北海道美術ネット別館

アート、書道、写真などの展覧会情報や紹介、批評、日記。毎日更新しています

9月の主な展覧会へのリンク

2007年09月30日 21時24分39秒 | 主な記事へのlink
 9月のおもな展覧会の記事へのリンクです。このエントリは随時更新します。

 ■■は、更新時に開催中の展覧会、■はすでに終了した展覧会です。

 ごじぶんのblogに展覧会の記事を書いた方は、ここにトラックバックを送ってくださってかまいません(もちろん、個々の展覧会をとりあげた記事のほうがトラバ先としてふさわしいですが、個々のエントリが遅れる場合があるので)。

現代美術
ヤノベケンジ展「トらやんの大冒険」
中嶋幸治展 Dam of wind,for the return
藤谷康晴ライブドローイング 黒くぬれ!
神内康年展 ON THE FLOOR ‐september-
石田尚志展
Cecilia R.Corzo /セシリア・R・コルソ「濡れた席-温かいカップ」
Peace展 II

絵画・版画
高橋靖子展
第8回示現会北海道作家展
本城義雄個展
第49回麓彩会展
波多仲芳晴展
鈴木誠子版画個展
鈴木悠高展 The following world of evolution
矢崎勝美展 COSMOSシリーズ
加藤達哉作品展
折登朱実展
西村明美銅版画展「Akemi Nishimura cooperplate print exhibition『マドンナの幻想』」
金沢一彦銅版画展
北浦晃「北海道の風景・美唄の風景」
木村環作品展“Little Fury Things”

彫刻・立体
風の中の展覧会IV
伊藤真乗の「目と手」展

写真
矢野直美作品展 ゆれて ながれて であって
風のない午後 ハーフサイズで見たムロラン
須藤明子写真展「邂逅」
北海学園大学二部写真展
2007 小樽・鉄路・写真展

工芸・クラフト
岩寺かおり展
柿崎均 全方位展開
坂田雅義陶芸展
第16回Group Ten 七宝展


長沼透石書個展
第59回毎日書道展北海道展
第33回女流書作家集団展

公募展
第27回道彩展
第52回新道展

複数ジャンル
澁澤龍彦幻想美術館
秋展
第35回美術文化北海道支部展
Metamoric Animal XI RED-あたたかな水色
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07年9月29日、ファイターズ連覇!

2007年09月30日 01時07分03秒 | つれづれ日録
日本ハム、初の2連覇 優勝は東映時代含め4度目(共同通信) - goo ニュース

 仕事の日。
 会社に行く前に、札幌市資料館札幌市教育文化会館ギャラリーに立ち寄る。

 帰りは、閉まる直前の札幌時計台ギャラリーに駆け込む。
 鈴木なを子木版画展、予想以上におもしろかった。猫800匹大行進!(←数えるなって)
 萩原勇雄油絵個展。道内の風景画が中心で、花の絵もある。さすがに手馴れているベテラン。

 ギャラリー大通美術館では、創立40周年書・羊城会展。
 なんと10年ぶりの開催とか。力の入った書展。

 ギャラリーivory。
 作品は、先日のギャラリー大通美術館とほぼおなじ。

 すすきのから市電に乗り、山鼻9条で降車。
 旧鎌田志ち屋をへて、PRAHA2 + deep sapporo内「いろへや」へ。
  
 PRAHA2 + deep sapporo は、制作中のはずのチQさんもおらず、ほとんど人の気配がしてなくて、なんだか肝試しにぴったりの雰囲気。
 そんななかで、道都大4年の田中康晃さんがちいさな個展をひらいていた。

 雪をコンセプトに、障子紙をつかった幻想的なインスタレーション。
 もっとも、集大成は来年春の卒業展でやるつもりらしいから、そのときに見るといいんじゃないかと思う。

 帰宅するのにいったん都心までもどるのはバカバカしいので、南11西11からじょうてつバスの真駒内行きに乗る。
 なぜか3台がほとんど同時に走っていて、バス停に止まっている前のバスを追い抜いたり、そのつぎのバス停に後続のバスに抜かれたり-をくりかえしている。
 まあ、石山通はじょうてつバスがたくさん走っているし、3台の行き先は異なるから、きのうの旭ヶ丘のバス事情よりはいいんだけど…。

 上町5丁目で降りて、中央バスの真104番(月寒東1条19丁目行き)にのりかえる。
 自分で言うのも何だけど、筆者は、札幌市内のバスにかんしては、けっこうフルに乗りこなしているほうではないだろうか。


 ところで、プロ野球の日本ハムファイターズが、昨年に続きパリーグ優勝を果たしたのだが、テレビ各局はどうでもいいような特番をやっていて、試合を中継してくれない(わが家では衛星放送は入らない)。
 こういう日にこそ、道内民放局は独自性を発揮してもらいたいと思う。

 たぶん、多くの人が書いているだろうけど、ことしのファイターズは12球団でチーム打率が最下位である。小笠原、新庄、岡島が抜けたほか、エース金村、新人王八木もぴりっとしなかった。
 どうしてそんな状態で優勝できたのか、マジックとしかいいようがない。

 なにわ書房がなくなってしまったので、ことしの優勝パレードはどこで見たらいいんだろう。
(昨年の優勝パレードのようすはこちら
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07年9月28日

