北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

海へ。―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(14)

2016年10月13日 22時54分22秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 事前にかるーくチェックしておいたところもまわったし、夕方になってきたし、茨城県北芸術祭めぐりもそろそろ終盤。
 大子町や、常陸多賀駅周辺なども行きたかったが、ギリギリで無理そうなので、最後に、この芸術祭のキービジュアル的な作品であるイリヤ&エミリア・カバコフの「落ちてきた空」を見ておこうと考えた。

 ところが、以前にも少し書いたが、北海道に比べると茨城(にかぎらず道外はどこでもおおむね)の道路インフラは貧弱で、県北地域の南北を結ぶそれぞれの国道はまだしも、東西をつなぐ県道は道幅が狭いところが多い。
 対向車が来たらすれ違えないよなあと、ヒヤヒヤしながら徐行して走るしかないのだ。

 ようやく、高萩市の高戸海岸にたどり着いたときには、日は暮れていた。
 ガイドブックには午後5時までとあるが、実際は、明るいうちなら見ることができるし、スタンプを押すこともできる。

 カバコフ夫妻の作品は、写真で見た通り、大きな空の絵が、ななめに砂浜に落下している絵である。
 超現実主義的な光景だ。

 その傍らには、解説文の看板が立っていて、由来が書かれている。
「昔、ある航空マニアの、部屋全体に空の絵の描かれていた建物が、台風によって吹き飛ばされた」
というようなことらしく、その家は東欧にあったという。
 とても事実だとは思えない、人を食った文面なのだが、なんだかユーモラスでおもしろい。
 とはいえ、よく考えると、空の破片が落下してくるというのは、怖い事態であるともいえる。


 ほかに、ニティパク・サムセン「テトラパッド」が、河口の両岸に点在していた。

 海岸では海から上がってきたサーファーたちが、帰り支度をしていた。





 あとは、日立駅前のお店にレンタカーを返すだけ。
 土地カンのない地域で、暗い中、あまり広くなく交通量も多い道をレンタカーで走るのはなかなかつらいものがあったが、なんとか事故も起こさず、給油所でガソリンを入れて、時間内に日立駅前に戻ってきた。

 トヨタレンタリース日立駅前店は、気持ちよく応対してくれた。
 カウンターの女性に
「けんぽくって、普通にいうんですか」
と尋ねたら
「そうです」
という。ほかに、県央、県東、県南、県西、鹿行ろっこうがあるとのこと。鹿行は鹿嶋など、太平洋と霞ケ浦・北浦に挟まれた地域の由。
 筆者は地図おたくなので、人よりは多少は地名にくわしいと思うのだが、これらの地域名はまったく知らなかった。

 道民がふつうに使用する「道南、道央、道東、道北」も、あんがい北海道以外では知名度が低いのかもしれない。

 着替えなどが入ったかばんを後部座席から持ち出し、日立駅へ。
 なにか茨城のみやげでも―と思い、時間もあったのだが、荷物が重たくなると思うと、気が進まない。長時間運転の疲れもあり、駅コンコースにすわったまま、特急列車の到着を待つ。


 19時発、ひたち26号に乗車。
 車内はすいていた。
 さらば、茨城県。だいぶ駆け足だったけど。

 日立駅で買った幕の内弁当と缶ビール。
 昔は駅そばで夕食を済ませたりしていたから、これでも少しはおとなになったという気がする。

 ひたち28号は、水戸駅を出ると、つぎは上野までノンストップである。
 1時間10分、まったく停車しないというのはすごい。

 終点は品川。
 山手線に乗り換え、恵比寿へ。

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常陸大宮市、旧家和楽青少年の家はおすすめ―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(13)

2016年10月12日 14時53分48秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 9月26日の続きです。

 さらに国道161号を北上。
 常陸大宮市家和楽161にある「旧家和楽青少年の家」に向かう。

 県内では稲刈りが始まっていて、冒頭画像のような、はさがけと、ヒバンガナの赤い花のある風景が、あちこちで見られた。
 彼岸花は北海道では見られないので、なんだかうれしい。




 ここは、茨城県北芸術祭のなかでも、個人的におすすめの会場。

 台湾のワン・テユ(WANG Te-Yu)の「No.85」は、薄い布のバルーンを使った作品。



 中に入って楽しむタイプの作品。白くて半透明な素材は案外丈夫で、足で押さえると、別の場所がふわりと膨らむ。足を進めると、その先がふわりと膨らむ。
 こればかりは、画像ではわからないし、文章で書いても伝わらない。

 ただ、布の下にある床は硬いままなので、トランポリンのように転がったり、天井を見上げる楽しさはない。

 布はゆっくりと動くので、その予想のつかない動きがおもしろい。
 そして、布を通して、やわらかい光が全体に満ちる。

 唯一不満を抱く人もいるだろうなと思ったのは、内側からしか見ることができず、外観を見渡す位置がないことだ。
 筆者は別に、だからダメだとは思わないが、ある老人が、見学コースをそれて作品横の階段を下りていき、ボランティアに制止されていたのを見て、「外から全体を見たくなるよね」とは思った。

 この作品ではないけれど、似た感じの作品についてYou tubeに映像がありました。

"No. 84" Wang Te-Yu Solo Exhibition 王德瑜個展 160sec紀錄



 もうひとつ。
 ザドック・ベン=デイヴィッド(Zadok BEN-DAVID)の「ブラックフィールド(Blackfield)」。




 体育館に敷き詰められた白い砂に、2万7千種もの植物の絵が、植わっているように並んでいる。
 ボランティアの協力を得て、並べるだけで10日もかかったという。
 イスラエル在住の作者が図鑑を見ながらこれまで描きついできた絵は、金属の薄い板が支持体になっている。

