北海道美術ネット別館

美術、書道、写真などの展覧会情報や紹介。毎日更新しています。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメントはお気軽に。

石狩弁天公園のレリーフ― 石狩・厚田アートの旅(3)

2018年07月31日 10時21分47秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 「無辜むこの民」と「石狩」バス停の中間ぐらいに、弁天歴史公園がある。

 今でこそ石狩市は、中心が花川地区に移ってすっかり札幌のベッドタウンになっているが、もともとは鮭漁で栄えた漁業の町。
 停留所の名からも分かるとおり、石狩川河口附近の細長い砂洲が、本来の石狩の中心地だったのだ。

 この公園は、往事の石狩をしのぶ施設になっている。

 ちなみに、現在地に市役所が移ったのは1993年である。

 公園内には大型のレリーフ「先人たちの碑」が立っている(冒頭画像)。
 
 下部の斜めになっているところには、石狩の略年表が記載されている。

 和人に負けない大きさでアイヌ民族がデザインされているのは、悪くないと思う。

 このレリーフについては、1996年10月23日の北海道新聞石狩版に記事が載っている。

(前略)
 素材はステンレスで、高さ2.4メートル、横幅4メートル、奥行き80センチ、重さは1トン。市制施行を記念し、先人の功績をたたえようと、市が業者に発注していた。

 石狩川と石狩湾をデザインしたレリーフの前に、右側にサケ漁をするアイヌ民族を、左には江戸時代末期に石狩に赴任、サケ保護のため初めて禁漁措置を取った荒井金助をアルミの鋳物でかたどっている。
(以下略)


 当初は石狩市庁舎のロビーに飾られたが、はじめから、公園が完成ししだい、移設する予定だったようだ。

 上の記事に「業者」とある。
 インターネット検索しても、レリーフの作者が誰なのかはわからなかった。



 びっくりしたのは、秩父事件で死刑判決を受けながら逃亡していた井上伝蔵の碑があったこと。

 彼が野付牛(現在の北見市)で死んだことは、筆者はかつて北見に住んでいたので知っていたが、それ以前に石狩に長く住んでいたようだ。代書屋をやり、俳句もたしなんでいたという。

俤の眼にちらつくやたま祭



 最後の画像。
 廃墟感がすごい展望台が、この公園と海水浴場の間に立っていた。
 地図に「石狩展望台」とある。

 ブログ「花畔生活」によると、1973年に完成したが、2006年に老朽化のため立ち入り禁止となったそうだ。
 33年しかもたない建造物って、あんまりじゃないかと思うのだが、冬場の風雪のすさまじさや、さびを誘発する潮風のことを考えると、やむをえないのかもしれない。


 来た道を引き返し、道道508号矢臼場札幌線に入って、国道231号に戻り、北へと向かった。





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本郷新「無辜の民」ー石狩・厚田アートの旅(2)

2018年07月30日 23時01分39秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 7月29日、まず立ち寄ったのは、札幌出身で日本の近代彫刻を代表するひとり、本郷新の代表作「無辜むこの民」。

 下のリンク一覧にあるとおり、筆者は、本郷新の野外彫刻のうち道内にあるものはかなり見ているけれど、「無辜の民」は初めてだ。



 この作品の所在地については「石狩浜」と表記されることが多い。
 筆者は、砂浜の波打ち際に転がっているものとばかり思っていた。

 実際には、海水浴場の内陸側を通っている細い道路から、さらに100メートルほど内陸に入った、ハマナスなどが咲く原野の中、台座の上に設置されている。
 彫刻のある場所からは、海はほとんど見えない。


 いろいろな見方があるとは思うが、これほど重苦しい気持ちに襲われる彫刻はあまりないと、筆者は思う。

 ここには、人間性への賛歌や世界の肯定といったものはない。
 体をぐるぐる巻きにされ、頭部を失い、人間の尊厳を根こそぎ奪われた存在が、転がっている。

 この彫刻には、作者・本郷新の、人間を縛りつける一切のものや、人間を否定するすべての時代・状況への、激しい憤りが込められているのだと思う。



 ときどき「本郷新のヒューマニズム」などということがいわれる。
「泉」や「道東の四季」にヒューマニズムが込められていないとまで断言するつもりはないが、その語を持ち出さなくても、それらの作品について語ることはできる。
 しかし、この「無辜の民」に関しては、ヒューマニズムの語を抜きにしては、語ることができないのではないか。