2007年09月30日 00時16分31秒 | つれづれ日録
 
 地下鉄東西線を円山公園駅で降りて、ギャラリー門馬へ行くべくバス停に向かったら、バスは出た直後。つぎのバスは20分以上来ない。
 そもそも、円山公園から啓明・旭ヶ丘方面への便は1時間に5本ほどあるのだが、11分間に3本ある時間もある一方で、このようにやたらと間隔のあいている時間帯もある。ジェイアール北海道バスは平準化を図ってほしいと切に思う。

 ギャラリー門馬では、KさんとOさんにおいしい珈琲をふるまわれ、亡くなった門馬よ宇子さんの思い出話。
 Kさんが若いころ、札幌の北1条通(知事公館前)を描いた油絵が展示されていた。筆者と門馬さんは大通小学校、Kさんは桑園小学校。むかしの北1条通の話にも花が咲いた。

 旭ヶ丘高校前のバス停に行くと、やっぱり20分近くバスがない。
 やれやれと思って、坂を下り、環状通に出たら、そこにバスがいた。
 道銀支店前から、南9西22のバス停(ロイヤルホスト前)まで全力疾走したが、バスは行ってしまった…。
 ここでも、つぎのバスは20分以上来ない。
 アタマにきて、円山公園駅までてくてくとあるいた。

 それにしても、これほど交通機関で運の悪い日はめずらしい。


 東西線と南北線を乗り継ぎ、つぎはtemporary spaceに。
 個展のことは、別エントリに書いた。
 ここでも、Nさんに、とびきりおいしい珈琲をいただく。
「界川(さかいがわ)の水で入れたんだよ」
とNさんニヤリ。
 その1杯に、川への深い思いがこめられていた。

 夜遅く仕事を終え、澄川駅で、家に帰るという電話をすると、雨はだいじょうぶか-という、意外な家人のことば。
 ところが、バスで10分ほどの自宅の周辺では、路面が雨でぬれているのだった。
 これほど近い距離でも、天候はちがっているのだなと、あらためておどろいた。

 ミャンマー情勢緊迫。
 日本人ジャーナリストは、ミャンマーの兵に至近距離で狙撃されていた。
 ひどいものだと思うが、新聞の国際面の片隅には、イスラエルがガザに越境攻撃を行い、民間人を含む11人が殺害されたという短い記事が。
 ふだん平穏な国で騒ぎが起きると大きく報道されるが、暴力が日常化している地域でくりかえされている残虐な行為は、あまり顧みられることもない。
 この非対称性。
 どう考えたらいいのか。
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■中嶋幸治展「Dam of wind,for the return」 (9月30日まで)

2007年09月29日 23時27分36秒 | 展覧会の紹介-現代美術
 青森県弘前市の西どなり、平賀町(現平川市)生まれの20代で、ことし札幌に移り住んだ中嶋さんの個展。近年はあまり見られない本格的なインスタレーションになっています。
 インスタレーションに本格的もなにもあるものか、という声がきこえてきそうですが、近ごろの若手の作品は、ドローイングや映像、工芸的な小品が多いだけに、ここまできっちりと仕上げてきた姿勢は評価できるのではないでしょうか。

 正面に設置されたいちばん目立つ作品は「9本の苗木と土」。
 題のとおり、梅の苗木9本が天井から横一直線につりさげられています。苗木の長さはほぼひとしいのですが、つられている高さは、左が低く、右に行くにしたがって高くなっています。なんだか、楽器を思わせる形状です。
 苗木の直下の床には、作者の地元の白岩という土地から採取してきた白い土が、円形に置かれています。こちらは、左端に9個、縦に整列し、右へ行くにしたがって、8個、7個…と、数がへっていきます。
 よく見ると、それぞれの苗木にはテグス糸が添えられ、ぶらぶらしないように固定されています。
 ひとことで言うと、非常に整ったインスタレーションだという印象を持ちました。
 左端の苗木と壁の間は数十センチしかあいていないのですが、作者はときどき会場にやってきて、そこに寝転がるパフォーマンスを行うそうです。
 筆者が会場を訪れたときにはおられませんでしたが。

 左側の壁には「光のためのハンモック」が設置されています。
 9個の四角い灰色のブロックが等間隔に、横にならび、それぞれの上に、雨水をためた透明なコップが載せてあります。
 それらの上部に、電球を加工して壁にとりつけてあります。
 雨水ですから、泥のようなものも混じっていて、そこはワイルドな印象もありますが、全体的にはやはり整然とした感じです。
 ギャラリースペースを主宰する中森さんによると、ブロックは、テナントビルの暗喩だということらしいのですが…。

 入り口の右側には小品「風の封印」が展示してあります。
 また、2階に当たる高い場所の壁には「風の封印」シリーズと、ドローイング連作「風の印象」が展示されています。
 「風の封印」は、書の紙片を梱包したような作品で、第一印象は、村上善男を連想させます。この会場ではただひとつの、「東北のにおい」のする作品だと思います。

 中嶋さんは1982年生まれ。
 2002年に即興演奏集団を結成し、弘前とその周辺などで演奏するほか、ライブペイントにも取り組んでいました。
 昨年、道内をまわって野外制作を行いました。その足跡は、大沼、長万部、洞爺湖、白老、支笏湖、二風谷(にぶだに)、旭川、遠軽、サロマ湖、野付半島と、全道におよんでいます。
 中森さんの話では、昼間働き、夜はCAI(現代芸術研究所)で学んでいるとのことです。
 それにしても、彼はどうして札幌に来たのでしょう。  
 弘前はたしかに札幌にくらべると大都会ではありませんが、歴史のある城下町だし、棟方志功の故郷であるし、先年は出身の画家、奈良美智の大規模な展覧会も成功させて全国的な話題を呼びました。外側から見ているとそんなに悪いマチには見えません。美術をやるなら東京ではないかと思うのですが、ぜひご本人に会って、そこらへんの事情を聞きたいと思うのでした。


