北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

SIAF2020第1弾ディレクターズトーク 「はじめまして、私たちが企画ディレクターです。天野太郎とアグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカです。」

2018年12月10日 21時00分10秒 | 札幌国際芸術祭
 「札幌国際芸術祭2020ディレクターチーム発表」についてで紹介した企画ディレクター3人のうち2人(のこる1人の「コミュニケーションデザインディレクター」は公募中)が皆さんの前でお話します―ということで、さっそく予約して、12月8日(土)午後2時、会場へ行ってきました。アスティ45ビル(中央区北4西5)12階にある札幌市立大サテライトです。

 過去2度の芸術祭で行われたキックオフイベントに比べると、まだ会期に余裕があるせいかどうかはわかりませんが、理念や方向性を語るというより、おふたりの人となりを中心に紹介する、やや緩い感じの催しでしたが、これはこれで親しみやすくてよかったです。テーマや作家第1弾発表、というようなときには、もう少し広い会場で大がかりに実施するのかもしれません。

 話の中身に入る前に、あらためて分かったことを2点書いておきます。

 ひとつは、ディレクターは3人で、この上に総合ゲストディレクターが置かれるのではないということ。いわば「トロイカ体制」で芸術祭の中身を決めていくことになるようです。

 2点目は会期。
 いくら「2020年度」だからといって2021年2月開催では「SIAFサイアフ2020」にならないのではーと心配していたのですが、どうやら2020年12月中旬から21年2月にかけての開催になる見通しです。
 ほっとしました。

 さて、トークは、事務局の細川麻沙美さんに2人がそれぞれ答えるという形式で行われました。
 アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカさんは英語で答え、それを通訳者が日本語に訳していました。

 現代アート担当のディレクター天野太郎さんは、大学の優秀な同級生(誰だろう?)が道立近代美術館に学芸員として先に就職したため、自分もーと思って同館に採用され、学芸員になったとのこと。
 当時のエピソードでおもしろかったのが、同館で「マウリッツハイス王立美術館展」を開いたとき(1984年)、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を展示したそうですが、ほとんど話題にもならなかったとのこと。フェルメール人気は近年のことなんですね。
 その後、横浜美術館を経て、現在は横浜市の住宅街にある横浜市民ギャラリーあざみ野で主席学芸員を務めています。

 一方、メディアアート担当のクビツカ=ジェドシェツカさんはポーランド南西部のヴロツワフで、WROアートセンターの「WROメディアアートビエンナーレ」に携わっています。
 かつて見たドイツ人3人(誰だろう?)の作品に出合い、このような仕事をしてみたいと思ったのがアートの世界に入ったきっかけだそうです。

 天野さんは料理が趣味で、「天野酒場」と題して腕をふるったり、エルメスのファッションショーでモデルを務めたり、さらに漫画「学芸員太郎」のモデルになったりと、多芸多才な方のようです。
 クビツカ=ジェドシェツカさんは石集めが好きで、ハイキングに行くとさまざまな石を拾ってきて、自宅のあちこちに置いているそう。
 ディレクターの話が来たときには「Big,big surprise」だったといい、メディアアート分野で日本人のアーティストと仕事をする機会も増えているとのこと。来日はこれで5度目ですが、北海道は初めて。赤平の炭鉱跡を見たり、博物館でアイヌ文化を知ったり、さっそく精力的に動き回っているようです。

 テーマなどはこれから決めるわけですが、天野さんは先日訪れたオーストリア・ブリスベーンでのアジア太平洋トリエンナーレの会場で、アフリカ生まれ・ベイルート育ち・ベルリンの大学で学んだという作家にいきなり流ちょうな日本語で話しかけられてびっくりしたという体験を語り「自分のアパートにスリランカ人が住んでいて車のデザインをしている。これまでとは違う、国際化の風景が日本で増えるのでは」と語っていました。
 クビツカ=ジェドシェツカさんは、「雪や寒さを受け入れることからコンセプトが始まるのでは」と述べ、東南アジアなどの人にとっては魅力的だと強調。また、初期のWROビエンナーレが冬で開かれていたことから、冬季開催は可能ではーと話しました。

 最後に、抱負を聞かれ、天野さんは
「道立近代美術館で相当鍛えられたので、恩返しじゃないですが、今まで学んできたことを全部ここ(札幌)でつぎこもうかと思っている」
と語り、クビツカ=ジェドシェツカさんは
「ネットワークを駆使し、中東欧などいろんなアーティストと協力していきたい」
という意味のことを話していました。

  
 ほかにもいろいろな話がありましたが、かいつまんで書いてみました。
 文責は、聞き取っていた筆者(ヤナイ)にあることはいうまでもありません。

 この後、懇親会もあったようですが、筆者はほかに見る展示がありましたので、会場を急いで後にしました。


Web: http://siaf.jp
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Twitter: @siaf_info
Instaglam: @siaf_info/
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「札幌国際芸術祭2020ディレクターチーム発表」について

2018年09月22日 12時05分39秒 | 札幌国際芸術祭
 前回の札幌国際芸術祭(SIAF)についての記録記事を書き終えていないうちに、早くも次回に向けて、企画ディレクター2人が決まったという発表が、9月21日にありました。

 「札幌国際芸術祭、次回は2020年度の冬に開催。ディレクターは複数に (追記あり)」ということし6月の記事で書いたとおり、こんどはディレクターが3人になります。
 企画ディレクター(現代アート担当)は、横浜美術館で開設準備室以来キュレーターを務めた天野太郎さん。
 天野さんは「ディレクターチームの統括を兼ねる」というただし書きがついています。
 企画ディレクター(メディアアート担当)は、Agnieszka Kubicka-Dzieduszycka(アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカ)さん。
 ポーランドのメディアアート界で活躍してきた人のようです。

 もうひとりの「コミュニケーションデザインディレクター」は、今後、公募により選考します。

 これまでの2回は、ゲストディレクター1人が全体を統括するというスタイルで、坂本龍一さん、大友良英さんという人選が、なかなかに新鮮でした。
 こんどの天野太郎さんは、現代アートの分野で国内では知られたベテランのキュレーターで、前任の2人に比べると「新鮮さ」「冒険的」という印象はありませんが、3回目にして初めて現代アートのプロパーが率いるチームになるわけで、その意味では、どういうテーマを掲げてどんなアーティストを招くのか、興味がわいてきます。
 もともと道立近代美術館の学芸員で、札幌とのつながりもあるし、2014年の札幌国際芸術祭ではアドバイザーも務めています。

 以下、2人のプロフィルを、公式サイトからコピペします。

横浜市民ギャラリーあざみ野主席学芸員。多摩美術大学、女子美術大学、国士舘大学、城西国際大学の非常勤講師。美術評論家連盟所属。
北海道立近代美術館勤務を経て、1987年の横浜美術館開設準備室より同館で国内外での数々の展覧会企画に携わる。
「横浜トリエンナーレ2005」でキュレーター(2011年、2014年はキュレトリアル・ヘッド)を務めたほか、横浜美術館、市民ギャラリーあざみ野での担当展覧会に、「戦後日本の前衛美術」(1994年)、「ルイーズ・ブルジョワ」(1997年)、「奈良美智 I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」(2001年)、「ノンセクト・ラディカル現代の写真III」(2004年)、「金氏徹平:溶け出す都市、空白の森」(2009年)、「考えたときには、もう目の前にはない 石川竜一」(2016年)、「新井卓 Bright was the Morning―ある明るい朝に」(2017年)、「金川晋吾 長い間」(2018年)など多数。


メディアアートキュレーター、プロジェクトマネージャー、大学講師。
ヴロツワフ大学卒業後、1994年からWROメディアアートセンター財団(※1)の一員となる。以来、ポーランドのメディアアート界を牽引する国際イベント「WROメディアアートビエンナーレ」に過去13回に渡り携わる。2008年のWROアートセンター設立時より、プログラムの共同開発、国際連携プロジェクト、アート・メディエーション(※2)に携わる。欧州連合(EU)出資プロジェクトの企画運営も経験。
近年の主な企画に、Art Li Biennial 2018(フィンランド)におけるポーランド関連プログラムのほか、ウクライナ、スウェーデン、日本、ドイツ、イスラエルでの展覧会、ワークショップ、上映など。2016〜2017年にかけてWROアートセンターで開催された日本のメディアアート展「Reversible // Irreversible // Presence」など、日本のメディアアーティストとの関わりも多い。

※1 現代美術、メディア、コミュニケーションを専門とするポーランドの民間公益団体。
※2 鑑賞者と作品の対話を仲介するプログラム。ガイドツアー、ワークショップの他、出版物や教育プロジェクトの取り組みなど、そのプログラムは多岐に渡る。


 以前も書きましたが、「札幌国際芸術祭2020」が開かれるのは2021年2月ごろです。
 「2020年度だから」という言い訳は国外には通じないと思われますので、今のうちにこっそり「2021」とするか、あるいは一部プログラムを2020年12月から始めてしまうか、何らかの対策が必要ではないでしょうか。


 なお、メディアアート担当ディレクターは
「クビツカ=ジェドシェツカ」
が姓で、ハイフンがあっても前後をつないでしまう新聞の表記では
「クビツカジェドシェツカ」
となります。
 しかし、2018年9月22日の北海道新聞では
「アグニエシェカ・ジェドシェツカ」
と、なぜか「クビツカ」が抜けていました。
 これって、たとえば作曲家のカミーユ・サン=サーンスを、カミーユ・サーンスと書くようなものではないかと思うのですが。
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札幌国際芸術祭、次回は2020年度の冬に開催。ディレクターは複数に (追記あり)