 「無辜の民」は本郷新が晩年、15点を制作した。
 いずれも小品だったが、そのうちの1点を拡大し、自らが愛した石狩浜への設置を望んだ。
 ただ、生前にはかなわず、石狩町(当時)の住民たちの運動によって、実現したという。
 除幕式は1981年6月30日だった。

 シリーズ全体をみると、ベトナム・インドシナや中東での戦火の犠牲になる民衆への同情と戦争への怒りが、作品の基底をなしているようだが、この石狩の作品については、厳しい開拓の途上で息絶えた人々やふるさとを追われるように北海道に新天地を求めて来た人々への思いも重なり、作品そのものにこめた思いが重層化しているようだ。
 この石狩浜は、道内あちこちの開拓地へと向かう人々が上陸する土地でもあったのだ。
 本郷新記念札幌彫刻美術館のサイトには、この作の台座が船の形をしている、とある。開拓民たちを乗せた船が含意されている。


 台座には、つぎの言葉が刻まれている。

この地に生き
この地に埋れし
数知れぬ無辜の民の
霊に捧ぐ

 一九七九年
   本郷新

 


 ベトナム戦争などは、制作当時の特有の事情である。
 にもかかわらず、この彫刻の意義は失われていない。
 人間の尊厳を奪い、権利を奪い、人間らしく生きられる環境を奪おうとする力は、まだ厳然としてあるからだ。



 ところで、「石狩―無辜の民」について語り合うイベントが、8月5日午後5時から同像前の特設会場で開かれるとのこと。
 第1部では、本郷新の孫で俳優の弦さんが、祖父が残した言葉を朗読。札幌大名誉教授で詩人の原子修さんによる詩「石狩川」の朗誦ろうしょうも行われる。
 6時からの第2部は、作品から200メートルほど北側にあるカフェ「マウニの丘」で、無辜の民について語り合う。定員60人で参加費千円。

 関連事業として、市民図書館(花川北7の1)で、31日~8月5日に「無辜の民」15点が展示される。
 4日午後3時半からは本郷新記念札幌彫刻美術館の山田のぞみ学芸員が「本郷新の人と芸術」と題して講演する。

 なお「無辜の民」は、先にも書いたとおり、ハマナスが咲き乱れる原野の中に置かれており、近くに駐車場はない。
 いや、夏場は、海水浴場の駐車場がすぐ手前(南側)に設けられているが、1回とめると千円ぐらいかかる。
 作品にいちばん近い道路は、海水浴場の内陸側を、石狩灯台まで南北に走っているが、センターラインもないような細い道路で、海水浴シーズンに路上駐車するのはためらわれる。駐車禁止の看板も立っている。

 筆者は、石狩弁天社の附近に空きスペースを見つけて車を止めた。
 海水浴シーズンを避けたほうが、車を止めやすいと思われる。



□本郷新札幌彫刻美術館のページ http://www.hongoshin-smos.jp/sculpture/mukonotami-ishikari.html


嵐の中の母子像

「マッサン」と、札幌・大通公園の彫刻「泉」の深い関係
本郷新「オホーツクの塔」

魚の彫刻を正面から見るとヘンな顔になっている件について
本郷新「三輪龍揚像」「小林篤一像」
本郷新「オホーツク海」
宮の森緑地で

札幌第二中学の絆展 本郷新・山内壮夫・佐藤忠良・本田明二 (2009、画像なし)
独創性への道標-ロダン・高村光太郎・本郷新展(2009年、画像なし)

札幌市西区・宮の森緑地(Miyanomori-greenhill,Sapporo)
本郷新「石川啄木像」 釧路の野外彫刻(11)
本郷新「釧路の朝」 釧路の野外彫刻(9)
本郷新「道東の四季 冬」 釧路の野外彫刻(6)
南部忠平顕彰碑
「北の母子像」本郷新

札幌・宮の森緑地 (鳥を抱く女、太陽の母子)

網走の野外彫刻

本郷新「奏でる乙女」





・中央バス札幌ターミナルから石狩線に乗り終点の「石狩」降車、約890メートル、徒歩12分


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國松明日香「テルミヌスの風」

2018年07月25日 16時09分28秒 | 街角と道端のアート
 ときどき美術展の会場に使われている「JRタワー・プラニスホール」。
 おなじフロアに「そらのガーデン」という、一種の空中庭園があり、色とりどりの花が咲き乱れています。

