはいわないけど、でも、停留所の貼り紙になんて書いてある?


 ※道南バス「ハスカップ号」中央バス「高速とまこまい号」につきましては
 現行通り、時刻・路線の変更はございませんので、ご注意ください。


 路線、変更してるじゃないかよお~~っ!!

 道南バスに言いたい。
 この表示は明確にうそです。
 総理大臣のまねはしないでもらいたいです。
 この会社には昨年、東室蘭駅でも不便な目にあっていますが、今回の仕打ちはそのときの比ではありません。ひどい。

 通常ならこの高速バスは30分おきに走っているのですが、新型コロナウイルスの影響で便が間引きされており、なんと1時間半後まで来ません。
 しかたなく、国道を流していたタクシーに乗り、苫小牧駅まで戻りました。

 列車も1時間近くありません。
 とはいえ、どうしようもないので、次の特急「北斗」が来るのを待って、乗りました。

 当初たてた予定はむちゃくちゃになってしまいました…。


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ほっとしたい。

2020年04月19日 16時00分48秒 | つれづれ日録
 北海道新聞の読者でお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、日曜と月曜の地域面がこの1カ月ほど、1ページ減っています。
 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、土日の催しがほとんどすべて中止になってしまったからです。

 いくらかひまになったんじゃないかと思われるかもしれませんが、不思議なくらい実感がありません。
 今月は、土曜日もなぜか毎週取材が入り、まだ2日しかちゃんと休んでいないまま、下旬に突入しようとしています。
 全道版にも短い記事を何本も書いて出しており、さらに今月、地元で新型コロナウイルスの感染が次々と明らかになっており、振り回されています。

 12日夕、突発的に北見に行ってきました。
 北網圏ほくもうけん北見文化センターで、第6回一水会北海道出品者展 (4月12~18日)を見ました。
 絵画を見るのは久しぶりで、心がやわらぎましたが、受付のあたりにいた人たちのおしゃべりが会場内にまで聞こえてくるのにはちょっと閉口しました。「三密」はダメなんじゃないですかね。

 ついでに本屋さんにも寄りました。
 床面積のわりには、面陳ばかりで、ほしい本はあまり置いていないのですが、ついつい買ってしまいます。

森村泰昌『自画像のゆくえ』(光文社新書)
鶴岡真弓編『芸術人類学講義』(ちくま新書)
島尾 新『水墨画入門』(岩波新書)
柿木伸之『ヴァルター・ベンヤミン』(岩波新書)
ウンベルト・エーコ『永遠のファシズム』(岩波現代文庫)
井上達夫『普遍の再生 リベラリズムの現代世界論』(岩波現代文庫)

 ペーパーバックばっかり。
 しかたないけど。
 最初の2冊はわりと新しい本ですが、筆者のツイッターのタイムラインではまったく話題になっていません。なぜかな。


 最近、遠軽町図書館から借りて読んだのは次の2冊。

田沼建治『幻の北海道殖民軌道を訪ねる 還暦サラリーマン 北の大地でペダルを漕ぐ』(交通新聞社新書)
ロバート・A・ハインライン『夏への扉』(福島正実訳、ハヤカワ文庫SF)

 どちらもおもしろかったです。
 前者は50代以上が読むと胸に迫るものがあるでしょうし、後者は若い読者向けと思います。

 『夏への扉』に比べると、一緒に借りたジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『星ぼしの荒野から』(同)は、盛り込まれた悪意の量がすごくて、すいすいと読み進むことができませんでした。

 こちらも途中で挫折したレイ・ブラッドベリ『たんぽぽのお酒』(晶文社)を返却しに湧別図書館まで行ったら、入り口に
「21日から臨時休館」
の貼り紙がありました。

 やれやれ。

 2月末からの道の緊急事態宣言期間中も、湧別の図書館は、何事もなかったかのように開いていて、やっぱり利用者はあまりおらず、その
「いつもとおなじ感じ」
が好きだったのですが…。

 ほんとは、滞在禁止・貸し借りのみ、でいいから、図書館は開けていてほしいのです。
 子どもたちが休校で退屈しないように。
 おとなたちが精神の平衡を失わないように。

 閉館方針に文句を言ってもしかたがない。
 坂本直行や須賀敦子などを借りてきました。

 晶文社の「文学のおくりもの」シリーズでは、ほんとはナット・ヘントフ『ぼくらの国なんだぜ』とウィリアム・モリス『世界のかなたの国』を読みたいんだけど、見つかりませんでした。

