ガリバー通信

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環太平洋経済連携協定。

2011年10月18日 | 日本の課題
 菅前首相時代から、よくメディアを通して見聞きする「TPP」、すなわち「環太平洋経済連携協定」への参加を検討する課題が話題となっていて、特に野田政権誕生後、初訪問したアメリカでオバマ米国大統領と会談し、沖縄の普天間基地移転先としての名護市辺野古海上沖埋め立て飛行場基地建設の件と共に、このTTP問題が来月のASEAN首脳国会議までに結論をとの要望に対して、政府、与党内での議論と賛否両論が激突し、いまや「TTPおばけ」などと揶揄される難問題として浮上している。

 過去にも日本の国際貿易に関する関税や貿易協定の改定や新たなルールづくりにおいて、各企業だけでなく関係団体が反対の大きな渦を国会や政府、各省庁に向けて発信し、何とかその業界の先行きに対しての不安や危機を回避しようとしての動きがあって、政府関係だけでなく多くの地元からの意見も踏まえた国会議員たちが右往左往したことはあったが、今回のTTPおばけに対する賛否は真っ向から対立し、来月中旬までの結論という方針が全うされるか否かは非常に微妙な段階にあると言っていい。

 とにかく、大げさに言えば幕末の「黒船」の襲来に端を発する「開国か鎖国か」の選択を迫られている時期の如く、今後の日本の世界市場における経済、すなわち貿易を中心とする収支や国民総生産GNPにも直接関わる大問題だとして、多くのメディアで連日、評論家、政治家、コメンテーター、業界団体代表などを巻き囲んでの大騒ぎが続いているのである。

 私は結論から言うと、賛成だとか反対だとかという次元ではないが、現代の国際的物流、人の交流、経済の国際化、インターネットによる情報伝達の即時的時代にあって、日本と言う国だけが「私はいやです」とでも言う様な態度や「知らん振り」は出来ないのは自明の理ではないかと思っている。

 すなわち、当座の大きな課題と思われる諸問題への危惧は大きいと仮想できる業界、特に農業、医療、労働力、金融、公共事業などが、マイナスのイメージを抱かざるを得ない様だが、鎖国に近い状態で、日本の農業を守ることも出来ないし、医療、福祉、エネルギーなどの問題も、将来的に考えれば国際化なしには改善されたり発展するとは、どうしても考えにくいのである。

 つまり、地球上の70億人にも及ぶ世界各国、地域の住民が、願わくば格差や貧困のない幸せな暮らしが理想なのだが、現状としては世界の各国が、「自国の利益」を最優先した政策や要望を国際的議論の場に提出していて、特に経済大国として今だ世界各国の中でGDP世界一を誇るアメリカ合衆国が、この「環太平洋経済連携協定」に対して、「日米同盟?」とまで言われている、アメリカの属州だと揶揄される面のある日本が、中国にも実質抜かれたGDP3位の立場としては苦渋の選択を迫られており、TTP、環太平洋経済連携協定への加入の動きを今回避することは困難だと思われる。

 確かに、当座は農業問題だけではなく、医療、労働、金融、公共事業など、この協定の24分野と言われる各業種や業界において、新たな外国、特にアメリカのスタンダードや要望、基準やルールを受け入れる方向性があるのだが、そこは日本人、日本の特殊性、日本独自の優秀さをアッピールしての戦いとでも言うべき、選択肢を政府が明確にして、よーく吟味してもらって、消費者だけでなく、それらを受け入れる業種、団体、企業が主張しなければならないのではないか。

 つまり、農業分野を例にとって言えば、特に「お米」の関税がなくなれば、日本米の1/3から1/4の価格でアメリカ産や東南アジアの諸国で作られた米が輸入されて、すぐさま日本の全家庭の食卓にのぼるかの様に伝える向きもあるが、決してそうではないのではないだろうか。

 食品、特に加工された商品はともかくとして、純粋な意味での「農産物」においては、安全性と美味しさが最優先に求められるのだが、この重要な二点において群を抜いて、日本各地で奮闘されている農業事業者の伝統的手法と環境的な「米づくり」の適合性、水と空気と太陽と土壌、それに優れた種籾があって生産される「米」が、輸送コストを負担しても安価だからと言って、全ての市場を占拠するとは考えられないと思うし、全ては経済論理だけではないのではないだろうか。

 確かに、農業に関しては農業者の平均年齢が60歳を超えていて、しかも新規に農業へ参入するためのハードルが高い、すなわち従来からの農業、農地、農協などの制度や構造が、当然現状の農業を大きく疲弊させていて、若い人たちにとってだけではないが、「農」への関心や興味、または仕事としての「魅力」を欠く状況を作り出している事実があり、そうした既存の問題点を改めて、改革するチャンス、きっかけを私はTTPが与えてくれたとさえ思っているのである。

 既存の業界団体や組織が、いわゆる「外圧」なしに改革への方向性を見出せれば一番幸いなのだけれど、長い伝統?と既存の価値観の上に胡坐をかいている現実に、当事者やふるい体質を守っている関係者がなかなか気づかず、こうした「外圧」に屈しないという点だけで「反対」を叫んでいるとすれば、地球上の全ての人たちの幸せと健康な生活を求める視点からすると、アメリカ合衆国という巨大な資本主義の経済帝国の意のままに従うのではなく、自らのしっかりとして議論と共に、日本だけの我がままを通すのではない、よりよい選択をTTPをはじめとする世界的視野の経済だけではない協力、協議に参加して行くべきだと考える。
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