 その中に、北海道を代表する彫刻家、國松明日香さんの「テルミヌスの風」が立っています。


 「テルミヌス」というのはローマ神話で、所有地の境界に立てた標石や標柱の神のことだそうです。
 JR札幌駅の再開発では、パセオ地下に、テルミヌス広場が設けられるなど、デザインの指揮を執った五十嵐威暢さんによって、この名を冠した作品が各所に設置されました(□パセオの関連ページ)。

 國松さんの他の野外彫刻と同様、さびにくいコールテン鋼という素材が用いられています。
 JRタワーの公式ページによると、230×157×75cmとのこと。

 見る角度によって、さまざまな表情を見せるのが國松作品ですが、とりわけこの彫刻は形状が異なって見えます。
 ぐるっと周囲を1周して、いろいろなフォルムを楽しみたい作品です。


 ちょっと話は変わりますが、いまはビックカメラやユニクロなどのテナントが入っている「札幌ESTA」の建物はかつて「そごう」という百貨店でした。
 デパートの屋上といえば遊園地という時代がありましたが、そごうの屋上はどうだったのでしょうか。




□「そらのガーデン」 http://www.tabirai.net/sightseeing/column/0001339.aspx


関連する記事(パブリックアート)
■国松明日香「DANCING CRANE」
「MUSE」
國松明日香「休息する翼-家族」
國松明日香「四季の詩」
■「雪だるまをつくる人」
■「移ろう月」
■「MUSE」
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目で楽しむ音楽展 (2015、画像なし)

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北海道立体表現展(06年、画像なし)
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NTT札幌病院のロビーにあった絵

2018年07月23日 19時12分16秒 | 街角と道端のアート
 NTT札幌病院(中央区南1西16)の1階ロビーに飾ってありました。

 ガラスが額に入っているため、反射があって見づらいですが、色数を抑えた落ち着いた色調で写生的に風景を描いています。北大の構内でしょう。

 サインは「O.miyata」と読み取れます。

 道内で心当たりのある画家がいなかったので、ネット検索したところ、宮田翁輔さんという方の画風に近いように思われました。
 リンク先は、有力な団体公募展のひとつ、二紀展のページです。
 こちらのページなどによると宮田さんは1942年愛媛県生まれ、多摩美大卒、二紀展委員とのこと。
 こちらにある「北大 II」とかなり似ている絵です(違う作品ですが)。

 
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札幌市時計台、6月から10月末まで改修のため休館。2階にはクラーク像があります

2018年06月04日 11時23分37秒 | 街角と道端のアート
 ということで、5カ月間見られなくなるので、5月31日の閉館10分前に飛び込んできました。

 これまでこのブログでは紹介していなかったのですが、2階ホール内に、昨年秋にクラーク博士の彫刻が設置されたのです。

 札幌市時計台のサイトによると、次のようになっています。

 時計台、正式名称は「旧札幌農学校演武場」

 札幌農学校は、北海道大学の前身で北海道開拓の指導者を育成する目的で1876年(明治9年)年開校しました。演武場(時計台)はクラーク博士の提言により、農学校生徒の兵式訓練や入学式・卒業式などを行う中央講堂として1878年(明治11年)に建設されました。

(以上、引用)
 当初は時計はなく、ホイーラー教頭が同年に米国ニューヨークの業者に発注したものです。
 届いた時計が大きすぎ、一時は別の建物に設置する杏もあったそうですが、鐘楼を改造して1881年に取り付け工事が完了しました。
 1903年(明治36年)、札幌農学校は、現在の北区の敷地に移転しますが、時計台は残ります(正確には、いまの北2条側にあり、札幌区が南側の現在地に曳き家した)。