 これは、現地に行ってぜひ裏側に回って、ご覧になってほしい。
 見たことのない世界がそこに広がっているのだ。ネタバレになるので、反対側から撮った写真は、会期終了後にアップしたい。

 「世界でひとつだけの花」
という歌があるが、あの歌の思想を、あの歌よりも感動的に表現した作品だと思う。

 筆者は、かなり長い時間、そこにたたずんでいた。


https://kenpoku-art.jp/

 
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旧常陸太田市自然休養村センターなど―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(11)

2016年10月07日 23時59分59秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 実質4日間におよぶ本州アート巡りの夏休みで、まだ初日の昼下がりなのに記事11本目って、いったいいつまでかかるんだろう。
 少しピッチを上げなくては。

 次の目的地は「旧常陸太田市自然休養村センター」。




 この会場は、札幌でも何度か個展を開いており、ここ数年は芸術祭などに引っ張りだこの石田尚志さん目当てで行った。

 あいかわらず、執拗とでもいうべきすごいかきこみのアニメーションを軸に、インスタレーション的作品を設置していた。それも、発表場所を意識して製作した新作のようだ。
 ただ、筆者は先日の横浜美術館での個展を見ていないのでえらそうなことは言えないのだが、個人的には、あいちトリエンナーレのほうが好きだ。

 彼の作品を別にすれば、ほかの出品者5組はいずれも「科学」をテーマにしたアートといえそう。
 ただし、筆者の劣悪な頭脳では、説明文を読んでもちんぷんかんぷんだ。


 たとえば、この折り鶴のインスタレーションは、それだけでも美しいのだけれど、和紙に「DNA折り紙」が注入されたものだという。英国で活動を始めた「BCL」という、アートやデザイン、科学を超えた枠組みによる作品。

 ただし、説明のどこを読んでも、何のDNAなのかが書いていない。
 人間のかな。折り鶴だから、シン・ゴジラかもしれない(笑)。

 茨城県といえば、納豆も名産として知られる。
 ヴァイド・インフラというチームは納豆菌を使った実験の様子を短編映画などにして発表していた。


 自然科学をアートに持ち込む傾向の作品は近年増えているような印象があるが、内容が高度すぎてついていけない。
 それと、自然科学そのものについてあまりに楽観的な見方ばかりであるように思え、どうも引っかかるというのが正直なところ。こういう偏屈でペシミスティックなところが、文科系のダメなところなのかもしれないが。


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常陸太田市の國安孝昌作品など―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(10)

2016年10月06日 09時08分57秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 常陸太田市の鯨ケ丘を歩いていたら「LIVING ROOM」と書かれた建物があった。
 これも茨城県北芸術祭のひとつで、北澤潤さんという方が「リビングルーム鯨ケ丘」というプロジェクトを行っている。

 むかし衣料品店だった場所を改装し、持ち寄ったものやそれと物々交換したものをおいているらしく、ソファがあったり、オーディオセットが設置されていたりして、妙にくつろげる空間になっている。
 この感じ、どっかで見たことあるなあと思っていたら、2015年3月に札幌のチ・カ・ホで行われた「PARC 4」に北澤さんがいらしていて、トークセッションを筆者も見ているのだった。

 ほとんど手ぶらだったので、物々交換に出せるものがなく残念。

 廃業してから長い年月がたっていて、きれいにするのが大変だったこと、いまは放課後の子どもたちが遊びに来ることなどを、ボランティアの方が話してくださった。
 北澤さんの実践は「コミュニティ」がテーマなので、このままのかたちだと人口密度の低い北海道に移植できるかな~、などとぼんやり考えた。


 車に戻り、鯨ケ丘地域から下界に降りることにした。

 だが、下におりる道がなかなか見つからず、行ったり来たり…。



 急坂を下って、パルティホール前に向かう。 






 この芝生に、國安孝昌さんの「常陸のおお田守る竜神」が設置されている。
 高さ16メートルに、木材や陶片を積み上げた大作だ。

 この斜めのラインが、國安さんらしくもあり、作品全体に大きな動感を与えている。

 なお、國安さんは筑波大で教壇に立っており、茨城県在住。
 公式のプロフィルには「1957年北海道生まれ」としかなく、道内のどこであるかを明示したテキストがまったくヒットしない。
 ただし、帯広柏陽高校の創立80周年記念モニュメントや、幕別町のモニュメントなどを手がけており、十勝の出身であろう。

 道立帯広美術館も彼の作品を所蔵しているが、モニュメントの本物ではなく、エスキースである。エスキースだけを見ていると、建築家が夢見た「実現しないプロジェクト」のように見えてくることもあるが、國安さんは巨大な作品をこんなふうに実現してしまうのがすごい。
 この物量作戦は、おなじ十勝出身の楢原武正さんと共通するものがあるような気がする。

 今回のKENPOKUでは、日立市の小貝ケ浜緑地にも作品を設置している。
 また、東京都美術館で10月2日まで開かれていた5人展「木々との対話」にも出品していた。

 

□青木隆直さんのブログ「秘境100選」に載っている國安孝昌「北辰の竜神」=札幌ドーム http://hikyou.sakura.ne.jp/v2/2012/06/626_2.html

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常陸太田市鯨ケ丘を歩く―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(9)

2016年10月05日 11時01分38秒 | 道外の国際芸術祭
(承認)

 9月26日の日記、これが8本目の記事になるのかな。

 常陸佐竹市役所、じゃなかった梅津会館の最上階には、茨城県北芸術祭にタイから出品しているニパン・オラニウェー(Nipan Oranniwesna)の大作「イ / バ / ラ / キ」が設置してあった。
 いったい何メートルあるんだろう。この白いのは、すべてベビーパウダーだというからびっくりだ。
 会場のボランティアの人が「さわらないでください」と繰り返していた。




 表面には地図が刻まれている。茨城県内の42市10町2村の地図を組み合わせ、型紙を作って、パウダーを振り掛けているらしい。

 画像は、どこなのかいちばんわかりやすい場所を示しておいた。



 とはいえ、実物をもとにしながらも架空の地図である。
 のちほど、あいちトリエンナーレの愛知県立芸術センター入り口でも見ることになるが、いま「架空の地図」って、ブームなのかな?