07年9月25日(火)-30日(日)11:00-19:00
temporary space(北区北16西5)
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■長沼透石書個展 遊(すさ)び、そして荒(すさ)び (9月30日まで)

2007年09月29日 21時40分40秒 | 展覧会の紹介-書
 
 1932年、帯広生まれで、道内の前衛書をリードする書家のひとり、長沼透石さん(毎日書道展審査会員、奎星会同人会員・審査会員)。地元・帯広では何度か展覧会をひらいており、札幌では初となる個展です。
 おなじく奎星会に属する札幌の竹下青蘭さんの師匠さんにあたるそうです。
 「師匠でも、ぜんぜんわたしと違うでしょう?」
と竹下さんはおっしゃっていました。「展(2)」の、飛沫の散り方などをのぞけば、たしかにあまり共通点はみられません。

 親族がいた関係でしばしば来道していた現代書の大家、上田桑鳩に直接手ほどきを受けたそうです。
(話はそれますが、桑鳩の作品は、滝川市美術自然史館に常設されています。すばらしいので、ごらんになっていない方はぜひ一度)

 文字ではない前衛書を多く手がけてきましたが、今回は、文字性を主とした作品がほとんど。
 白抜きで神代文字を表現した「古代十二支(1)」、曲線の呼吸の心地よい「忘」など、ユニークな作品がならびます。

 冒頭の画像の手前は「ECHO <天>による」。
 空白の取り方が大胆。でも、その空白が、空虚ではなく、豊かさの表現に見えるのは、筆者だけでしょうか。

 極太の線、というよりは、縞模様のある矩形が画面を横断する「寿ぐ」。日本画用ローラーを用いたそうです。墨にはゼラチンを混ぜています。
「墨にボンドを入れる人は多いですが、わたしはあまりやりません」
と長沼さん。
 しぶきや、金色の点など、いろんな要素を盛り込みつつも、欲張りでうるさい印象がなくまとめているのはさすがです。

 筆のかわりに、段ボールを使った作品もあるということです。


           

 カメラがこわれているので、画像が悪いですね。
 左から2番目の書が、先に述べた「忘」です。

 今回の個展について 
「わたしとしては通過点だと思っています」
と述べた長沼さん。
 静かな、しかしはっきりした口調に、芸術家の気概を見た思いです。

 出品作はつぎのとおり。大きさの単位はセンチ。
堂々と…… 〈看脚下〉による (170.0×120.0、1993年)
炸裂する黒 〈無〉による   (180.0×90.0、2003年)
散律A    非文字      (70.0×70.0、07年)
朴直    〈邊〉による   (120.0×90.0、1998年)
忘              (180.0×90.0、2002年)
揺曳    〈臥薪嘗胆〉による(120.0×120.0、05年)
寿ぐ    〈寿〉による   (同、07年)
展(1)   〈己衣〉による  (140.0×70.0、04年)
散律B    〈立身早慕干層塔閲世今知百戯場〉(120.0×120.0、06年)
創              (19.0×15.0、03年)
永寿    〈永〉による   (120.0×120.0、07年)
古代十二支(1)       (同)
展(2)  〈与多〉による  (140.0×70.0、06年)
目覚め   トンパ文字による (140.0×70.0、02年)
散懐    〈久仁〉による  (110.0×110.0、03年)
展(3)    〈向〉による   (180.0×60.0、07年)
古代十二支(2)        (19.5×26.0、03年)
展望    〈加久〉による  (120.0×120.0 06年)
流転    春夏秋冬(トンパ文字による)(120.0×120.0 03年)
ECHO    〈天〉による   (120.0×120.0 07年)
匿爪    〈猛獣之攫也匿其爪〉(70.0×70.0 04年)刻
展(4)    〈止知〉による  (140.0×70.0 06年)


07年9月25日(火)-30日(日)10:00-18:00(月曜休み、最終日-16:00)
コンチネンタルギャラリー(中央区南1西11、コンチネンタルビル地下 地図C

 参考までに、27日の毎日新聞北海道版の記事から一部を引用しておきます。

(冒頭略) 透石さんは帯広市生まれ。母校・帯広柏葉高校で経済を教えていたが、同僚に勧められて書道免許を取得、書道教諭に転向する一方、“前衛書の旗手”と称された上田桑鳩(そうきゅう)の指導を受け、高校生時代の師・添田詩石(しせき)と書の研究団体「奎星(けいせい)会おびひろ」を結成。地域文化の振興・向上に努め、多くの指導者を育ててきた。

 作家活動も順調で75年に奎星会新人賞を受賞して中央書壇にデビュー。斬新でシャープな空間の切り方が特徴の書は現代的と評され、奈良の東大寺昭代納経推薦作家として華厳経を分担執筆(同寺宝物殿収蔵)、「十勝川治水の碑」なども揮毫(きごう)している。