 クラーク博士の彫刻は、2017年10月16日、木製ベンチの向かって左端に腰掛けるように置かれています。
 横にすわって、一緒に記念撮影できるようになっています。

 そのときの北海道新聞によると

「合成樹脂製で高さ135センチ。時計台を管理運営する「エムエムエスマンションマネージメントサービス」(札幌)が200万円かけて作り、市に寄贈した」

とのことですが、肝心の作者名が書かれていません。

 毎日新聞には

「製作に携わった藤崎俊一さん(70)=札幌市=は「時計台の外観だけではなく、ぜひ中に入って札幌の歴史に触れ、像に親しんでほしい」と話した。」

とありますが、この藤崎さんが作者なのかどうかははっきりしません。

 いろいろ検索すると「リアルエコノミー」というサイト

「制作したのはオリジナルフィギュアなどを専門にしている造形BLOCK(札幌市北区)」

と書いてありました。


 札幌のクラーク像といえば、北大構内の胸像(田嶼碩朗作)と、羊ケ丘展望台の「丘の上のクラーク像」(坂坦道作)が知られています。
 これら二つは作者名がはっきりしているのに、近年はこういう記事で、作者名への記者の関心が薄いことが気になります。

 よく考えてみれば、クラーク博士は羊ケ丘となんの関係もないし、北大が現在地に移ったのはクラーク博士が札幌を去ってから何年も後のことです。
 彼の像が、彼が勤務していた時代の札幌農学校のあった地に設置されるのは、理にかなったことだといえるでしょう。

 なお、記事に樹脂製とあるとおり、これは銅像(ブロンズ像)ではありません。
 銅像だったら重すぎて、ベンチの上にのせたらシーソーのように傾くでしょうし、時計台は木造建築なので、床を踏み抜いて下の階に落下するおそれもあります。

 もう1点。
 どうして、観光のかき入れ時にわざわざ工事をするのかな~と疑問を抱いていたのですが、6月1日付の朝日新聞北海道面には、寒暖差の激しい冬の工事が難しいことについて書かれており、やむを得ないのだなと思いました。
 楽しみにしていた観光客から「あらら、閉まっている!」とガッカリされるかもしれませんが。
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まだあった! ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」の壁画ー2018年4月21日は13カ所(2)

2018年05月04日 13時26分00秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 閉幕から半年以上たつのに、いまでも
「終わっちゃって、さびしいなあ~」
と感じることもあるちょくちょくある札幌国際芸術祭ですが、そのなごりを見ることができるスポットがあります。

 芸術祭のなかでは、ちょっとメーンからは外れていた印象もあるプログラムだった
ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」
のひとつ、相川みつぐさんの「UNBEATEN-N18W5」が、アンタップトホステル(UNTAPPED HOSTEL)の壁面にいまでもばっちり残っているのです。

 この宿泊所、住所は西5(W5)ではなくて、西4丁目なのですが…。
 北18条通りに面しており、地下鉄南北線北18条駅から歩いてすぐのところにあります。

 プロジェクトのサイトによると、明治初期に北海道など日本各地や清、朝鮮などを旅した英国人女性イザベラ・バードの旅行記『日本奥地紀行』にインスパイアを受けて制作したとのこと。

 鬱蒼たる大森林と湿原に覆われていた往事の北海道の大地に対するあこがれとイマジネーションが、たっぷりとふくまれた大作だと思いました。





http://aikawamitsugu.com/

相川みつぐ「季節は巡る」~ゲストハウス×ギャラリープロジェクト Sapporo ARTrip「アートは旅の入り口」 (2017)


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小松宮彰仁親王像=東京'18(イ)ー15

2018年02月15日 12時18分07秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 東博の建物に入る前に、記事を1本。

 上野公園を歩いている途中、左手に、高い台座の上に載った騎馬像があるのに気づいた。
 明治か大正に建立されたものだろう。

 「小松宮彰仁親王像」とある。明治維新の際、鳥羽・伏見の戦いや会津討伐に力のあった皇族のようだ。

 作者は大熊氏広(1856~1934)。
 工部美術学校彫刻科の1期生であり、のちローマに留学した、近代彫刻のはしりの作家で、靖国神社の大村益次郎像もこの人の作らしい。


 こちらのブログによれば、欧洲留学中は黒田清隆や森鷗外らと親交を結び、大村益次郎像は日本初の本格的なブロンズ鋳造の像であり、文展審査員を長年務めたという。
 まさに近代彫刻史に残る存在でありながら、おなじ上野公園にある西郷隆盛像およびその作者高村光雲と、知名度に差がありすぎるような気がする。

 どうしてこういう事態が起きるのだろうか。

 また、この像が金属供出をまぬかれたのは、やはり皇族で畏れ多いということなのだろうか。

 この手の騎馬像、銅像は、戦前には、今よりも多く各地にあったはずである。
 札幌にも大通公園の3丁目に永山武四郎の像があった。
 大半は金属供出にあって、残っていない。