2018年06月20日 02時22分00秒 | 札幌国際芸術祭
 2018年6月19日、札幌国際芸術祭の公式サイトで短いお知らせ「次回の札幌国際芸術祭の方向性決定!」が発表された。
 以下、全文。

 札幌国際芸術祭実行委員会では、6月18日(月)に開催しました同委員会におきまして、次回の芸術祭の方向性が決定しました。

SIAFは、独自性のある芸術祭として2014年、2017年と2回開催してきたところですが、次回は、さらに札幌の特徴や魅力を生かしていくため、2020年度の冬季に開催します。
そして、冬、雪、北方圏の文化を題材とした作品やプロジェクトを展開していきます。

また、こうしたプログラムを効果的に展開するために、複数の専門家によるディレクターチームが、芸術祭の企画を立案・監修します。

今後は、本年9月を目処に、ディレクターチームの人選を行い、来年の2月頃にテーマや会期、主要会場などを発表していく予定です。

引き続き、札幌国際芸術祭にご関心をお寄せいただきますよう、よろしくお願いいたします。


 同日の北海道新聞にも
「札幌国際芸術祭 20年度は冬開催 芸術監督3人に」
という見出しの短い記事が出た。
 それによると、公式発表の「複数」というのは
「芸術監督は現代アート、メディアアート、コミュニケーションデザインの3分野で選ぶ」
ということになっている。

 ただ、以上の文面からだけでは、これまでと同様のアシスタントディレクターがいてその下に3人のディレクターがいるのか、それとも3人が並び立つかたちになるのか、詳しいことは判断できない(このセンテンスを追加しました)

 ちなみに、同日の朝日、毎日、読売各紙の北海道面には、芸術祭の記事は出ていない。



 実は、冬の開催について筆者は2010年1月の記事「札幌ビエンナーレに向けて」で
「札幌は、札幌でしかできない事業に取り組むしかない。」
として、冬のモエレ沼公園での開催を提唱しているし、同年3月には、札幌市の関係者にも
これだけ国内外のあちこちで、ビエンナーレとかトリエンナーレが開催されている以上、他とどう差別化していくかは、避けて通れない問題だろう。
という趣旨の話をしている。

 ただ、実際問題として、来場者の半数以上が地元の人間だとしたら、冬季開催はリスクが大きい。
 ご存知のとおり、北海道の人間は、冬の間は極端な出不精になるからだ。

 寒くて、雪で足元が悪いのはもちろんだが、日が暮れるのが早いため行動が心理的に制約されるという側面は意外と大きいのではないかと思う。
 日没が早いと、夕方や夜のイベントにも足が向きづらくなるのだ。



 しかし、北海道らしさ、札幌らしさを追求するのであれば、冬の開催は挑戦すべきだろう。世界中どこをさがしても、こんなに雪のふる大都市はないからだ。
(雪の多い土地での国際芸術祭ということでいえば「越後妻有アートトリエンナーレ・大地の芸術祭」の会場はものすごい豪雪地だが、メイン開催期間は冬ではない。冬の間もさまざまな行事は展開しているが)

 同時に、大雪のため新千歳空港が閉鎖されたり、バスが渋滞に巻き込まれたりといった事態も予想される時季だけに、対策が求められることはいうまでもない。
 札幌の年間通してもっとも知名度の高い催し「さっぽろ雪まつり」の期間とうまく重なることで、地元客の減少をうまくカバーすることが期待される。

 いずれにしても、道外から来た人にとって思い出に残るのは、冬の開催だろう。
 メディアアートや公演系は室内で行えばよいから積雪期でも問題はない。

 楽しみだなあ。



 さてこれまでも札幌では、雪や寒さといった厳しい気象条件を逆手に取った実践がいくつか行われているので、思いつくままに挙げてみよう。
 これらがそのまま、こんどの芸術祭に入ってくる、というわけではないが、美術館もギャラリーもオフシーズンになるなかで、これだけの実績がすでに積まれているわけである。(このセンテンスを追加しました)

さっぽろ雪像彫刻展
 本郷新記念札幌彫刻美術館の前庭で毎年1月下旬に行われている。札幌の彫刻家、工芸家、学生らが、造形性を意識した雪像を作る

Snow Pallet
 札幌の美術家、澁谷俊彦さんが取り組んでいるインスタレーションのシリーズ。円盤などの裏側に塗った鮮やかな色が雪の表面にほのかに反射する。会場は毎年変更

アイスホテル
 イグルーで造った期間限定のホテル。問い合わせ先はクロスホテル札幌だが、会場は、当別町スウェーデンヒルズだったり真駒内のゴルフ場だったり、毎年異なる。公式サイト

s(k)now [ snow + know]
 さっぽろ天神山アートスタジオで、冬のアートを考える

サッポロユキテラス
 道庁前の赤レンガ広場で2月に行われている。今年は、かまくらとメディアアート作品のミックス

SNOW SCAPE MOERE
 モエレ沼公園「ガラスのピラミッド」周辺で行われていた。リンク先は2009年。2012年が最後だったと思われる

ツララボ
 SIAFラボで2015年始動したプロジェクト。つららを人工的につくる

SAPPORO II project
 中央区北1西9の空き地やシャワー通りで「型押し」などのプロジェクトをやっていた(リンク先は2009年)けど、最近はどうしてるんだろう。2011年まではやってたのは確実。

SNOW PROJECT
 さっぽろ雪まつりの大雪像に映像作品を投影する試み。2001~04年に行われていた。近年のプロジェクション・マッピングの先祖みたいなもの?


 ほかにもあったら、ごめんなさい。
 あと、考えてみれば、札幌は、冬のイルミネーションの日本における発祥の地でもある。



 ただ、ツイッターでも書いたけれど、開催が2020年度の冬ということであれば、暦年なら2021年1月とか2月となり、「トリエンナーレ」の規則性は失われてしまうのが気がかり。
 1月以降のスタートであれば「1年延期」と受け取られかねない。
 どんな形でもいいから、2020年12月中には会期をスタートさせてほしいと思う。年末年始は中断してもいいので。
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■500m美術館がみた札幌国際芸術祭2017(11月3日~2018年1月16日、札幌)

2018年01月15日 21時13分59秒 | 札幌国際芸術祭
 見に行くのが会期末になってしまったのは
「これを見終わってしまえば、ほんとのほんとに札幌国際芸術祭が終わってしまう」
という気持ちが心の片隅にあったせいだが、実際に500m美術館に足を運べば、自分が実際に芸術祭で体験したものの厚みはこんなもんじゃないし、別に見た瞬間に思い出が消失してしまうわけでもないのだが、もっと早く見れば良かったのかもしれないとも思った。

 ありきたりな言い方になるけれど、札幌国際芸術祭2017を楽しく見た人にはいろいろ懐かしく、おもしろさを感じる展示だろうし、それほど深くかかわらなかった人にとっても
「ふうん、こんなことやってたんだ」
と興味を抱けそうな内容の展示になっている。




 基本的には、大通側からバスセンター駅方向へ見て行くのが正しい順番だろうが、反対に見てもそれほど大きな支障があるわけではない。
 両端はいずれも、大風呂敷が展示されている(プロジェクトそのものの説明は大通側だが)。
 市民参加の代表的なプロジェクトであり、或る意味で昨年の芸術祭を代表しているからだろう。

 参加者が回想したテキストを読むと、このプロジェクトは、あらかじめ決まっているのは大枠だけで、個々の活動ペースとか、布のデザインなど、ほとんど各自の裁量に任されていたことがよくわかる。




 資料館を根城に行われていたさまざまな活動の紹介。

 画像は、「あなたにとって芸術祭とは?」という問いの答えを紙に書いて手に持ち、写真に撮ったものをずらりと並べたコーナー。
 一般人にまじって、大友良英さんも写っている。

 ちなみに筆者が「明らかにこれは自分だ」と認知できる写真は、今回の展示で皆無でした。




 大友良英さんによるモエレ沼公園の展示の再現。
 モエレと、物を展開できる奥行きがまったく異なるが、雰囲気は引き継いでいる。どこに何を配置するかなどは、札幌のスタッフが柔軟に対応してインスタレーションに仕立てたらしい。




 中崎透さんによるスキーの展示は、まさにこの500m美術館で行われた。
 美術好きでなくても親しみのある題材であるために通行人にも訴求力を持ち、じっくり見てもちらっと見ても得るものがあるという、この会場にぴったりの展示だった。




 端聡さんは、札幌国際芸術祭を振り返るというよりは、新作の展示みたいになっていた。
 ビンテージプリントの写真を組み合わせたところなどは、昔からの端さん節といったところ。

 




 モエレ沼公園で発表し、鮮烈な印象を残した伊藤隆介さんが、手書きで書いたプランがおもしろい。
 ミニチュアのレコードなどの、樹脂の型も展示されていた。アートなんだけど、プラモデルみたい。

 このほか、テニスコーツの習字や、毛利悠子さんの展示プランなど。

 とにかく記録写真はたくさんあった。2014年の芸術祭やプレビエンナーレの写真プリントも貼られていた。
 テニスコーツがゲリラ的に市内に出没していたので、新鮮な記録写真が多かった。
 とくに、狸小路での即興ライブでは、大友さんも交じってカホン(打楽器の一種)をたたいているようだ。取り囲んでいる20人ほどの聴衆のうち、半数近くがカメラやスマートフォンを構えているのも、2017年らしくて興味深い。