 出口に
「ご自由にお持ち帰りください」
という貼り紙の下に除籍本が並んでいて、以前話題になった『アメリカン・マインドの終焉』があったので、いただいてきました。
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2020年3月のまとめ

2020年04月01日 08時57分16秒 | つれづれ日録
 「2月のまとめ」の続き。

 2020年3月の1カ月間にブログを訪れた人(ユニークユーザーの31日間単純合計)は、3万8974人。
 2月の3万9198をわずかに下回り、5カ月連続の増加とはなりませんでした。
 週別ではすべて8000台後半で、安定していたのですが、飛び抜けて多くの読者をあつめた記事がありませんでした。

 ページビューは15万1025。
 2月の24万6650にくらべ、10万PV近い大幅な減少となりました。
 20万を割り込んだのは昨年3月以来、1年ぶりです。



 3月に訪れたギャラリー、美術館は、月末の札幌・苫小牧の7カ所のほか、網走市立美術館の半谷学展、湧別町文化センターの湧別カメラクラブ展、遠軽・木楽館の版画愛好家の展示をあわせて、計10カ所でした。 
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3月29日は7カ所(1) →札幌→苫小牧

2020年03月31日 08時57分57秒 | つれづれ日録
 3月28日夜の特急オホーツク4号で札幌に行ってきた。

 筆者の車輛に乗っていたのは、ほかに3人ほど。
 グリーン車の乗客は皆無だった。
 いちばん多いと思われる岩見沢ー札幌間でも全4輛で20人弱だった。

 列車に乗る前に、あらかじめ電話で予約していたテイクアウトの料理を、自宅の近くのホテルに取りに行った。
 なにを食べれば良いか決めかねていたので、メニュー表の一番上に載っていたハンバーグを註文していた。
 税込み950円。味は良い。
 いま道内の列車では車内販売が行われていないので、こういう自衛策は必要なのだ。

 新型コロナウイルスの影響で、飲食業者もJR北海道も、たいへんなことになっている。

 28日は夜11時ごろ、札幌着。
 地下鉄南北線に乗り、自衛隊前駅から20分余り歩いて帰宅。

 札幌駅も地下鉄も、マスクをした人が3~4割程度しかいないことに驚く。



 29日は、午前は、JR札幌駅ART-BOX →苫小牧市美術博物館に。

 午後は、 テラス計画 → グランビスタギャラリー・サッポロ → さいとうギャラリー → SCARTS モール → サッポロファクトリー アートコーナー。

 ほかにもいろいろ行きたいところはあったのだけど、ご容赦ください。
 以上見た者は、ほぼこの日か、3月末で終了。

 札幌から苫小牧までは普通列車。
 日曜で、朝の反対方向なので、かなりすいていた。

 苫小牧駅からは、野外彫刻を探しながら行こうと思っていたので、てくてく歩いた。
 ゆっくり歩いたせいか、着いたのは9時40分になっていた。

 苫小牧市美術博物館は、この日で終了したが、坂東史樹、大島慶太郎、佐竹真紀3氏による特集展示「本拠と外」が興味深かった。
 会場で、苫小牧の金工作家Fさん(というか、現代アートのLさんというべきなのか)にばったり会った。

 企画展「大正・昭和の鳥瞰図と空から見た昭和30年代の苫小牧」は、吉田初三郎らの鳥瞰図や、数々の航空写真をまじえた興味深い展示だったが、鳥瞰図の文字が小さく、ガラスケースの中なので近寄るにも限界があり、老眼のわが身にはつらいものだった。

 ところが、苫小牧からの帰路、ひどい目に遭ったのだった。


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至福のコーヒータイム オホーツク小さな旅(94)

2020年03月24日 07時46分58秒 | つれづれ日録
(承前)

 以前も書いたことがあると思うが、網走の市街地はもともと、海に流れ込む直前の、網走川の両岸低地に広がっていた。市役所や美術館、図書館、オホーツク総合振興局などは、この平地にある。
 戦後、それより南側の、牧草地などだった高台に、新興住宅地やロードサイドショップがたつようになった。