 展示しているのは、ここ3、4年の近作が中心。前衛書家だが非文字系の作品は1、2点と少ない。「前衛書になじみの薄い来場者にも現代書の面白さや創造性を追及した結果の作品を見てほしい」と“文字性を残した”作品を中心に並べている。

 「古代十二支(1)」は日本古来の文字を作品化したもので淡墨系の墨を吹き付けて白い文字を浮かび上がらせている。一部にグラデーションをかけてアート性を出している。「揺曳(ようえい)(臥薪嘗胆による)」は渇筆を強調した草書風の作。桑鳩の書風に繋(つな)がる作で、(桑鳩の書を思い出し)懐かしさやうれしさを感じるという。また、いろは48文字から2字ずつ書き出した草仮名作品のうちの1点「展2(与多(よた)による)」は細い横線の集合で構成している。滲(にじ)みと飛沫(ひまつ)が特徴で、「かな作品として見ると、これまで誰もやってこなかった挑戦作」だという。

 書とかかわって40年、「師・桑鳩の教え『師の真似(まね)をするな。人の真似をするな。自分の真似もするな』を守ると同時に、『一点に止まってはだめ、絶えず進化しろ』を心掛けながら作家活動を続けてきた。作品の中にそれが見えたらうれしい」と今展への思いを語る。(以下略)
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■第59回毎日書道展北海道展 (9月30日まで)

2007年09月29日 21時31分06秒 | 展覧会の紹介-書
 日展とならび、国内最大の書展の地方展。
 「わが県は◎◎が盛ん」「この地方は▲▲のメッカ」
というときは、時として割り引いて聞いたほうがよいこともあるけれど、北海道が書の盛んな土地であることは、本当らしいです。
 毎日展も、審査会員が、首都圏1都3県に次いで多い部門もあります(つまり、大阪府や愛知県より多い)。
 そのせいか、両会場に展示されているのは7部門1397点(26日夕刊の毎日新聞より)! この大半が、道内からの入選作なのです。
 筆者は、市民ギャラリー会場には初めて行ったけれど、すごい量でしたよ。道展、全道展の2段がけなんて、問題じゃない。とにかく作品と作品の隙間を詰めて、第1室にも移動壁を総動員し、ぎゅうぎゅうに詰め込んでいました。
 ちょうど、作品解説の時間にあたっていたので、観客の数もかなりのものでした。
 筆者は知らなかったのですが、解説って、各部門それぞれ同時並行でやるのですね。
 近代詩文と漢字のどっちも出してる人とかって、いるでしょうに。まあ、いいけど。

 見るだけの人なら、審査会員の作品はスカイホールに集中しているので、そちらだけ見れば事足りるかもしれません(じつは、「見るだけの人」があまりいないのが、書壇にとって大きなモンダイなんじゃないかと思うんですけど)。
 毎日展も、書のすそ野を広げようと、いろいろな取り組みをしているようです。
 近年、「秀作賞」と一般入選の間の賞として「佳作賞」があらたにもうけられました。これだと「わたしにも手がとどくかも」と、出品者の意欲をそそります。
 また、「U-23」(アンダー23歳)部門も新設されました。この部門の出品作を見ていても、筆者のようなしろうとには、オトナの作品とどこがちがうのか、よくわからないほど、堂々とした作品ぞろいでした。
 森田絢美「海鳴りの…」は空白のとりかたが大胆。
 木野田舞の前衛書も、思い切った造形。木野田さんは近代詩文では奨励賞を得ていました。
 大和大拙「花びら」は、部首ごとにいったんバラバラにしたような組み立てが斬新です。
 U23の毎日賞は、本間恵美子「如轉蓮」と西川竜星「漂ふ光の環」が受賞。
 前者は安定感があり、墨の潤渇もみごと。後者は、右肩上がりに統一した筆勢に感心しました。

 市民ギャラリーの白眉は、会員賞のコーナーでしょう。
 同会場でここだけは、道外からの作品も陳列されています。全国の会員でわずか26人という難関で、事実上の同展のグランプリです。
 その中で、道内からは、帯広の野坂武秀の前衛書「ZENのリズム2007 原点」と、深江京州の近代詩文書「靡く漣の旋律」がえらばれました。
 前者は黒が壁のように紙を埋め尽くすパワフルな作品、後者は淡墨による線としぶきが紙全体に激しく、しかしバランスを保って展開する作品です。

 この会場で閉口したのは、漢字の多字数書が非常に多いこと。
 見ても、どこが良くて、どこが悪いのか、ぜんぜんわからないんですよ。
 ただ、関口ユリ子の作品は、字と字との間を離した独創的な配置が目を引きました。賞には漏れていましたが。
 井上夕霞も、直線を多用しつつ堅くならず、字と字のつながりに妙味を感じました。

 かなは、意外に少ないです。
 道内もかなの作家は読売書法展に移った人があり、その影響が尾を引いているのでしょうか。
 見ておもしろいのは近代詩文と前衛。
 近代詩文では、松田亢雪「旅人かえらず」が、地味ながらぼくとつな味わいで、見ていてしみじみしちゃいました。西脇順三郎の詩。
 福嶋和子「花火」は白秋の詩。詩そのものの持つリズムと、筆のリズムとが一致しています。詩句をただの素材にするのではなく、ちゃんと読み込んで作品にしている点に好感をもちました。

 前衛では、このblogでもおなじみの八重柏冬雷「遊び」が、まるで水墨画の抽象みたいな、独自の世界をつくっています。
 鈴木添幽も、細かい部分と、大胆な切れ味とが同居した、シャープな作品でした。