 一部で話題になっているアート年表は、確かに誤記が散見される。
 ただ、遠巻きにぶつぶつ言っているんじゃなくて、オダイさん(年表をつくってる事務局)が困るくらいにみんなで介入していくのが札幌国際芸術祭らしさなんじゃないかと思う。
 





 あとは、詳細な記録集の刊行ですね。

 ここに写真がない催しもあるので(あらためて、ほんとに、もりだくさんな芸術祭だったなあ~)。


2017年11月3日(金)~2018年1月16日(火)午前7時半~午後10時
500m美術館(地下鉄東西線大通駅―バスセンター前駅間の通路)
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札幌国際芸術祭2017って、どうしてあんなに楽しかったんだろう

2018年01月01日 09時16分00秒 | 札幌国際芸術祭
 もちろん個人差はあります。

 でも自分はすごく楽しかった。
 そして、札幌国際芸術祭2017が終わってしまうのがさみしかった。
 まるで修学旅行からの帰り道の高校生みたいに。

 なんでだろう。

 しばらく考えていますが、ほんとうのところはよくわかりません。
 自分は確かにほぼすべての会場を見ることができました。
 ライブコンサート類にも何度も出かけています。
 ですが、ワークショップなど体験型の催しにはほとんど参加しておらず、ボランティアもまったくノータッチでした。
 それほどどっぷりとハマっていたわけではないのです。にもかかわらず…。




 ただ、思い出す光景があります。

 2016年、これもほとんど回想記を書けていないのですが、あいちトリエンナーレのことだったと記憶しています。
 ある会場で、インドネシアの現代アートに関する連続レクチャーを行っていたのです。
 ジャカルタを拠点とする「ruangrupa」という、アーティストが主導して設立した非営利団体の会場で、都市問題など現代とかかわる活動に取り組んでいました。
(西洋や日本に紹介されるインドネシアの現代アートは社会的な性格が強いものが多いという印象があります)

 ここだけではなく、あいちトリエンナーレには、その種の会場がいくつかありました。
 筆者は、黒板に書かれた文字や、写真記録の類を興味深く眺めました。

 でも、いくら
 「おもしろそうだな」
と思っても、自分の目の前に繰り広げられているのは、レクチャーの「記録」でしかありません。
 いいかえれば、抜け殻が展示されているわけです。
 自分は北海道人ですから、そういう「非・展示」型活動に主体的に参加できる可能性は皆無なのです。
 もうすこしレンジを広げていえば、あいちトリエンナーレにたいして、主体的にかかわれる余地というのはほとんどなく、どこまでじっくりと見ても、しょせんはお客さん、観光客・見物人でしかない。

 決して、あいちトリエンナーレの運営を責めているわけではありません。これは、もうどうしようもないことなのですから。

 もしほんとうにあいちトリエンナーレに参加したかったら、名古屋に移住して、たとえば「なるへそ新聞社」を手伝うとかするしかないわけです(余談ですが、筆者は新聞のレイアウトなどはいちおうプロです)。




 その翌年、筆者は札幌で、地元の芸術祭を見て回りました。

 たしかに、自分はワークショップなどにはほとんど参加していません。しかし、今回ほど「いつでも参加できる可能性が開かれていた」芸術祭って、いままであんまりなかったんじゃないでしょうか。
 それは、制度的な「ハードルの低さ」というのもありますが、たぶんそれ以上に、ゲストディレクター大友良英さんらがかもし出す、一種のゆるやかな雰囲気が大きいと思うのです。だから、SNSでライブが急に告知されても
「あ、自分が行っても大丈夫だな」
という気分になれる。
 冒頭で書いたように、もちろんその感覚には、大いに個人差がありましょう。
 ただ、自分にとっては、そういう受け止め方ができる芸術祭でした。
 そして、札幌がそれほどの大都会ではなく、東京や横浜だったら瞬間で売り切れになるようなチケットも、しばらくの間入手可能だったりしたというのも一因だったといえそうです。

 以前も書いたかもしれませんが、札幌国際芸術祭はかなり「ゆるい」場面もあったとはいえ、「グダグダ」な素人芸はまったくなかった。
 コレクティブオーケストラや中島公園百物語など、子どもたちががんばっていましたが、ちゃんと見られるものに仕上がっていました。それは、いわゆるプロの楽団や劇団とは別の意味での「ちゃんとしたもの」です。
 また、ボランティアにしても市民参加にしても、上から号令を発して、市民がその計画図面どおりに下働きとして完成させていく―というのとは、かなり違った方針がとられていたのは、はたから見ていても、よくわかりました。

 要するに、札幌国際芸術祭は「統制」から遠く離れながら、それでいて「無政府主義的混沌」をちゃんと逃れていた、とっても稀有な例なのだと思うのです。
 このさじ加減は絶妙としか言いようがありませんでした。



 考察としてまだまだ不十分ではありますが、思うところを書いてみました。


(今年は、年賀はがき的には喪中の年明けでもあり、儀礼的な記事はやめて、これを最初の記事といたします。本年もよろしくお願いいたします)
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札幌国際芸術祭アンケート、「良い」「とても良い」合わせて7割

2017年12月16日 19時32分00秒 | 札幌国際芸術祭
 北海道新聞2017年12月9日付札幌圏版に「札幌国際芸術祭 来場者の7割好意的」という記事が載っていたのを、見落としていました。

 以下、引用します。


 札幌市内で8~10月に開かれた2回目の札幌国際芸術祭の実行委員会は、来場者を対象に、期間中に行ったアンケートの結果(速報)をまとめた。芸術祭全体について感想を聞いたところ、「とても良い」などの好意的な回答が7割を占めた。一方、同会場を複数回訪れたパスポート利用者は半数未満だった。

 アンケートは開催期間の8月6日~10月1日に主要9会場で実施され、3253件の回答が寄せられた。

 感想では「とても良い」が20.7%、「良い」が50.4%に上った。「悪い」は1.2%、「あまり良くない」は5.2%で「作品を見てもよく分からない」「会場が分散して巡りにくい」などの理由が挙げられた。

(中略)

 パスを使って同じ会場を「見た」「見ようと思う」人は45.8%だった。

(以下略)


 この数字にどれほどの大きな意味があるかどうかは、正直なところわかりません。
 アートに興味のない人間はあまり会場に行かないだろうし、アンケートにも回答しないことが予想されるからです。

 というのは、実は前回(2014年)も実行委は同様のアンケートを行っているのですが、そのときは「「とても良い」が27%、「良い」が49%だったのに対し、「あまり良くない」は4%、「悪い」は2%でした。
 前回の方がむしろ評価は少し高いくらいで、大して差がないのです。
 個人的には、展示や公演の中止が続き、ツイッターでの広報も少なかった前回にくらべると、今回の方がずっと良かったと思いますけど。

 google 検索のサジェストは、いまでも「札幌国際芸術祭」と入れると「失敗」という語が出てくるので、筆者はちょっとアタマにきているのです。
 今回は運営もスムーズだったし(ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip 関係を別にすれば)、もう「失敗」のレッテルを貼るのはやめませんか。意味ないし。
 「自分はこういうところが気に入らなかった」というのなら、わかりますけど。
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(4)ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」―最終日に行った会場のこと

2017年11月24日 21時25分00秒 | 札幌国際芸術祭
(承前)

 札幌国際芸術祭のゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」をめぐる4日連載の最終回。

 めざましサンド店(中央区南3東4)で、相川みつぐさん「季節は巡る」。

 飲食店の中の壁に直接ペインティングしている。
 樹木や川が、単純な図形として処理されて描かれているのがユニーク。

 テーブルに隠れて、絵の下のほうが見づらいのがちょっとざんねん。

 お店の人に
「芸術祭が終わったら塗りつぶすんですか」
と尋ねたら、しばらくこのままにしておく予定とのことだった。
 11月半ば過ぎに店の前を通りがかったらまだこの絵が見えたので、今も鑑賞可能だと思われる。


 さて、第1回でもチラッと書きましたが、この Guest House × Gallery Project はどうやら、関係者からも一般の鑑賞者からも、札幌国際芸術祭の本筋のプログラムではないと認識されていたフシがあるようだ。
 最終日の夜、芸術祭の公式ツイターアカウントでさえ、次のようにツイートしていた。




 筆者はこの日、仕事で出社していた。
 翌朝は早出だったにもかかわらず、芸術祭が終わるのが名残惜しくて、サッポロッジ(中央区南5東1)まで行って、入り口のバーカウンターでビールをのんでいた。

 ここには、東京から帯広を経て、十勝管内浦幌町に拠点を移した白濱雅也さんの「熊の神」が展示されていた。


 もともとこのスペースには、オーナーの集めた熊の木彫りが何個も置かれている。
 なかでも1本の丸太から木登りする親子をほりだした大作は、オーナー自慢の一品のようだ。
(網走駅のプラットフォームに似た作品がある)

 木をふんだんに用いた内装とあいまって、非常に「北海道色」みたいなものを濃く感じられる空間になっている。「北海道色」というより、山小屋ふうといったほうがいいかもしれない。


