北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

雨と水たまりのライジングサン・ロックフェスティバル会場で

2017年08月31日 19時35分00秒 | Rising Sun Rock Fes他
承前

 RISING SUN ROCK FESTIVAL IN EZO 2017(ライジングサン・ロックフェスティバル)について、前項ではチケットと天候の話しかしていませんので、もう少し書き足しておきます。

 ことしも駐車場の券が確保できなかったため、路線バスで現地へ。
 JR手稲駅の北口から、FOREST GATE に近い停留所まで行く系統が、1日1本だけあり、すわって行けます。あまり有名になって、来年から混雑すると困るので、詳細はひかえますが、笑っちゃうほど近いです。

 しかし、笑っていられたのもバスを降りるときまで。
 セイコーマートで雨がっぱを購入し、受付に向かいます。
 このときは、雨がっぱ程度でしのげると思って会場へ入ったのですが、後の祭り。
 長靴なしでは会場内の移動が大変でした(これについては前項でくどくどと記した通り)。なにせ、FOREST GATE から筆者のグループが拠点を構えているテントサイトまで、徒歩でゆうに30分はかかるのです。
 なぜか受付で、毎年受け取っているポケットサイズのスケジュール表をもらえませんでした(しばらくしてから気づいた)。

 天気が良ければ会場内を散歩したり、オフィシャルグッズを買うために並んだりするのですが、とうていそんな気分にはなれず、ローソンでビールを買って、ターフの中で飲んでいた午前中でした。


 午後から七つのステージなどで演奏が始まります。
 SCOOBIE DO(Red Star Field)
→奥居香、じゃなかった岸谷香(def garage)
→back numbaer(Sun Stage)
→久保田利伸(同)
→OLDCODEX(Earth tent)
→CORNELIUS(Red)
→NOT WONK(同)

 このうち、コーネリアスについては、もともと聴く予定がなく、レッドスターフィールドの横を通りがかったら、映像と素晴らしくシンクロしていたシャープな演奏をしているバンドがあり、それがCORNELIUS(コーネリアス)だったというわけ。
 
 岸谷香は、言わずとしれた、日本のガールズバンドの草分けで1980~90年代に絶大な人気を誇った「プリンセスプリンセス」のボーカルでしたが、筆者はべつにプリプリのファンだったわけではありません。
 20代の頃、街かどやラジオからよく流れていて、ベスト盤を買って時々カーステレオで聴く程度でした。

 ただ、この1週間前に、ポンペツ藝術要塞に行ったときのこと。
 車内で、カセットテープに入っていたプリプリの「M」を聴いて、なぜかたいへん感動してしまったのです。
 これは、ライジングサンでも歌ってくれるんじゃないか。そう思って、def garage まで駆け付けたのです。

 ステージの前に集まっているのは、50歳前後の男女ばかり。
 よく見ると、頭髪は薄くなり、顔の皮膚には染みが浮かび、腹が出ている人が多く、会場の中では明らかに雰囲気が違っています。
 自分も他人からはこんなふうに見えているんだな…と思うと、なんだか暗い気分になってきました。

 ステージは最初から最後までひとりで、サポートは一切なし。
 まず、プリプリ時代の大ヒット曲「世界でいちばん熱い夏」のキーボード弾き語りから始まり、途中はギターに切り替えました。
 曲間のMCも
「ことしで50になります」
「えーっ!?」
「あら、うれしい。48くらいに見えるかしら」
と慣れたものです。
 キーボードに戻った後、「M」は、最後の曲でした。筆者は、きっと最後には歌ってくれるだろうという確信がありました。正直なところを言えば、いまの彼女の声を張り上げるような歌い方はあまり好きではなく、プリプリ時代の素直な唱法のほうがずっといいと感じています。とはいえ、歌ってくれたことにいたく満足しました。

 その後で、いったん引き上げた彼女が小走りに戻ってきて
「グッドニュース、もう1曲やる時間があるんだって。何やろうかな」。
 客席からすかさず
「ダイアモンド!」。

 そりゃそうだよな。
 ひいき目なしに見ても「ダイアモンド」と「M」は、日本のシングル史上最強のカップリングのひとつであることは、疑いありません。
 リリース当時は8センチシングルだったんだよなあ。