 ただ、北海道民としては、こんなにどこまで行っても市街地ばかり続く地図というのは、現実感がいまひとつだなあというのが率直な感想だった。川や道路はあるけれど、海岸線や湿地がないので、夢が広がるというよりも息苦しくなってくる。


 梅津会館のすぐ近くの、お店の跡で、SPREADという日本のユニットが「Lifestripe]というインスタレーションを発表していた。

 リサーチベースだが、ある人がある1日をどう過ごしたかを、色によってわかりやすく示している。

 赤は仕事で、左の人は、公務員男性の2011年3月12日。
 震災への対応で走り回っていたということで、終日真っ赤だ。 

 仕事や家事、食事、睡眠がバランスよくある人の1日を見たほうが、やはり落ち着く。



 さて、鯨ケ丘のあたりをぶらぶらと歩く。

 岡高史さんのピンクのパネルがあちこちの建物に組み込まれている。









 それぞれの建物に取り付けられたテキストは、にぎやかだった時代の商店街への郷愁に満ちている。
 この地域であらたに店を始めた若い人も、わずかながらいるようだ。

 梅津会館のすぐ右となりのお米屋さんが、すごくいいたたずまいだった(右の画像)。


 上の地図をごらんになってほしい。国道と県道が平行して走っている細長い地域が「鯨ケ丘」だが、このあたりは周辺とくらべて道路が少ない。
 これは、丘の高さがあり、丘の上と下を結ぶ道路が急坂になってしまうので、道路が少ないことを表している。
 鯨ケ丘は、域内の道が狭く、駐車場の確保もしづらいという、よくある課題のほかに、そもそもアクセスする道路自体が少ないという難点も抱えているわけだ。

 クルマ社会の進展に取り残された古い街を今後どうしていくのか。
 常陸太田や茨城県北だけではなく、日本中の課題であることを、あらためて認識させられた。


https://kenpoku-art.jp/

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常陸太田市は常陸佐竹市になっていた? ―KENPOKU ART 2016年遅い夏(8)

2016年10月05日 01時01分01秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 この堂々たる建物は、現在「梅津会館」といわれ、常陸太田市郷土資料館として使われている。

 ふだんの様子や、建物の詳しいいわれについては、こちらをご覧ください




 地図を見ると、この建物の前は、国道になっている。
 この国道と、すぐ右側(東側)を走る県道とがつくる、縦に細長い地域が「鯨ケ丘」と呼ばれる昔ながらの商店街である。

 国道で、路線バスも走っているが、道幅はこんな感じ。
 国道も県道も一方通行になっている。
 いまは、車も歩行者も通行量はそれほど多くなく、いかにも
「郊外店に車で行く買い物客に客足が流れてしまった古い商店街」
という、昭和っぽい雰囲気が流れている。

 個人的にはこういう感じは大好きなのだが…。

 ちょうど向かい側の空き地が駐車場になっている。

 商店街を巡るのは後にして、会館に近づいてみる。



 おお、なんと、北海道に縁の深い建物だったとは!

 常陸太田市出身で、函館に渡って海産物問屋を営み、度重なる大火にも負けず成功した梅津福次郎という商人が、郷里にぽんと3万5千円を寄附して1936年(昭和11年)に建てられた建物なのだ。
 太田町役場、常陸太田市役所として78年まで使われ、その後、国の登録有形文化財になった。近年、建設当初の姿に近づける復元工事が行われ、2014年にリニューアルオープンしたとのこと。




 いやあ、昔はえらい人がいたもんですなあ。
 そういえば同じころ建てられていまも現役の小樽市役所も、商人の寄附で造られたものだった。
 このころの公共建築は重厚なものが多い。

 会館の玄関には「常陸佐竹市役所」という看板が掛かっている。

 これは、札幌在住で、県北芸術祭に参加している深澤孝史さんが発足させた仮想の自治体。
 深澤さんは2014年の札幌国際芸術祭で「とくいの銀行」を展開して、けっきょく札幌に移り住んできたアーティストなので、ご存知の方も多いと思う。

 常陸太田市教委のサイトにわかりやすい説明があったので、引用させてもらいます。

茨城県北地域を約470年間にわたり支配した常陸佐竹氏に着目し,関ヶ原の戦い後,秋田へ国替えとなり茨城県での歴史が断絶されたようにみえる歴史の縦軸を結びつけていくため,「常陸佐竹市役所」を立ち上げ,土地の特性と向き合いながら生きる人々の精神性を復権していく理念のもと,様々な人と対話しながら活動し,本来のまちづくりとは何なのかを問いかけていきます。


 歴史の流れを概説したパネルは、佐竹氏から見た視線の解説のものに、差し替えられている。

 もっとも、筆者は道産子なので、どうもこのあたりの感覚がよくわからない。
 いまも本州や九州の人に聞くと
「ここの藩のだれそれは偉い殿様だったが何氏になってからすっかり駄目になった」
みたいなことを言う人がけっこういるが、北海道の場合は、150年前まではアイヌ民族が住んでいて、オレたちの祖先のことはよく知らね~という、大雑把なメンタリティーの人が多いのだ。
(2018年4月追記。アイヌ民族は今ももちろん北海道に住んでいます。誤解を招きかねない書きぶりですみません)