 カウンターの反対側の壁に、白濱さんによる熊の頭部が並んでいる。
 彩色もさまざまで、民芸的なものとは異なるイメージだ。

 Guest House × Gallery Project のサイトには、おそらく白濱さんによるものと思われるステイトメントが載っていた。

 この文章があると無いとでは大違いなのである。

 今回の芸術祭で、市資料館の熊の木彫り展は、一般には好評だったようだが、アイヌ民族とのかかわりなど歴史的な視点が欠落していたのはたいへん残念だった。
 木彫りコレクターの努力には敬意を表したいが、単なる造形的なすごさに話を終わらせてしまった感のあるキュレーティングについては、疑問が残った。

 ステイトメントの全文は次の通り。

北海道といえばこれが思い出されるほど、ポピュラーな木彫りの熊。偶像をほとんど彫らなかったアイヌの人々が「なぜこれを彫らねばならなかったか」という、アイヌと日本人を巡る歴史はほとんど知られていない。そこに埋もれたままの自責や呵責を抱きつつ、消費の波の中で通俗化し磨耗した木彫りの熊や面を精霊的神像としてリノベーションを試みる。



 この展示やステイトメントからは、歴史や自責の中身までは読み取れないが、それは今後の課題なのだろう。


 ゲストハウスの話は以上で終わりで、けっきょく、UNTAPPED HOSTEL(北区北18西4)とWAYA(豊平区豊平2の4)には時間切れで足を運ぶことができなかった。

 大友さんの挑戦状?(※後註「ぜんぶ回った記者さんがいたらビールをおごります」というアレ) に応えることができなかったのは残念だ。

 ただ、このプロジェクトを通して
「アートに興味ない人が来る場所や、アートの存在を予期しない人にとって、展示はどうあるべきか」
という、次回への大きな課題は残ったように思う。
 実は、500m美術館のスキーの展示は、そのあたりをうまいことクリアしていたともいえそうだ。

 ここまで、長文におつきあいいただき、ありがとうございました。
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(3)ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」―各会場のようす

2017年11月23日 20時08分05秒 | 札幌国際芸術祭
(承前)

 ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」について、これまでの2本の記事で触れなかった各展示も簡単に紹介しておきたい。

 まずは札幌ゲストハウス雪結(中央区南3東4)。
 前項で述べたとおり、写真家2人の作品が展示されていたが、筆者が訪れた時にはすでに酒井広司さんの「胆振線19792017」だけになっていた。

 「胆振 い ぶり線」とは、旧国鉄胆振線のこと。
 しりべ管内倶知安の倶知安駅から、京極、喜茂別、大滝、壮瞥を経て、伊達市の伊達紋別駅に至るローカル線だ。

 酒井さんは室蘭に住んでいた1979年1月3日、北から南に向けてこの路線の列車に乗り、羊蹄山のある風景など沿線を撮影。
 ことし6月に再訪して撮影した。
 いずれもモノクロで計23枚。

 蟠渓ばんけい駅跡など、かつて鉄道が走っていたという面影がほとんどない箇所もあったそう。

 1990年代の酒井さんは、正方形にトリミングしたモノクロームの風景写真に、撮影した場所の緯度経度と時刻を数字で付し、「固有の場所・時間であると同時にアノニマス(無名)である風景」を撮影し続けていた。今回の写真は「胆振線」という主題を持っているものの、アノニマス性において、過去の作品群に通じるものを持っているように思う。


 Ten to Ten Hokkaido Hostel & Kitchen(中央区南8西5)の1階カフェに展示された、富士翔太朗「きこえるまち」。
 このほか、宿泊者用のスペースにも作品があったとのこと。

 カフェ入り口の立体作品は、手作りプラネタリウムとでも称するタイプのもの。
 さまざまなシルエットを切り抜いた板を大きな正多面体につなげて、中央にあかりを仕込んで四方に光を散らす仕組みで、本郷新記念札幌彫刻美術館で6~7月、子ども育成事業「わくわく★アートスクール」作品展で富士山が地元の小学生と合作・発表したものに似ている。

 このほか、壁には、自転車に乗った人の絵や、札幌の街並みを遠望したような絵が展示され(壁に直接描いた?)、国内外の旅人を迎え入れるアートとしてぴったりのように感じられた。
 富士さんの作品の持つなんともいえない向日性というか明るさが、ここにもこだましている。

 筆者が訪れた翌日には、会場で富士さんのライブも行われていた。


 話は変わるけれど、このカフェはなかなか応対が気持ちの良いお店で、フレンドリーなのになれなれしくなく、筆者のような初めての客にも、海外からしばらく滞在している客にも、楽しげに言葉をかけてくれる。
 クラフトビールなども充実しているので、できれば再訪してビールのジョッキを傾けたいと思っているのだが、なかなか機会がないのが残念だ。

 
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(2)ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」ー野外彫刻よじ登り事件

2017年11月22日 17時53分40秒 | 札幌国際芸術祭
承前

 札幌国際芸術祭のなかでもやや地味な扱いになっていた公募プロジェクト「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip『アートは旅の入り口』」が一気に有名になったのは、9月初旬に、同プロジェクトの会場のひとつであった「ゲストハウスやすべえ」のブログに「私が札幌国際芸術祭2017の作品展示を終了した理由 」がたくさんのアクセスを集めてからだった。

 話題をよんだブログ記事は現在でも全文を読むことができるが、非常に長い。
 こういうとき、筆者が言うのもなんだが、新聞記事というのは無味乾燥なかわりに要点が手短にまとめられていて、短時間でポイントをつかむのに都合が良い。
 北海道新聞の9月5日付札幌圏に掲載された記事は、11月20日現在でもネットで読むことができる

 札幌市内で開催中の札幌国際芸術祭(SIAF(サイアフ))の会場の一つ「札幌ゲストハウスやすべえ」(中央区南10西7)で、作品の公開が中止になり、6日から大洋ビル(同南3西8)で展示が再開されることになった。

 やすべえでは芸術祭が開幕した8月6日から、札幌出身の美術家東方ひがしかた悠平さんの作品を屋外に展示。頭部に植物を植えたマネキン12点などを置いていたが、展示の企画者らが水やりなどの管理をやすべえ側に任せきりで、何者かにマネキンが他の場所に動かされるなどいたずらもされていた。このため、やすべえが同18日に会場提供を断った。

 一連の展示はSIAF実行委の公募企画の一つで、応募した企画者は、会場と作家の選定から運営までを担うことが実施の条件。今回は市内のギャラリー運営者らが企画者となり、ゲストハウス8カ所と作家10組を選んで展示していた。

 やすべえのオーナーは「近所から怖がる声があり、営業に支障も出ている」と話した。企画者の一人は「配慮が足りず、負担をかけてしまい申し訳ない」、実行委事務局の市は「細部まで企画に目が行き届かなかった」とし、やすべえ側に謝罪した。



 企画者側が管理を怠ったことに加え、作家も札幌にいたりいなかったりで、連日様子を見に行くことがかなわなかったことなど、いろいろ残念な要素が重なったのではないかと推察されます。

 もしこれが一般のギャラリー空間であれば、日々世話が必要な作品について、ギャラリストも作家も、何日も放置しておくなどということは考えられまい。
 またふつうのタブロー(絵画や写真)なら、作品にさわりそうな人をチェックすれば良いので、ゲストハウス側の管理でも足りるかもしれない。しかし、東方さんのインスタレーションは日々メンテナンスが必要な作品であり、やはりギャラリー側の見通しが甘かったといわざるを得ないだろう。

 現代アートの作品には、世の中の常識とは相容れないものがたくさんある。それ自体は悪いことではもちろんない。
 ただし、それは
「ここには現代アートの作品があるからなあ」
と事前にナットクして訪れる人々ばかりだという前提が必要で、このゲストハウスのように、ふつうにコーヒーを飲みに来たり、泊まりに来たりする人がいる場合には、事情が成立しない。

 コーヒーを飲みに来る常連のお客さんが避けるようになってしまったやすべえさんには、お気の毒としか言いようがない案件だ。

 冒頭と2枚目の画像は、会場を大洋ビル地下の空き室に移動してからのもの。

 これで見てもわかるとおり、東方さんのインスタレーションは、水が循環し、人工的な緑がそこらへんにワサワサと生えている。
 明快な主張を感じるというよりも、見る人によって見方が異なる作品のように感じられる。

 作者は、自然物や人工物による“庭”をつくりあげ、人間の矛盾を提示するつもりのようだったが。


 ところで、この会場には、ゲストハウス×ギャラリープロジェクトのもうひとつの作品である南阿沙美「ハトに餌をやらないでください」も展示されていた。

 これはカラー写真100枚ほどもある。ちょっと見ると、ファミリー写真に分類されそうだが、ひとりが裸になっていたり、自撮りをしている場面だったり、「どこかヘンな写真」が多く交じっている。
 演劇的な一種のわざとらしさのような空気も感じられるし、よその家の見てはいけない部分を垣間見てしまったときのような決まりの悪さを覚えてしまうのだ。
 家族スナップのようでありながら、川内倫子ともアラーキーともまったく違う作品をつくってしまった南さんの手腕は、評価せざるを得ないと思う。

 しかし、この作品は当初、別のゲストハウスに展示されていた。
 「やすべえ」の件と違い、この作品が移設されたことについては、SIAF実行委からもゲストハウス×ギャラリープロジェクトからもなんのアナウンスもなく、理由も明らかになっていない。


 さらに一般にはあまり知られていない事件がもうひとつ起きている。
 「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip『アートは旅の入り口』」の一環として「Touching Sculpture! 夕暮れ彫刻ピクニック」が9月3日に行われた。親子で、スマートフォンを使って野外彫刻のある風景を撮ってみようというプログラムだ。