 しかし、ロックの「今」ではなく、こんな懐古的な文章を書いているということ自体に、自分の老化をひしひしと感じます(苦笑)。


(この項続く)
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8月30日(水)のつぶやき その2

2017年08月31日 01時47分52秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月30日(水)のつぶやき その1

2017年08月31日 01時47分51秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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異例ずくめだったRising Sun Rock Festival in EZO 2017

2017年08月30日 02時02分02秒 | Rising Sun Rock Fes他
 このブログの古い読者はご存じでしょうが、筆者は、1999年の第1回から毎年、ライジングサン・ロックフェスティバル(Rising Sun Rock Festival in EZO)に出かけています。
 ことしは、これまで19回の歴史の中でも、いくつかの異例なことがありました。

 ひとつは、かなり早い段階でチケットが売り切れてしまったこと。

 テントサイトは区画に限りがあるので、わかるのですが、入場券が完売ってどういうこと? と思いました。
 過去にも一度、入場券が売り切れたことがありますが、そのときはたしか、開催日の直前でした。

「B'zが初出場するからだ」
「転売業者が買い占めたのでは」
など、さまざまなうわさが飛びかいました。
 自分としては、今年から「山の日」が国民の祝日となり、それが会期初日だったことから、休日を取りやすい暦になったためだという説が、いちばん説得力があると感じました。要するに、ライジングサン・ロックフェスティバルがはじめて、3連休と重なったわけです。

 理由はともかく、この事態にあわてたのが、チケット購入を後回しにしていた常連エゾロッカーたちです。
 筆者の周囲にも、ネットで連絡がついた帯広の人から譲渡を受けるため、東京から来る途中わざわざ帯広に寄ってから石狩湾新港にはせ参じた人もいました。
 ただし、実際に会場へ足を運ぶと、テントサイトはところどころ空いていました。
 主催のWESSの公式発表では、11日、12日とも約3万6千人、のべ7万2千人の入場者があったとのことです。



 もうひとつ。
 史上最悪の天候だったこと。

 これまでのライジングサンでは、2008年の初日が雨にたたられましたし、2010年の開幕前に雨が降り、会場が泥だらけになったことがあります。

 しかし、08年は2日目は晴れましたし、10年は、大雨だったのは会期の前で、水を抜く土木工事をした後で、開幕を迎えました。
 今年は1日目は持ちこたえていたようですが、2日未明からずっと雨でした。

 おかげで会場のあちこちに泥のぬかるみや沼のような水たまりが出現しました。
 避けて歩こうにも、避けようがありません。


 たとえば、Def Garageというステージの出入り口や、会場の出入り口附近などは、一面の水たまりで、そこに入り込んでいく覚悟がなければ、通過もできないのです。

 あまりにひどいところについては、砂を投入するとか、板を渡すとか、なにか応急処置をしてもらいたかったという気がしました。

 テントのターフには雨水がたまるし…。
 あまり屋外をうろつく気になれず、史上はじめて、祭太郎コーナーに行きませんでした。
 オフィシャルのパンフレットやタオルを買わなかった(雨と泥の中を長時間並ぶのがつらい)のも、初めてのことです。

 テントや荷物を片付け、泥まみれになりながら重い台車を押していると
「なんだって2万数千円払った上でこんなにつらい目にあって音楽を聞かなくちゃいけないんだろう」
という思いがわきあがってくるのでした。


 ああ。Hush Puppies の青いスエードシューズが…orz

(この項続く) 
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8月29日(火)のつぶやき その2

2017年08月30日 01時47分42秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月29日(火)のつぶやき その1

2017年08月30日 01時47分41秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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北海道の美術史 1977~を考える (2017年8月11日その3)

2017年08月29日 02時02分02秒 | 札幌国際芸術祭
承前

 前項で、8月11日夜に、札幌国際芸術祭2017の期間中は「SIAF オフィシャルバー」となっているOYOYO まち×アートセンターを会場に開かれた「北海道美術史[1977-2017 年] フォーラム 北海道・札幌の美術40年、公開型オーラルヒストリーの試み」の第1部で、1977年にオープンしたばかりの道立近代美術館が道展(北海道美術協会)と貸し館をめぐって対立した件について、基調講演をおこなった佐藤友哉さん(現・札幌芸術の森美術館長)が初めて明かした逸話を中心に書きましたが、この記事ではそれ以外の話について記します。