 戦後のモニュメントは、大通公園3丁目にあるのが本郷新の「泉の像」であることからもわかるように、非常に高い台座から下々の者を威張って睥睨へいげいするのではなく、市民と同じような高さに、女性の像を置くのが主流になった。
 「泉の像」などは、設置当時は、軍人の騎馬像を見慣れた目には、斬新に映ったのかもしれない。




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第2回本郷新記念札幌彫刻賞を受賞した加藤宏子「improvisation ~うけとめるかたち」が地下鉄大通駅の大通交流拠点地下広場に設置されました

2018年02月12日 23時26分12秒 | 街角と道端のアート
 昨年6月13日に発表された第2回本郷新記念札幌彫刻賞の受賞作、加藤宏子さん(札幌)の「improvisation ~うけとめるかたち」が、先日、地下鉄大通駅で設置式典が行われました。

 場所は、駅の北西の端。観光情報コーナーのすぐ向かいです。
 大通公園西4丁目にある螺旋階段の出入り口のたもとに置かれています。


 「本郷新賞」は、大通公園3丁目の「泉の像」など全国各地にパブリックアートを設置した札幌ゆかりの彫刻家・本郷新を記念して設けられた賞で、以前は、国内のパブリックアートを対象に選ばれていました。
 2014年に衣替えし、50歳以下の彫刻家を対象にした公募の賞に生まれ変わりました。

 今回は酒井忠康(世田谷美術館 館長)、建畠 晢(多摩美術大学 学長)、植松奎二(彫刻家)、阿部 典英(美術家)、佐藤友哉(札幌芸術の森美術館 館長)、寺嶋弘道(本郷新記念札幌彫刻美術館 館長)の5氏が選考委員でした。



 これまでは、第1回受賞者の谷口顕一郎さん《凹みスタディ―琴似川 北12条西20丁目―》が設置されていた場所です。

 やはり、作品が変わると、場の雰囲気もだいぶ変わりますね。
 黄色い複雑な形状から、白く、生命感と動感に満ちたかたちへ。斬新なチェンジです。

 谷口さんの作品の場合、コンセプトの説明が必須でしたが、今回の加藤さんの作品は、見た人が自由に思いを寄せればよいのだと思います。 
(もちろん、谷口さんと同様、作者の言葉などが、日英2カ国語で表示されています)

 ただ、材質の説明はほしかったな。
 これまでの「Improvisation」(即興、という意味の英語)シリーズと同じであれば、手漉きの紙が素材ということになります。
 従来の石やブロンズ、木といった素材に比べれば、軽やかな印象を見る人に与えます。
 加藤さんの作品は、その軽やかさが、ひ弱さになっていないところが、魅力のひとつといえるのではないでしょうか。
(加藤さんも以前は石を素材にしており、石狩管内当別町の
劉連仁生還記念碑は代表作のひとつ。そのころから、シャープな造形力は見事なものでした。


 


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02→03展
リレーション夕張2002
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■鈴木吾郎「ASUKA」

2018年01月18日 19時42分49秒 | 街角と道端のアート
 小樽在住の具象彫刻家、鈴木吾郎さんの作品で、千歳市民ギャラリーの正面玄関前に立っています。

 鈴木さんらしく、まじめな少女像(女性像)ですが、体つきはがっしりとしています。

 短いスカートをはいていますが、上半身に衣服の線はなく、首や胸のあたりだけを見ていると裸婦のようでもあります。

 後ろ髪が風に揺れているのも鈴木さんらしい表現で、全体に動感を与えています。
 動感といえば、両足のかかとをぴったりと閉じているのに、全体としてはあまり硬直した印象を与えないのも、さすがだと思いました。


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農業用馬 木彫 (中川貞司作)

2018年01月07日 22時59分00秒 | 街角と道端のアート
 
 岩見沢駅のプラットホーム内にあるので、ごらんになったことがある方も多いでしょう。

 かつて北海道では馬が農作業に広く使われていました。耕作はもちろん、資材や人の運搬にも用いられ、とても身近な存在だったのです。

 現在、帯広で行われている「ばんえい競馬」もそういう歴史的な背景があります。
 以前は岩見沢や北見でも、ばんえい競馬が行われていました。







 この力強い馬の像の作者は中川貞司さん。旭川で木彫に取り組んでいるベテランです。

 昨年の札幌芸術の森美術館での藤戸竹喜展でも感じたことですが、特に札幌以外の道内各地に、日展や道展などと関係のないところで地道に創作に携わってきた人が意外にたくさんおられます。こうした作り手たちにももっとスポットが当たれば…と思います。