 郷土資料館の個々の展示物の説明が「常陸太田市」から「常陸佐竹市」になっているのがおもしろい。


 まあ、わからないなりに、筆者なりに解釈したところを書くと、日本の歴史を振り返ったときにはどうしても信長・秀吉とか、真田十勇士とか、派手なところに目が行きがちだが、堅実にその土地を治め、いくさよりも政略結婚を軸に勢力を固め、秋田に転封後も断絶せずに続いていまは子孫が県知事になっている、そんな地味な家柄の殿様にも目を向けてはいかがでしょうか? という深澤さんの提案なんだろう。

 残念ながら筆者が訪れたときは深澤さんはおらず、常陸佐竹市民への登録もしてこなかったのであった。
 ちょうどお昼時だったからかもしれない。


 ところで、会館の窓が派手なピンク色に覆われていたことに気づいた人もいるだろう。
 これは、原高史さんの「サインズオブメモリー2016:鯨ヶ丘のピンク窓」という作品。

 会館だけではなく、鯨ケ丘一帯の商店の窓がピンクになっている。

 ふたたび、教委のサイトから引用すると…。

「ピンクのパネルには,建物の所有者やそこに住む人,1人1人にインタビューを行い,各人や地域の歴史から抽出された言葉とそこから発想されたイラストが描かれています。」

ということであるようだ。



https://kenpoku-art.jp/

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北茨城から常陸太田へ。セコマに立ち寄る 2016遅い夏(7)

2016年10月04日 11時39分32秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 旧富士ケ丘小学校にいたボランティアの人に聞くと、常磐道の北茨城インターチェンジ(IC)には、次の交叉点から右に曲がったほうが早いですよ、という。
 地図を見ると「県道10号」とある。
 だいたい、道路の番号は少ないほうが幹線道路である場合が多いのだから―と思って安心して、筆者と同じタイミングで同小学校に来ていたパトカーの後をついていくと、途中からとんでもない山道になった。

 舗装はしてあるが、ヘアピンカーブの連続で、たとえば宮の森と盤渓を結ぶ道を狭くした感じといえばいいのだろうか。
 国道や主要県道でこんな道路があるとは、広い道路に慣れている道民には驚きだった。

 なお、どこの会場にも、老若男女のボランティアがいて、みな気持ちよく応対してくださったが、平日のためかたいていの会場は、見に訪れた人よりもボランティアのほうが多かった。


 北茨城ICから常磐道で、一気に「県北地域」を北から南へと下る。
 日立中央ICから日立南太田ICまでのあいだは、あちこちで工事のため速度規制がなされていて1車線に減らされている区間も多く、あまりスピードが出なかった。

 国道293号を常陸太田市のほうへ向かう。

 途中にセイコーマートがあった。
 茨城県内にはけっこう展開しているようだ。
 ついなつかしくなって、ふらっと入ってしまい、ソフトクリームやおにぎりを買う。
 レジのおねえさんは

おにぎりあたためますか

と聞いてくるのであった。



 地図で見ると、常陸太田は、JR水郡線(水戸―郡山)の途中から分かれた支線の終点になっている。
 水郡線は非電化のローカル線で、暇と金さえあれば、ぜひこれに乗って、常陸太田に来てみたかった。

 常陸太田駅からちょっと北側が「鯨ケ丘」という丘陵になっていて、その上が古い市街地になっている。
 昔の市庁舎と、市街地一帯が、KENPOKU ARTの会場になっている。

 車を上り坂のほうに向けてみよう。

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北茨城市、旧富士ケ丘小学校。林剛人丸の作品など ―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(6)

2016年10月04日 09時37分08秒 | 道外の国際芸術祭
(承前

 チームラボの作品に大いに満足して、チケット(2500円)のもとは取れたと考えた筆者は、次に、おなじ北茨城市内で、五浦いづらの天心記念美術館よりも山側にある「旧富士ケ丘小学校」に向かった。





 会場は、ことし春に閉校になったばかりの小学校。
 あたりはそれほどの僻地という感じではなく、小都市近郊の農村地帯といった趣だが、こういう地区でも小学校がなくなってしまうんだなあ。
 県道に沿った場所にあるので、わかりやすいが、気がついたときには通り過ぎていた。

 これが北海道なら、その場でひょいとUターンすれば済むのだが、本州は道路が狭い。
 県道でのUターンが無理っぽいと思ってわき道に入ると、ますますUターンが難しい狭小道路になってしまう。

 閉校になった学校が会場になっている場合、校舎裏手のグラウンドが駐車場になっていることが多いのだが、ここは正面から乗り付けるのが正解のようだ(ただし、土日などは、裏手も駐車場になっているのかもしれない)。

 正門から車を入れるまで、しばし時間がかかってしまった。


ここでの出品作家でもっとも有名なのは、おそらく日比野克彦さん。
 彼のことをいまだに「段ボールのアーティスト」と認識している人が多いようだが、それは1980年代の話であって、プロジェクト型アートにシフトしてからのほうがはるかに長い。

 ここでは、1999年から茨城県で継続してきたプロジェクト「HIBINO HOSPITAL(日比野美術研究室付属病院放送部)」の芸術祭版ということで、これまでのワークショップなどの活動をまとめて提示していた。
 パネルではなく、布にプリントしたものをつるしており、100枚ほどありそう。とても全部は読めない。