 フォーラムを主催した「アートとリサーチセンター」の tumbler に、こんどの趣旨は書いてあります。
 道内には東京や海外など各地からさまざまなアーティストが訪れるようになりましたが、これまでどんなアートがあったのかをリサーチしようとしても、まとまった本やサイトなどがない―というのが、同センターの出発点だったようです。

 ところで、フォーラムの中身にうつる前に、なぜ「1977-2017年」なのか、という話をちょっとだけ。

 この「1977年」というのは、道立近代美術館が開館した年ということで、仮に設定してみたとのことでした。
 しかし、筆者としては、北海道美術史を考える起点として「1995年」というのがいいんじゃないかと思うのです。

 なぜか。

 1995年は、吉田豪介著『北海道の美術史 異端と正統のダイナミズム』が出版された年なのです。

 この本は95年までの道内の美術の流れを、団体公募展の「正統」と、反公募展の「異端」がせめぎあう流れとしてつかみつつ、美術館やギャラリー、グループ展、有力作家などに広く目配りしながら記した著作で、この手の本としては名著と称してさしつかえないでしょう。もちろん瑕疵がないとまではいいませんし、「正統と異端のダイナミズム」というとらえ方自体が道内美術史をおさらいするときの唯一の視点ではありえないことはいうまでもありません。
 ですが、これを読んでおけば、北海道のアートシーンの移り変わりを押さえるには必要にして十分、という一冊なのです。
 
 問題なのは、95年より後について調べようとすると、とたんに大変になることです。
 さらにいえば95年以降は、吉田豪介さんが「正統」の側とした団体公募展の高齢化が進展するとともに、「反公募展」ではなく、はなから公募展の存在に興味のない世代の現代アートが盛んになってくる時期なわけです。
 道外からやってきて、北海道の美術史を調べようとするのは、まさにその世代なわけで、道内には、彼(彼女)らに必要とする「美術史」に大きな欠落があるといわざるを得ません。
 もちろん、個々の作家のモノグラフなどは、五十嵐恒著『北海道を彩るアーティスト―作品展にみる364人の輝き』などがあり、いろいろな積み重ねがあるわけですが、この本についていえばおおまかな流れをつかむためのものではありません。


 もちろん、話の前提として「北海道の美術って、範囲はどこからどこまで?」といった疑問がとうぜん湧いてくるわけですが、これまでも何度か論じてきた主題なので、ここでは深入りしません。

 以上のような議論を前置きとして、佐藤友哉さんの話にうつります。
(8月29日註。以下、佐藤さんの話ではありますが、まとめた文責はもちろん筆者のヤナイにあります)

 「さすが」
と思わずうなってしまったのは、オーラルヒストリーのアーカイブ化にともなう一般的な注意点を指摘してから、本論に入ったこと。話した内容をただ文字に起こすのではなく、整合性を保つために、聞き手の努力が必要となります。
(それにしても、栃内忠男さん=全道展の元事務局長、画家、故人=の話を録音しておけば良かった、という感慨にはまったく同感。栃内さんほど戦後の北海道美術界のことを事細かに記憶なさっている人は、なかなかいませんでした)
 そして、次の3本の柱から解説をしてみせたのです。
 すなわち

1) 美術館の時代

2) 躍動する現代美術グループと美術交流の時代

3) アートプロジェクトの時代

です。

 1) では、開館したばかりの道立近代美術館が「美術北海道100年展」「Aspects of British Art Today」「フィンランド現代作家5人展」「韓国現代美術展 1970年代後半の一側面」などを開き、道内美術家に大きな刺戟をあたえたことに触れました。

 たとえば、その後で、道内の美術家が手弁当でフィンランドや韓国の作家を招いて、相互にグループ展を開くようになるなどの動きが出てきたのです。
 とりわけ韓国については、地道な取り組みが「水脈の肖像」「アジアプリントアドベンチャー」「プラスワン」展などで長く続けられ、現在 ギャラリーRetaraで開催中の「2×2展」でも道内と韓国の作家の共同展が開かれているのですから、特筆すべき息の長さといえます。