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■チ・カ・ホのお正月

2018年01月02日 20時27分20秒 | 街角と道端のアート
 今年も新年第1弾のアート鑑賞は、札幌駅前通地下歩行空間の「チ・カ・ホのお正月」です。

 昨年と同様、水引アートを、上川管内東川町出身の僧侶にして美術家の風間天心さんが担当。
 書は、札幌南高校書道部が12月28日午後0時半から現地で行った書道パフォーマンスによるものです。


 翌29日付の北海道新聞札幌圏版( https://www.hokkaido-np.co.jp/article/154226 )には、次のような記事が出ていました。

 今年で7回目となる年末恒例イベント。部員19人が音楽に合わせ、縦1.8メートル、横5メートルの和紙に向かい、大筆を豪快にふるった。1枚は穏やかな新年を祈って「鳥歌花舞」と書き上げ、もう1枚には部員全員で漢字や象形文字で、来年の干支「いぬ」を表現した。


 冒頭の画像を見ると「鳥歌花舞」とは読めないですね…。





 ゴージャスな感じがお正月によく合っていると思います。


2017年12月28日(木)~2018年1月3日(水)
札幌駅前通地下歩行空間(チ・カ・ホ)北3条交差点広場・西


□風間天心さんサイト http://www.tengshing-k.com/

チ・カ・ホのお正月
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今年の漢字は「北」! なので、札幌北高校の中にある絵画や書道

2017年12月16日 14時11分49秒 | 街角と道端のアート
 個人的にはまったく興味がないし、どうでもいいニュースの筆頭格だと思っていますが、某団体が選んだ「今年の漢字」が「北」だということで、北海道札幌高校の中にあるアート作品を写真に撮ってきたものを紹介しようと思います。
 じつは、所用で校舎に足を踏み入れたのはことし7月です。壁の高い位置に架かっていたり、ガラスが反射したりして、写真の出来が良くないです。ご海容のほどを。

 まずは、玄関ホールの吹き抜けにあり、同高校を訪れた人の目に必ず入ると思われる、福井爽人「彩風の風」。
 福井さんは院展同人の日本画家で、叙情的な優しい画風で精神の深みを表現する方です。札幌北高のOB。
 白鳥がやわらかく描かれています。

 院展同人といえば、片岡球子さんも札幌北高の前身である庁立高女の卒業生です。
 院展同人を2人も出した高校は、道内にはほかにないと思います。 
 しかし校内には片岡さんの作品は見当たりませんでした。




 八木伸子「冬の宮の森」。
 自宅周辺の白い雪景色を描いた晩年の絵だと思います。

 八木さんは春陽会会員、全道展会員。2012年歿。
 庁立高女の卒業生です。
 校内には「ポピィ畑から」という絵もあります。




 岸葉子「木のある庭園」。
 緑の風景を闊達な筆で描いています。

 岸さんも全道展会員で、庁立高女の卒業生です。
 八木さん夫妻が一時、池袋にアトリエを構えていて、後年札幌に拠点を戻したのに対し、岸さんはずっと東京で絵を描いています。




 西田陽二「集い」。
 音楽を演奏する女性の像です。最近の西田さんに比べると、タッチがラフですね。
 西田さんは光風会、道展の会員として、近年もめざましく活躍しています。。




 左の絵には「大正拾五年拾月 桜庭彦治作」とあります。
 桜庭彦治(1906~82年)は洋画家。




 校内には書も展示してあります。

 道内かな書作家のはしりである松本春子さん(庁立高女卒、故人)。

若きらは雪
けむりたて
きそうらし
今日も輝く
手稲
むら


とあります。手稲山のスキー場を詠んだ歌と思われます。 
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小林重予「群青に浮ぶひとつの未来」