 ところが、この行事の最中、ある子どもが「花の母子像」にアクロバティックな乗り方をして、その画像がホールの壁面に大きく投影され、さらにそのようすがウェブサイトにアップロードされたのだ。
 これに対し、市や札幌国際芸術祭実行委に抗議が相次ぎ、それを知った札幌彫刻美術館友の会メンバーが驚いて、市側から説明を受けることがあった。
 「友の会」は、街なかにある野外彫刻の清掃などを活発に行っている団体で、考えてみれば、野外彫刻の上によじ登るというのは、そういう日々の功績を著しく損なう行為としかいいようがない。そればかりか、万が一の場合、野外彫刻が壊れる可能性もある。

 さらに「友の会」が鋭く反応したのは、じつはちょうど40年前の1977年9月6日、おなじ「花の母子像」の腕などに子どもが挟まれてしまい、かけつけた消防署の救助隊員が像の一部をカッターで急きょ切断する―という痛ましい事故が起きていたためだ。
 それを思い起こせば、野外彫刻の上に乗っかるというのは非常に危険な行為であり、札幌国際芸術祭の一プログラムの中で行われるというのはあり得ないことと言ってもいい。


 総じて言えば、さまざまなハプニングがあった前回に比べれば、ことしの札幌国際芸術祭は、これほど会場やイベントが増えたにもかかわらず、事故や不祥事はきわめて少なかったと総括できよう。
 その「きわめて少ない」不祥事が、たくさんのプロジェクトのなかで「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト」に集中してしまったことは、不思議としか言いようがない。

 また、ギャラリーというアートの扱いにはプロフェッショナルのはずのチームで担当したプロジェクトにハプニングが集まっているのも、皮肉といえば皮肉だ。
(※追記。アーティストのせいでは、ほとんどないと思う)


 次項では、これまで触れなかった他の会場について、かんたんに振り返ることにしたい。
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(1)ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」ーザ・ステイサッポロの挑戦 ※訂正あり

2017年11月21日 22時51分56秒 | 札幌国際芸術祭
(本日から計4回連載します。最終部分に訂正あります)

 札幌国際芸術祭は、会場数といい各種ライブの回数といい、目いっぱい戦線を拡大した感が強くて
「よく、大過なく終わったよなあ。事務局もバンドメンバーも、みなさんお疲れさまでした」
というのが正直な感想なんだけど、もちろん問題が皆無だったわけではない。
 そして、問題はどういう理由なのかわからないけれど、この「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip」に集中して起きている。
 このプロジェクトも、良い面と影の部分とがあったといえるわけだが、筆者が見聞きした狭い範囲とはいえ、なんらかの記録を残しておく意味はあるだろう。
 というのは、なにせ会場もイベントも盛りだくさんだった今回の芸術祭で、「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip」までを見て回っていた人はそれほど多くないと思われるからである。
 実際、最終日の10月1日深夜には、ツイッター上で
「もう終わっちゃう~。さびしい~」
的なつぶやきが筆者のタイムラインにもたくさん流れていたが、このプロジェクトで遅い会場は深夜2時まで営業していることに思いをいたしていた人は、バンドメンバーやアーティスト側にも、一般観客側にも、ほとんど皆無だったのである。


 同プロジェクトは「一緒につくろう芸術祭公募プロジェクト」で寄せられたアイデアのうち、採用された5本のうちの1本。
 札幌市内の四つのギャラリー
Kita:Kara Gallery
Gallery 門馬&ANNEX
salon cojica
TO OV cafe/gallery
が企画し、市内8カ所のゲストハウスを会場に「旅」をテーマにした、道内拠点のアーティスト10組の作品を展示するというもの。

 このプランを聞いたとき、筆者は「悪くないアイデアだな~」と思った。

 まず会場が斬新。最近はインバウンド(海外からの観光客)の増加に伴い、ホテルの宿泊価格が値上がり傾向にあることもあって、安価に滞在できるゲストハウスが注目されている。国際芸術祭に、ゲストハウスを利用して国内外から訪れる人も多いのであれば、そこを会場にするのは自然な考えだ。
 また、前回の札幌国際芸術祭では「500m美術館」がおもに地元アーティストの発表会場として使われていたが、今回はそういう枠がない。「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip」がそれに代わる場として機能すれば、地元アーティストが各地から訪れた批評家やキュレーターに注目される機会になるかもしれないとも思ったのだ。

 しかし、公募プロジェクトのうちのこる4本の「中島公園 百物語」「モバイルアースオーブン」「I HAVE a DREAM~ひがし町パーカッションアンサンブル」「札幌デザイン開拓使」がいずれも、いつのまにか他の催しとおなじような扱いに“昇格”していたイメージがあるのに対して、この「ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip」は、SIAFのサイトにもスケジュールなどが紹介されずプロジェクトのサイトを参照してくれ―という感じだったし、公式ガイド「SAPPORO ARTrip アートは旅の入り口 ガイドブック」の出版も大はばに遅れ(たしか9月に入ってからだと記憶する)、正式なSIAFのプロジェクトのひとつとしてはいまひとつ認知されないままに終わってしまったようなイメージがあるのだ。あくまで筆者のイメージですけど。

 問題については、次項以降で述べることにして、まずは良かった会場のことを述べたい。

 筆者はすべての会場を見たわけではないが、発表会場としての好印象がのこったのは、すすきのの西はずれにあった THE STAY SAPPORO(ザ・ステイ サッポロ 中央区南5西9)だった。

 ここでは、正面玄関から裏側にまわった螺旋階段を上ったところにある、いすなどの置き場で、札幌の映像作家、斉藤幹男さんの「選ばれた魚」が上映されていた。

 説明文より。

会場であるTHE STAY SAPPORO正面入り口に置かれた巨大な魚は、2013年にCAI02(札幌)での個展「Missing Boomerang」で展示された、体長7cm程の樹脂粘土でできた魚の立体を約40倍の大きさにしたもの。この作品は「魚のおすそわけ」と題され、鑑賞者が好きな色、形のものを選んで持ち帰ることができた。本展示は、1000匹近くいた魚のうち1匹が逞しく生き残って成長したもので、その姿は手描きとCGによるアニメーションで室内に展示される。音楽は深澤優子・mei ann ・平川いずみによるユニット『御忙人(みぼうじん)』の「Lord of the Wings」(作詞/Laura Theis、作曲/御忙人)。


 筆者は最初
「スクリーンも粗末だし、アート作品を見せる環境として、これはどうだろう」
と不満に感じたが、見ているうちに、斉藤さんの素朴な映像と、物置のような環境は意外とマッチしているかも、と思うようになった。
 
 また、斉藤さんの映像も、ただ素朴で手作り感があるだけでなく、さまざまな魚たちが厳しい環境の中で生き、傷つき、死んでいくところも包み隠さず描いていて、なかなか胸に迫るものがあった。
 自分がいままで見た斉藤さんの作品のなかで、いちばんシンプルに感動した。
 カワイイだけじゃないのだ。
 魚たちの運命が、人間の生に重なって見えてくる。


 さて、ザ・ステイ サッポロのすごいところは、もともとの企画にくわえ、ゲストハウス側が独自に「StART」なる企画を始めてしまったことである。
 これは、一般の人(非宿泊者)は午後1~3時のあいだだけだが、各階エレベーターホールに展示された作品を見ることができるというもの。

 高瀬季里子「Chocolat × Action」

 高瀬季里子さんというと「24K」の革の作家を思い出すのだが、抽象絵画とは!
 これは「EZOink」シリーズといい、純白のエゾシカ革に、インクを落としたものらしい。


 Zoo Factory キシモトユキオ「月のかけらのきせき」

 キシモトさんは札幌の木工家。
 写真が悪くて、単なる黒い正方形にしか見えないが、表面には、凹凸で円などの模様を表現している。
 ステイサッポロの「StART」のページでご覧ください。
 幾何学的でポップな、楽しい作品。


 齋藤由貴「流れるように」

 青を主調色に、複数の支持体で構成。
 これまでの空のイメージと違い、川のよう。


 伊賀信「「KUMO」201707」

 正六角形の板の表面を、さまざまな幾何学的模様の凹凸が覆っている。
 あいかわらず伊賀さんらしい精緻きわまる労作。


 大橋英児「Time to Shine」

 「自動販売機のある風景」をテーマにした写真が海外でも注目を集めている札幌の写真家。


 齋藤周「堆積」。

 2016年にShift + Clerk Galleryでの個展で発表した作品ではないか。
 積み重なる日常。
(※訂正します。2016年作に似ていますが新たに制作した作品だそうです)


 ゲストハウス側がここまでやっちゃうというのは、すごいと思うのだ。

 個々の作家については、ここでは詳述しないが、いずれも札幌を拠点にしている作家。絵画あり写真あり立体ありで、バラエティーに富んでいる。



□ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」公式サイト http://sapporo-artrip.net/


斉藤幹男展 (2013)
斉藤幹男 Stripes too Stripes (2010)


つながろう2016 Hard/Soft
コレクション展 ふれる彫刻 (2015~2016)
Zoo factory キシモトユキオ展「月のさわりごこち」 (2015)
Zoo factory キシモトユキオ 三日月のさわりごこち (2014)

政和アートFes (2017)
HOKKAIDO EXHIBITION 2016 Loop -spin off-=齋藤由貴さん出品


伊賀信個展「GEOSPACE」 (2016)
想像の山脈 (2015)
【告知】想像の山脈 vol.1
ギャラリー創開廊5周年企画展 G.A.A.L 伊賀信作品展 (2012)
G.A.A.L Exhibition 2008
伊賀信個展(07年7月)
05年の個展
03年の個展(画像なし)
02年の個展(画像なし)