 また、道内の第一線で活躍する美術家を取り上げた「北海道現代美術展」「北海道 イメージ ●」(●には道など、毎年違う言葉が入った)に引き続いて開催された「北海道 今日の美術」シリーズの「世紀末の風景 微視と幻影」の出品者(佐藤武さんや西田陽二さん、故阿部国利さんら)が中心となって「北海道現代具象展」がスタート。タイトルやメンバーを変えながらも、昨年まで毎年開かれて、道内画壇を代表する展覧会の一つとなったということもありました。
 20年近くも続いたのは、もちろんメンバーの尽力があったわけですが、きっかけは道立近代美術館なのです。

(しかし、21世紀に入ってからの道立近代美術館って、海外の現代美術展なんてほとんど開いてないよなあ。道内の第一線の作家に焦点を当てた展覧会も少ないなあ。個人的なぼやきですが)

 2)は、いまの話と重なる部分もありますが、まずは1977年から88年にかけて札幌時計台ギャラリーや道立近代美術館を借りて開かれた「北海道現代作家展」。
 國松明日香、佐佐木方斎、花田和治、藤原瞬といったメンバーがいました。

 これに続くのは「TODAY」というグループによる「SAPPORO TRIENNALE」。
 国際交流に意を尽くすとともに、出品作の記録(アーカイブ)にも務めた集まりで、杉山留美子、米谷雄平、阿部典英、岡部昌生といった、盛んな活動を行ってきたメンバーがそろっていました。

 佐藤友哉さんによると、昔の美術展の図録は、必ずしも出品作品の画像が掲載されていたとは限らないそうです。これは、後世研究する人にとっては困る現象です。道内では、この「TODAY」の展覧会を境に、出品作の写真を載せることが多くなりました。「作家の意識が変わってきた」ということです。

 このほか、矢崎勝美さんらによる「プリントアドベンチャー」は、87年にはソウル開催を果たし、93年以降は「アジアプリントアドベンチャー」と規模を拡大。
 ほかにも、美術評論家の柴橋伴夫さんによる「セブンダダズベイビー」「立体の地平展」「抽象の現在展」、吉田豪介さんが組織した「THE VISUAL TIME」「札幌アヴァンギャルドの潮流展」、temporary space主宰の中森敏夫さんが企画した「界川さかいがわ游行」などがありました。とりわけ89年の「界川游行」は、いまは暗渠となった都市の川を舞台に、地域との関係や土地の歴史をよみがえらせるという問題意識を持つもので、國安孝昌、戸谷成雄らそうそうたる顔ぶれが参加しています。
 1998年からは韓国との交流に力を入れたグループとしては「水脈の肖像」展が数回にわたって開催されたほか、「環太平洋美術家展」「札幌現代美術展」(ソウル)、「島から島へ」(済州島)、「プリントワークス」(旭川美術館)などもあります。

 佐藤さんはこのほか、HIGH TIDE、FIXMIXMAX!、絵画の場合、交差する視点とかたち、北海道立体表現展なども挙げていました。


 3)については、1984~94年の洞爺湖ぐるっと彫刻公園を嚆矢として、
・モエレ沼公園
・石山緑地 グループCINQ(サンク)
・アルテピアッツァ美唄
などを「パブリックアートの時代」として列挙しましたが、1983年の「川俣正 テトラハウスN3W26プロジェクト」を、パブリックアートからアートプロジェクトへの転換を示すものとして挙げ
「パブリックアートと違い、終わればなくなってしまうプロジェクトの先鞭」
と、界川游行などに先立つものとして位置づけました。

 この流れに位置づけられるものとして
・小樽シーサイド展
・豊平河畔野外展
・とかち環境アート → 帯広コンテンポラリーアート真正閣の100日防風林アートプロジェクトなど)
ハルカヤマ藝術要塞
川俣正 北海道インプログレス
置戸コンテンポラリーアート極東コンテンポラリーアート
岡部昌生フロッタージュプロジェクト
・COAL MINE ART PROJECT(そらち炭鉱の記憶アートプロジェクトなど)