2017年12月13日 11時22分33秒 | 街角と道端のアート
 2017年11月に札幌の造形作家小林重予さんが59歳で亡くなったことは、大きな驚きでした。

 彼女のパブリックアートは、JRタワーや札幌ドームにあるそうですが、いちばん手軽に見に行けるのは、STVニュースセンター社屋(札幌市中央区北1西7)の壁面に据え付けられた「群青に浮ぶひとつの未来」だと思います。
 同センターの建物は、ガラス張りの部分が多く、しかもそのガラス窓にアナウンサーの顔をあしらった垂れ幕が並んで、ちょっと落ち着かない外観です。その北東と南東の端っこに、植物の種や実、花をもとに自由な曲線と色を走らせたレリーフ状の作品が、計6個取りつけられて、あざやかな印象を残します。

 北側には日本語で、南側には英文で、文章が書かれています。

「群青に浮ぶひとつの未来」
ひとつのかけらを群青の記憶の中から探し出したい
鉱物が美しく結晶するように、出会いにより生まれる感情のかけらを
今という時が、未来の希望につながっていると信じながら


 原文は縦書きです。

 南東側は、手前のマツの木にさえぎられてやや見づらいですが、北東側の作品は、そばにある木が広葉樹で、冬は葉を落とすので見やすくなります。

 ここに来ると、小林重予さんらしい作品を通して、いつでも彼女に会えるように思えます。




 関連記事へのリンク
小林重予さんのこと・続き
造形作家、小林重予さん(札幌)死去の情報

越後妻有アートトリエンナーレの小林重予作品
北の彫刻展2006
みのりの庭(2004年)
小林重予個展「光の種」(2001)


□朝日新聞北海道版 街角アートめぐり http://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20160302011150001.html





・ジェイアール北海道バス、中央バス「北1条西7丁目」から約160メートル、徒歩2分。札幌駅前や北1条西4丁目から現金のみ100円
・市電「西8丁目」から約490メートル、徒歩7分
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保田春彦「流れる時」 (札幌)

2017年11月20日 17時10分00秒 | 街角と道端のアート
 札幌芸術の森に常設されている彫刻といえば、野外美術館が有名ですが、アートホールのロビーにも、保田春彦さんの「流れる時」という1970年の作品が置かれています。
 表示板には、フランス語で「Le Temps S'ecoule」と附記されています。

 ステレンスの材質を生かした、シャープな造形の抽象彫刻です。
 3本の太い線がうねるように走っています。


  安田さんは1971年、旭川市と旭川市教委が主催する第2回中原悌二郎賞優秀賞を「作品」で受賞
 95年には「聚落を囲う壁 I」で第26回中原悌二郎賞を受けています。

 こちらのサイトによると1930年生まれ。父親は彫刻家で、ブールデルに師事した保田竜門。
 東京美術学校(現東京藝大)を卒業後、しばらく欧洲に滞在します。1970年には神戸須磨離宮公園現代彫刻展で大賞。71年にはサンパウロ・ビエンナーレに出品して受賞しています。
 79年にはヘンリー・ムーア大賞展で優秀賞。

 また、札幌彫刻の森野外美術館には「交叉する赤錆の壁」という作品が設置されています。


 なお、筆者は見ていませんが、2011年にNHK「日曜美術館」で保田春彦さんをとりあげる番組が放送されたようで、こちらのブログになかなか感動的な紹介がなされています。今回紹介した作品とは直接関係ありませんが、ブログを書いた人が北海道(空知管内北竜町)出身ということもあってリンクを貼りました。



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中山峠のアート アスパラガスの塔

2017年11月09日 21時44分38秒 | 街角と道端のアート
承前

 道の駅の駐車場前に立っているのは、後志管内喜茂別町名物のアスパラガスの塔です。


 思わず
「そのままやんけ」
とツッコミを入れたくなりますが、3本の高さが10メートル、9メートル、8メートルと異なっているのがミソです。

 中山峠は札幌市と喜茂別町の境界にありますが、峠の施設は喜茂別町内です。
 喜茂別は1929年(昭和4年)、日本で初めてアスパラの生産が始まった町といわれているそうです。

 1990年に、当時、全国の市町村に1億円ずつ交付して話題になった「ふるさと創生資金」のうち1千万円を使って立てたものとのこと。
 当時の北海道新聞後志版の記事によると、太さはいずれも直径21.6センチで、ステンレス製です。

 撮影ポイントをうまくえらび、天気の良い日だったら、羊蹄山とこの塔をあわせてバックに記念撮影ができそうです。


 以上で、中山峠周辺のアートについては終わりです。
 ほかにもご存じのかたは、ご教示いただければ幸いです。

(この項終わり) 

 
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