 こういうワークショップって、近年すごく増えているような感覚があるけれど、参加する人の人生をどれほど変えているのだろうか、などということを、ぼんやりと考える。

 会場の一角に、札幌のグランビスタギャラリーで開催中の、日比野さんの個展のフライヤーがあったので、パチリ。


 振り返りとは別に、教室の窓から見える景色を、色紙の紙片を貼って表現してみよう―という部屋があり、筆者も緑色の紙を1枚貼ってきた(無難な選択。笑)。

 筆者はこのとき、教室の窓から青空や山、緑が見えるということについて、なんとも思わなかったが、もしかしたら世の中には、高層住宅やビルディングが見えるという人が存外多いのかな。そういう人にとっては、新鮮なのかもしれない。


 体育館には、冒頭画像の、林剛人丸ごうじんまるさんの「今ここにあるそら」。

 真ん中には、青空を内側から投影した飛行船の模型がおかれていた。

 これは本来、浮かんでいるのが正しい姿らしい。たしかに、そのほうが美しいような気はする。

 暗い空間にまるい空が浮かぶ。
 それだけで、いろいろなことを思い起こさせる。
 はじめてなのに、なつかしさがある。

□県北芸術祭のサイト https://kenpoku-art.jp/artworks/c08/


 暗くてよく見えないのだが、壁には、空の写真が貼ってあるようだ。
 しかも、どうも朝日新聞の上に貼り付けてあるみたい。

 You Tube に、越後妻有に出品した際とおぼしき映像があったので、参考までに。

GO FLIGHT AIRSHIP 林剛人丸


 林さんは1968年北海道生まれ、茨城県在住とある。
 しかし、筆者はこれまでまったく知らなかった。


 ここでは、林さんの作品に限らず、少し古い小学校の校舎が、郷愁を感じさせ人の「記憶」を呼び起こす装置として働いていることがみてとれる。
 そのこと自体が悪いとは思わないけど、ただ、もう何度も見てるなあ~という印象は否めず。
 今後、廃校跡をアートに活用する試みは増える一方のはずで、そのことだけを売りにしても、もう何の得点にもならないだろうな。


 ところで、校舎から体育館には渡り廊下を通っていくんだけど、道民にはこれが新鮮だった!

 屋根があって壁が半分ほど無いタイプの渡り廊下。
 テレビや映画、アニメでは見るけれど、北海道の学校には(たぶん)存在しない。
 こんなのがあっても、雪と寒さで3学期はまったく使えないからね。


□日比野克彦公式サイト http://www.hibino.cc/

関連記事へのリンク
越後妻有・莇平の日比野克彦作品 (2006)


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天心記念五浦美術館のチームラボは最高だった―茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016年遅い夏(5)

2016年10月02日 21時38分05秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 日立市シビックセンターと六角堂が月曜休みだったので、県天心記念五浦美術館が、茨城県北芸術祭の2カ所目ということになったが、ここで見たチームラボの「小さき無限に咲く花の、かそけき今を思うなりけり」はすばらしかった。
 筆者は以前サッポロファクトリーで行われていたチームラボの展覧会を見逃しており、今回が初体験。
 したがって、今回の出品作すべてが新作かどうかもわからないのだが、インタラクティブ(双方向性)のおもしろさと、画像(コンピュータグラフィクス)の美しさを、これほど見事に両立させている例は、稀有なのではないかと思った。

 最初にあるのが「小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々」。

 台の上に茶を満たしたガラスの小さな茶碗が四つ置かれており、それを鑑賞者が手でずらすと、上からの光で、茶碗が置かれた位置に、ぱっと花の絵が投影される。
 それらはコンピュータグラフィクスでそのつど描かれるもので、まったく同じ絵は二度と表れないという。
 茶の湯に日本文化の精髄を見いだし、平和のありがたみを説いた天心にささげる作品になっている。

 あるいは冒頭画像の「Nirvana」。

 オルタナティブロックとは関係なく、伊藤若冲の絵を見たことがある人ならピンとくるであろう、彼の「樹花鳥獣図屏風」などがモチーフとなっている。
 そこに登場する鳥や獣たちが動くのだ。

 さらにユートピア的な感覚が強いのが、奈良の都を建立する時代のイメージをつむいだ「まほろば」。



 奈良・平安期の人々が夢見た極彩色のイメージとはこういうものであったかと思わせるものがある。

 また、VR(仮想現実)で、空中に書を書ける作品もあった。これは、現実の書道では絶対に不可能な、線の手前の空間に線を引くということができ、あらためて「線とは何か」を感じさせる。


 しかし、いちばん感動したのは奥の「世界はこんなにもやさしく、うつくしい」だった。



 これはネタバレしたところで、本物の体験から受けた感動には知識はかなわないと思うので書くけれど、巨大な部屋に映像が投影され、次々と変化していく。
 上から、虹、山、土、金、識、蝶、山といった漢字の書が降りてくる。その前に手をかざすと、画面のどこかで、その文字に関する映像が出現する。鑑賞者の動作に応じて、ランダムな場所にイメージが出現するので、まったく同じ画面は2度と見ることができない。

 まさにユートピア的な世界であり、しかも、昨今の偏狭なナショナリズムとは無縁な日本らしさも兼ね備えていて(意匠とテクノロジーの両面で!)、いつまで遊んでいても飽きなかった。

 You Tubeにもいろいろ映像があがっている。雰囲気をつかむことはできるが、やはり本物を体験するのがいちばんだと思うので、ケンポクに行く方で、とくにチームラボ未経験の人は、絶対におすすめです。







 なお、常設展示室には、天心の資料のほか、大観の代表作「流燈」、菱田春草「砧」なども展示してあった。ここの展示作は定期的に入れ替えているようだ。


 大いに満足して、次の会場に向かう。

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茨城の最北へ―KENPOKU ART 2016年遅い夏(4)