十勝国際現代アート展 デメーテル



 いいかげん長くなってきたので、第2部ははしょります。
 ここでパネリストとして登場したのが、小室治夫さん。写真研究誌「フォトン」や杉山留美子さんの作品保管などの活動に携わっていますが、1980年代には、伝説のフリースペース「駅裏8号倉庫」の運営に加わっていました。
 小室さんが流した駅裏8号倉庫のスライドショーには、当時はまだ数が少なかったロックバンド(S-KEN、オートモッド、クオーテーションズ、スターリン)や、露口啓二写真展、80年代の札幌演劇シーンをリードした劇団極や劇団五十三荘、大規模な美術展「PLAN OF RIBOSOME」、大森佐由美さん、田中泯らの北方舞踏派、銀河画報社の自主映画など、とにかくジャンルを越境した事項が写っていました。
 このうちクオーテーションズのベーシストは細野晴臣さんで、YMOではキーボードしか演奏しない彼が札幌ではベースを弾いていたという、きわめて珍しいお話なのですが、そのことには小室さんはふれていませんでした。

 あとは、小室さんが企画委員になっていたINAXギャラリーのことなど。


 筆者としては、ずっと疑問だった「リニュアル」展(道立近代美術館)について、端聡さんから「当初から1回限りの予定だった」という証言を得たことが大きな収穫でした。



 さて。
 第2部は9月12日です。
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8月28日(月)のつぶやき その2

2017年08月29日 01時47分51秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月28日(月)のつぶやき その1

2017年08月29日 01時47分50秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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クラフトAger がギャラリーたぴお跡に移転へ

2017年08月28日 21時45分20秒 | 情報・おしらせ
 舟見優子さんが主宰する「北のクラフトプロジェクトいぷしろん」が、道内外から工芸・クラフトの優品を紹介してきたショップ「クラフト Ager」。

 さっぽろ地下街ポールタウン→札幌駅北口→中央区北3西1 開運ビル3階と、移転を重ねてきて、先ごろ北3西1のお店をたたみました。
 移転先が注目されていましたが、なんと、北2西2、道特ビルに、9月5日オープンすることになったようです。


 この場所、札幌のアートファンには、ご存知の方も多いでしょう。
 昨年まで「ギャラリーたぴお」が入居していた部屋です。

 すでに入り口の前には、代々のアゲルの前に(前身のクルトゥーラ時代から!)飾られていた、金属製の猫の置物が設置されています。

 けっして広い空間ではありませんが、あの部屋に、陶芸や染織の作品が並ぶのを想像するのも楽しみです。



□アゲルはクラフトの畑 http://craftager.exblog.jp/



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8月27日(日)のつぶやき その2

2017年08月28日 01時47分56秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月27日(日)のつぶやき その1

2017年08月28日 01時47分55秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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2017年8月27日は7カ所

2017年08月27日 20時49分00秒 | つれづれ日録
 書いておかないと、どんどん忘れていってしまうので、とりあえず記録。

 きょうは
札幌市民ギャラリー→
pool→
大丸藤井スカイホール(北山寛一展)→
symbiosis→
三岸好太郎美術館→
資料館→
札幌コンサートホールkitara

 スカイホールは別項。

 三岸好太郎美術館は「なその画家パパミギシ」。
 かつて絵のモデルになった娘の陽子さんを狂言まわし役に、夏休みの子供向けに解説した展覧会。所蔵品を、手を変え品を変えて並べる工夫には頭が下がります。

 所蔵品とは別に、西田陽二さん(札幌の画家)が制作した、手で触れることができる絵画というのがあり、凸凹のマチエールを再現しているのですが、ビュッフェ風の絵を、サインまでビュッフェ風に書いているのには爆笑しました。

 最後に、鷺宮で暮らす陽子さんの写真が登場するのにはビックリ。ご存命で、お元気でいらっしゃるとは。

 本日まで。

 資料館は、札幌国際芸術祭。
木彫りの熊と、三松正男による迫力ありすぎの昭和新山の絵。

 札幌コンサートホールkitara は、やはり札幌国際芸術祭の「さっぽろコレクティブオーケストラ」。

 バスで帰宅。
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8月26日(土)のつぶやき その3

2017年08月27日 01時47分27秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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8月26日(土)のつぶやき その2

2017年08月27日 01時47分26秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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