07年9月26日(水)-30日(日)10:00-18:00(最終日-16:30)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6 地図G)~会員、会友、公募
スカイホール(中央区南1西3、大丸藤井セントラル7階 地図B)~審査会員・役員

作品解説会
=26日10:30、札幌市民ギャラリー。中西春湖(漢字I)、新谷谿雪(漢字II)、大川壽美子(かな)、我妻緑巣(近代詩文書)、竹下青蘭(前衛・大字書)、越坂久雄(篆刻)
=30日11:00、札幌市民ギャラリー。出村太幹(漢字I)、河原啓雲(漢字II)、安喰のり子(かな)、高橋陌遥(近代詩文書)、西田徹心(前衛・大字書)、越坂久雄(篆刻)

(文中の敬称は略させていただきました)

□毎日書道会 http://www.mainichishodo.org/index.php
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■高橋靖子展 (9月30日まで)

2007年09月29日 00時30分16秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 日記を書き継ぎ、日々を紡ぐように線を集積させ続ける高橋靖子さんが、深川市内の2会場で個展をひらいています。
 深川駅前のアートホール東洲館では、ここ20年ほどの油彩を、回顧展ふうに展示。
 駅から徒歩20分ぐらいの、しずかな住宅街のなかで、渡辺通子さん(全道展会友)が主宰する小さな建物「うなかがめーゆの美術館」では、刺繍を主体に、水彩やコラージュなどの小品をならべています。


 話は変わって…。

 1994年にベストセラーになった「大往生」(永六輔著、岩波新書)の帯に、子どもの問いとして、こんなことばが書かれていました。

 どうせ死ぬのにどうして生きてるの?

 究極の質問です。

 もしかしたら、答えがこの中に書いてあるかもしれない。
 そう思って読みましたが、書いてありませんでした。

 よく考えれば、あたりまえの話です。
 600円かそこらですぐわかれば、苦労はしません。

 生きとし生けるものにはすべて寿命があります。
 絵筆をとる人は
「もしかしたら、作品はじぶんよりも生きながらえてくれるかもしれない」
と思いながら、筆を走らせているのかもしれません。
 それと同時に、将来のことをわすれて画面に没入できるからこそ、制作しているのかもしれません。

 永遠(=作品が残ること)。
 そして、永遠としての現在(=制作への没入)。


 高橋さんも、じぶんが生きている(いた)ことのあかしとして、絵を描いているのではないか。
 しかも、絵としてかたちをねりあげるのもじれったくなってきて、直接に、日々を生きたあかしを、キャンバスに刻もうとしているのではないだろうか…。
 造形ということをすっかり放棄したかのような、オールオーバーに文字や点がかかれた近作を見ていると、そんな思いに駆られます。

06年8月20日(日曜日)曇り後晴レ 真夏日32℃
大麻エポア 絵画教室ぐるーぷ心もよう

終戦記念日
06年8月15日火曜日くもりむし暑し

06年8月5日土曜日快晴暑イ1日
山の手ギャラリー 田村佳津子展

ピーナッツ入りぜんざい 200円

1945年8月15日 かたばみの葉


 「0'6記」(2005年、120F)に、もっぱら白の文字でかかれていたことばの一部です。
 キャンバスには、これらのことばのほかに、おびただしい数の短い線がオールオーバーにひかれ、古い切手がコラージュされています。
 そして、みずからの「生」をアピールするかのように、名前のイニシャルである「Y」の文字が、あちこちにかかれています。

 目を引くのは、気象関係の記述と、知己の命日など死に関する記述が多いことです。
 読んだ本や、見た映画の題名などもありますが。

 筆者の考えすぎかもしれませんが、画面に記された日記のような文字から、高橋さんの
「生きたい!」
という痛烈な思いが、つたわってくるような気がしました。

 一方「うなかがめーゆの美術館」のほうは、刺繍といっても、絵画作品と共通するような抽象作品。
 オールオーバーに、縦横無尽に、糸が走ります。
 これも、高橋さんの日々の行為の集積です(その意味では、高橋さんの作品は、楢原武正さんと共通するものがあるかもしれません)。


 高橋さんは、自由美術協会会員、全道展会員。江別在住。 

 出品作は次の通り。
◎アートホール東洲館=大きさが明記してあるものは油彩
線と点 03年(水彩)
兎小屋 80年 60F
コーヒーミルのある静物 82年 100F
傘を差す女 81年(水彩)
S字 93年 120F
0'5記 05年 100S
円・A 98年 130F
円・B 98年 130F
0'7記 06年 120F
0'6記 05年 120F
黒地の絵 92年(水彩)
律動 94年 130F
ストライプ(BLUE) 90年 130F
深緑色のストライプ 91年 120F
ストライプ(RED) 89年 100F
グラデーションII 2000年 120F
グラデーションI 2000年 120F
0'4記 04年 120F

◎うなかがめーゆの美術館
蠢くものたち
虫の巣穴
無題
無題A
無題B
無題C
無題D
プータン2
果実
蝶と花と 2003-2005
夜と昼の間
横に流れるもの
無題
ピリオド
こぼれる

黒猫の散歩道
人形(素描)
林檎(同)