2016年10月01日 08時33分16秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 さて、以前の記事で述べたとおり、茨城県北芸術祭(KENPOKU ART)を見るにはレンタカーが欠かせない。

 筆者はトヨタレンタリース日立駅前店で小型車を予約していた。
 茨城県内のトヨタレンタリースで、県北芸術祭のパスポートを提示すると、2割引きになるからだ。(pdf → http://toyota.r-ibaraki.co.jp/rental/campaign/image/kenpoku/kenpoku.pdf

 せっかくだから芸術祭を応援している会社を応援したいと思うのが人情なのだ。
 応対も気持ちよく、このお店で借りてよかった。
 




 あいにく、この日は、会場のひとつである日立シビックセンターが休み。
 せっかく日立に泊まったのに、作品を見ることができない。

 少ない時間で効率的にたくさん回るためには、高速道路を活用するしかない。
 会場が点在する県北地域の高速道といえば、常磐道である。

 日立道路という短い有料道路を経由して日立中央インターチェンジ(IC)から一気に北茨城ICまで北上した。

 それから国道6号を北上する。
 案内の青い看板を見ると、複雑な思いにかられる。
 この道路を通って仙台まで行ける日は戻ってくるのだろうか。
(言うまでもなく、この国道は、福島第1原子力発電所のすぐ近くを通っている)

 北茨城市のなかでも北の方にある、五浦いづら地区へ。

 ここは明治期、岡倉天心と日本美術院の画家たち(下村観山、横山大観ら)が東京を一時引きはらい、雌伏の時をおくっていた海沿いの村として知られる。

 岡倉天心は東京美術学校(現東京藝大)の初代校長であり、「茶の本」「東洋の理想」などを英語で書いた(彼には日本語の主著がない)国際派の知識人であり、日本の近代美術のレールを敷いたひとりといってもいいだろう。
 とはいえ、ここは彼と日本美術について論じる場ではない。

 彼が設計したといわれる六角堂を見たかったのだが、月曜は休みであった。残念。2011年の津波で流され、やっと再建されたと聞いていたのだが。
 堂の内部には、特徴ある木彫で知られる須田悦弘の作品が展示されている。見たかった。

 天心の墓所があった。
 染井墓地あたりから分祀されたようだ。

 由緒ある土地なのだが、車の窓からは、ドライブインや温泉施設の廃墟ばかりが目に付いた。
 東北3県に比べるとあまり知られていないが、ここらへんも東日本大震災の被災地であり、観光客離れも大きかったのだと推察される。

 天心記念五浦美術館は、広い駐車場をそなえた立派な建物だった。

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日立駅 2016年遅い夏(3)

2016年09月30日 10時37分05秒 | 道外の国際芸術祭
承前)

 2016年9月26日。

 茨城県北芸術祭(KENPOKU ART 2016)を、ダイジェストでまわる日だ。

 前夜、かばんの中を点検して、スマートフォンの充電用ケーブルを家に忘れてきたことに気づいたので、まず駅前のローソンに足を向ける。

 しかし、この近くにほかにコンビニエンスストアがないせいか、店内は通学の高校生らでたいへんな混雑。
 ようやくケーブルの番号札を見つけて、列に並び、レジのところまで来ると
「申し訳ありません、品切れです」。

 もう一度、別の製品の札を持って長い列に並びなおしなので、えらく時間がかかった。



 なぜ「海側」の日立市に泊まったかというと、ITジャーナリストで北海道新聞にもたびたび寄稿していた林信行さんのツイートをたまたま目にしたからだ。



 午前7時開店なら、日立に宿を取れば訪れやすいし、他の会場が開く前に行ける。
 このカフェに行ってみたかったんです。

 なお、妹島 せ じま和世さんは、世界中の美術館などを設計している、日本を代表する建築家のひとりで、日立市出身。
 JR日立駅については、「デザイン監修」というかたちでかかわっているとのこと。

 2階のコンコースが総ガラス張りで、明るく、機能性に富んだつくりになっている。

 そのガラス窓に、フランスの世界的アーティスト、ダニエル・ビュレンが、虹色のカッティングシートを貼った。これも、KENPOKUの作品だ。



 単純に、きれいだなあと思う。
 芸術祭めぐりの最初を飾るには、ふさわしい。



 ちなみに、ビュレンといえば、ストライプ模様が代名詞(幅も8.7センチと決まっている)で、パリのパレ・ロワイヤルの中には彼のデザインしたスツールのような作品が並んでいる(https://www.google.co.jp/maps/place/Le+Palais+Royal/@48.8640538,2.3370838,3a,75y,190.19h,97.09t/data=!3m8!1e1!3m6!1s-r5z8YPHfKWc%2FV83hjh94wHI%2FAAAAAAAALto%2FEbViYHL-3g4LM_UpjMmnj7Jo8ixKB45JQCLIB!2e4!3e11!6s%2F%2Flh4.googleusercontent.com%2F-r5z8YPHfKWc%2FV83hjh94wHI%2FAAAAAAAALto%2FEbViYHL-3g4LM_UpjMmnj7Jo8ixKB45JQCLIB%2Fw203-h101-n-k-no%2F!7i8192!8i4096!4m5!3m4!1s0x0:0xcdcb526c397f16f5!8m2!3d48.8637569!4d2.3371261)。
 ストライプ以外の作品は、筆者は初めて見た。 