大橋英児写真展 Roadside Lights (2013)
東川フォトフェスタ Myカメラアングル写真展(2009)※画像なし
大橋英児写真展 Silkroad やすらぎの残像(2007)※画像なし


齋藤周個展「片鱗」(2017年6月)
JRタワー・アートプラネッツ2012 楽しい現代美術入門 アルタイルの庭 (2012、画像なし)
齋藤周「ひろいよみ」 ハルカヤマ藝術要塞 (2011)
【告知】これから下りていこう/齋藤周(2011年、画像なし)
【告知】Pistol 3 (2011年2月26日~3月13日)
PLUS ONE THIS PLACE(2010年9月)
第7回北海道高等学校文化連盟石狩支部顧問展 (2010年1月)
水脈の肖像09-日本と韓国、二つの今日 (2009年12月)
いすのゆめ (2009年11月)
PLUS 1 Groove(2009年8月)
PLUS 1 +柴橋伴夫企画 千代明 秋山一郎 齋藤周 (2009年8月)
第6回北海道高等学校文化連盟石狩支部美術部顧問展 (2009年1月)=画像なし
ART BOX 札幌芸術の森・野外ステージ(2008年)
はしご展(2008年)
■齋藤周展 おおらかなリズム(2008年)
FROM PIECE TO PIECE ・齋藤周「あたらしくまえにすすむ」(2008年)
久野志乃と齋藤周展 かるいからだ(08年1月)
PLUS One Groove(07年8月)
■齋藤 周 個展「いろんなことが想いにたりない」
齋藤周「3月の次から」(07年3月)
PISTOL 2-SHU SAITO & HIROSHI TAKEDA a.k.a. Azkenpanphan Exhibition=武田・齋藤2人展
06年6月の個展
齋藤周「かかわり」(06年2月)
絵画の場合2005アーティストトーク
札幌の美術2004(画像なし)
個展「横移動の座標軸」(03年)
個展「細かい情感のイメージ」(03年)
個展「NEXT STEP」(02年、画像なし)
個展「多面に存在していくこと」(02年、画像なし)
01年の個展(画像なし)


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大友良英さんは昔、プログレ・ファンだったのか !?

2017年10月17日 23時58分08秒 | 札幌国際芸術祭
 札幌国際芸術祭のプログラムの一つとして開かれた「「[mima 北海道立三岸好太郎美術館 開館50周年記念 特別展] 大友良英アーカイブ お月さままで飛んでいく音 + 三岸好太郎ワークス 飛ビ出ス事ハ自由ダ」の続きです。



 3.旅する音楽家

 冒頭の画像は、大友良英さんのギターケースおよびトランクと、いちばん幼い頃に家族のだんらんのひとときを撮った写真をひきのばしたものです。

 レコードや電子回路が買えていたのだから、大友家は裕福とまではいえないにせよ、貧乏でもなかったのだなと思いました。

 ステッカーがびっしりと貼られたトランクからは、大友さんのメッセージが伝わってくるようです。
 つまり「アートは旅だ」ということです。
 今回の札幌国際芸術祭は、会場が分散して「行きづらい」という声が聞かれましたが、大友さんのとらえ方では、それぞれの会場に行くプロセスから芸術祭は始まっているんだよ―ということなんだろうと思います。だから、その旅程も、道に迷えば迷うことも含めて、楽しめばいいのだと感じます。
 このへんは、いろんな考え方があるでしょうが…。

 今回の会場のあり方は、たしかに不便ではありましたが、横浜トリエンナーレとは対照的だったと思うのです。



 4.何を聴いてきたのだろう

 ところで、以下はちょっと個人的な話になります。

 今回、会場で視聴できた記録映像からもわかるように、大友良英さんはもともとノイズミュージックの演奏家です。
 ターンテーブルを壊しかねない勢いでノイズを発し、レコードが割れないのだろうかと心配になってくるほどの過激な演奏のもようは、館内でも見ることができました。
 ところが、映画音楽も手がけていますし、なにしろ有名になったのは「あまちゃん」の主題歌です。ドラマ「あまちゃん」の中でアイドルが歌う歌謡曲も、大友さんが作曲しているのです。

 クラシックやジャズ、ロックのミュージシャンは日本に大勢いますが、大友さんのようなスタンスで音楽活動を続けている人はほかにほとんどいないでしょう。

 こんなに幅広い音楽の素地は、いったいどのようにして作られたのか?
 その疑問にこたえるという意味もある展覧会だったと思います。
 

 ところで筆者は音楽が好きな方です。
 自宅にCDやカセットテープがいくつあるのかを数えたことはありませんが、アルバムの数で数えると、千点には達しないにしても500は大きく超えているのは確実です。

 しかしですね、阿部薫と高柳昌行の「解体的交感」など、見る人が見れば「おおーっ」と叫びそうなレア盤を含め、大友さんがこれまで聴いてきたレコードのジャケットが壁にこんなにたくさん並んでいるというのに、筆者が持っている音源が一つもないんですよ。
 世代がそんなに離れているわけでもないし、1枚も重複がないのは、むしろ不思議な気がします。

(註 阿部薫は29歳で早世した伝説のフリージャズ奏者)


 聴いている音楽の多さでプロにかなうはずもないのですが、幅の広さでは筆者も世間一般にくらべれば幅広いほうだと自任しています。
 大友さんが、いわゆるクラシックや近年のJ-Pop を挙げていないのはなんとなくわかるのですが、筆者の家にたくさんあるビートルズもジョン・コルトレーンもここにはありません。アート・ベアーズや松田聖子など、筆者が持っている盤と違うというニアミスはありますが…。
 大友さんの幅の広さがすごいのは、上の画像を見れば、小林麻美とジョン・ケージが並んでいるのでわかることでしょう。

 会場で
「大友さんとオレって、音楽の好みがあわないのか。残念だなあ」
と思いながら、最初のほうのコーナーに戻り、中学生のときの日記をのぞいてみたら…。




 なんだ~。

 大友さんもプログレ(プログレッシブ・ロックの略)が好きだったんじゃないですか~。

 エマーソン・レイク・アンド・パーマー(Emerson Lake and Parmar)は1970年代前半に人気のあった英国のロックバンド。
 キーボードのキース・エマーソン、ボーカル・ベースのグレッグ・レイク、ドラムスのカール・パーマーの3人組で、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」を大胆にアレンジしたアルバムを出したり、派手なステージングと、わずか3人とは思えない音の重厚さが話題でした。
 とくにキースは、発明されて間もないモーグ(ムーグ)シンセサイザーを初めてライブコンサートで使用しました。ステージ上では鍵盤にナイフを突き刺したり、オルガンを力任せに揺さぶって音をひずませたり、やりたい放題。

 いまと違って、シンセがウイウイ~と妙な音を出せば、それだけで聴衆が「おおーっ」となった時代ではありますが、とにかくキース・エマーソンは目立つ存在でした。

 大友さんがターンテーブルを壊しそうな勢いで演奏するのは、キース・エマーソンからの影響が、絶対にあると思います(笑)。



 ちなみに「プログレッシブ・ロック」とは、1960年代末から70年代にかけて隆盛した分野です。
 当時は英米のロックが多く聞かれていましたが、プログレではイタリア、フランス、ドイツ、オランダといった国々のバンドも活躍しました。
 バンドによって音楽はかなり異なるのですが、ダイナミックな曲づくり、シンセサイザーや変拍子の多用、クラシックやジャズといった異分野の取り込みなどが特徴として挙げられ、代表的なバンドとしては、キング・クリムゾン、イエス、ELP、ジェネシスなどがあります。
(この3段落は18日に追記)

 もし大友さんがあのままプログレ沼にはまって、キング・クリムゾンのライブセットを買い集めたり、オザンナやフィンチの海賊盤を探し回ったりするような人になっていれば、現在の音楽家・大友良英は存在せず、札幌国際芸術祭もまったく違った内容になっていたことでしょう。



 5.終わりに

 さて、ふだんとはまったく異なる雰囲気の1階から、階段を上って2階に行くと、そこにはいつもと同じように三岸好太郎の絵が飾ってあります。

 ただ、あらためて代表作の「オーケストラ」を見ると、そういえば大友さんもこれとはぜんぜん違うけれどオーケストラを指揮しているよな~と思い至ります。
 そして、三岸が「オーケストラ」を描いた当時は、西洋の交響楽は新しく日本にもたらされた最先端の音楽であって、その点では大友さんが心ひかれた欧洲の即興音楽と共通しているということに気がつくのです。



2017年9月2日(土)~10月1日(日)午前9:30 ~午後5時(入場は午後4:30まで)、月曜、9月19日(火)休み ※ 9月18日 (月・祝) は開館
mima 北海道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)

□札幌国際芸術祭のページ http://siaf.jp/projects/otomo-migishi 
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■大友良英アーカイブ お月さままで飛んでいく音 + 三岸好太郎ワークス 飛ビ出ス事ハ自由ダ (2017年9月2日~10月1日)

2017年10月17日 22時22分22秒 | 札幌国際芸術祭
 札幌国際芸術祭について、まだ書き足りないことが山ほど残っているので、折を見て記事をアップしていきます。

 正式名称は
「[mima 北海道立三岸好太郎美術館 開館50周年記念 特別展] 大友良英アーカイブ お月さままで飛んでいく音 + 三岸好太郎ワークス 飛ビ出ス事ハ自由ダ」。