07年9月17日(月)-30日(日)10:00-18:00(最終日-16:00)、火曜休み、アートホール東洲館(深川市1-9、深川駅前)
9月16日(日)-30日(日)10:30-17:30(最終日-16:00)、月・金曜休み、うなかがめーゆの美術館(深川市9-17)




自由美術/北海道グループ展(07年)
同上(03年)
同上(02年、画像なし)

05年の個展「祝祭へ」の作品画像
03年の個展(画像なし)
札幌の美術2003

高橋靖子展(01年、画像なし)
Ryoさんのえーとあーと。関聨ファイル
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■本城義雄個展 (9月29日まで)

2007年09月28日 23時52分52秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 本城さんは歌志内市在住の画家。1940年生まれで、郵便局を定年退職したあとは、絵画制作に専念しています。
 古い道具や看板などをどっさり保存してある蔵「大正館」が自宅のとなりにあり、そこにあるものを写実的に描いた静物画が、今回も個展のメーンになっています。
 たとえば「魚が飛んだ日『祀箱』」には、木箱が積まれた空間に、三角定規、関節が動く人形、バイオリン、さいころ、石、びん、砂時計、貝殻、時計などが配置され、1枚のデッサンが鋲で留められています。いずれも古いものですから、ただそこにあるだけではない、時間が積み重なったところに生じる独特のたたずまいを感じさせます。
 歴史の重み、そして、静けさ、といったものでしょうか。

 札幌での個展は4年に1度。国展と全道展には同一の作品を出品しており、それが正面の壁にならんでいるほか、風景などを描いた小品もあります。
 じっくりと描写した作品が多いためか、1点を仕上げるのには数カ月かかるそう。「4年に1度でも、たいへんです」と話します。
 モティーフになるものが蔵の中にたくさんあるから「どうしても、多くのものを画面に入れてしまう。なるべくものを入れないで描きたいとも思いますが、それはむずかしいですね」と本城さん。
 個人的には、いろんなものがてんこ盛りで描かれている方が、画面と向き合う楽しさが感じられて、いいのですが…。

 国展準会員、全道展会員。

 出品作は次の通り。
アイロンとインク壺 4F
歌志内市街(昭32)水彩
路地の寺(昭32)12F
牧舎風景 15F
江部乙風景・春 10P
江部乙風景・夏 10P
ミシンと置時計 15F
籠の中の壜   15M
積まれた本   20F
ビスクドールと枯花 20F
机上器物「分銅」130F
弦のないビオロン「頭骨」130F
魚が飛んだ日「祀箱」130F
鎮座するものたち 130F
絵具箱     10F
白いモチーフ  10F
薬壜と乳鉢   8F
ジョッキと青梅 8F
和かぼちゃと蒲穂 10M
ランプ、灯る  6F
屠蘇器     6F
ボトルと貝   8F
インドリンゴとナイフ 6F
ほかに裸婦デッサン3点   


07年9月24日(月)-29日(土)10:00-18:00(最終日-17:00)
札幌時計台ギャラリー(中央区北1西3 地図A

2003年の個展(画像なし)
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東京国際フォーラムの安田侃 (東京07-6)

2007年09月28日 23時52分28秒 | つれづれ日録
 三井記念美術館のつぎは、出光美術館へ向かう。
 地下鉄の銀座線を、京橋で降り、東京国際フォーラムのなかを通り抜ける。

 美唄出身の彫刻家、安田侃さんの「意心気」が置かれていた。


 今回、東京のわりと新しい建築物を見て感じたのは
「いつから東京はこんなに吹き抜けと、ガラスのカーテンウオールの多い都市になったんだ!」
ということだった。

 まあ、車を気にせずにぶらぶら歩けるのは、いいことだけど。

http://www.t-i-forum.co.jp/general/guide/artwork/index.php



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■風のない午後 ハーフサイズで見たムロラン (9月30日まで)

2007年09月28日 23時52分00秒 | 展覧会の紹介-写真
 ワタナベチナツさん、高橋吉之さん、いとうみなこさんの3人が、7月の同じ日、同じ時刻に、オリンパスPEN-F、FTで撮った室蘭の写真です。
 室蘭は、3人が以前住んでいたなど、ゆかりのあるマチだそうです。

 オリンパスPEN。なつかしいなあ。
 ハーフカメラといって、24枚撮りフィルムなら倍の48枚撮れるすぐれもの。60年代のわが家にもありました。
 当然、画質は、ほかのカメラでおなじフィルムを使ったときにくらべて、半分の水準に落ちるわけですが、そこは、逆に「いい味」になるわけです。

 デジタル全盛時代に、よくぞこういう写真展をひらいてくれたなあ、と感心しました。

 3人とも、わりと古いものにレンズを向けていますが、やはりそれぞれに個性があります。
 ワタナベさんはカラー12枚、モノクロ3枚。
 バラやオオウバユリ(?)など、草花のクローズアップが、会場におちつきを与えています。

 高橋さんはカラー6枚、モノクロ7枚。
 塗料がはげ落ちたシャッターや、水たまりなどが、さびしげな感じをただよわせます。
 3人の影が横断歩道に長く落ちている1枚が、この写真展を代表しているかのようです。

 いとうさんはカラー6枚、モノクロ8枚。 
 古い郵便受けなど、対象に接近して撮った、静かでしぶい写真が多いです。
 団地の上に広がる空をとらえた1枚が気に入りました。