 日立駅舎のコンコースを、正面とは反対に進んでいくと、駅舎から出っ張った部分があることに気づく。



 これが、シーバーズカフェ(SEA BiRDS CAFE)。




 筆者が入ったのは7時半ごろで、ほかに客は誰もいなかった。
 かなりの人気店のようなので、朝はおすすめかも。

 窓に向かってしつらえられたカウンターにすわり、さっそくパソコンにケーブルをつないでスマホの充電に取り掛かった。



 オーシャンビューで、太平洋がはるばると眺められる。

 もっとも、こういう絶景の浜辺に、高架の道路を建設し、テトラポットで波打ち際を埋め尽くして平気でいられる美的感覚というのは、筆者にはほとんど信じがたい。
 これはこの店の責任でも芸術祭のせいでもないのだが。

 北海道民であれば、これよりもっと美しい海の景色はいくらでも知っているだろう。
(というか、海沿いに高架の道路があるのは、道内では函館港ぐらいしか思いつかない。カフェのある海辺も少ないかもしれないが)

 モーニングセットなどはないため、パンケーキを註文。これが850円なので、コーヒーをつけると、1000円を超えてしまう。
 パンケーキはオリジナルとあってさすがにうまい。

 このカフェの駅側の窓にも一部、紫色のカッティングシートが上から下まで貼られていた。
(店のウェブサイトのトップの写真で、中央のカーテンの左側の一角)


 さて、8時になったので出発するか。

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茨城県北芸術祭を見るためのヒント 2016年遅い夏(2)

2016年09月29日 22時48分29秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 いや、わかっておりますよ。

 たった1日回っただけで、見てない作品のほうが多い人間が、こんな文章を書く資格なんてないんじゃないかってこと。

 ただ、そんな筆者でも、これから見て回る人のために、思いついたことを書いてみようと思います。


 1.レンタカー必須

 会場が極めて広いのが「KENPOKU」こと茨城県北芸術祭の特徴。

 しかも地方なので、公共交通機関の使い勝手はあまりよくありません。

 土日祝日であれば「きらめき海コース」(日立駅発着)と「じっくり山コース」(水戸駅発着)のツアーバスが出ていますが、これもダイジェスト版です。
 この手のツアーは、ガイドブックには載ってない新しい情報や口コミを得ることができる場合もあるので、筆者としてはおすすめしたいのですが、これがダイジェストであること自体、県北芸術祭の範囲がいかに広いかを物語っているかと思われます。

 というわけで、とくに平日は、レンタカーを借りないと、ほとんど鑑賞不可能であることを知っておいてください。


 2.縦(南北)の移動は普通だが、横(東西)の連絡が悪い。

 茨城の県北を構成するのは6市町。
 だいたい大まかに位置関係を記すと…

 大子町          北茨城市
  |             |
  |            高萩市
  |             |
  |            日立市
 常陸大宮市 常陸太田市

 6市町ともJRの線路が結んでいますが、いずれも水戸から分岐しています。
 そして、縦方向にはそれぞれ国道が走り、運転しても特別疲れなどは感じません。

 ところが、横に行こうとすると、とくに峠道などは整備が進んでいないところが多く、運転していてびっくりという場面が多々あります。

 モデルコースが「海側」3市と、「山側」に分けているのはなっとくできます。

 コースは、縦の移動を基本とし、横の移動は最小限にするのが基本です。


 3.時間が意外と短い

 会場によりますが、遅くても午後6時には閉まります。
 早いところは4時まで入場、4時半クローズというところもあります。

 朝もばらばらですが、午前10時ぐらいのところが多いです。

 なお、屋外の作品のうち、高萩市・高戸海岸のイリヤ&エミリア・カバコフ、ニティパク・サムセンは、朝9時~夜5時となっていますが、その時間以外でも、鑑賞できます。パスポートにスタンプも押せます。


 このほか思いついたことがあれば、随時書いていきたいと思います。


 あと、個人的なおすすめは
イ)天心記念五浦美術館(北茨城市)のチームラボ
ロ)旧家和楽青少年の家(常陸大宮市)のザドック・ベン=デイヴィッド
が圧巻でした。いずれ詳しく書きますが。


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京都へ(14) 宿でまた災難

2015年06月09日 22時17分30秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 というわけで、森村泰昌作品を楽しみにしていた筆者は、はからずも、ブラックな笑いの人形劇(?)の映像をまとめて見せられて、半分がっかり、半分笑いながら、会場を後にした。
 エレベーターホールの前に、アニメ「たまこラブストーリー」(これは京都のアニメーション会社で制作しているのだ)のポスターが貼ってあったので、同作の大ファンである会社の同僚に写メを送ってやったら
「この壁は京都文化博物館ですか?」
だと。
 なんでわかるんだよ(笑)。

 ふらふら歩いていると、烏丸通に出る(京都を代表する繁華街である)。

 京都というと、古い寺社のイメージが強いが、このように明治の建築もかなり残っているようだ。

 この信号を渡ると、大垣書店烏丸三条店があり、そのショーウインドーが、PARASOPHIA の会場のひとつになっている。
 冒頭画像がその展示の様子で、米国ロサンゼルス拠点の作家、リサ・アン・アワーバックの「この織機を持って失せろ」(2008)である。

 メッセージを編みこんだニットを着た彼女自身の大型写真である。
 ニット、というところが、ホルツァーとは異なるところなんだろう。

 彼女の作品は、PARASOPHIA の主会場である京都市博物館にも展示してあり、これは「アメリカン・メガジン」という巨大な雑誌。

 いつもは展示されているだけだが、1日に何度か、係員がページをめくる。

 「メガジン」はもちろん「マガジン」のもじりで、プリンターの最大限度まででかくした雑誌形式の作品だ。
 とりあげているのは、メガチャーチなどで、米国独特の話題だよな~という気がする。

 で、どれくらい大きいかというと…。

 わたしの手と比較してみてください。

 さて、話を京都の中心部に戻す。
 といっても、後は、ほとんど書くことはない。
 大垣書店にも寄ってみた。こういう品のよい中型書店(六本木ブックセンターぐらいの規模)って、札幌にあまりないなあなどと思うが、何も買わなかった。