 札幌国際芸術祭のなかでは珍しく、会期の後半から始まった展覧会です。

1.概要
2.権威主義的?
3.旅する音楽家
4.何を聴いてきたのか
5.終わりに
の5部構成で、3.以降は、長くなったため、次の記事に書いてあります。

 結論からいえば、大友さんと音楽の趣味は異なっているものの、楽しい展覧会でした。
 個人差はありそうですが…。

 札幌市資料館の「NMA ライブ・ビデオアーカイブ」などと同様、これも大友さんの、そして今回の国際芸術祭の、原点を示す展覧会になっていたと思います。


 1.概要

 三岸好太郎美術館のうち、1階では、同芸術祭のゲストプロデューサー大友良英さんのこれまでの歩みを、CDジャケットや映像資料などで紹介。
 2階では「オーケストラ」「のんびり貝」など三岸の代表作を展示しています。

 全館が大友さんの展示になっていないのは、会場が個人美術館である以上、三岸の作品を外すわけにはいかないためです。

 大友さんは画家ではないので、回顧展みたいな展示を行うにしても、旧作を並べるわけにはいきません。
 というか「その場一回限り」の表現を続けてきたことが音楽家・大友良英の立ち位置であり、今回の芸術祭を支える大きなバックボーンになっているということは、これまでにも何度か述べてきました。

 したがって会場にあるのは、古い写真、幼少時や長じてから聞いたレコードのジャケットや愛読書(これは読めない)、武満徹などから送られたはがき、明治大の学生時代に書いた論文の抜き刷り、自らがかかわった膨大なCD(一部は視聴可能)、自らが書いた楽譜(というより演奏指示書)、ノイズミュージック演奏の映像資料などもりだくさん。さらに自作のインスタレーションや、他の作家の手になる映像アート作品などもあります。
 多くのコーナーに、大友さんの手書きのメモが添えてあり、これがおもしろい。
 60年代後半に、ウルトラマンシリーズとならんで人気のあった特撮番組「ジャイアントロボ」のジャケットの横に「日本で最初のフリージャズの音源が入ってます」などの文面が書いてあります。

 ちなみに、先の画像の、黄色いポータブル・レコードプレーヤーと、その上に載ったソノシート「冒険ガボテン島」は、大友さんの所蔵品。ヘッドフォンで聴くことができます。




(ソノシートとは、素材のやわらかいレコード。裏には溝は刻まれていない。1960年代ごろ、子ども向け雑誌や絵本の付録などによく用いられ、子どもたちは、ソノシートで主題歌や登場人物の会話、効果音などを聞きながら、雑誌や絵本のページをめくっていた。カセットテープやビデオが普及する前の安価な音源だった)


 2. 権威主義的?

 ところで、この展覧会をめぐる言説でいちばん驚かされたのは、美術批評家の黒瀬陽平さんによるツイッターでした。

そして、大友アーカイブが刺激的、という意見には全く同意できません。ごく普通に考えて、あたかも歴史上の偉人であるかのような個人史の展示を、自らが監督する芸術祭で、しかも三岸好太郎のような偉人と並べて出す、という神経はどうかしていると思います。


 「並べて出す」
という事情は、会場が個人美術館であり、三岸好太郎の絵を引っ込めるわけにいかない―という理由があることはすでに説明しました。

 それよりなにより、筆者がいちばんびっくりしたのは
偉人
という語です。

 三岸好太郎は、郷土出身の有名な画家だという認識はありましたが、「偉人」というとらえ方については
その発想はなかった!
と言わざるを得ません。

 北海道出身やゆかりの人では、島義勇(初代開拓使判官)、松浦武四郎、新渡戸稲造、芸術関係では有島武郎や中原悌二郎などが歴史に名を残していますが、どうも「偉人」という呼び名はしっくりこないな~、というのが、少なくても筆者の印象です。
 さらに歴史をふりかえれば、アイヌ民族で抵抗運動を主導したコシャマインやシャクシャイン、お雇い外国人のケプロンやクラークの名前も思い出されますが、やはり「偉人」というのは、なんだか違うような気がします。スポーツ関連では例えば力士は、大鵬、北の湖、千代の富士がすべて北海道出身なので、偉人カテゴリーに入れてもいいのかもしれませんが、とくに芸術関係では、有島は情死しているし、小林多喜二は国家に虐殺された筋金入りの左翼だし、三岸や中原は若死にの天才肌で、偉人という表現は、違和感ありまくりです。

 黒瀬氏がなぜそんなことばを持ち出したのか。
 つまらない詮索になるかもしれませんが、彼が高知県出身であることと関係があるのかもしれません。
 高知県では、後藤象二郎や坂本龍馬は「偉人」カテゴリーに入れられ、小中学校でも習うのでしょう。

 北海道人が、郷土愛が薄いのか、郷土の歴史に興味がないのか―といえば、そんなことはないでしょう。
 ただ、個人崇拝の気風は薄いのだと思います。

 一般的には、50代半ばを過ぎた作家が公立美術館で回顧展を開くことじたいは、それほどおかしなことではありません。
 たまたま今回の会場が三岸好太郎の所蔵品を常設している美術館だったので、文化的背景が異なる人から見ると違和感が生じたのではないでしょうか。


2017年9月2日(土)~10月1日(日)午前9:30 ~午後5時(入場は午後4:30まで)、月曜、9月19日(火)休み ※ 9月18日 (月・祝) は開館
mima 北海道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)

□札幌国際芸術祭のページ http://siaf.jp/projects/otomo-migishi


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鈴木昭男「点音」コンプリート・続き

2017年10月07日 12時48分56秒 | 札幌国際芸術祭
(承前)

 札幌芸術の森・工芸館の向かいにある「有島武郎旧邸」では、鈴木昭男さんのアーカイブ展示が行われていました。

 前回の芸術祭では立体作品が展示されてれっきとした会場のひとつという感じだった有島旧邸ですが、今回は芸術祭に割いているスペースは一部分で、1階などはいつもとおなじように、有島武郎関係の資料が並んでいます。

 2階の部屋に、これまでの、インタビューなどを載せた書籍や雑誌、展覧会の小冊子などが置かれ、かなりの分量の資料を手にとって読むことができます。

 その資料によると、これまで「点音」は、和歌山、名古屋、多治見(岐阜県)、一宮(同)、柏(千葉面)、トリノ(イタリア)、ブリュッセル(ベルギー)、ニューカッスル(英国)、ボン(ドイツ)などで行われてきていることがわかりました。そういうわけで、資料には英語などの文献もたくさん交じっています。
 道内での展開は初めてです。

 また、これまでは一般の街路で行うことが多く、野外彫刻群の中というのはめずらしいようです。


 膨大な資料をぱらぱらとめくっていると、鈴木さんが書いたエッセーが目に留まりました。
 あまり映画を見るほうではないが、タルコフスキーの『ストーカー』は繰り返し見た、という意味のことを書いていました。


 鈴木さんは1941年(昭和16年)生まれ。
 日本でのサウンドアートの先駆者的存在で、欧洲での活動も多く、87年にはドクメンタに参加しています。
 東経135度を舞台にした催しに出品したのを機に、京都府北部に移住し、いまも京丹後市在住です。

 今回招かれたのは、大友さんなりの、先駆者への敬意(リスペクト)だったのかもしれません(刀根康尚さんも同様)。

 次の画像にあるように、「点音おとだて」マークが、有島旧邸の2階の廊下に一つだけ置いてありました。

 ここの点音マークの特徴は、靴をぬいでいるので、マークの感触が直接足の裏に伝わってくることです。


 こんなことを書くと、あるいは「美術中心史観」とのおしかりを受けるかもしれませんが、鈴木さんの、あまりにも外界に介入しない制作姿勢を見ていると、戦後日本の美術で大きなエポックであった「もの派」を思い出さざるを得ません。

世界は世界のままあるのに、どうして創造することができようか。ぼくにできるのはせいぜい、ありのままの世界の中でありのままにしていること、それをあざやかに見せることにしかない。


 李禹煥 リ ウ ファンが引いた関根伸夫の言葉です。
 『美術のゆくえ、美術史の現在』(平凡社)所収の森口まどか論文から引きました。

 世界の中に、力業による作品を持ち込むのではなく、世界は世界のままにあることを提示する。いわば「ありのままの哲学」が、もの派と鈴木さんに共通する姿勢ではないかと思いました。


 なお、8月11日に鈴木さんが行ったパフォーマンスについては筆者は見ていません。まわりでは評判が良かったことを、書き添えておきます。


□公式サイト http://www.akiosuzuki.com/


(この項了) 
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鈴木昭男「点音」札幌芸術の森野外美術館コンプリート(2)

2017年10月05日 23時16分05秒 | 札幌国際芸術祭
(承前)

 奥まった山林から下ってきて、野外美術館の真ん中あたりにある「ヴィーゲラン広場」へ。

 ノルウェーの国民的彫刻家、グスタフ・ヴィーゲランの5点が集まっています。

 ヴィーゲランの作品がノルウェー国外にある例はごく少なく、札幌に5点もあるのは貴重なんだそうです。

 この5点のうち有名なのは、母親が両腕を伸ばして小さな子どもをかかえる「母と子」ですが、鈴木昭男さんが、耳を澄ます「点音おとだて」を設置する位置に選んだのは、この中ではわりと地味な「腰に手をあてて立つ男」の背後でした。