 会場には、3人のファイルもあります。
 高橋さんはベタ焼きを収めています。

 室蘭って、道内のおもな都市では、筆者が唯一訪れたことのないマチ(もちろん、通過は何度もある)ですが、伊藤也寸志さんの写真なんかを見ていると、かなり良さそうな雰囲気ですね。
 ぜひこんど、行ってみたいと思います。

 それにしても、筆者のような初老の人間が昔をなつかしむのは、理屈が通るのですが、この写真展の3人はおそらく筆者より年下ですよね。
 そんな若者が、新しいものに飛びつくのではなく、古めかしいカメラで古びたマチを好んで撮影するというのは、なんだかふしぎというか、おもしろい現象だなあと思います。
 時代がかわってきているのかもしれませんね。


07年9月15日(土)-30日(日)12:00-19:30、月曜休み、雑貨喫茶十一月(中央区南2西8、FAB cafe 2階)

 ↓3人のブログです
□日々のカケラ     http://hibikakera.exblog.jp/
□SILVER CHLORIDE http://silver-chloride.blogspot.com/
□自転車日和/日々 http://nana55.jugem.cc/

ワタナベチナツ写真展-旅の日々、雨のフィンランド(07年4月)
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深川から帰ってデジタルカメラを修理に出した

2007年09月28日 23時47分41秒 | つれづれ写真録
 
 岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川…。
 函館本線沿いにある空知のマチはどこも似ている。
 街路は整然と縦横に走り、道幅は広い。鉄路がまっすぐにのび、数百メートル離れたところに国道が並走する。駅と国道の間に中心商店街がある。

 ただ、深川は、ほかの市にくらべると、市街地がだだっ広いような印象がある。
 炭坑のあったころのなごりで、駅周辺とはべつの場所にも住宅街がある美唄や赤平などとはちがって、のんべんだらりと広いのだ。

 あと、ほかのマチは「●条▲丁目」で住所を表記するのに対し、深川は「●条▲番」なのだ。「9の17」といっても、9条17丁目ではない。



 4条通がメーンストリートで、片側2車線になっている。
 上の画像は、その道沿いにあった、店の跡。パソコンか何かを売っていたらしい。



           

           

               

               

 ごらんのとおり、横位置だと左の方が、ピントがあってない。

 札幌にもどって、ヨドバシカメラに寄って修理に出してきた。

 あたらしいカメラを買え、という、天のご宣託だろうか。

 まさかね。
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■須藤明子写真展「邂逅」 (9月28日まで)

2007年09月27日 23時29分19秒 | 展覧会の紹介-写真
 個人的な感想から始める。

 外国に行って撮ってきた写真で構成した写真展は数多い。
 でも、半分は嫌いだ。
 たいてい、土地の青年や子どもがこちらに人なつっこい笑顔をむけている1枚がある。
 行った先が発展途上国なら
「貧しいけれど子どもたちの笑顔は輝いていた。モノに囲まれた豊かな日本。でもどちらが幸せなのだろう」
などと、クリシェそのものの文章がついたりする。

 要するに、旅で行っているくせに、旅人として土地や風景を見ているということをわすれているやからが多すぎるのだ。もちろん、旅人にしか見えないものもあるだろうから、短い滞在期間で写真なんか撮るなというつもりはない。ただ、旅人には決して見えないもの、生活しなければわからないものがあるということを認識していない写真は、素人の記念写真とどこも違わない。
 須藤さんの写真展が良いのは、そのへんをきちんとわきまえているからではないか。

 会場に貼ってあった文章。

旅での出会いは笑顔や優しさに包まれている事が多い。
実際に彼らと甘ったるい紅茶を飲みながら過ごす時間は私たちのそれと何も変わらない日常。
そんな出会いは旅を楽しくさせてくれる。
でもその出会いの瞬間は異様なまでの強い眼差しと不思議な緊張感そのもの。
「やぁ」とか「さぁ」とか言葉を交わす前の一瞬を写真でとどめていく。
頭の中を通り過ぎてしまう記憶に残らないとても短い時間。
日常を過ごす彼らと非日常を楽しむ私。それは生活と旅。
それらを隔てる目に見えないものの存在を感じないわけにはいかない。

 撮影場所 イエメン共和国
 撮影時期 05年12月-06年1月


 市場の男たち。こちらを見て走り去る少女。狭い車路をすりぬけるように走るおんぼろのトヨタ車。
 乾いた風。
 家畜といっしょに車の荷台に乗った少年たち。
 銃をわきに置いた男たちもいる。
 レンズに笑顔を見せている人は、ほとんどいない。

 なにより衝撃的なのは、首を切られて血を流し斃れている茶色の牛をとらえた1枚だ。

 わたしたちはみなきょうだい、ことばは通じなくても理解し合える-というのは、理想としては美しい。しかし、誰もがきょうだいであり、その一方でなおかつ他者でもあるという痛切な体験なり認識を欠いたままであるならば、おたがいを真に尊重する機縁は生まれないのではないか。
 じぶん(たち)の認識の枠組みを他者に押しつけてはいけないこと、異物は異物として、他者は他者として、うけとめることのたいせつさを、須藤さんの写真は、無言のうちに語っているように、筆者は思う。


07年9月18日(火)-28日(金) 9:00-17:30 土、日、祝日休み
キヤノンギャラリー(北区北7西1 SE山京ビル 地図A)

http://akikosudo.com/index.html
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美術の遊びとこころ「旅」 (東京07-5)