 地下鉄に乗って、予約してあった京都駅南側のホテルへ。

 フロントでキーを渡されて部屋に赴くと、女子高校生がわいわいと騒いでいた。
 廊下に教師が座っていて、どこに行くのかと誰何された。
 修学旅行の高校生と同じフロアに当たってしまったらしい。やれやれ。

 暗い気分になって、とりあえずなんでもいいから空腹を満たそうと、駅ビルの地下街でうどん屋を見つけて、天ざるうどんとビールを註文する。
 閉店時刻が近いせいか、客はほかに1、2組しかいない。

 なお、騒がしい修学旅行生であるが、午後10時だか10時半になるとぴたりと静まった。

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京都へ(13) まさかの京都文化博物館会場

2015年06月06日 21時08分27秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 やってきた京阪電車。
 さすが京都(?)、座席シートの色が抹茶色である。

 賀茂大橋のほとりで聴いたスーザン・フィリップスのサウンドインスタレーションについては、別項ですでに触れた
 そのとき、鴨川と市民の距離の近さについても感嘆まじりに記したが、もちろん、その分、右の画像のような違法行為も出てくるわけで、世の中には「全面的に良い」ということはなかなか無いものである。

 次の目的地は、午後7時まであいているPARASOPHIA会場である「京都文化博物館 別館」。
 森村泰昌作品などが展開されているとのことで、これは見逃せない。
 入場は6時半まで。時間があまりないので、タクシーで行くことにする。

 PARASOPHIA の大きな垂れ幕がさがった市役所の前を過ぎ、繁華街の細い道を通り過ぎて、車は京都文化博物館の前に着く。
 館内に入り、係の女性にPARASOPHIA のチケットを見せると、奥のエレベーターで3階だと案内される。
 3階でエレベーターをおりて、会場の扉を開けると…。

 そこでは、森村作品の展示ではなく、『オー!マイキー特別編』の上映が行われていたのだ。

 …orz         




 「オー!マイキー」は、かつてTVHで放送されていたので、ご覧になった方もおられるだろうが、人間の代わりにアメリカ人のマネキンが登場する3分程度の短編ドラマである。
 マネキンの夫婦とひとり息子、そのガールフレンドなどが出てくるが、マネキンなので、当然動かない。
 ただ、日本語の声優が声を当てて、ブラックユーモアあふれる会話を繰り広げている。
 地上波テレビで放送するには、かなり変わった番組である。

 作り手の石橋義正さんは、PARASOPHIA に映像作品を出品していた。
(ボランティアの方はお勧めしていたが、行列ができていたので、見なかった)
 それで「オー!マイキー」の上映会が関連イベントとして行われていたのである。

 まあ、「オー!マイキー」もおもしろいから、いいけどね。

 しかも、この晩は、テレビ未上映の「犯罪者マイキー」や、日本人一家が昭和な家族を演じる回なども上映されていたのだ。

 とはいえ、通常は1回分だけをテレビで見るのに、1時間も連続してスクリーンで見るというのは、さすがに…。なんといったらいいのか…。



 You Tube には、かなりの本数が勝手にアップされているようなので、参考にはりつけておきます。

 


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京都へ(9) PARASOPHIA 笠原恵美子/田中功起

2015年06月04日 01時00分00秒 | 道外の国際芸術祭
(承前)

 「PARASOHIA 京都国際現代芸術祭2015」のリポートが続いているが、この次の記事でいったん終わりにする。
 よく考えてみれば、このブログでは、昨年の札幌国際芸術祭のことをろくに報告していないのだ。

 「北海道美術ネット」を名乗っておいて、北海道のことを書かずに関西のことばかりを書いているのも、やはりヘンだ。

 PARASOPHIA には、日本出身や、日本国内を拠点とする作家も多数参加しており、それぞれに「歴史」や「美術史」と、しっかり向き合っている。

 笠原美恵子さんのインスタレーションは、遠目から見ると、白い磁器が床に敷き詰められて美しい。
 しかし、これは、埼玉県の小さな農業用水の川に投棄された手榴弾だという。戦時中に製造されたものだ。
 70年も前の戦争の歴史が渇水期に顔を出すということに、驚かされる。

 笠原さんは磁器製の手榴弾を1001個並べた。
 それらは、個性を圧殺した戦争中をほうふつさせるかのように同一の形に製造されているが、圧殺しつくすことが不可能なように、同一性からはみ出るような不均質性をも有している。

 笠原さんは図録に寄せた文章の中で「美学と政治の不可分性」を論じている。
 
 ただ、笠原さんのインスタレーション展示自体はすっきりとしていたが、結界などが無いのに来場者が多いため、監視員の人たちがかなり神経質になっていて、ちょっと殺伐とした雰囲気になっていたのは残念だった。足を踏み入れてほしくない範囲を明示した方が、むしろ会場の雰囲気をやわらげるような気がした。


 ベネチア・ビエンナーレ日本代表など活躍の場を広げている田中功起さんは、会場となっている京都市美術館が1946~52年、占領軍に接収されていた歴史に目を向けた。
 いちばん大きな部屋では、米兵がバスケットボールのコートとして使用していたという。

 会場で流れている映像では、高校生がワークショップでバスケットボールをしていた。

 左の写真は、砂川闘争。
 戦争が終わってから30年ぐらいは、日本のあちこちで、学生や労働者が米軍や自衛隊の基地に反対する運動をしていたものだが、その多くは忘れられている。

 この展示に限らず、スーザン・フィリップスを含め、左翼的なものへの回顧が目立ったPARASOPHIA であった。


(この項続く) 
 
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