 網走の旧市街地から斜里・知床方面へと国道や鉄道で向かう観光客は、海と崖の間を通るから気づかないだろうが、崖の上には一大市街地が広がっているのである。



 「はぜや珈琲( https://hazeya-coffee.com/ )」は、その崖の上にある小さなお店で、コーヒー豆や用品の販売をしている。8、9人ほどがコーヒーを飲むスペースもある。
 「マンデリン フレンチブレンド」などのコーヒー豆を自家焙煎して販売している店は珍しくないが、ここは農場名まで明記して仕入れている、本格派のお店なのだ。

 2010年に初めて訪れたとき(
オホーツク小さな旅(46) )は、あいにく定休日だったが、その後何度か足を運んでいる。

 ブログの記述に遺漏がなければ、最後に立ち寄ったのは2013年( 網走を歩く オホーツク小さな旅(87) )。
 じつに7年ぶりということになる(コーヒー豆自体は、ときどき通信販売で購入していたが)。

 「あじぶか」ブレンドと東ティモール産の豆200グラムずつを買い求めた。
 ちょうどテーブルがあいていたので、マンデリンとパウンドケーキを註文して、一服。

 真っ青な海を見ながら楽しむ香り豊かなコーヒー。

 なんだか、ひさしぶりにぜいたくなひとときをすごすことができた。


 さて、道立北方民族博物館は依然、臨時休館中で、どうしても寄らなくてはならないところは他にない。
 抱えている急ぎの原稿もあることなので、帰ることにしよう。

 駒場3丁目の停留所にバスが来る時間は13:48。
 網走バスの市内線は、この「大曲」と「つくしが丘団地」を結ぶ幹線路線さえおさえておけば、なんとかなると思う。
 細部にバリエーションはあるが、高台上の真ん中を走り抜いた後、低地におりて市役所やバスターミナルや美術館を通り、いったん橋を渡ってモヨロ貝塚やオホーツク総合振興局の近くに停車し、ふたたび橋を渡って網走駅前に着き、網走刑務所前や大曲へと向かうのだ。

 網走駅前で降りる。330円。

 駅構内のレストランで駅弁を売っていたので、買い求めようとしたら、店の主人が店内からではなく、背後から「いらっしゃい」と現れたのでちょっとびっくりした。
 駅待合室のロビーでテレビを見ながら、ついでに店番もしていたのだ。

 帰路も普通列車である。
 なにせ特急料金が片道3千円近くかかるのだ。
 特急に乗ると、費用が倍以上になってしまうのである。

 網走午後2時32分発「4664D」列車。 
 キハ40の単行ディーゼルカー。
 乗客は6人ほど。


 網走駅構内で買った「かにめし」。
 900円+消費税90円。
 網走駅前のローソンがいつの間にか閉店していたこともあり、ここは駅弁でいきたいところ。

 というか、道内の列車から車内販売が姿を消した今、列車に揺られながら駅弁を食べるというのは、これまた相当ぜいたくな経験ということができると思う。


 ところで、この列車は遠軽まで行かず、北見市内の西端の「西留辺蘂」止まりである。
 そんな駅舎もないような小さな駅で、次の列車を約1時間待つのもつらそうだ。
 ひとつ手前の留辺蘂なら、運転手に事情を話せば、切符を持ったまま列車を降ろしてくれそうだし、駅員はいないから待合室ですわって、次の列車を待つこともできるかもしれない。
 しかし、運転手に説明するのもめんどうなので、その必要の無い北見駅のプラットフォームで待つことにした。北見駅は、後続の列車の始発駅だから、多少早めに車内に入ることができるかもしれない。

 結論からいうと、北見駅のホームで待つのは、寒かった。
 西留辺蘂のホームには小さいながらも待合室のような小屋があったので、ここで待ってもだいじょうぶだったのだ。

 北見の車庫から出てきたディーゼルカーは、いったん端野寄りの踏切の近くまで走り、1番ホームに入ろうと、南東に戻って入線してくるのだった。

 北見で待つことおよそ1時間。
 遠軽行き普通列車「4668D」は、やはりキハ40の1輛編成だった。


 やはり乗客は一桁。
 単に高校生が春休みだからなのか、それとも、新型コロナウイルスの影響で外出を控えている人が多いのか、そのあたりはわからない。

 帰りの列車の中では、パソコンを開いて原稿を書いていた。

 3時間50分余りかかって、ようやく終着についた。

 今度は網走で、もう少しゆっくりしたいと思う。


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