2007年09月27日 23時27分46秒 | 道外で見た展覧会
 
 この美術館は、日本を代表する企業グループ「三井」の総本山である「三井本館」の中にオープンした。
 戦後に解体される財閥が、関東大震災のあとで総力を挙げて建設したビルだけに、建物だけでも見る価値がある。重厚な窓や扉などは、黄金期ハリウッド映画に登場する摩天楼の古典主義的なオフィスをほうふつとさせる。
 展覧会の前半は、三井家が所有していた茶道具やたばこいれ、蒔絵印籠などが展示室に置かれている。上流階級だなあ、と、しみじみ思う。
 美術館を訪れている人は、品のよさそうな女性が多い。
「奥様、こちらにありますわよ」
などと話している。
 わよという語尾をつけて話す人を初めて見た。
 これは、われわれがさつな北海道人が
「ほれ、こっちにあるんだわ」
というときのとは、根本的に違うのである。
 その違いは、北海道人との生活水準との違いの反映でもあるような気がする。

 話をもどす。
 展示室3あたりから、貴重な美術品がめじろおしである。

 国宝「一遍上人絵巻」は13世紀末の作品。
 さすがに傷みやすいので、何度か展示替えをして、全体の6分の1ずつしか出していない。

 冒頭の画像は、「厳島・鞍馬図屏風」。
 左隻に厳島、右隻に鞍馬神社のにぎわいを再現している。
 身分の上下、男女を問わず、さまざまな階層の人々を活写した画面を、筆者は、食い入るように見た。
 それほど、見飽きないものだった。

 図録から、拡大してスキャン。
 どうも色が、実物より良くないが…。



 屏風はモノがでかい上、細部を見るのがたのしみなので、図録ではあまり味わうことができない。やはり現物を見るしかない。
 筆者がざっとかぞえたところ、描かれた人物は475人、シカは67頭。
 舟にのる人、大小を差した者差さぬ者、物売り、荷をかつぐ男、店番をする者…。とにかくいろんな種類の人間でいっぱいである。
 右隻には、衣装をだらしなく伸ばした者もいて、これが「かぶき者」かと思う。

 筆者は、たいして日本美術を見ているわけではないので、あまり確定的なことは言えないのだが、どうも、近世(安土桃山・江戸時代)とそれ以前の絵画では、絵の中の、モティーフの密度が違うような気がする。
 古い絵では、広い空間の中に、人間がぽつぽつとしかおらず、建物が小さいことが多いように思う(もちろん「伴大納言絵詞」など、中世でもおびただしい人物が描き込まれているものもあれば、今展覧会の前期に出品されていた芭蕉の絵のように江戸期でも人の少ない絵もあるが)。
 反対に、洛中洛外図や浮世絵などは、多くの人が登場するし、大首絵などは、モティーフが大きい。
 この密度の低さのために、なにやら、中世の絵は、そこはかとないさびしさをかもしだしているのではあるまいか、と思った。

 もう1点、思いつきを書かせてもらえば、江戸前期よりも以前は、自然や風景を見ていても、その見方が類型的・観念的である。(以前も書いたと思うが、「おくのほそ道」などではそのしっぽを引きずっていて、芭蕉は、歌枕を通して対象を見ていることが、かなり多い)
 リアリズムというのは、視覚芸術においては近世の、文学においては近代の産物なのである。
 「対象に迫る」視線というのが、文字通り、対象からの距離、対象の大きさにかかわっているような気がするのだ(つまり、中世では、対象に迫らずに、対象を観念的に見ているから、対象が小さく描かれるのではないか)。


前期 07年7月14日(土)-8月19日(日)
後期 07年8月23日(木)-9月30日(日)
月曜休み(祝日は開館し、翌火曜休み) 10:00-17:00(入館-16:30)
三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2-1-1)
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■石田尚志展 (9月9日で終了)

2007年09月27日 23時27分13秒 | 展覧会の紹介-現代美術
 
 最終日にギャラリーにかけこんで、見ることができた。見逃さなくて、ほんとうに良かったと思った。

 ギャラリーや美術館で見る絵は、ほとんどが完成したものだが、時に、映画などで、画家が筆を動かしている制作途上のものを見ることがある。しかし、その際、画家の存在を消して、生成しつつある絵そのものを目にしたいと思うことはないだろうか。
 石田さんの映像作品は、まさにそういうものだった。室内にカメラを固定し、その前で、青い線がみるみるうちに増殖して、壁や床を一面に塗りつぶしていく。
 アニメーションの技法を応用して、すこしずつ描いてはカメラの前から移動し、また描き…といった行為を、延々と繰り返したのだろう。撮る手間は大変なものがあったと想像される。
 青が室内にあふれかえったかと思うと、白に戻り、壁が倒れ…、といったぐあいに、映像は刻々とうつりかわっていく。色とかたちの誕生、奔流、消滅が、めまぐるしい速さで、展開される。
 鮮烈なイメージは、海外でも高く評価されているというのが、うなずけた。

 会場には、現場で制作したドローイングなども展示されていた。


07年8月28日(火)-9月9日(日)11:00-19:00、月曜休み
temporary space(北区北16西5)

http://www.geocities.jp/office_ishidatakashi/
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深川市にやって来ました

2007年09月27日 12時20分27秒 | つれづれ日録
 高橋靖子展が、アートホール東洲館と、うなかがめーゆ美術館で開かれています。
 30日までです。

 そのたゆまぬ営為に感動しました。
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