 作品を正面から見ると、左の画像のとおり。

 鈴木さんによると、ちょうど男のまたぐらから「母と子」の像が見えるそうです。



 7カ所目。
 李禹煥 リ ウ ファンの「関係項」。

 李禹煥(1936~)は、戦後日本の現代美術を代表する潮流である「もの派」の理論的支柱として、海外でも知られています。

 「関係項」という題の立体はたくさんあり、石や鉄など素材を投げ出すように提示したシンプルな作品です。

 ところが、この作品の「点音」がやたらと離れた場所にあるのです。

 左側の画像で、遠くに「関係項」のさびた鉄が見え、位置関係がわかると思います。
 むしろ、となりのハンス・シュタインブレンナー「人物」のほうが近いくらい。

 李さんも、芸術の森美術館で展覧会(全版画展)を開いているんだよなあ(三鷹市美術ギャラリーから巡回)。1998年だったと思います。


 ちなみに筆者の場合、とくに後半は、どこに立って耳を澄ましても、大型の機械を用いて園内で落ち葉の掃除をしていたらしく、その「ブーン」という音が聞こえてくるばかり。
 できれば、小川のせせらぎや葉ずれ、キツツキが木をたたく音などを耳にしたかった―という思いがぬぐえませんが、考えてみれば落ち葉掃除も秋の風物詩なので、それはそれでよし、と考えることにしました。


 8カ所目は中井延也「月下」。

 鈴木さんが形容する通り「ひょうきんさ」を感じさせる作品が木々の間に横たわっています。

 中井延也(1934~99年)は、上川管内愛別町出身。
 旭川東高から東京藝大に進み、石の彫刻で中原悌二郎賞優秀賞を得ています。
 愛別町の北町農村公園に作品12点が置かれているそうですが、筆者は行ったことはありません。

 ところで「点音」ですが、李禹煥作品にもまして、どこに置かれているのか、皆目見当がつきません。

 さんざん探し回って、ようやく見つけたら、作品からこんなに離れたところに設置されていました。

 左側(スマートフォンでは先のほう)の画像で、奥の木と木の間に濃緑の立体が横たわっているのが見えるでしょうか。

 あまりに離れすぎていて、これはむしろ秋山沙走武「ミロク'89-1」の前といったほうがいいような位置です。
 右側(スマートフォンでは後のほう)の画像を参照してください。

 鈴木さんは、具象彫刻にあんまり興味がないのかもしれないなあ。


関連記事へのリンク
中井延也「舞・I」



 9カ所目はホルスト・アンテス「人物1000」。



 なんだか、7カ所目あたりから急に難度が上がったような気がしますが、これも、作品が立っているのと反対側の、通路としげみの境界線あたりに「点音」が設置されていました。

 アンテスは1936年、ドイツ生まれの彫刻家だそうです。 


 最後は、ダニ・カラヴァン「隠された庭への道」。
 イスラエルの生んだ世界的彫刻家の作品が、1点ではなく、まとまりとしてあるというのは、札幌芸術の森野外美術館の「売り」のひとつでしょう。

 札幌国際芸術祭にかかわらず一度は見てほしい作品です。

 ここでも鈴木さんは、作品の近くではなく、円錐形近くの木陰にあったベンチの傍らにすえつけました。「おとだて」ツアーの「お疲れさんポイント」として選んだのだそうです。
 

 筆者も、どっこいしょとベンチに腰掛けて、葉がそよぐ音に耳を傾けていました。


 野外美術館はこれでおしまいですが、補遺として、有島武郎旧邸の鈴木昭男コーナーについて次項でちょっと書きます。


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鈴木昭男「点音」札幌芸術の森野外美術館コンプリート(1)

2017年10月05日 21時59分58秒 | 札幌国際芸術祭
 札幌国際芸術祭が終わりましたが、ブログではそのごく一部しか紹介できていません。
 今後、どれぐらいできるかどうかわかりませんが、正面からの感想・総評も準備しつつ、さまざまなテーマで記事を書いていければと思っています。

 鈴木昭男さんの「点音おとだて」は、札幌芸術の森エリアで展開された「NEW LIFE:リプレイのない展覧会」のひとつ。

 札幌芸術の森美術館の中庭にいくつか設置されていたのは、多くの来場者の目に止まったことでしょう。
 ただし、彫刻の点在する野外美術館のほうは、すべてを回りきっていない人も多いのではないでしょうか。


 「点音」は、ごくシンプルな作品です。

 通学路の交叉点の舗道上などによく「飛び出し注意」のマークが印字されていることがあります。
 「点音」はそれをもじったようなデザインで、飛び出し注意の足が、耳のかたちにアレンジされています。
 訪れた人は、その上に立って、あたりの物音に耳を澄ます。―それだけの作品なのです。

 「周囲の音に、あらためて耳を傾けると、いつもと異なった聞こえ方をする」
というのも、とくに新しいコンセプトとはいえません。
 ただ、芸術祭やトリエンナーレの作品はすべて最新のものでなければならないという決まりもないでしょう。
 鈴木さんの「点音」は、だれでもごく気軽に参加でき、しかも人や時間によって聞こえてくる音が違う可能性が高い。
 となると「NEW LIFE:リプレイのない展覧会」にこれほどふさわしい展示もあまりないのでは、と思います。


 会場で配られた小冊子に鈴木さんは

「芸術祭って なんだ?」という大友良英さんの提言が、難解さを和らげ、これへの体験者が増えることになったら、会場が絵になるのではと期待しているのです。幼い頃に、竹馬に乗った時、常とは違った高さで景色をながめたあのフレッシュな感覚に、切り株を抽象化した「おとだて」がいざなってくれることと思います。


と書いています(直接には、芸術の森美術館設置のものについてですが)。
 なるほど。切り株ですか。


 それでは、小冊子に記された順番に沿って、野外美術館の中を散歩していきます。

 最初は、堀内正和「のどちんことはなのあな」=冒頭画像=。

 堀内(1911~2001年)は日本の抽象彫刻のパイオニアと呼ばれた彫刻家で、知的な面とユーモラスな面をもちあわせた作風です。歿後の2003年には、神奈川県立近代美術館を皮切りに回顧展が開かれ、芸術の森美術館にも巡回しています。

 これも題からしてユニーク。
 10カ所のうちここだけ、切り株状プレートではなく、白いスプレーのマーキングで立つ位置を指し示しています。
 鈴木さんは
「実際には、作家の目論見もくろみに従って彫刻に近寄りのぞき込んだりして下さい。ぽっかりと空いた口に、声を出してみると地中からエコーが響いてきます」
と書いています。

 芸森への巡回は2004年。
 この年は流政之展もあったし、最近よりも、大物彫刻家の個展がさかんにひらかれていたなあ。


 2カ所目は、井上武吉「マイ スカイ ホール 85-7」。

 斜面の土の中から、いくつもの三角形が生えているような作品。

 筆者が行ったときは、女性2人がにぎやかでした。
 どうやら銀杏を拾い集めていたようです。

 井上武吉ぶきちは1930~96年。
 国内外で数多くの作品を発表し、日本現代美術展などで入賞しているほか、1991年には中原悌二郎賞(旭川市)を受けています。


 3カ所目は、砂澤ビッキ「四つの風」。

 開幕時に行われたプレスツアーでは、10カ所の「点音」のうち足を運んだのはここだけでした。

 言わずとしれた砂澤ビッキ(1931~89年)の代表作であり、4本のうち3本が自然のままに朽ちて倒壊することで、重要な課題を今なお投げかけ続けている作品です。

 筆者の耳には風の音しかきこえませんでしたが、場合によっては、ビッキがのみをふるう音がきこえてくるような気がするかもしれませんし、キツツキのドラミングが聞けるかもしれません。


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砂澤ビッキ「四つの風」の1本が倒れる 遺志尊重し修復せず-札幌芸術の森野外美術館 (2010)
砂澤ビッキ展 樹兜虫の世界 (2009年2月)※画像なし
砂澤ビッキ展(2008年)※画像なし
エコミュージアムおさしまセンター(BIKKYアトリエ3モア)=「オトイネップタワー」の画像あり
砂澤ビッキ作品、旭川市に寄贈(2007年)※画像なし

「四つの風」 (2006現在の画像)
「四つの風」をあしらった札幌市交通局のウィズユーカード (2002.ページ最下段)




 4カ所目は安田侃「げん」。

 この作品は、二つが対になっています。
 登り窯の上下の端のように、斜面の上に「ロ」の字の形の彫刻が、下には直方体が置かれ、向かい合っています。

 安田侃さんの作品で、複数の物体の関係性を考えさせるものは、めずらしいと思いました。

 ロの字の彫刻の前に立ち、下を見下ろすと、ロの字がフレームになり、白の直方体がそのなかにおさまります。

 
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2002年のアルテピアッツァ美唄への旅
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 5カ所目はアントニー・ゴームリー「シャフト II」。

 Antony Gormleyは1950年生まれ、現代英国を代表する彫刻家のひとり。

 安田作品からこのあたりにかけては、野外美術館のなかでも最奥部で、緑が最も濃い一帯のようです。
 筆者は、背後からゴームリー作品に近づけることを、はじめて知りました。

 「点音」の位置は、作品の背後に据え付けられています。

 「点音」には、指定された場所に立つと、彫刻の作品群の中で、鑑賞者が彫刻のようになってしまうという、主客の逆転のおもしろさがあるということを、キュレーターの藪前さんのツイートで気づかされました。


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